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倶に天を戴いて 其の八

この感じ、万能感とは少し違うな。感覚が研ぎ澄まされている……とも違う、思考が非常にスムーズだ。そう、今の俺はミステリー物におけるデウスエクスマキナじみた探偵キャラくらい頭が冴えている。いかなる謎が立ちふさがろうとも俺の敵ではない。


「よし、破壊しよう」


「もう少し考えようよ!?」


玉座の間。我々チーム「不倶戴天」は遂にかつての王、もしかしたら女王の日記に記された玉座にあるという「要石」なるオブジェクトを発見していた。

てっきり肉の塊に人の顔やら腕やらが生えていてこちらに手を伸ばし懇願の眼差しで「コロシテ……コロシテ……」とか言っちゃうくらいの代物を想定していたのだが、そんな期待(?)は裏切られた。この空間の最上段に設置された玉座に座る(・・)ようにして、それは存在していた。


「人型の……クリスタル?」


「高く売れそうですね!」


「……秋津茜、空気を読め」


「はいすいませんルストさん!」


「いやしかし実際これ売ったらおいくらくらいに痛ぁ!?」


足首をつま先で蹴り抜くとか鬼かてめーはルストオラァ!?

くそう……まぁいいや、ともかくこれが「要石」とやらなんだろう、だが気になるのはこれが人型の姿を取っているということだ。「碑」なる文字が日記の中に登場した以上どこかしらに文字が刻まれた石碑があってもおかしくない……


「サンラクさん! 椅子の後ろ側に文字が! でも読めないです!!」


「よーし大体解決だ、壊すか!」


「サンラクサンなんだか思考回路がストレートになりすぎですわ!?」


いや実際のところ破壊が一番手っ取り早い解決方法ってのはあながち間違いじゃないんだぞ? 施錠された木製の扉の鍵を探すより扉を破壊したほうが手っ取り早いし、なんなら壁をぶち抜いてもいい。自由度を謳ってた癖に自由すぎてラスダンですら壁をぶち抜いて直進すればギミック全無視でボスに到達できるゲームとかあったんだぞ?


「……よく分からないけど、サンラクがポンコツになったので、私達で考える」


「あ、あはは……でも、随分と精巧に作られた水晶ですね……」


「…………」


これは、俺だけが……いや、俺とエムルだけが知っている事実だが。この水晶で作られた人型……見覚えがある。

厳密にはこの水晶人型が「誰」なのかを知っているわけではないが、水晶仕立てとはいえその服装の造形に見覚えがある。


(確か、「遠き日のセツナ」も似たような服装だったよな……)


こいつ、誰だ? この際誰であってもいいが、これのモチーフになった女性は一体どんな人物だったんだ? クソ、情報が少なすぎるからクリアな思考回路でも答えは導き出せなさそうだ。やはり破壊するしか……


「にしても随分とゴージャスな水晶像だな」


「………まぁ、確かに。目が紅玉(ルビー)みたいだし」


「これネックレスなんじゃなくて、ネックレス型に宝石が埋め込まれてるのか。随分と特徴的なカッティングのダイヤだな………ん?」


「…………」


「…………」


しばらくの間、俺とルストは顔を見合わせる。そして互いに今考えていることが一致しているだろうことを視線の交差で確認した俺たちは互いに頷き、迷うことなく行動を開始した。


「…………そいっ」


「せいっ!」


ルストの二指が穏やかな表情に彫られた水晶の女性の目に突き立てられ、俺の手が水晶女性の鎖骨の真ん中あたりに埋め込まれた、十字架状のダイヤモンドと思しき水晶とは異なる透明な輝きを放つ宝石を掴む。突然の暴挙に全員がフリーズする中、グリグリと指を動かしていたルストが水晶女性の目玉(ルビー)をくり抜き、俺はネックレスの形に埋め込まれていた宝石をすべてむしり取る。


「ちょ、ちょちょ、ちょっとルスト!?」


「えと、あの……サンラク、さん?」


「王権の移譲、政治的な意味ではなく象徴的な意味で王を王たらしめるものと言えば?」


「……ついでに、本命の扉を開けるための鍵を、別のところに置くのはゲームの常道」


王様というジョブを思い浮かべる場合まず最初に思い浮かべるもの、この城の執務室で情報を手に入れ、玉座の間で要石を解く為に必要な鍵を最上階で手に入れる。実にゲーム的な配置関係じゃないか、それに大きすぎず小さすぎずな宝石の数々は実に欠けたものを埋め合わせてくれそうだ。


「日記曰く、かつての王と玉座を基に作られた「要石」の間で行われた王権の譲渡。それを逆戻し(・・・)にすることが正解だとすれば……」


「あ……損なわれた、王権の回復……!」


その通りだレイ氏、見るからに「宝石を嵌め込んでね」とでも言いたげな空洞を持つ見すぼらしい王冠。王権の輝きは宝石と共に譲渡され、今それを元の場所へと戻すのだ。


「……あれっ、嵌らない」


「……サンラク、それ上下逆。全く…………む、………っ、………っ!」


「ルストそんなガンガン押し込んだら割れちゃうって! というかその宝石別のところに嵌めるやつじゃないの?」


え、じゃあこっちか? いや嵌らないし……あれ、あれぇ?




