創世の裁きに抗うは電脳の塔
レクイエム・フォー・アーミーズ。
フルダイブVR黎明期にリリースされたゲームでありながら今なおFPSの歴史の中で傑作と評される作品。そのゲームにおけるキャンペーンシナリオ、所謂オフラインでプレイするストーリーモードに於いて幾度となく主人公の前に立ち塞がり、時に肩を並べ、最後は核爆弾と共に深海へと消えた顔のない傭兵「ジャック」。
その傭兵は常にジャック・オー・ランタンを模したマスク付きのヘルメットを装着しており、誰もその顔を知らず。プレイヤーによる解析ですら「顔のグラフィックが最初から作られていない」という徹底的な
それこそが俺が今コスプレしているカボチャヘルメットの兵士の元ネタであるらしい。
「顔無しの君にはピッタリでしょ?」
「ハロウィンにはまだ早いと思うけどな」
という過去のヘルメット、コスプレの道具にしてはやたら手が込んでいると言うか……ボイスチェンジャーに発光機能、果ては顎部がスライドすることで口元だけ素顔を晒すことができる変形機能。キャラクター云々を抜きにしてちょっと欲しいなと思えてしまうロマンを感じる。
「んで私が亡国の城を死して尚守護する女騎士「
「あーはいはい」
「なんというか……図太いのね、貴方達」
係員に大層怪訝な表情をさせてしまったものの、来たるエキシビションマッチに参加する片割れ「
成る程確かに大勢の前で全米トップクラスのプロゲーミングチームと対戦する、という事に対して緊張しない方がおかしいと言える。
「私はほら、視線が多いほどパフォーマンスが上がる……的な?」
「……貴方は?」
「俺? まぁ緊張してるにはしてるけど……フルダイブしたらそこまで気にならないんじゃね?」
観客も同じゲーム内に入ってくるわけではない、確かに大量の人の目の前に立つ事に一切緊張のない自然体でいることは難しいが、そこは顔を隠している事と俺はこの程度で緊張しないと
「あとはあれじゃね? 掌に神と書いて緊張を消し去るってやつ」
「……人、じゃなかったっけ?」
「ぶふっ、いいねそれ採用。私の番になったら掌に神って書こ」
神を食って強くなる、悪食だな。とはいえなりふり構わない俺達にはお似合いかな?
「さーて、作戦の最終確認だよ。夏目ちゃんもチワワみたいに震えてないで寄った寄った」
「チワッ……!?」
自身を小型犬に例えられた事による夏目氏の異議申し立てとそれに対する我々の返答は省略。
貸し出し品のタブレットを操作するペンシルゴンは今回のGGC公式ホームページにおけるとあるページを開いて俺たち二人にも見えるように机の上にタブレットを置く。
「ゲーム方式は勝ち抜き戦、勝てばそのまま相手チームの次のプレイヤーと戦う事になる。つまり私達の裏目的を達成するために最も効率的な
一人頭一時間の時間稼ぎ、三人合わせて三時間……カッツォが戻ってくるまでの時間稼ぎとしてはお釣りが出るレベルの「最善策」であった。だがこれはある前提を必要とした策であり、そしてその前提はすでに崩壊している。
「まさかシルヴィアちゃんが
そう、この作戦はそもそもマッチョ達相手に都合よく勝率操作できるかどうかを考慮していないとはいえ、大前提としてシルヴィア・ゴールドバーグが四番手の大トリにいることが条件だった。
だが現実はシルヴィア・ゴールドバーグの名前はスターレイン四人の選手のうち三番目に記載されている。
「こうなると作戦は大きく切り詰めないといけないし、私と夏目ちゃんは一勝一敗したとしても……サンラク君が絶対に
そう、先鋒の夏目氏が一勝一敗してスターレインの次鋒とペンシルゴンがぶつかる。そしてペンシルゴンがそれに勝って、副将たるシルヴィア相手に負けたとして……
そして夏目氏とペンシルゴンが2タテされない限り、俺は絶対にシルヴィア・ゴールドバーグとかち合う。
もし俺以前の二人が都合よく時間を稼げたとすれば二時間、カッツォはかろうじて間に合うかもしれない。だが流石にそこまでうまくいくとはこの場にいる誰一人として思っちゃいない。
なにせ相手はプロゲーマー、本業の方々である。さらに言えば本業の中でも指折り数えられる上位陣、木っ端二人にプロゲーマー一人で果たしてどこまでうまく事を運べるか。
「私が立案したとは言え笑っちゃうくらい難易度ハードだけど……それでもやるって決めた、その為に準備もした。やるだけやって遅刻したお馬鹿さんを間に合わせよう!」
「……ええ!!」
「応とも!」
係員が来たのだろう、ドアがノックされる。さぁ、派手に時間を稼ごうか。
『───と、いうわけで最新作「ギャラクシア・ヒーローズ:カオス」の紹介を以上とさせていただきますが……皆さん、実際にプレイしている様子を見てみたいですよね?』
名前は知らないが、ギャラクシア・ヒーローズのディレクターである男性の、観客を煽るような問いが投げかけられる。
