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あくはほろびた!

勧善懲悪という言葉をご存知だろうか? 善きを勧め、悪を懲罰する。人が本能ではない理性を以って社会を形成するが故の極めて合理的かつシンプルなシステムだ。

これがマフィアとか巨大勢力の存在しないはずの部隊、とかになるとそうも言っていられなくなるがGH:Cは極めてシンプルなヒーローとヴィランの激突をデザインしたゲームである。

プレイヤーによっては正義同士の激突、邪悪同士の衝突になる事もあるが、結局のところお天道様は見ているもので、調子に乗った釘は一撃で脳天潰れるまで打たれるものなのだ。

それこそが因果応報というものであり……あれ、勧善懲悪について考えていたつもりだったんだが、まぁいいか。


『正義の流星が駆け抜けるぅーっ! 名前隠し(ノーネーム)選手為すすべもない!』


『これは完全にコンボが入りましたね、ここから巻き返すのは難しいでしょう』


心なしかペンシルゴン最盛期よりも生き生きと繰り出される気がする実況解説だが、その気持ちはよくわかる。誰だってあの凶行を愉快痛快に実況解説するのは難しいだろう。

痛快というより痛恨と言うべき惨劇だったからな、まさかあんな事をするなんて……というかあんな事が未来永劫動画データとして残るだなんて……今ばかりは文明の発達が悔やまれる。


まぁ個人的な見地から言わせて貰えば試合が終わり、死人みたいな顔をしたアレックスに突然の彼女さん登場で、全世界規模な衆人環視の中でゲロ甘ラブコメ始めやがったからもう三回くらいペンシルゴンに痛めつけられてしまえとは思う。


「まぁそれはそれとして見事なもんじゃないか」


フルボッコ、それはもうフルボッコだ。フルボッコという言葉以外の言葉が見つからないフルボッコ・オブ・フルボッコが繰り広げられていた。


街の至る所で爆発の花が咲く、だがそれは全てが遅きに失した。

壁を柱を道を車を、まるでスーパーボールが意思を持ったかのような蒼い軌跡に爆発が追いつかないのだ。

ペンシルゴンとてただ素直に蒼が近づいたら爆破、なんて簡単な操作をしているわけではない。

大凡の軌道から場所を予測しあらかじめ爆破しているはずだというのに、それでも蒼い流星は捉えられない。信じられないが、奴は爆発を見てから避けている。


あらかじめ設置場所が分かっていて何度か試行すれば俺にも同じ芸当が出来るやもしれないが、ぶっつけ本番で、なおかつあのペンシルゴンがマニュアル操作する爆雷原を走り抜けるのは至難の技だと断言できる。もはや乱数の領域だからなあの外道鉛筆の予測爆破、FPSで一発も弾丸を使う事なく爆弾だけで25キル叩き出した奴だぞ。


だがそんなペンシルゴンの爆雷原をいとも容易く突破した流星(ミーティアス)……シルヴィア・ゴールドバーグはミスの気配すら感じさせない完璧なコンボを叩き込み、クロックファイアの体力をゴリゴリと削っていく。


「見事なもんだ」


「まぁ確かに見事なボコられっぷりかもしれないけど……仮にも負けてるんだからもう少しオブラートに包むべきじゃないの?」


「ん? あー違う違う。絶頂期からドン底まで急降下するのはあいつのお家芸だから」


そんでもってこっそり予防策まで用意してやがるのがペンシルゴン、いや鉛筆戦士というゲーマーだ。だが俺が見事だと言っているのはそこじゃない。














指向性の爆発効果を持つエリマキトカゲ人形の顔が弾け飛ぶ。しかし届かない、真横から蹴り飛ばされる。


「キャットファイトならフルボッコにしてもいいってわけじゃないよね……」


仮にネコ科同士の戦いだとしてもライオン(シルヴィア)相手にマンチカン(ペンシルゴン)が挑み掛かるこの現状が平等な戦いであるとは思えない。

時間稼ぎは不可能、こちらの仕込みを正面突破で突っ切ってくる上にそもそも機動力が違いすぎる。


(確かにミーティアスは素早さ重視のキャラだけど、それもあるけど動きが最適化されきってる)


しかも最適化をわざと崩してフェイントを仕掛けてくる狡猾さすらもある。

仕込んだ最後の人形爆弾を起爆、ビルを崩してゲージ溜めを試みるがヒーローの声かけによって既にNPCの姿はなく、本来想定していた程のヴィラニックゲージは回収できなかった。


(いやこれ勝ち目ないなー、最高にノッてる時のサンラク君くらい強いんじゃ……)


これが全米一、シルヴィア・ゴールドバーグ。超高速で振り回される死神の鎌を幻視するペンシルゴンであったが、生憎と速攻首チョンパはウェザエモンで慣れきっている。ただし即死攻撃にスーパーボール挙動が加わるとは聞いていない、よって勝てない。

瓦礫の中に刺さっていた細いパイプの一部を槍代わりに構えて迎撃を試みる、言語化しづらい挙動で回避された。


(後は託すしかない、か……)


だからこそ、ペンシルゴンがなすべき最後の仕事は三つ。


夏目がそうしたように敗北を先延ばして時間を稼ぐ。

これまでの暴挙の清算として華々しく敗北する。

そして可能な限り現在のシルヴィアの力を真打に伝える。


(最終的に目的さえ達成できれば……!!)


