倶に天を戴いて 其の二十
かつて私は「そう在れ」と生み出された。
今の私は「そう在る」ことに不満を感じたことはない。
であればこそ、私は彼等の前に立つ。
この「名」が持つ使命ではない、この「身」が持つ理由でもない。
ただ、ここに在る私がそう
だから、だから今この瞬間は彼等を称賛しよう。
………………
…………
……あれ、生きてる?
え、まさかの幸運による食いしばり連続発動? 乱数の女神様が俺の祈りをついに聞いてくれたの? マジかよ本格的に崇めようか?
「良かった……間に、合った……」
「レイ氏?」
なぜレイ氏が間に合ったと安堵しているのか。その答えは俺の身体が僅かに帯びていたエフェクトの残滓からおおよそ察せられた。
「蘇生アイテム?」
「はい、以前……その、PKKをした時の、ものが残って……いまして」
以前のPKK……ああ、ペンシルゴンがロンダリングした時の。
つまり乱数関係なく俺は死んでいたというわけだ。乱数のクソ女神め、やはり邪神の類であったか塩撒け塩。
いやでも「愚者」の効果で強制運ゲーだしむしろ乱数に救われていた……? へ、へへっ、冗談っすよ女神様ぁー……
「さて……クターニッドは?」
聞かずとも分かる、奴が現れてからずっと肌で感じていた空気が霧散している、それは即ちそういうことなのだろう。
「勝った、か…………」
視線の先、そこにはマッシブボディの原型を留められずに崩壊し、消えてゆくクターニッドだったもの。
そしてその肉塊の表面を這いずるように空中へと逃れ、現れる魔法陣……いいや、クターニッドであろうもの。
『生命の輝き、
「終わり、です……か?」
「多分……そうだと、思うよ」
「……ねーむい、つかれたぁ……」
ルストまだ寝るな、流石に地面に寝転がった状態でイベント進めるのはちょっとアレだぞ。俺もそろそろ寝落ちしそうだが堪えろ堪えろ。
魔法陣は空に浮かんでいた時とは違い、目や口があるわけではない。本当にただ複雑な模様の魔法陣が歯車が回るように動いている、それだけの模様であるはずなのに、たしかに俺は……多分他の奴らもクターニッドに見られたと感じただろう。
視線は俺達を見て、アラバやエムル達を見て、そして最後にどこか遠くを見て……わずかな沈黙の後、言葉を紡ぐ。
『連なる二つの奇跡。相反することなく、共に在る事……
「おっ」
「……? どうし、ましたか?」
「いやちょっとな」
これもしかしなくても何か条件を達成したんじゃないか? ウェザエモンで言うところの
だとすればクターニッドの特殊条件は「NPCと一緒にクターニッドを撃破する」か? そう考えればアラバがここに配置されていた理由もなんとなく見えてくる。
いや、そもそもスチューデがフラグとなってルルイアスに連れてこられた理由も……そういうことなのか?
『遠く、遠く……遠くへ来た。星の海はもはや遠く……されど、見上げた先のあの海こそが故郷である』
『星の大海を征く旅人……滅べどもその旅は継がれ続く……人よ、偉大なる祖を持つ栄誉を誇れ』
星だの旅だの……まぁ、SF的な背景からして元々神代の人類ってのは宇宙船に乗っていたってことなんだろう。
どこかしらで宇宙船ステージでも出てきそうだが、まぁ今はユニークシナリオをクリアした喜びに浸ろうじゃ無いか。考察とか名前忘れたけど考察クランの違法幼女に真理書をちらつかせればなんとかしてくれるだろう。
流石に一人でいくつもユニークを抱えっぱなしでいると本格的に悪目立ちしそうだし、ある程度「ワタシプレイヤーノミカタネー」ってところを見せたほうがいいだろう。
もう既に悪目立ちしまくってる気もしなくもないが、雨の日に子犬を拾う不良現象は日本人に効果的な手法だ。
『人よ、力を示せし人よ。その旅路の一助を授く』
「よっしゃ報酬キタ!」
宙に展開された
それは丁度数十分前くらいに必死こいて破壊した八つの杯と同じ輝きを放っており、報酬が何であるかをどことなく察せられるものだ。
『我が八の光輝、その断片を一つ授けよう……』
「八つのうち一つだけ、か」
なんか、周回要素臭いぞ……? いやまさかな。
意外なことにNPCの前にもクルクルと緩やかに回転する八つの光、はてどれがどれであったかとしばらく悩むが適当にいじっていたらアイテム説明が出てきたので勘で選ぶ必要はなかったようだ。
多分、戦術機獣がウェザエモンの騏驎程のスペックを持っていないようにある程度のダウングレードがされているんだろうが……
