倶に天を戴いて 其の十五
嚆矢を務める一撃が、ルストの剛弓より放たれる。剛弓の破損を代償に放たれた矢は一直線に空を切り裂きクターニッドへと突き立て……られない。
「……割と会心の一撃だったのに」
「流石にあんなゴリマッチョの腹筋は
ありゃ俺やレイ氏の持つ切り札クラスの火力じゃないと貫通しないタイプの筋肉装甲だ、ここは基本に忠実な攻略手順を踏もう。
「顔を狙う……と言いたいところだがまずは足を狙う、すっ転ばしてから顔に集中攻撃だ! とりあえず奴がどんな攻撃を仕掛けてくるか把握する!」
蛸ゴリラ菩薩とでも形容できそうな奇怪な姿をしたクターニッドは、恐らく全形態を通して唯一物質的な肉体を持っている。つまり触手叩きだったりグラス叩きだったり雑魚叩きではない、正真正銘のガチンコ勝負と見た。ポエムも「かかってこいやオラァ」的なことを言っていたしな。
「よっしゃその顎かち割ってくれるぁあ!」
まだ発動タイミングではないが、インファイトで相手の出方を見るために
Vvvvvvvvoooooooooooo!!
「おぐっ……いいねぇ、良いシャウトだっ!」
レイ氏が習得しているスキルの一つにあった、攻撃に攻撃をぶつけて弾くパリングスキル……あれをどうにかして習得したい。レベル99Extendが上限であることは知っているが、確かレベル上限が解放されたとも知っている。であればスキルを習得するために動作を真似ることは現状成長打ち止めの
スローモーションの世界が本来の摂理に引き戻されるようにして速度を取り戻す。だがそのタイミングも、急速に加速する認識の中での身体の動かし方も既に慣らしてある。
身体を捻りステップで横にズレてアガートラム起動、右拳が銀光のエフェクトを纏いクターニッドの拳を横から叩き据える。手首が吹っ飛びそうな感覚に口の端が引きつるが、確かなヒットの感触が拳を通して俺へと伝わる。
「基本的な物理攻撃は網羅してそうだな、他にはどんな手を隠してる?」
どうせ背中から生えてる輪と、それにぶら下がった宝石からなんか魔法とか出すんだろう? さっさとゲロっちまえよ、対策してやるから。
そんな俺の挑発が視線に乗っていたのか、横から叩かれ空振った拳を戻しながらクターニッドが吠える。それに呼応するように奴の背中から生えた輪……近くで見て気づいたが、これ多分大型モンスターの肋骨で出来た骨の輪だ。だとすればあのサイズの肋骨の持ち主は……いや、死んだモンスターのことをあれこれ言ってもどうにもならない。
奴の背中から生えた輪にくっついていた宝珠が光を放って輪から分離した。そしてそれはこの場にいる全員の頭上へと移動し、停止する。
「なにこれっ、やばいんじゃ……」
「いや待て、対処の余地が無さすぎる。ギミックだから即死はない……と信じたい!」
「そこは断言して欲しいですわーっ!」
『───
アナライシス? 言葉の発音には
光が俺を、いや俺たち全員それぞれがまるでデータを読み込まれるように光の円環を身体がくぐっていく。
秋津茜やシークルゥは光の輪から抜け出さんとじたばたしているが、多分確定で食らうギミック技だから足掻くだけ無駄だと思うぞ。
「さぁて……何が来る……?」
俺から何を分析したのかは知らないが、アナライシスとやらを行ったことで青色に変わった宝珠がクターニッドの元へと帰っていく。どうやら他の奴らからも同様の何かをしたのか、赤であったり紫であったりと様々な色の宝珠が合計八つ、クターニッドの背輪にセットされた。
数はパーティに登録されたメンバーと対応してるのか? それとも元々八個が上限なのか? ユニークモンスターというオンリーワンなボスである以上前者の可能性は十分あり得るが、蛸だし後者の可能性も捨てきれない。
『───
「おい待てそれは卑怯だろ!?」
青い宝珠が点灯する。他にも青系統の宝珠はあるが群青色のそれは俺の直上で何かを分析したやつだ、青い光は杯の時とは異なり、視界を埋め尽くすほどの光量はない。だが異なる点はもう一つあった。
放たれた青い光は時間の経過とともに一点へと指向性を持ち、その一点……すなわちクターニッドの背中に降り注ぐ光が全て巨体に取り込まれた瞬間変化が起きる。
「あれって……」
