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倶に天を戴いて 其の十二

「はぁーっもう、めんどくせーっ!!」


今まで生きてきた中で幼少期以外では絶対出せないような高音で叫びながら、届かない高さへと行ってしまった青色の杯に悪態をつく。

何度か視界がひっくり返ったものの正常な色を知覚できる状態でなんとか緑色の杯の破壊に成功し、さぁ次の杯だと意気込んだはいいものの……ここに来て良悪含めて三つの事実が判明していた。


「そろそろ次の発光が来るですわ!!」


「青来い、青来い、青……!」


「……藍色(・・)


「乱数ァーッ!」


まず一つ目、何度も発光を許したことで否が応でも理解してしまった発光の間隔。三十秒間隔で光る杯が齎す効果は別々の色同士であるならば重複し、同じ色が二度光ることで元の状態へと戻る。


「何が入れ替わっ……ぶげぇ!?」


「サンラクさん!?」


「オーケー……言わなくても分かった……敏捷(AGI)耐久(VIT)だ」


直撃こそ免れど触手に引っかかって派手に吹き飛んだ俺であったが、本来であれば幸運によるHP1で堪える効果が発動しない限り一撃でHPが全損しているはずが一割程度残っている。どうやら今回の「藍」はサンラクという高機動アタッカーの強みを全否定しに来たらしい。

そう、二つ目の事実は「藍色」の光が持つ効果だ。色調反転や性別反転なんぞ比べ物にもならない、「紫」も含めて悪辣極まりないその効果はステータス反転(・・・・・・・)。各ステータスのパラメータを入れ替えてしまう反転の定義が疑わしくなってくるような制限が課されるのだ。


「く………」


この効果は所謂特化型のステータス配分をしているプレイヤーにとっては天敵とも言っていい。タンクからSTRやVITを差し引いたら? 軽戦士からAGIとDEXを奪ったら? 魔法職からMPを削ぎ落としたら? 悪辣極まりない、だがメリットが無いわけでもないからこそ厄介なのだ。


「レイ氏! 役割スイッチだ!」


「了解、です……!」


タンク寄りのオールラウンダーであるレイ氏は比較的被害が少ないとはいえ、今のステータス入れ替えで頑強さを削がれたものの素早さを手に入れた。そしてその反対に足を奪われた俺はタンク職に匹敵する耐久力を得た。

役割が入れ替わる、足早にレイ氏が後退し代わりにステータス画面を弄る俺が前へと出る。今の俺はかつての俺とは違う、言うなればバージョン2だ。極めて限定的な時間とはいえ、代償として強制破損というデメリットを背負っているとはいえ、今の俺は………お洒落できる(・・・・・・)


「馬鹿め、俺がタンクできないと誰が言ったぁ!!」


所謂プレイヤーが作成用素材を用意せずとも金さえ積めば入手することができる店売り装備。ラビッツにおいてヴァイスアッシュに最も近い存在であり、現状「名匠」「古匠」のジョブを持つ神匠に最も近い兎ことビィラックが作成した重戦士(タンク)用全身鎧「守り人の大鎧」シリーズ。

一式を装備することで「自身を対象にスキルや魔法を使用していない状態で被弾した場合ダメージを軽減する」という効果を発揮する。実際普通に(・・・)プレイする場合スキルや魔法抜きで戦うこと自体稀なのであまり有用な効果ではないのだが、今の俺にとってはありがたい効果だ。


「む、ぐぅぅ……!」


持ち込んだポーションはとうの昔に尽きている。ルルイアス滞在中に捕獲したHP回復効果のある魚を頭ごとバリバリ食べることで無理やり体力を回復させた俺にクターニッドの触手が襲いかかる。サッカーボールのように吹き飛びコロシアムを転がる俺だが、見た目ほど受けたダメージは大きくない。


「くそう……小骨の感触まで忠実再現しやがってぇ……」


流石に小骨が喉に刺さる、なんてところまで再現はしなかった……いや、多分このゲームに使われてる技術的に可能ではあるがしなかった、というところだろうが助かる。干し魚にすればもう少し食べやすいんだろうが、なんというか……うん、生でかじった方が咀嚼速度的に回復する時間が早いんだよな。

鳥面時にこれをやったところルストから「鳥なら噛まずに飲めよ」と言われたりもしたが、うるせー俺は人間なんだよと言い返してやったりもした。ああそういえばこのゲームを始めてから結構な頻度で鳥扱いされたな、アラバは俺のこと鳥人族(バーディアン)とか言ってたが……いや待てこれ走馬灯だ。


