<< 前へ次へ >>  更新
183/747

修練と研修の収束



運命の第三ラウンド。

互いにゲージを残し、既に互いの位置は割れている。ゼノセルグスは暫くこちらへ来ることはないだろう、即ちここが山場、シルバージャンパーは何とかしてここを逃れる必要があり、ミーティアスはなんとしてでもここで仕留める必要がある。


「さっきはちょっとカッとしちゃったよ、ゴメンネ」


「心配無用だよ、人間をやめた動きには慣れてる」


鍵を握るのはやはり超必殺だ。ミーティアスの超必殺「ミーティア・ストライク」は一見凄まじい性能を誇っている……ように見える。実際クロックファイアやカースドプリズンに対して使用したそれは凄まじい威力を叩き出していた。

だがミーティア・ストライクには明確な弱点が存在する、シルヴィアの強みの一つはその弱点を隠すテクニックでもある。


(あの特撮飛び蹴りは……技を出した後の硬直が他のキャラの超必殺よりも長い)


厳密には蹴りを放った後に後ろを向いて決めポーズを取るまでが超必殺の判定となっており、蹴りを放った後のポーズ中に攻撃を当てることができれば怯みモーションを取らせることができるのだ。

シルヴィアは基本的にとどめを刺す際に使用して隙の発生そのものを無問題とする、もしくは話術や周囲の状況を利用して隙から目を逸らさせるのだ。


カースドプリズン(サンラク)の場合は迎撃側も寸劇(ロールプレイ)にノっていた為に気づいていなかったようだが、もしもあの瞬間後ろのNPCを庇うような真似をせずに速攻で「脱獄(プリズンブレイク)」していれば、結果は変わっていたかもしれない。


(ま、仮にそれに気づいていたとしてもあいつがそれをやるかは微妙なところか、バカだし)


楽しい引き分けと、最適化した勝利。生憎慧の友人達は笑顔で前者を選ぶタイプばかりなのだから。


(向こうはこっちがゲージを使うことを狙ってる、使うとすれば超必殺への対処の時……)


3ラウンド目現在、ケイオースキューブの場所はいまだに分かっていない、だがおおよその見当はついている。


このゲームでは基本的にキューブの発生地点にある程度のパターンが存在する。流石に路地裏のゴミ箱の中や、そこらのデリの厨房の中まで探さなければならないようではゲームのカテゴリが変わり過ぎる。

それ故にケイオースキューブは例外も混じるが主に三つの場所のどれかに置かれる事が多い。


一つ目は公園やスタジアムなどの見晴らしの良い平地の中心。なんらかのオブジェクト、大抵は例えば噴水などのシンボルの真上を浮いている。ちなみに昨夜の検証の際はNPC達が避難したスタジアムに爆弾魔(ペンシルゴン)が突撃を敢行するという悲劇が起きたりもした。


二つ目はビルの屋上。それもヘリポートが存在するものに限り、これに関しては最初の段階で有無を確かめることができる。ヘリポートが存在するビルの形状もパターンがあるので特定は簡単だ。


そして三つ目……このケイオースシティにおける最大のシンボル、形を変え続ける街にあってただ一つ必ず設置される建築物オブジェクトであるケイオースタワー。その最上階、展望室こそがケイオースキューブが設置される三つのポイントの最後の一つである。


視線は動かさない、シルヴィアはそれだけでケイオースキューブの場所を察知しかねない。

ジリジリと時間の経過に比例して緊張が高まる。先行して動くことが有利とは限らず、先んじて動かなければ圧倒される危険性もある。

ゼノセルグスを呼び込む案もあまり得策ではない、おそらくもう対応されている。流石にそれはないと信じたいが、既にシルヴィアがMPKを使えるようになっていたとしたら次に多対一を強いられるのは慧の方となる。


「……悪い癖、かな」


シルヴィアやサンラクは「動きながら考える」タイプであり、ペンシルゴンや慧は「考えながら動く」タイプだ。さらに言えば己やペンシルゴンが作戦に沿って行動するのに対して、奴らは常にその場で作戦を更新し続けている。

悩みは動きを鈍らせる、迷いを奴らは突いてくる。であれば、であれば、であれば。


(キューブの確保、それ以外は横着しない)


己の行動はただ一点に、思考を束ねて目の前の強敵にのみ集中する。

幾度となく負け、そして幾度となく研究を続けてきた。会うたびに強さが更新され続ける怪物、だがそれでも根底の癖やバトルスタイルは変わらない。


「っ……!」


先手を取ったのはシルバージャンパー。果たして白銀は後退することなく前へ、ミーティアスの元へと駆け出す。それを笑顔で迎え撃つミーティアスが加速、シルバージャンパーが距離を詰めるよりも早く己の射程範囲にシルバージャンパーを入れる。


「さぁ、追いつけるかな!」


「追いつかなくてもやりようはある……よっ!」


現実における魚臣 慧が実際に筋肉をつける必要はない、ただそれを行う「やり方」だけ理解していればいい。

シルヴィアの利き足は右であり、左足で蹴りができないわけではないがやはり主として使うのは右足の蹴りだ。サンラクのように「見様見真似(なんちゃって)」でTASじみた動きを実行することはできない、だがちゃんと練習した動きであれば。


