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外道劇場にて踊れや踊れ

「このゲーム、NPCありだと単なる賑やかし以上に厄介な存在だからな……」


技術の進歩がリアリティを脅威にまで引き上げた、とでも言うべきか。

撒き散らされるファンシーな人形、飛び散る爆炎、阿鼻叫喚にペンシルゴンの笑い声だけが異様に響く。哀れなる一般市民達、頼るべき警察も等しく爆破されるのなら、最後に頼るべきはヒーローしか存在しない。

助けてヒーロー、助けてお医者様、貴方なら助け(・・・・・・)てくれると聞(・・・・・・)いたから(・・・・)


もはやそれは人ではなく、ヒーローの動きを押し留める肉の津波。ヴィランであれば遠慮も容赦も慈悲もなくそれらを薙ぎ払い、踏み躙ることができる。だがヒーローではそれができない。できたとしてもそれは英雄的(ヒロイック)ではない。

だから止まってしまう、迷ってしまう、見逃してしまう。


助けを求める声の中に「これを取って」という声があることを。


『きゃぁぁ!』


笹かまさんの悲鳴がマイクを通して大音量で響く。画面の中では助けを求める者達の中に仕込まれた爆弾付きのNPCが起爆し、人々を諸共にDr.サンダルフォンが宙を舞う。


『っはぁー……確かにこれは格ゲーではないですね……どちらかといえばシミュレーションゲーム、でしょうか』


だからこそ鬼が笑う、悪魔が笑う。そんな悪鬼羅刹共が真顔になるような所業を成してペンシルゴンが笑うのだ。

観客席からDr.サンダルフォンへ「気づいて!」と悲鳴混じりのコールが放たれるが、その訴えが届くことはない。ルーカスが攻撃できない無双ゲーをしている最中、既にカメラマンとレポーターに降りて(・・・)貰ったヘリの中、パイロットに爆弾を貼り付けたペンシルゴンが優雅に空中から全てを見下ろしていることに気付けるのは第三者たる俺達だけなのだ。


「昨日からずーっとあいつに付き合ってヘリの通る軌道とか検証してたからなぁ……」


脅迫だけの一辺倒と侮るなかれと言わんばかりに、NPCを翻弄し誘導する手口は悪辣この上なく、先の試合におけるユグドライアの凶行などこの私に比べれば児戯に等しいと実践を以て証明する外道。

面と名前が割れなければ奴は割と無敵だ、限りなく人に近く、それでいて決定的なところでNPCだからこそ御し易い。そうのたまいあまつさえ実行できる辺り、ほんともうこれ全世界に流していいんだろうか。


「あーあーラスボススイッチ入っちゃってまぁ」


ヘリコプターの中で呵々大笑という言葉がしっくり来るような高笑いを披露するクロックファイア。にこやかにパイロットへと手を振りヘリから飛び降りて数秒後、当然の如くヘリのコクピットが爆発し、金属の塊が煙と炎を吐き散らしながら墜ちていく。


もはやテロを通り越してハザードになりつつあるケイオースシティの中、なんとかNPC爆破から脱出したDr.サンダルフォンはビルの屋上からにこやかに手を振るクロックファイアを目撃する。


『ルーカス選手、ビルに突入しました!対する名前隠し(ノーネーム)選手は迎え撃……たない! ああっ! エレベーターで! エレベーターで普通に降りていきます!』


『傍目から見ていると階段を登っているルーカス選手がなんとも滑稽ですね……』


完全に弄ばれているスケコマシ殿にはいっそ哀れみすらも覚えるが、自身の建てた作戦を有言実行と言わんばかりに着々と制限時間を消費していくペンシルゴン。

そして屋上まで登りきったDr.サンダルフォンへの報酬は、ビルを降りきって地面から屋上へと手を振るクロックファイアの無茶苦茶腹立つ煽り。流石にここまで虚仮にされて冷静な判断を出来る者はそうそういないだろう。仮に冷静さを保っていても、思考にノイズが走る。

