焚き火にガソリンをリットルで
実のところ、武道の試合よろしく同じ条件かつ一対一で相対した場合、ペンシルゴンというゲーマーは弱い部類である。
それを外付けのバフやデバフなどで補強することでシャングリラ・フロンティアにおいて
一つはサンラクのようなスペックの暴力で強行突破してくるタイプ。これは最早対人ではなく対モンスターのようなもので、対人のセオリーを想定外の方法で突破してくる手合いだ。
こう言ったタイプは最終的に手札を全て叩きつけるポーカータイプであり、出し惜しめば競り負ける。状況が揃い次第即仕留める速効性が特に効く。
そしてもう一つがカッツォ……魚臣 慧のような経験則と行動予測から理詰めでくるタイプ。逆にこちらは手札を晒せば晒す程不利になる、何故ならばこの手合いは晒した手札から「次」を割り出してくる。いわば晒した3から残りの7の手札を把握せんとする大富豪タイプだ。
これは直感型とは真反対の対策、すなわち極力手の内を晒さずに最後の最後で温存した刃を刺す必要がある。
つまるところ、この2ラウンド目で
「随分と登ってくるのが遅かったねぇ、お医者様は階段は苦手だったかしら?」
「不思議なことに……エレベーターが爆破されて使えなかったんでな……! だが、追い詰めたぜ?」
「追い詰めた? ノンノン! 貴方は私に招待されたのよ!」
残り体力比おおよそ7:1、華麗なる爆弾魔の体力は既に風前の灯であり、だがそれでも蓄積した情報と回収した
「さてさて、いよいよクロックファイアちゃん監督による三部構成劇は最終章を迎えんとしております」
まるで踊るように歌うように、ビルの縁でクルクルと回り、上を真横を真下を正面を、あたかも単なる漫画のキャラクターが透明な壁のその先を知っているかのように、視線を向ける。
「大詰めのクライマックスに移行するため、ワタクシめはこれにて一度退場とさせていただきます。それでは一分ほど後に……あらやだ強引?」
「追いかけっこはお終いだ……!!」
「ざーんねーんでーしたぁー! 貴方の拳じゃ死にませーん!」
「マジかよ……っ!?」
地面に叩きつけられた猫の人形がクロックファイアによって踏みつけられる、ぐしゃりと踏み歪められたファンシーな猫の顔が内側から膨張し、爆ぜた。爆風はDr.サンダルフォンの身体を後ろへと押し込み、そして爆炎はクロックファイアの体力を削りきり、ラウンドの決着が告げられた。
「自爆かよ……勝った気がしねぇ……」
敗北したキャラクターは数秒の後、砕けるように消えていく。屋上から転落し、身体を砕け散らせながら落ちていく爆弾魔の姿にルーカスは苦々しい表情を隠そうともしない。
状況はラウンドを取り返した五分と五分であるはずだ、だというのにこれまで何度も感じてきた勝利の味がしない。
まるで彼女の言う通り、何もかもが誰かの筋書き通りのシナリオに沿っているかのような。
(いや……仮にそうだとしても奴のプレイスタイルは割れた、もうトリックプレイは通用しやしねぇ)
NPCをアクティブボムにする戦法には驚かされたがクロックファイアの性能上付近に潜伏していることは確実なのだ、対策は容易い。どう出てきたところで、何もさせずに追い詰めればいいだけだ。本人のバトルセンスはそこまで高くはなく、所詮は初見殺しに特化した数合わせ……それがルーカスの出した結論だった。
そう、それだけのプレイヤーであるのなら。
与えられた三十秒。クライマックスは騒々しく、派手に。
「さぁさ遠からんは音に聞け、近くば寄って目にも見よ。クロックファイアさんによるスペシャルパレードの始まり始まり……ってね」
1、2ラウンドの全てはこの3ラウンド目のための下調べと前準備でしかない。毎回異なる形となるこのケイオースシティではあるがある程度の規則性というものはある。
それは例えば網目状に道路が整備されたものであったり、それはビルが連立する摩天楼であったり、それはビル内部の構造の共通性であったり。
「貯金はパーッ! と使ってナンボってね、んふふ……さ、派手にやろうか!!」
もはや陰から様子を伺うようなことはしない。大通りのど真ん中、乗り捨てられたタクシーの上でペンシルゴンは来たる敵を待つ。
「オイオイ、ここでスタイルチェンジか?」
「私はちゃんと予告したでしょう? ここがクライマックス、派手に騒ぎましょうか!」
自分が楽しく、周りも楽しければなお良し。内輪でチビチビやるよりも公の場で派手に暴れるのが性に合う、であればこの一瞬こそがペンシルゴンにとっての大舞台。成果も被害も最大限を、勝ちでもなく負けでもない「最高」を!!