「ありがとう「VR合気道教室」……!」


戦法を変えたところでかつての努力は決して無駄ではない。シルヴィア・ゴールドバーグを越える為に鍛えたカウンターの技術を付け焼き刃よりは上等な動きで対応する。


シルヴィア・ゴールドバーグのバトルスタイルの根本はマーシャルアーツ、それも足技に重きを置いたものだ。スポーツと比べて実用性が高い、だが仮想現実の世界においては身体スペックによるアドバンテージはほとんど存在しない。


「相変わらずケイは受け止めるのが上手ね……!」


「なんかその言い方は誤解を招きそうなんだけど!」


「ケイは受け」


「くっ……精神攻撃ぃ……っ!!」


慧には「反射行動を自覚しつつ次を考える」などということはできない、だが積み上げた予測と経験でシルヴィアの、ミーティアスの次の一手に対する対応をすることは出来る。

だが決して完全に受けきることはできない、だからこそ被弾もするし吹っ飛びもする。その度に周囲を確認し、わずかな隙を、勝利へと続く細い道を見出す。


「………っ!!」





サンラクはそれを「綱渡りの糸が向こう岸に繋がる瞬間」と呼び、ペンシルゴンはそれを「花火を点火するタイミング」と呼ぶ。

慧にとってそれは「数多く持つ鍵の一つが合致した」であり、友人の一人が蛇蝎の如く嫌う乱数の神に慧は初めて感謝の祈りを捧げた。


ギャラクシア・ヒーローズ:カオスで追加された要素は数多くある、その中でも明確に対シルヴィアにおいて非常に強力な武器となるものがある。

それは状況(・・)だ、どこまでも対等なコロシアムでは発生し得ない理不尽。それこそが慧の手元に勝利を塞ぐ扉の鍵を作り出した。



ヴィラン「カースドプリズン」がその身を賭して幼子を守った。その行動は賛否両論こそあったがおおよそ好意的に受け取られていた。なるほど所謂雨の日に子猫を拾う不良現象というやつだろう。

だがそれが気にくわない奴がいる、次に同じ光景を見た時に静観できない奴がいる。


簡単な話だ、襲われる被害者(NPC)と襲う加害者(NPC)がいる。そして先の戦いでヒロイックな見せ場を宿敵に持っていかれたヒーローがいる。

理性なき魔獣に追われ、逃げる力を使い切ったのだろう。流石に何度も同じNPCがとばっちりを食らうミラクルは起きなかったが、若い女性が今にもゼノセルグスに襲われんとしていた。

よくよく見たらそれが「栗きんとんちゃん」と呼ばれ始めたNPCの母親であると気づけただろう。ミラクルは起きていた。


ここだ、ここしかない。シルバージャンパーのゲージが削れる、溜め込んだ勝利の鍵を自ら崩して銀光が走った。


「あ……」


「隙有りだ……!」


足払い、極めてシンプルでありながら人間の肉体を支える二本の柱を刈り取る技。

過去の激闘による消耗、無理な挙動の代償、突発的なイベントによる硬直、思考の空白。全ての積み重ねが無敗にして不沈のシルヴィア・ゴールドバーグにほんの僅かな、本当に僅かな隙を生み出した。


シルバージャンパーのゲージ技「銀の足(シルバーフット)」は十秒間の脚力強化。決して劇的とは言い難いがキックの威力を上げることができる。だがこのゲージ技の真価は副次効果の跳躍力と走力の強化(・・・・・・・・・)にこそある。


「悪いけど今回「も」見せ場は貰っていくよ!!」


「んなぁあーっ!!?」


ミーティアスが倒れ、起き上がるまでの一瞬……銀色の軌跡が混沌の街を駆ける。曰く活躍は劇的であるほど英雄的(ヒロイック)である、曰く程よく絶望した方が希望がより味わい深くなる。

つまり外道達によるゲージ溜めの結論は、


(NPCは程よく半殺し……!!)


まさか口には出せない、都合よく匿名の外道共とは違い慧には好感度とそれに伴う収入があるのだから。


「やぁマドモアゼル、もう安心だ」


「あ、あなたは……?」


「シルバージャンパー、銀色のヒーローさ」


決まった、程よく半死半生の女性、ゼノセルグスの攻撃が彼女を潰す寸前の救助、決め顔、決め台詞……最高のヒロイックに消費したゲージ以上のゲージが蓄積される。

表面上(・・・)は女性を安全な場所まで運ぶ為の、だがそれはあくまでも隠れ蓑であり、シルバージャンパーはゼノセルグスや起き上がりつつあるミーティアスから距離を離し、ケイオースタワーへと向かう。


「さぁ、これを登らなければならないんだけれど……」


既に女性は適当な場所に置いてきた。背後からは恐らく縦横無尽に駆ける蒼い流星の足音と、何もかもを暴力で突破する異星の獣の足音がする。

成る程、やはりシルヴィア・ゴールドバーグに迂闊な真似はできないようだ。もうモンスタートレインを習得してしまうとは、苦々しく舌打ちをしつつも、その顔には笑顔が浮かぶ。


「そうこなくっちゃ」


ヒーローと、ヒーローと、ヴィラン。立体的なタワーを舞台に最後の戦いが始まる。



果たして、最後に立っていたの(ラストスタンド)は……

NPCが半死半生になるタイミングを見計らって参上するヒーロー

NPCが死なないよう、しかし希望も抱かないよう適度にボコるヴィラン

<< 前へ次へ >>目次  更新