倶に天を戴いて 其の十四
ミニゲームなのだ、要するに。
第二形態「幻想態」は空から降ってくる触手を全部殴ってクターニッドを地面に降ろすというミニゲーム。
第三形態「空想態」は触手が握っている様々な効果を三十秒ごとに発動する八つの杯を破壊するミニゲーム。
じゃあ第四形態「仮想態」はどんなミニゲームなのか? 簡単な話だ、奴が口の中に入れようとするご飯を片っ端から叩きのめして奴を満腹にさせないこと。恐らく正真正銘の正面衝突となるであろう最終形態「想像態」のスペックに関わってくるのだろう仮想態時の攻略とは、すなわちそういうことなのだ。
「デカいのは
最初に召喚されたアルクトゥス・レガレクスは虚空に穿たれた蛸穴に周囲の半魚人ごと吸い込まれていった。結果として無差別召喚から三十秒経過で残っているモンスターはクターニッドに食われるということが分かり、今俺は新たに召喚された空母アンコウことスレーギヴン・キャリアングラーの気を引くために全力アピール中だ。
あの女王様は非常に旨みの多いモンスターだ、なにせ本体であるアンコウが死ぬと取り込まれた他モンスターも連動して爆散する。そして取り込んだモンスターの素材も結構な量ドロップする。というかスレーギヴン・キャリアングラー本体の素材+取り込んだ他モンスターの素材も確定ドロップ枠と見た、アンコウに捨てるところ無しとは言うが捨てるだなんてとんでもない。
素材を満載した宝箱が空を飛んでいるようなものだ、もし時間があればスレーギヴン・キャリアングラーを重点的に乱獲したいところだ。だが三十秒で倒せるような雑魚であるはずもなく、泣く泣くではあるがクターニッドのご飯として供される光景を見ている他ないのだ。
エムルに遠距離攻撃をぶつけさせ、空母アンコウがこちらに飛ばしてきた眷属を倒して挑発する。そしてスレーギヴン・キャリアングラーがこちらにヘイトを向けている間に他のメンバーが全力で半魚人の総数を削る。
デカブツにばかり目がいくが質量的な意味では腐れつみれの方が多い。それに意図的に耐久力が低く設定されているのかDPSはともかく一撃の火力自体はそこまで高くないサンラクのステータスですら二、三度斬るだけでHPを削り切れるほどに体力を低く設定された腐れつみれを削るのが正しい攻略手順と見た。
「く……一匹でも多く削る……!」
ブラックホールのように虚空に開いた穴が吸い込みを始める。どういう原理か、そもそも「吸い込む」という動作ではないのかはわからない、だが事実としてプレイヤーとNPCは一切吸い込まれることなく、クターニッドが呼び出したモンスターだけが奴の中へと消えていく。
ギャグみたいに吸い込まれていく半魚人の一匹を空中で叩き斬り、それが吸い込まれる前に爆散して消えたことを確認した俺はもう何度目か……多分十回目ちょいくらいの召喚魔法陣に弱りかけた心を叱咤する。
「あと何回やるんだこれ、五分間とかならそろそろだと思うんだが……」
「それよりも、武器の消耗が結構やばいよ。この次もあるとしたら割とギリギリだ」
「……モルドは魔法職だしマシ、弓は射つだけで耐久が減る……」
そう、俺には
特にルストが深刻だ、剣は素振りするだけでは耐久は減らないが弓はそうはいかない。既に剛弓が破損し魔法弓も限界に近いという。一応スペアで物理魔法共にもう一つずつ弓はあるらしいがそれ以前に矢もMPも尽きかけている。
「イケそうか?」
「……いざって時は、徒手空拳でも貢献する」
「皆さん……十二回目、来ます」
さすがはレイ氏だ、ちゃんとカウントしていたとは。十二回目の無差別召喚、なにやら明らかにこれが最後ですと言わんばかりに巨大な魔法陣があるわけだが、ひっっっっじょーに嫌な予感がする。
このルルイアスであれだけの大きさの魔法陣で呼び出されそうなモンスターというと
「ああ、やっぱり……」
「ぴぃっ」
そうか、エムルは見るの初めてだったか。よしじゃあアラバ君よ俺の代わりに奴の名前を皆様に言っておやり。
「アトランティクス・レプノルカ……!?」
「あれはヤバい……全員逃げることだけを考えっ」
次の瞬間、全てを灰塵に帰すかのような大放電が宙に君臨する帝王を中心にぶちまけられた。
「あー……全員、生きてるかー」
「それ、学校で出席の時に「今日欠席の奴手を上げろー」って先生が言う奴ですよね……」
秋津茜、お前ツッコミもできたのか……いや、それはどうでもいいんだ。
最後の最後に呼び出されたあのシャチ野郎は、帝王と呼ばれるだけの猛威を思う存分に振るった。クターニッドによって丹精込めて建造されたコロシアムは崩落寸前まで破壊され、奴がぶっ放すビームやら体当たりやらによって俺たちが攻撃する必要すらなく腐れつみれ共は壊滅状態になっていた。
俺の声が聞こえていたのか、はたまたそうではないのかはともかく戦うどころではない奴の暴走に俺たちはただただ回避と逃走に全神経を費やし……そして最後に、クターニッドに吸い込まれていくアトランティクス・レプノルカが最後っ屁に放った放電によって俺たちは吹き飛ばされていた。
「死んでないなら返事しろー……エムル生きてるか」
「多分死んでるですわ……」
「元気そうだな」
俺は割と瀕死状態だ、とはいえ体力が残っていれば問題はない。ありったけを詰め込んだはずなのにもう底が見え始めた魚を頭から囓りつつ、重い瞼に俺は現状を悟る。
「カフェイン切れ始めたな……」
「かふぇ?」
「なんでもない、気にするな」
ライオットブラッド・リボルブランタンは曰く「短期決戦用」、予想以上にギミックの解除に手間取ったせいで効果時間が切れた。別にカフェインが切れたからってすぐ寝落ちするわけじゃないが、慢性的に感じる「ダルさ」が足を引っ張らなければいいが。
「……私とモルドは無事」
「なんとか……」
「俺もネレイスも無事だぞ」
「アラバ、ダイジョウブ?」
レイ氏は多分大丈夫だと思うがそれよりクソガキはどうした。死んだか?