近距離、遠距離、スキル、魔法、性別、視界、ダメージ、ステータス。これらいずれかを反転できるアイテムともなればその価値は計り知れない。
俺ですら単純にLUCとVITを入れ替えるだけで高機動タンクになるし、MPを高めれば魔法職もどきにだってなれる。
そうでなくとも土壇場で近距離無効を使う事で一時的な無敵状態を確保できたり、純魔や脳筋に対してのメタを張る事も出来る。夢が広がるな。
だがやはり皆こう思ったはずだ……「一個って少ないなぁ」と。
だが日本人とは良くも悪くも奥ゆかしいもので、思うだけで口には出さない。ただやっぱり八つもあるのにたった一つ、というのはやはり少ないと感じてしまうわけで……
何が言いたいかというと、だ。
「タコさん! これ三つくらい貰えないんですか!!」
「うぉい!?」
まさかの秋津茜、むしろやはり秋津茜。
いや本当、その度胸はどこから湧き出しているのか聞きたいくらいの度胸を以って、奴はまさかのクターニッドに直談判しやがった。
『…………』
「せめて二つ欲しいです!」
「秋津茜、お前……勇者かよ」
相手がついさっきまで殺し合いしてたとか、そもそも生き物かどうかも怪しいモンスターだとか、大前提としてAIじゃねーかとか、そういった諸々を全て乗り越えての値切りである。
マジかお前、マジかよお前。そりゃジークヴルム相手に突撃できる訳だよ。
沈黙が辺りを支配する。プレイヤー達は「よくその要望言えたな」という驚愕で、NPCは「神にも等しい相手によくそんな気軽に話しかけられるな」という驚愕で。
ただクターニッドが空中で緩やかに魔法陣として回転している。いや流石に無理だろう、ユニークモンスターだよ? そんなアホみたいな要望が通る訳ないだろ、値切りの技能値を初期値にマイナスついたようなモンだよ?
『二つ授けよう』
クリティカルですか、嘘だろオイ。
「やった! ありがとうございますタコさん!!」
「嘘だろオイ!?」
もはやプレイスキルとかそういう生易しいものではない、これは天運と天賦の才能の合わせ技だぞ。
「いやこれ何をどうやったら見つけられるんだよ」と言いたくなるような隠し要素も、それでも見つけるゲーマーというものは確かに存在する。
特定の場所で特定のアイテムを装備した状態で特定の呪文と特定のアクション、なんて「特定」の四重奏すらをも何故か突破して隠し要素を見つけるタイプ。
その瞬間を目撃できるとは思わなかったが、いやはや秋津茜、恐ろしや……
「いや、まさか直接値切りするとは思わなかったが、でかした……と言っておこう……うん」
「はい! 以前サンラクさんがリュ……リュカ、ローン? リュカローンに話しかけてたのを思い出したので!」
言われてみれば俺も似たようなことしてたわ、人のこと言えないじゃん。
とんでもない馬鹿野郎を見る視線が俺の方にも向いてきたが、しゃーねーだろあの狼のせいでこちとら彫り物半裸生活なんだぞ。
一言文句言わなきゃ気が済まなかったというか、結局さらに面倒なことにさせられたからあいつ絶対ゆるさねぇ……
リュカオーンにはいつかお礼参りするとして、改めて俺は目の前に浮かぶ八つの光を見る。
二つもらえるなら遠慮なく、これと……これで。
いやまさか交渉コマンドが通じるとは思わないよなぁ、シナリオが終わって気が抜け……いや待て。
「どうか、しましたか……?」
ふと、気付く。
「なぁ……誰かさ、
「……アナウンス?」
俺の言葉にルストとモルド、そして秋津茜は疑問符を浮かべるが、シャンフロというシステムに詳しいレイ氏は俺の言わんとする事を理解したようだ。
脱力していた身体に力を込め、辺りを警戒するように見渡す俺達に他の面子も何かがおかしいと気づいたのか立ち上がる。
その時だった。
ぞわり、と
「青」が蠢いた。
帰るまでが遠足です
クターニッドに値切り交渉が効いたのはリュカオーンが刻傷を主人公に付与したのと同じ原理ですが、シナリオ中の行動などから判断されています。
つまり最適最速で面白みもなくクリアしていた場合、値切りは失敗していたでしょう。
いわゆる「シナリオの山場を超えて寛容になったTRPGのキーパー」ですね、多少の要望を聞いちゃうアレです。
前々からやろうかどうか迷って後回しにし続けてたんですが、キャラクターの見た目的な描写とかって書いた方がいいんですかね?