「…………やっぱり破壊したほうがいいかもしれない」


「だろ? やっぱり名案だったじゃないか」


「いやいやいやいや………」


「私! パズル得意ですよ!」


秋津茜がそう言うので、半信半疑ながらも俺とルストは王冠と宝石を手渡す。本当にできるのか? 俺とルストが知恵を絞っても完成できなかった超難問を言っちゃ悪いが割とアレな秋津茜が……うん、宝石を逆にひっくり返して……あ、嵌ったね。


「やっぱりこれ、そもそも表と裏が逆だったんですね! クターニッドがわざわざ逆さまにしたんでしょうか?」


「笑えよ秋津茜、俺はどうやらゴミ野郎だったらしい」


「………恥とは、己を殺す毒に、等しく……っ!」


「えぇ!? どうしたんですか!?」


んな簡単な引っ掛けに気づかず何をやってたんだ俺たちは………気を取り直そう、ここで折れてちゃクターニッド戦で砕けてしまいそうだ。ともかくこれで王冠は本来の姿を戻したわけだろうが、何か変化は……?

視線を向ければ、言い方は悪いがカビが増殖していくように錆びついた表面を黄金色が這っていく王冠の姿。そして数秒後には黄金のクラウンに色とりどりの宝石が嵌め込まれた、まさしく王権の象徴にふさわしい姿を取り戻した王冠がルストの手に持たれていた。


「…………特に今この瞬間何かが起こるわけじゃないのな」


「となると、やはりクターニッドの、ところに……?」


「いや、もう少しだけ探索しよう」


リボルブランタンの効果時間内に戦闘に入りたいところだが、可能な限り情報収集はしておきたい。玉座の後ろに回って文字とやらを確認する。


「んー………? これって」


非常にクセのある文体だが、これって筆記体の……


その時、ルルイアス全体が揺れた。それは当然ルルイアス中央にいる俺たちもまた揺れによって体勢を崩される。


「この手の時間差イベント発生は不意打ちされて困るっての!」


「このままクターニッド戦に直行ですか!?」


「……その可能性は、高い……!」


武器に手をかけ、立っていられないほどに揺れ始めた玉座の間で膝をつきながら辺りを警戒する。だが俺たちに牙を剥いたのはクターニッドではなく、この空間そのものだった。

最初それを視認した時、バグか何かだと思った。なにせプレイヤーやNPC以外のすべてのオブジェクトにノイズが走っているのだから。だがそれを他の面子に言葉として伝えるよりも先に……


「は?」


「へ?」


「え?」


「わっ」


「ちょっ」


ぐるん、と。天地が逆さまにひっくり返った(・・・・・・・)

先ほどまで足元にあったはずの床がはるか上に、その代わり足元には天井が驚くほど近くに。だが最も重要なのは、俺達の身体は正しい重力に従い上へ………いいや違う、下に落ちているということだ。


「待て待て待て待て初見殺しの落下死とか悪辣すぎんだろオイ!」


「というかこのままだとアタシが潰れるですわぁーっ!?」


いや待て信じるんだ、クソゲーならまず確実にこのまま落下しするが神ゲーなら、神ゲーならそこらへん配慮してくれる……! というか、


「このまま落下死したら末代までネガキャンしてやるからなぁぁぁぁぁぁぁ!!」















不倶戴天。その意味は絶対的な敵対、同じ(そら)に存在することすら許容できぬ憎悪であり、水と油が決して混じらないように、互いが弾かれる様を指す。だが天地は、摂理は、要の石がルルイアス(ルールイア)の王権を手放したことでなにもかもが反転する。

故にこそ、深き海の底で盟主として君臨していたそれ(・・)は相対を決意する。かつての彼ら(・・)が遺した未来を、なんでもない明日を迎える為に「世界」と戦った偉大なる神人の後継は己の足で前に進めるのかを推し量るために。



『ユニークモンスター「深淵のクターニッド」に遭遇しました。』



深淵は今ここに、再び(とも)なる(そら)を戴く。


Kthanidクタニド

クタニドは、ブライアン・ラムレイの作品では、旧神のリーダー。クトゥルーの従兄弟でクトゥルーと同じ姿だが慈愛に満ちた黄金色の目をしている。人間たちを守りたいと願う強く優しい神。

(Wikipediaより抜粋)

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