倶に天を戴いて 其の十三
その瞬間、俺の身体は反射的に動いていた。
「逃すかぁぁぁっ!!」
次の発光まで残り五秒、杯はラスト一個。ここまで来て紫点灯から回復行動なんてさせるか! させてなるものか!!
カッコイイ設定と名前を貰ってもサンラクウェポンズ随一の汚れ仕事役こと
ただ頑丈であるということはいくらでも酷使できるということ、英傑には到れずともされど手を伸ばす刃の輝きが回転しながら持ち上げられていく紫色の杯へと突き刺さる。お祈りゲーじみた悪あがきではあったが十数分間シャトルランと
『世界が変わり果てようと根幹は揺るがず、されば人は星の海を未だ泳ぐのか……』
ポエム入った、来たな次の形態だ。意味なんぞ知らん、落ちてきた一号を回収しつつとりあえず内容だけ覚えておこう。
全ての杯が破壊され、八色の輝きを失ったクターニッド。だがそう少なくない回数俺とレイ氏が気をひくために攻撃を仕掛けたにもかかわらずクターニッド本体にダメージを受けているような素振りは一切ない。まぁ魔法生命体……いや、
触手が折りたたまれていく、表現としておかしいことはわかっているが極めて有機的な蛸の形を
質量とか物理とかは完全に無視されている、折りたたまれた触手は同じ空間の座標で重なり合い、触手一本で今はめっきりみかけなくなった電柱より太く長いはずのそれが半分に、さらに半分に、しまいには完全にクターニッドの大元、胴体へと取り込まれてしまった。
「あれが普通の蛸なら滑稽なんだけどな……」
「……身じろぎだけで、私達を殺せる蛸相手では下手に笑うのは厳しい」
分かってくれるかルスト。そうなんだよ、滑稽な行動も実力が伴うと笑うより先に怯えとか怒りとかが湧いてくるんだよ。
触手のない蛸、下手くそがコンパスを使って書いた円に蛸の目をくっつけたような姿のクターニッドであったが、その眼球すらもが胴体へと沈んでいく。ついには出来損ないのリンゴのような黒い塊となったクターニッドであったが、ぐむぐむと内側から何かがクターニッドという殻を突き破らんとするかのようにその輪郭を不気味に歪めていく。
『遠く、遠く、遠くまで来た。私は彼女の故郷を知らない。私の故郷は星の海と同胞と彼女の笑みであった』
「長文ポエムきたぞ!」
「最終形態、ですか……?」
「いや、様子見しようレイ氏。どうも蛹っぽい気配を感じるし最終形態前にもう一個挟むかもしれない」
クターニッドの身体の膨張がピタリと止まる。そして次に起きるのは収縮だ。クターニッドの身体が萎むようにではなく、そのままサイズだけが縮んでいくように小さく圧縮されていく。
『この世に在りて、されどこの世に在らざるもの。我が身に肉はなく、我が身に骨はなく、我が身に血は流れぬ』
「骨がないって、まぁ蛸ですもんね!」
「ばぶっふぅ!」
「モルド! ステイ!!」
秋津茜も不意打ちで差し込んでくるんじゃないよ、モルドの笑いのツボは感度が常人のそれより高めなんだから。
まぁいいさクターニッド戦で笑う余裕があるとも思えないし、それでもヘマをするようなら残念だが死体として頑張ってもらおう。
「だ、大丈夫、ちゃんと真面目にやるからルストもサンラクもその目を止めて……」
ゲーマーって人種は足し算と引き算が大得意なんだ、邪魔なら容赦なく引き算できるんだからな? 冗談だよモルド、屠殺される事実を知った家畜みたいな目をするんじゃないよほらグッボーイグッボーイ。
『であれば、私は妄想を事実とし、幻想として生じ、空想より出でて想像とならん。故にこそ、故にこそ仮想となりて我血肉を求む』
「焼肉が食べたいってことですかね?」
「秋津茜、ステイ」
ちょっと俺の笑いのツボも刺激されかけたわあぶねぇ。ただクターニッドの変化を見た瞬間、笑っている場合ではないと悟った俺は恐らく現物を見たことがある俺以上に
「全員武器を構えて全方位警戒!!」
それを例えるなら己の力に耐え切れず崩壊したコラプサー、天体を呑み、光すらをも喰らう重力の怪物……
俺は魔法職ではないのであの魔法陣がどういう仕組みなのかを理解することはできないが、魔法陣から漏れ出す特徴的な光のエフェクトには激しく見覚えがある。厳密には若干異なるがほぼ似ているということは発動される効果も似ていると考えるのが必定、そして本来であればヴォーパルバニーやケット・シーなどの脆弱な魔物が持つはずのその魔法は。
『命脈の波濤に抗え、闘争こそが命の本質故に』
ランダムエンカウンター、恐らくクターニッド用にチューンされたのだろう正真正銘の「
雑魚はつみれに、強者は据え置き、キメラはカイセンオー。なんのことかって? 今現在の地獄を形容する言葉だよ。
「やっべぇハンティングゲーとゾンビゲーと格ゲーのボス戦がぜんぶ混ざった気分だ!」
「これ死ぬ死ぬ死ぬですわーっ!」