最短距離で追い詰める(・・・・・・・・・・)事を優先するあまり、行動に油断の穴が穿たれるのだ。そしてそれを見逃すほど奴は優しくはない。


「タイムは九分四十三秒……有言実行に相応しい稼ぎっぷりだな」


このゲームでは落下ダメージが存在しない。ちょこまかと逃げ回るクロックファイアを追い詰めるため、不用意に屋上から飛び降りたDr.サンダルフォンを出迎えたのは「カマーン!」と手を振るクロックファイア、そして燕尾服の狂人が巧妙に背後へと隠していた彼女と瓜二つの形をしたデコイ爆弾(ゲージ技)

あとは簡単な算数の問題だ。100と20、両方の数字から30を引き算したなら先に0になるのはどちらか。


「な?」


「いや、な? って言われても……」


ある程度自由行動できるNPCが絡むと奴のウザさ(・・・)は数倍に跳ね上がる、強さじゃなくてウザさな��ころがミソなのだ。

ただ単純に強くなったのであれば対処は容易い、敵がやること出来ることの想定を引き上げればいい。だがウザさが倍増すると話は全く別の問題にシフトする。

先程のルーカスのように、本来であれば設置技を多く持つクロックファイアがいる場所へ、行動を大きく制限される落下という方法で近づく事は愚の骨頂、冷静に考えれば本体を囮とした待ち伏せということにも気づいただろう。

だがNPCを隠れ蓑とした徹底的な嫌がらせの数々、行動の数々が徒労となるストレス、なにより腹の立つ煽り。それらが組み合わさる事で生まれる軽率な行動、誤差範囲の油断。奴はその隙間を見逃さない、気づいた時には首筋に刃が突きつけられている。


「なんつーか、ゲームスタイルが「魔王」なんだよあいつ」


「……言い得て妙ね」


数々の困難を課し、それらを一つ一つクリアしてようやくボスへ挑むことが許される。まさしく古き良きRPG、弱点は部屋の隅に追い詰めて袋叩きだ。


「さて、ここからが奴の本領発揮だぞ」


「まだ本領じゃなかったの!?」


『まだ本領じゃなかったんですか!?』


げっ、笹かまさんがマイク持ってこっち来てたのか。どうしよう、ここ本来は「時間稼ぎのためにより劇的に負けを演出するからな」って言うつもりだったのにさすがにそれを全世界規模で配信するわけにもいかないし、というかカメラこっち向けないでほしいというか、ああくそ。


「えー、あー……まぁ、見ての通りですがあいつは、あー、効率を放棄して演出のため効率を優先させると言いますか……ごほん、まぁアレですね、一回あいつが作った舞台に上がったら途中退場するのは難しいと思いますよ、うん」


や、やめろ! そんな目で見るな夏目氏! 「あ、この人大勢の前で喋るの苦手なんだ」って目で語るんじゃない、いやその通りでございまするが!

いや落ち着け落ち着け、ロールプレイだロールプレイ。カボチャ傭兵はシニカルでクールな顔隠し(ノーフェイス)、たかだか数万人に注目されてる程度で心掻き乱れたりはしない、はず!


「というか、そもそもこのゲーム明らかに直接戦闘を想定のメインにしてないヴィランキャラクターが割と多いんですよね、うん。流石にあそこまで酷いのを推奨してるわけじゃないとは思いますが、あー……裏工作を想定してる感じですかね?」


『と、言いますと?』


頼む代わってくれと夏目氏にテレパシーを送った! あからさまに無視された。畜生!!