「ハァイエブリワン! 誰もが一度は考えたことがあるんじゃない? やってみたいと思ってそれは無理だと諦めたことは?」
Dr.サンダルフォンの拳に超能力が宿る。何か行動を起こす前に封殺せんと白衣の医者が駆ける。
「そんな貴方に朗報! ここなら、ここでなら! ヴィランであるなら遠慮せずに出来ちゃう!」
1ラウンド目はNPCでルーカスを撹乱しつつ、今回のエリアのマップとNPC達の動きを把握しつつビルの柱のいくつかをあらかじめ破壊しておいた。
2ラウンド目はNPCの逃げる先を爆弾で誘導した。彼等は今、この先のスポーツスタジアムに逃げ込んでいる。
そして3ラウンド目、1ラウンド目に亀裂を入れたビルに仕込んだ爆弾が赤い目の奇術師によって起爆される。その為にビルの一部を破壊し、
「さぁ、ドミノしようぜ!!」
爆発が連鎖し、満身創痍のビルがゆっくりと傾く。巨大な鋼とコンクリの塊を支える足の半数をへし折られたビルはしなだれかかるように隣接するビルへと大質量を叩きつける。
「マッ……ジかよオイ……!」
駆ける足を思わず止めて、呆然とルーカスが見上げた先ではペンシルゴンによって倒壊させられたビルを支えきれずにへし折れたビルがさらに隣のビルを、そして同じ行程を何度も繰り返して街が平坦になっていく。
「
「んふふ、まだ気づいてないようだねぇ……この時点で私の勝利は確定したも同然だと言うのに」
「……またお得意の話術か?」
「ノンノン、事実だよ」
ここにはいない一人を加えた四人で行った徹底検証。戦う術ではなく戦う「場所」と「仕様」を知る事、それこそが実力を誤魔化し補強するペンシルゴンの勝利の鍵。
「さぁ、不平等な戦いを始めようか!」
これまでずっと逃げ隠れし、ルーカスからの攻撃に対してのみ反撃を行っていたペンシルゴンが、自発的に攻めに転じた事実に生じた動揺をプロゲーマーとしての判断が上回る。
クロックファイアの方から来てくれるのならば追う手間が省けて好都合と、拳を構え笑う奇術師の動向を見極めんとする。
「どうせ
「ここでゲージを使うか!」
コミック「ハイドロハンズ」において、クロックファイアが主人公ハイドロハンズの所属する消防署を爆破する為に使用した巨大爆弾。
笑い、膨れ、そして体内に仕込まれた大量の小型ピエロ爆弾を爆発と共に撒き散らし広範囲に甚大な被害を与える
本編中における印象の強さからギャラクシア・ヒーローズ:カオスにおけるクロックファイアの超必殺技として設定された膨れ上がる道化師がルーカスへと襲いかかる。
恐らく先程のビル破壊はこの為のゲージ稼ぎだったのだろう、3ラウンド目ともなればNPCの殆どはどこかへと逃げてしまっている。だが無人のビルを破壊したとしてもある程度のゲージ回収は見込める。
「だが俺も全キャラの性能は把握済みなんでなぁ!」
ペンシルゴン達が検証をしたように、スターレインもまた使用可能キャラクターの性能を把握し、対策を立てていた。クロックファイアの
「知ってるぜ、こいつは「頭上」が安全地帯だってなあ!」
ウェイクアップクラウンは腹の中に大量の人形爆弾を詰めている。そして周囲に撒き散らすという性質上、頭の上は比較的ダメージが少ない。
超必殺はケイオースキューブの確保を放棄して放つ最強の一撃、直撃すればピンチは避けられない。だがそのダメージを軽減する事はできる。
道化師の爆発まで数秒ある、Dr.サンダルフォンには僅かな間ではあるが跳躍力を含めた身体能力を劇的に高めるゲージ技がある。
「ハッ! 決着を焦ったな!」
返答は笑みだった。
「あーあ、決着を焦ったな」
俺は画面の中で、これ以上ない笑みを浮かべたペンシルゴンを眺めつつルーカスに同情する。なるほど確かにその行動は間違ってはいない、超必を避けられないのならダメージを軽減する、なるほど確かにそれは正しい。
だが、なぜビルをジェンガよろしく爆破するのではなくドミノのように爆破したのか。その答えに気づかなかったことが奴の敗因だ。
「流石にその発想はなかったっつーか……いやホント、えげつねぇなマジで!」
大型ディスプレイはペンシルゴンとルーカスの対戦をメインに映している。だが画面の端っこで倒壊したビルがスポーツスタジアムをスイカ割りよろしくど真ん中に倒れ込んだ意味を理解できている者は何人いるだろうか。
だがその結果ペンシルゴンに何が起きているのか、それはこの場にいる全員が、これを見ているここにいない全員がクロックファイアのヴィラニックゲージを見ることで猿でも理解できるだろう。
『なにこれバグですか!?
『いやこれは減らないというよりも、減ったそばから凄まじい速度で充填されて……』
見てるか世界、見てるか制作スタッフ。非公式の小技だが、これぶっちゃけ修正した方がいいと思うぞ。
「名付けて「ゲージバースト」ってな」
NPCの絶望を糧に、笑うピエロが大量増殖した。
Q.あの外道なにしやがったの?
A.大量の避難民がいるスポーツスタジアムをビルでぶっ叩きました、現在進行形で甚大な被害を拡大しております