「……サンラクが、双剣を使うときによくやる構え……?」
クターニッドの両手から青い光が溢れ出す。それは俺たちの尺度からすれば大剣ほどの、クターニッドの尺度からすれば片手で振れる程度の大きさの二本の
時代劇やハリウッド映画、無論ゲームも含まれる俺が知る双剣使いのフォームを適当に
「それは、つまり……」
「
秋津茜が恐らく正解であろう答えを叫ぶのと、クターニッドが双剣を振りかぶって襲いかかってきたのはほぼ同時であった。
「サンラクサン!」
「うおっ、く……おおお!?」
右の剣が振り下ろされ、避けたところに左の剣が突き込まれる。想像態のクターニッドは5メートル、いや4メートル程度の大きさしかなく、今までの形態と比べると随分と小柄ではあるがその分人型という形状もあってか物理法則が人間に近い。
かろうじて回避するものの、腕を戻す動きを利用して放り投げられた右の剣を器用に空中で逆手にキャッチし、攻撃に繋げてきた一撃を転がるようになんとか避けきる。
「サンラク!」
「代わり、ます……っ!」
「頼む……!」
体勢が崩れた俺の代わりにアラバとレイ氏が前へと出る。見ればモルドはルストにバフをかけ、秋津茜とシークルゥはコロシアムを大回りに走ってクターニッドの背後へと回り込もうとしている。
クターニッドの背で水色の宝珠が光る。双剣が糸のように解けて消え、代わりにクターニッドの手に現れたのはクターニッドの体格をしてなお大剣と見まごう程の片刃の大太刀。
「お、俺かぁ!?」
「受けるのは、無理です……っ!?」
慌てた様子でしゃがんだ直前にアラバとレイ氏の首があった場所を大太刀が空振る。返す刀で二人を切り裂かんとしたクターニッドであったが、頭部に突き立った魔力の矢の破裂によってその動きは中断させられる。
「怯んだ!?」
「……違う、ヘイトが切り替わっただけ」
大太刀が消える、第一から第四形態までのギミック重視のボスとしての威厳をどこに忘れたのか尋常ではないアグレッシブっぷりを発揮するクターニッドは弓を構えて照準をルストへと合わせる。ギリギリと引きしぼられる
「たぁーっ!」
だがしかし、どうやらヘイトを向けられないようにするスキルか魔法でも使っているのか、一度も気取られることなく背後に回り込んだ秋津茜の異様に勢いが乗った助走による飛び蹴りがクターニッドの膝裏に命中する。
伝家の宝刀膝カックン、どれだけマッチョでも問答無用で体勢を崩す禁断の奥義だ。あとやられた側が滅茶苦茶イラっとくる悪魔の奥義でもある。
「ゔぇっ」
「……っ」
バヅァンッ! と弓と矢から出る音ではない轟音を立てながら矢が放たれるも、秋津茜のファインプレーによって必殺の一矢が誰かに命中することはなく、俺の頭上とルストの顔のすぐ横を掠った矢はコロシアムの観客席に命中すると、純粋な衝撃だけで大爆発を起こした。
「あー、つまりここにいる奴らのメイン武器とプレイスタイルを自分に反映する、と……」
だとすれば、非常に不味い。
もしそうだとすれば今クターニッドは八つの形態を持っているに等しく、さらに言えばあくまでも「人間大」だからこそ無茶な動きができる俺のプレイスタイルや秋津茜のプレイスタイルはまだマシなほどに
赤い光が大剣の形を成す。とりあえず一つだけ分かったのはクターニッドがパクるのは今現在の装備とプレイスタイルではなく恐らくはプレイヤーやNPCが最も長く使っている、もしくは最も得意なプレイスタイルということだ。
「チッ……全員回避主体で! こうなったら殺りやすいタイプになるまで粘るぞ!」
「具体的にはいつでしょうか!」
「物理スキルがゴミな
「その通りだけどなんか酷い!」
今はただSTRとVITの怪物と化したクターニッドから生き残れ!!
個性的なプレイスタイルが集まったパーティほど苦戦するシステム、とはいえある程度の動きをコピーするだけなので実は言うほど厄介でもない……ただしマッシブクターニッドと相性のいいSTR偏重のプレイスタイルをパクられるととても危険
軍隊みたいな画一したプレイスタイルが集まったパーティであればそこまで脅威ではない
ちなみに宝珠の上限は八つで、八人以上のパーティの場合は定期的に分析情報を更新してきます