「ヴィランは町に被害を出す事でゲージを溜めますが、後半になる程ゲージを溜めにくくなる……ます。そして逆に、ヒーローは後半になる程、ヴィランが作った「被害」を解決しやすくなるので、ゲージが貯めやすくなります」


言うなればヴィランは鉛筆でヒーローは消しゴム、そしてステージは白紙のノートだ。序盤は白紙のノートにヴィランは好きなように書き込むことが出来るし、ヒーローはヴィランがノートを汚すまで待たなければならない。ヒーローはヴィランがいないと成立しない、ってのを上手いことシステムに落とし込めていると思う。

だがノートというものはいつか書き込むスペースがなくなる、そして鉛筆による汚れが多いほど消しゴムが活躍する。これが所謂「序盤はヴィラン有利、後半はヒーロー有利」の簡単な原理説明だ。

これは一見ヴィランが有利にも見えるが、実際ヴィラン視点からすると結構厄介な問題点が多い。


元来ヒーローにとってヴィランとは「倒すべき悪であり自身の存在理由」である。敵を倒す事こそがヒーローの役目、存在意義だ。

だがヴィランにとってヒーローとは「目的達成の途中に現れた邪魔要素」でしかない。最終的にヒーロー打倒が生きがいになるヴィランもいるにはいるが、基本的にヒーローとの相対は寄り道でしかない。よからぬことを企んで達成することがヴィランの本質だ。


そしてアメコミを限りなく忠実にゲーム化したこの作品でもその法則は適用されている。つまり「ヒーローとヴィランの直接衝突」という状況はヴィランにとっては旨味が少ないのだ。

ヒーローは困っている人を助け、ヴィランを倒すべく戦う事でヒロイックゲージが上がるのだが、ヴィランはヒーローと戦闘してもそこまでヴィラニックゲージが上がらない。

ヴィランはヒーローが来るまでに可能な限りゲージを稼ぐ事で初めてフェアな状況に持ち込める、逆に言えばゲージを稼げないと時間が経つほどにヒーローが有利になる。


「……つまり、ヴィランは可能な限り「ヒーローに見つからない」行動を取る、これがヴィランキャラのベターです。あの、ウサギとカメってあるじゃないですか、童話の。アレみたいなもんです」


『なるほど……つまり、ヴィランがカメでヒーローがウサギということですね。ウサギが動き出すまでにカメはどれだけ距離を稼げるのか、カメも死に物狂いで走らなければウサギに追いつかれ、追い越されてしまう、と』


「そういうこと……デス」



笹かまさんが離れていき、カメラも離れたところで俺は息を大きく吐き出す。こういう演説はカッツォやペンシルゴンの領分なんだよなぁ、俺はこう……何も考えずに突撃するのが性に合ってる。いやだから鉄砲玉とか煽られるのか、畜生。


それに容易くゲージを稼いでいるように見えるが、実はペンシルゴンのアレは結構ギリギリの曲芸だったりする。

ペンシルゴンの誘導術で意のままに状況が動いているように見えるが、アレの攻略法は結構簡単なのだ。


『さぁ2ラウンドが始まりました……あぁっと! ルーカス選手これはーっ!』


流石に見抜いて来るか。

画面の先、そこには助けを求めるNPCをガン無視し、時に払い除けてクロックファイアを探すDr.サンダルフォンの姿があった。


ちなみに街の被害などはラウンド持ち越しされます、なので余裕そうに見えますがペンシルゴンは結構カツカツな戦いだったり。


クロックファイア先生「よいこのみんな! 残弾(NPC)は大切にしようね!」




・コミック「ハイドロハンズ」

ギャラクシア・コミックにおける「だいたいこいつのせい」ことギャラクセウスさんによって水を操る力を得た消防士アクオスがヒーロー「ハイドロハンズ」として活躍する物語。

主なヴィランは平穏を破壊することに快楽を見出すサイコボマー「クロックファイア」や、様々な兵器の「実演テスト」と称して街中でミサイルをぶっ放す死の商人「ショーウィンドウ」など。

人命救助とヴィラン退治のどちらを優先すべきかで葛藤するアクオスの描写や、他コミックと比較しても頭のネジが吹き飛んだヴィラン達などで評価の高い作品。

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