「特上寿司ーーーーっ! ぐわーっ!!」


「……なんで今寿司の話?」


ミーティアスの超必殺技「ミーティア・ストライク」を喰らい、断末魔とともに爆発したクロックファイア。

何故か満足げであったのは分かる、プロゲーマーの中にもヒールプレイをメインとする勝率以上に観客を楽しませることを良しとするエンターテイナータイプのゲーマーはいるものだ。それを差し引いてもあの名無しのプレイヤーは少々過激が過ぎたが。

だが何故断末魔にジャパニーズフィッシュオンザライスを選んだのか、分からない。いやマジで分からない。


その叫びが果たして誰に向けられたものなのか、それを知るのは寿司が食べたい本人と、焼肉が食べたい副将と、別になんでもいいけど強いて言うならパスタが食べたい先鋒、そして最終的にそれらを支払うことになる大将にしか通じないのだった。












往年の特撮怪人よろしく派手に爆発したクロックファイアであるが所詮はゲーム、中の人であるペンシルゴンはピンピンした様子でVRシステムから起き上がる。


「いや強いねー、ありゃ怪物ですよ怪物」


「もっと分かりやすく」


「ウェザエモンにAGI+100」


「戦闘機か何かかよ」


終盤酷かったからな、リフティングされるサッカーボールみたいにボッコボコにされていた。


「私にしては割と粘れた方だと思うけど、どう?」


「……正直、アレ(・・)でいく以上ゲージさえ何とかなれば食らいつくことはできる、かな」


「そっか。うん、じゃあ私もせめてもの時間稼ぎをしてくるから緊張ほぐしてなよ」


堂々たる姿勢で笹かまさんが向けるマイクへと歩いて行く様は、顔と正体を隠していてもモデルらしさが滲み出していた。ボイチェン無かったら割と簡単に身バレしてたんじゃないかあいつ。


とはいえペンシルゴンが身体を張って明らかにしたシルヴィア・ゴールドバーグの性能はやはりというか昨年よりもグレードアップしていた。

恐らく空中ジャンプと壁蹴り、ダッシュを組み合わせたただの移動ではあるのだろうがブレーキが存在しないのだ。

兎にも角にも動きが捉えられない、設置技にも見てから対応できるものだから、クロックファイアというキャラ自体がシルヴィア・ゴールドバーグと致命的に相性が悪すぎた。



「多分重心制御と即興でルートを算出する判断力の合わせ技なんだろうが……」


キツいな、今から俺があれを相手に時間稼ぎしなければならないという事実が何よりキツい。

夏目氏が稼いだ大体三十分にペンシルゴン一戦目で稼いだ大体二十五分、二戦目は口に出すのも憚られる二十五分ちょいの凶行、そして直前の邪悪撲滅の十分。

試合間の時間などの諸々も含めてそろそろ二時間は経過しようとしている。なんだかんだ言ってもペンシルゴンは凄いのだ、あいつ一人で実質的に時間を稼ぎきったのだから。


だが来ない、来ないのだ。あのアホが、バカッツォが来ないのだ。

俺達が全力で時間を稼ぎ、RwH6の大会を片付けたカッツォが何でもない顔で合流する。それがこの作戦の全容であり、最終段階の鍵であるあいつが今なお来ない以上、時間稼ぎは終わっていない。


であれば副将……いいや、時間稼ぎ三人衆の大将である俺の役目はあの怪物相手に限界まで時間稼ぎをすることだ。

一度仮想現実の世界へとダイブしてしまえば俺は現実で何が起こったのかを知ることが出来ない。カッツォが来たのか、来ていないのかを把握できないのだ。

つまりカッツォが到着したとしてもダイブ中のメンバーは全力で時間稼ぎをしなければならない。夏目氏は時間稼ぎとしてはぶっちゃけ落第点ではあったが、その敢闘は作戦に忠実であったと言える。


ペンシルゴンは言うまでもなく、奴は真性の悪魔だ、鬼だ、鉛筆戦士(名詞ではなく比喩表現)だ。ゲームでの時間稼ぎだけではなく勝った後のインタビューも笹かまさんを言いくるめてわざと長話に持ち込んでいる。

もうあいつ一人でいいんじゃないか? と言いたくなるが、ペンシルゴンではシルヴィア・ゴールドバーグに太刀打ちできないことは分かっていたんだ。


「その為の俺、だもんなぁ」


俺の役割は後詰め、予備、最終防衛ライン、隠し弾(シークレットブレット)……表現はなんでもいい、シルヴィア・ゴールドバーグただ一人を狙撃するのが俺の役割だ。それも峰打ちで、と言うハンデ付きで。

全米一(ゼンイチ)様が三番手に来た時点で俺達は作戦の大幅な変更を余儀なくされていた。


そもそも、この作戦はカッツォが戻るまでの時間稼ぎであると同時に「魚臣 慧vsシルヴィア・ゴールドバーグ」のマッチングを成立させる側面もあるのだ。

シルヴィア・ゴールドバーグが三番手に来た時点で俺の役目は「時間稼ぎしつつ絶対に負けること」になった。


正直に言おう、今からでもカッツォの奴を殴って唾を吐きかけたい気分だ。確かに選んだのは俺ではあるが、結果として俺は八百長じみた事をしなければならないのだから。


だが、一つだけ朗報がある。それはシルヴィア・ゴールドバーグが想像以上に強いと言うこと。

時間稼ぎの性質上絶対に1ラウンドは奪取しなければならない。その為には否が応でも全力を出さざるを得ない。


覚悟しろシルヴィア・ゴールドバーグ、俺の全力は2ラウンドしか続かないぞ。

そしてお前を俺達の舞台(時間稼ぎ)に引きずり込む為に、俺はお前相手に舐めプと八百長をしなければならないのだ。


「ボッコボコにしてやる……!」


シルヴィア(寿司……?)

笹かまさん(寿司……?)

観客(何故寿司……?)

サンラク(焼肉なんだよなぁ……)

夏目(サッパリしたパスタが食べたい……)




カッツォ「うおおおお畜生! メディック! メディーック!」

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