「ええい泣くのは全部終わってからラビッツでやれ! よっしゃモンスタートレイン行くぞ!!」
直線に逃げていた俺が真横に飛びのいたことでギガリュウグウノツカイことアルクトゥス・レガレクスの猛進が腐れつみれの大群へと突撃をかます。
モンスターハウス、という言葉がある。いわゆる迷宮探索系のゲームにおけるトラップであり、密室の中に大量に湧くモンスターをすべて倒さないと外に出られないタイプの罠。それはプレイヤーよりレベルの高いモンスター数体によるリンチであったり、プレイヤーよりレベルは低いが数十倍の物量による圧倒であったりと種類は様々だが、クターニッド君はどうやら両方のいいとこ取りをしてくれやがったらしい。
便宜上「真ランダムエンカウンター」と呼称するが、奴が発動した数十の魔法によってコロシアムは大量の魚とモンスターによって埋め尽くされた。そして魚達は存在の定義を反転させられたことで腐りかけの半魚人へと変貌し、空中にはアルクトゥス・レガレクスがリュウグウノツカイとは思えない咆哮を上げてターゲットを定めんとしていた。
「……なにこれ」
「いわゆる「なかまをよぶ」コマンド!」
「……理解した、モルド支援して」
「わかった!」
ある程度別ゲーの単語でも通じる相手というのは非常にありがたい。秋津茜を見ろ、俺の言葉と目の前の光景を見て「クターニッドのお友達?」とかすっとんきょうなこと言い出してるぞ。まぁちゃんと行動してるところは褒めてもいい。
「レイ氏! あのデカいのは俺がヘイトを受け持つ! 雑魚を掃討してくれ!」
クターニッドがなかまをよぶコマンドを使用した意味を考えろ、基本的に「仲間呼び」ってのは雑魚モンスターがやることだ。ボスモンスターが部下やら眷属やらを呼ぶことはあるが、こうも無差別に呼び出したことには違和感がある。
だとすればこのモンスター達は壁じゃない、奴が求めている「血」と「肉」と「骨」だ。クターニッドの台詞は世界観的にはやつの独白、ゲーム的に言えば次のギミックのヒントだ。
クターニッドのポエムは難解だが現代語だ、状況と一緒に噛み砕けば答えが見えてくる。クターニッドは自分には血肉がなく、それ故に血肉を求めると言った。妄想を事実として、空想から現れ、仮想をへて想像となる。
重要なのは言葉の意味ではなく単語の数、「妄想」「幻想」「空想」「仮想」「想像」……ルルイアスを正常な位置に戻す前の蛸の姿を第一形態と考えればクターニッドは全部で五つの形態を持っていると推測できる。つまり今の状況は奴が「仮想態」であるということだ。
「エムル、お前は俺がアレの気をひいてる間近づいてくる雑魚を対処してくれ。あと可能なら倒しきれ」
「は、はいなっ」
血肉を求め、最終形態が控えている状態で大量の血肉を呼び出す。そしてパズルの最後のピースを埋めようか。クターニッドは俺達にずっとヒントを出してきていた。
『揺るがぬ心で進め、届かぬ高みはなく』
上空高くに位置するクターニッドを引き摺り下ろすために、届かないからと諦めることなく戦え。事実触手の全てを迎撃することで奴は地上へと降り立った。
『信ずる己を見出せ、世界が変わり果てようと根幹は揺るがず』
八つの杯、八つの光によって性別が、視界が、ステータスが変わろうとも根幹は変わらない。女になろうが素早さが頑丈さにすり替わろうが戦い続けたことで杯はすべて砕けた。
であるならば先ほどの言葉……『命脈の波濤に抗え、闘争こそが命の本質故に』は何を意味しているのか。
命脈の波濤とはまさしく今現在の状況だ。この海の中で紡がれてきた命が一堂に会し、こちらへと襲い掛かってくる。そして奴が提示した取るべき行動は「闘争」、「逃走」ではない。
冷静に考えりゃわかることだ、今のクターニッドは穴に変形したんじゃない。大きく開いた
「なら俺たちがやるべきことは決まってる」
やつの口に入る量を減らして満腹にさせない。第四形態とはすなわち第五形態時の戦闘力を如何に削れるかの戦いだ。
本文中でも出しましたがクターニッドの形態にはちゃんと名前が設定されています
・妄想態:厳密にはクターニッド本体ではなくクターニッドによる「認識」の形態、本来はそこに存在しないはずの大蛸を相手に適当に死闘を繰り広げた後適当に解放される。アラバ祖父
・幻想態:エリアギミックを乗り越えた者の前に現れるクターニッド本体、クターニッド的には結構リラックスしている状態
・空想態:クターニッドがかつての姿を模して「物質としてそこに存在はしないがエントロピーとかそういうの的にそこに何かがいる」状態になる。いい歳した大人が高校生時代の制服を着ている感じ
・仮想態:さなぎをやぶりちょうはまう
・想像態:想いは実像を得た、来れ挑戦者よ。今こそ血と肉と骨を携え相対しよう