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倶に天を戴いて 其の七

「……さて、と」


「あ……」


「おやレイ氏」


俺自身はライオットブラッドをキメた事、そもそも普段からこの手の徹夜行軍に慣れている事もあって軽く用を足し、軽食をかきこんでから戻って来たのだが、そこで丁度ログインしてきたレイ氏と遭遇した。


「お早いお帰りだねレイ氏」


「そ、そちらこそ……」


「まぁ軽く食べてきただけだし……」


沈黙。いや待て待て、何か話題あるだろう。仮にも一週間同じクエストを……あー、レイ氏その半分以上欠席だったわ。


「………」


「………」


「そ、そうだ!」


「はいなんでしょうかっ!?」


「名前はちょっと忘れたけど……あの鎧と剣は使わないんで?」


「へ? あ、えーと! それはちょっと、その、イメチェンと言いますか……あ、ちゃんとクターニッドとの決戦では使うつもりですよ? えぇ!」


「な、成る程」


こちらの煌蠍の籠手のチャージもあと少しで完了する。そう考えると一週間という制限時間ギリギリで決戦に挑むこのタイミングはいろんな意味で丁度よかったわけだ。


「………」


「………」


さて困った……このままではまた会話が途切れてしまう、この程度のコミュニケーション(ちから)ではラブクロックが地獄の底から俺を笑いに来るぜ。


「えーと……」


「あの」


「んぉ?」


俺の脳細胞がコミュニケーションを継続するための架け橋を突貫工事で作り上げている最中、レイ氏から俺の方へと話しかけてきた。渡りに船とはこの事だ、これを起点に会話を続けてみせよう。


「あの、その……一つ、お訊きしたい事が、ですね」


「俺に答えられる限りのことなら」


鎧を震わせ、さながら猛獣が唸りを上げるかのようなオーラを放つレイ氏。なんだ、何をするつもりだ? これはあれか、嘘をついたら覚悟できてるんだろうな的なサムシングを無言で伝えてきているのか?


「その……クラン「旅狼(ヴォルフガング)」の、事なんですが……」


高速で演算を行う俺の頭脳がこの先推測されるレイ氏の発言を予測し、いくつかの結果を提示する。考えられる可能性としては、


・最近調子に乗りすぎでは? 潰しますね


・一体他にどんな情報を隠しているのですか? 潰して吐かせますね


・後々の脅威となっては面倒です、潰しますね


「……っ、ふぅぅぅー……」


恐らく単純なプレイヤースキルで言えばレイ氏はそこまで突出した存在ではない、シルヴィア・ゴールドバーグと比べれば向こうの方が強い。

だがここは格ゲーではなく、対人戦におけるアドバンテージはプレイヤースキルではなくステータスパラメータだ。その観点から見ればレイ氏はシルヴィア・ゴールドバーグを凌駕している。スナイパーライフルを取り扱うのに飛んだり跳ねたりする必要はない、照準を合わせて引き金を引くただそれだけの動作を如何に最適化するかが重要だ。つまりは身体一つの技能ではなくパラメータや武装を含んだ全体的なパフォーマンス、その点重装甲と高火力を両立し百二十点に届かずとも合格点を常に維持し続けるレイ氏は格ゲーではないハクスラアクションゲーというカテゴリ内における強者でありもし仮にレイ氏がこの場でフルパワーを出して襲ってきた場合俺が打てる手は少なく逃走か説得に望みを託す事しか……


「あ、あの……」


「出来る事なら非殺傷形式で……」


「???」


あれ、てっきりタイマンでこちらの情報を洗いざらい吐かせるつもりなのかと思ったのだが……思い過ごしだったか? 自ら唸り声を上げるような無様な真似はせず、されど鎧を震わせる事で己の威を言外に告げる様は、成る程こういう挑発コマンドもあるのかと感心したものだが。


「その……ええと……今……弊クランは、その、メンバーを新規に募集していたりは、するので……しょうか」


「メンバー?」


なんだ、何故ウチのクランのメンバー状況なんてものを気にする? 最大手の廃人クラン様に勝ってるものなんてほぼ存在しない木っ端クランだぞ。

そりゃ確かにユニークシナリオEXを三人で達成した実績は我ながら自慢できるものだとは思うが、所詮はたった三人。

軽く物量で責め立てられるだけですぐに根を上げる程度だ、物量戦とはそういうもので一騎当千が軍団を結成したらそらどうしようもないのだから。


ここで返すべき答えはなんだ? 実はレイ氏以外全員「旅狼(ヴォルフガング)」入団内定してます、という事実を言っていいものか。

いやしかしどうしたものか、ううむ……くそ、いつだったかも同じ結論に至った気がするぞ。こういう口八丁手八丁はペンシルゴンの領分なんだよ!!


「まぁ、出来立てホヤホヤのクランだし定員オーバーしてるって事もないと思うけど……」


「そう、ですか……!」


「……えーと、なぜそんな事を気にするんで?」


聞いた、聞いてやった! 聞いてしまった!