「うぉらっしゃあい!!」


全身全霊、STRの全てを注ぎ込んだ全力の跳躍。足が引っかかり水切りの石のようにフリスビー的回転をしながらもかろうじてHPは0にはならず、藍色の光が視界を染めたと認識した瞬間全力で装備を脱ぎ捨てた俺は半裸の女キャラという痴女そのものな格好であることすら気にせず全力で走ってクターニッドから距離を離した。


「危ない危ない……むぐ」


「その、もう少し服を着たりとか……というか、魚を生で頭から齧るのは……」


「モルド、見てくれに惑わされるな。俺は男だし効率のためなら多少の常識は捨ててもいいと思っている」


「捨ててるのは常識じゃなくて最低限の人間性だよ……」


ええい人間シシャモの頭だって普通に食ってるしシラスなんて骨や頭すら認識せずにまとめて口の中に放り込んでるだろうが、今更ロリ巨乳が半裸で魚を頭からバリバリ食ってるくらいでうろたえるんじゃあない。


「……サンラク、モルドの教育に悪いからもう少し見えないところでやって」


「回復終わったら前線に突っ込むんだからさらに後ろに下がるだけロスだろ……ほら「紫」が降りてきた! あればっかりは最優先破壊だぞ!」


恐らく第二形態に突入した瞬間に自壊した四つの杯は封将と対応しているのだろう、考えたくないが効果内容も同様に。つまり封将を倒していなければ物理無効やら近距離無効やらが付与されていたかもしれないと考えるとゾッとしないが、それと同じくらい「紫」の杯の持つ効果は使わせてはいけない。うん、今紫色に光ったな。


「って言ってるそばからかぁ……!」


「すいません破壊しきれませんでしたーっ!!」


「ちっくしょう再生(・・)なんぞされてたまるか! ポーション残ってる奴はあと何人だ!?」


「……私はまだ残ってる」


「私も、です……!」


そして現状判明した中で最悪と言っていいのが三つ目……「紫」の杯の効果だ。紫の杯の効果はずばり「ダメージ反転」、文字だけだとカウンター効果のように思えるが違う。ダメージ(HPが減る)回復(HPが増える)に反転させるのだ。それにより何が起きるか? こちらからの攻撃で杯が再生しだすのだ。いやそれだけじゃない。


クターニッドが触手を振り上げる。その触手が持っているのはあと少しで破壊できそうな青色の杯、そしてクターニッドは俺たちへ危害を加えるためではなく、明らかに杯にダメージがいくような動きで触手を叩きつけた。轟音と共に青色の杯が地面に叩きつけられ、今にも真っ二つに割れてしまいそうな亀裂が修復され始める。

そう、クターニッドの野郎あれだけの強さを誇るくせに杯の再生を自発的にやるのだ。みみっちいんだよタコ! クソ、罵倒が事実確認になるから効果がない……おのれクターニッド。


だがこちらとてそれを指をくわえて見ているわけではない。ダメージが回復になるならその逆もまた反転する、投げつけられたポーションが杯にぶつかって中身をぶちまける。本来は傷を癒すはずのそれは硫酸のように振舞って癒え始めた杯を再び蝕む。


「どうりでポーションの代わりになる魚が大量にゲットできたわけだ……」


初見殺しも(はなは)だしいが、ちゃんと救済策が用意されているあたりが腹立たしい。とはいえまさか「回復阻止のために投擲武器としてポーション使うので温存しよう」なんて事前情報抜きに予測できるわけねーけどな!!


「三十秒ですわーっ!」


タイマー……もといエムルの声が響く。どちらにせよ前に出て囮をやる俺とレイ氏以外はぶっちゃけ結構暇なのだ。アタッカーを後ろに控えさせておかないと杯を攻撃する際に最高効率を出せないので今のフォーメーションを変える気もなく、エムルの声で次の発光が来ることを知った俺は忌々しい乱数が良確率を引き当てることを祈るしかない。


「藍色だぞ!」


「よぉぉぉっしゃぁぁ! ぶっ壊せぇ!!」


ステータスが元に戻った今のうちに壊せないとまた乱数お祈りゲーになる、元の頑丈さを取り戻したレイ氏と元の素早さを取り戻した俺は、藍色の杯を持つ触手の攻撃を誘発すべく駈け出すのだった。胸が揺れて痛い!

半裸で全身に傷跡みたいな痣があって据わった目で生魚を頭からムシャムシャ齧る女……山姥か何か?


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