六割くらい諦めの境地でスチューデを探していた俺だが、瓦礫を押しのけて現れたレイ氏がスチューデを抱えているのを確認する。この土壇場で別シナリオのキーNPCを守ることをやってのけるとは……やはり一線を画している、か。秋津茜とシークルゥは俺たちのすぐ傍にいたので生存確認は容易く、とりあえず全員死んでいないことは確認できた。
「醤油ほしい……まぁいいや、全員無事なら悪いがすぐ立ってくれ」
奴め、お色直しは終わったらしい。うなじまでずり落ちていたエムルが俺の頭までよじ登り、その身体の震えが俺の頭を揺らす。もこもこぶるぶるしてる。
「……クソガキ、こっから先はお前がいるだけ邪魔、海岸まで全力で走って」
「ぼ、僕は……」
「あいにくお前以外船を操縦できる奴がいねーんだ、小舟でもいいから全部終わった後にこっから脱出するための手段を確保しといてくれ」
ルストの言葉に重ねるようにしてロールプレイ、どう煮ても焼いても戦力にならないスチューデをこの場から離脱させる。下手にヘイト持ってかれるくらいなら遠くで大人しくしていてほしいというのはゲーマーとしての冷静な判断によるものだ、それをどう受け取ったのかは分からないがクソガキは泣きそうな顔で崩落したコロシアムの一角から外へと走って行った。
「さて、と……レイ氏、前やったアレいけそうか?」
「ええ、同じ手順は必要ですが……いけます」
「こっちもイケる、前と同じ感じで俺が怯ませたら……」
「了解、です」
視線の先、漆黒の穴が佇む虚空。空間そのものに開いたブラックホールには
「深淵のクターニッド……」
深い淵より現れるその姿は、まさにその名を体現しているようで。
広義の意味では人の形をしたそれは、血の赤色をした筋肉むき出しの巨躯を皮膚代わりなのか魔法チックな黒い模様や文章と思しき羅列で全身を覆っていた。さっきまで命だったものを己の身体へと作り変えてから時間が経っていないのか、潮の匂いに血と死が混じったようなえもいわれぬ匂いが鼻をつく。
ゲームの題材としても結構な頻度で採用される「クトゥルフ」の一般的なイメージに近い、人の胴体に頭として蛸を接続したような異形の姿であるが、一般的なイメージと明確に異なる点が一つだけ存在する。
『人よ、遍く生まれ広がる一つ目の奇跡よ。人よ、前へ進み暗闇を照らす二つ目の奇跡よ。』
『お前たちは何を成す、何を為した。示せ、示せ、示せ。』
『天より撒かれし種よ、お前たちは根を伸ばしたのか。』
『私は倶なる天を戴く者、私は深き淵より世界を見遣る者、偉大なる軌跡の残照を知る者。』
『示せ、命の価値を。彼らの、彼女の願いは果たして叶ったのかを。』
人のものとは思えない、音が声として聞こえるとしか言えないような言葉が響く。それはクターニッドが放っているはずだというのに、複数人が一斉に喋っているようにも聞こえる。
一般的なイメージでは背中から悪魔のような翼が生えていることが多いはずだが、クターニッドの背中に生えているのは仏像の後光のような「円」だ。そしてその円には枝に果実が実るように八つの宝石が怪しげな光を放っていた。
「うるせー、内情知らねーんだから大人しく真理書を渡せタコ野郎……最終決戦だ、全員気合入れ直していけ!」
『闘争こそが命の本質故に、されば汝ら……
クターニッド最終形態「想像態」、巨大なタコもどきと俺たちチーム「不倶戴天」……正真正銘決戦の火蓋が切って落とされた。
・ぶっちゃけネタバレコーナー
クターニッドと「プレイヤー」は厳密には親戚くらいの関係
ゲームだからと当たり前のように見過ごしていませんか? 皆さん本当に気付いていませんか?
NPCとプレイヤーは異なる存在です、それは同様に……