ゲームにおける禁じ手、自分で謎を解き明かす前に敵に答えを聞こうとするご法度! 大抵クソむかつく顔で要約すると「自分で考えろカス」と来たるべき戦闘への殺意……もといモチベーションが否応にも高まる敵キャラ特有の真実のはぐらかしを喰らいかねない危険な技だ。

だがこれは対人戦、素朴な疑問を装って真意を聞き出せ……! これを素で軽々とやってのけるあんちくしょうはやっぱり外道だな。コミュちからがチワワにも劣るユニーク他力本願マンは論外だ。


「え、何故、ええと、何故……あの、その、ええと……それは、その、実は……」


実は?

レイ氏のアバターは今、鬼武者の格好をしている。その表情は憤怒の表情を浮かべる鬼の面隠しによって窺うことはできず、その沈黙の理由が俺には分からない。

今度はちゃんとカウントした、二十三秒だ。二十三秒の沈黙の後、ついにレイ氏が言葉を放つ。


「……いえ、これに関しては、地上に戻ったら話し……ます」


「………そっか」



ぬぁぁぁぁあああ超気になるぅぅぅぅぅぅ!!!

そこではぐらかすのはねーっすよレイ氏ィ! 逆に気になるわ! ムッチャ気になるわ!!


クソ、やはり侮りがたしサイガ-0。この俺がこうも容易く手玉に取られるとはな……これが、シャンフロの最前線に立つ廃人という訳か……ええいヤケ(エナドリ)だぁ!!


「ちょっと急用が生えてきたので一旦落ちます! おやすーみ!」


「え、へ! は、はい!?」


ログオーッフ!!






「くっそぉ……焦らしプレイの達人かよ」


いやむしろ余程の理由であるからこそこの場で明かす事を避けたのかもしれない、じらされてその内容に懊悩する方が良いとレイ氏は判断したのかもしれない。エナドリエナドリ……っと。


世界の危機や、知るべきではない真実を知ってもプレイヤーが「へぇそうなんだ」で済ませられるのはあくまでもゲーム内の世界の危機が極論他人事であるからだ。視線を向けるのも面倒だ適当にこれでいいや。


だがシャンフロでは、いやプレイヤーが己の分身を自作(キャラメイク)するゲームにおいて、ゲーム内で起きる出来事は即ち他人事ではなく、己自身に降りかかる事実なのだ。プシュッと開けてグイッと一気……なんだこの味、濃縮されたエナドリ特有のエグ味がスパークリングしてして味わうよりも先に身体に吸収されるような



ライオットブラッド・リボルブランタン



「あ゛」


間に描かれたカボチャ頭の間抜け面と目が合う。だばぁ、と今までにない蛍光色かつ朱色の液体が一筋、口の端から垂れ落ちる。

飲んじゃった……もっとこう、覚悟を決めて然るべき場を整えて挑戦するつもりだったんだが嗚呼身体にカフェインが染み込んでいくぅ……うーわすげぇ今までの奴より即効性あるこれ! すげぇ! でもこれ絶対健康的なアレじゃないねアッハッハー!!


ログイーッン!!






「あ、お帰りなさ……」


「よーし休憩終了! 玉座行くぞ玉座! カチコミ前カチコミだ! なにそれ意味わかんねーアッハッハ!!」


「え、ちょ、五分の間に何が!? 何が起きたんですかひづ……サンラクさん!」


積み重ねにどれだけ時間をかけても、物事の結果は大体一分で結実するもんなんだよ! こまけぇことは気にするだけ無駄無駄!

お空キレーイ! 上にあるのは地底だけどなアッハッハ!


あれだ、例えば人間にスイッチがあるものとして今の俺はスイッチをむしり取って電流を直接流してる感じ。これがありゃあシルヴィア・ゴールドバーグにも勝てたかもしれないなぁ!

なんというかアレだ、キマり方の原理が他と違う感じがする。今までのキマり方がパイプの中にある不純物を取り除いてクリアな流れにするとしたら、これはそれに加えて加速が入っている。


いや、むしろアンデッドと続けてライオットブラッドを摂取したせいか? まぁいいや、人間エナドリを日に二本飲んだ程度じゃ死なない。

効果時間が短めなんだっけか、さっさと謎を解いてクターニッドにカチコミだ!


とりあえず教訓! 正式に発売されてもリボルブランタンは時と場所を選ぼう!

うん、そうやってはぐらかして最終的に有耶無耶にしちゃうところがダメだと思うよヒロインちゃん


主人公が異様にキマってるのはほとんどプラシーボ効果によるものです、よくある「酒一杯で泥酔する」系のキャラクターのエナドリ版です。

それと前話に100話ごとネタバレコーナーを入れるのを素で忘れていたので201話に入れることにしました、お詫びとして割ととっておきの設定を開示します。








・「リュカオーン」「ウェザエモン」「クターニッド」「ジークヴルム」「オルケストラ」「--------」「-------」はシャングリラ・フロンティアというゲームではなく「シャングリラ・フロンティア」という作品における現実世界内に実在(・・)しています。

そして現実世界に存在するそれ(・・)とゲーム内に登場するそれ(・・)は、広義の意味では同一存在です。

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