あらかじめの打ち合わせ通り、このすぐ後にスターレインと爆薬分隊のメンバーが壇上へと上がるのだ。
「ねぇ、サンラク……君?」
「どうした夏目氏?」
「私も掌に神って書く事にするわ」
「さいですか」
光が俺たちを照らす、およそ一般的な高校生が高校生活の中で向けられる数十、数百倍の視線がスターレインのメンバーに、夏目氏に、ペンシルゴンに、そして俺に向けられる。
まるで視線が物質的な圧力を帯びたかのような錯覚、踏み出す足がたたらを踏みそうになる。
「ちなみにワンポイントアドバイス、傭兵「ジャック」はいつも猫背で不敵に笑うようなキャラだよ」
「役作りの補強感謝……っと」
それがどんなキャラなのか、とかそれがどんな物語の中で何を成し遂げたのかを俺は知らない。都合よく上っ面を借りているだけだが、気圧され防止に力を貸してもらうぜカボチャ傭兵。
背筋を曲げ、物怖じする事なく一歩を踏み出す。そうだ、そうとも、そうだとも。所詮は単なる視線、視線のついでにレーザーもぶっ放してくるシャチ野郎に比べればそよ風みたいなもの、何を恐れることがあろうか。
『えーそれでは、ギャラクシア・ヒーローズ:カオス実機プレイ……という名目のスターレインvs
「……笹原エイト?」
「ゲームプレイアイドル、って絶賛売り出し中の子だね。シャンフロでアイ活しようとしてたみたいだけど……」
「みたいだけど?」
「ほら、シャンフロには聖女ちゃんがいるから……まぁでも、普通にいい子だよ?」
何がほら、なのかさっぱり分からないが、聖女ちゃんとやらが凄いということは分かった。NPCに負けるリアルアイドル……ちょっとだけ同情した。
衣装自体はサイバーな印象を抱かせるものだが、本人の雰囲気がきゃるんきゃるんしているせいで妙にチグハグな印象を感じさせる女性がマイクを片手に観客達を盛り上げる。
『あれ? 爆薬分隊の方は一人足りないようですが……?』
「その、ケイなら……」
「ちょっとトイレに戦争をしに」
「どうせ大トリなんでお気になさらずー」
『は、はぁ……それでは改めましてルール説明! とはいってもシンプルな勝ち抜き戦ですが、ギャラクシア・ヒーローズ:カオスは前作とは全く異なるルールの新感覚格闘ゲーム! 今回はシティモード「
小難しい専門用語が並んでいるが要するにNPC有り、キューブ確保による勝利有り、ということだ。普段の俺なら勝ち筋が増えることはあまり望ましくないと考えただろうが、今だけは歓迎しよう。互いに勝ち筋、負け筋が増えるということはそれだけ迷いが生まれるのだから。
『解説にはプロゲーミングチーム「
『自分、格ゲーを解説できるほどメインにはしてないんですが……はい、よろしくお願いします』
「んー、「あれ大丈夫なのか」みたいな雰囲気漂わせてるから私が解説するけど、あの人解説が上手いから結構いろんな大会に呼ばれてるんだよ」
「ふーん」
プロゲーマーとかぶっちゃけほとんど興味がなかったからなぁ、何もかもが新鮮だ。とはいえこれからも興味を抱くかどうかは正直微妙なラインではあるけれど。
『そして皆様、今回はギャラクシア・ヒーローズ:カオスの実機プレイの他にもう一つ! ユートピアコンピュータエンターテイメントが今秋に世界へリリースする新機能「バベル」についてもご説明させていただきます!』
バベル?
『既にご存知の方もいらっしゃられるかもしれませんが、バベルとはUCEがサービス提供するフルダイブシステムに今秋九月末にリリースを予定している「リアルタイム・トランスレート・システム」の事です。
今エキシビションマッチではこの「バベル」が先行実装されており、日本のプロゲーミングチーム「
「そうか、そういえばそもそもの大前提……それ以前の問題として言語の壁があったのか。これも見越しての作戦だったわけ……だよな?」
「ソダヨ、ワタシスゴイデショ、ホメテホメテ」
「お前まさか言語的問題を考慮せずに……」
「ほら、人間「オウイェー!」と「カマーン!」だけでなんとかなるってばっちゃも言ってたから……」
「お前のばあちゃんめちゃくちゃファンキーだなおい……」
念入りに立てた作戦がそもそも土台からガタガタの違法建築だったと判明し、夏目氏の額からダバダバと汗が流れ始めた中……ついに第一試合、夏目 恵 vs ルーカス・ガルシアが始まる。
ぶっちゃけ実況解説のキャラは三秒で考えたので覚える必要はあんまりないです。本名「笹原
ただのモブだったくせについに苗字まで獲得したマッチョ達……何かがおかしい(すっとぼけ)
リアルタイム・トランスレート・システム「バベル」
ユートピア社がまたしてもオーパーツをリリース、その内容は「フルダイブシステム使用中のユーザーの脳波をキャッチし、大規模サーバー内で翻訳。さらに「聞き手」の言語野に情報を「イメージ」として送り込むことでいわゆるエキサイト語になることなく同じ言語で話しているかのような会話を可能とする」というもの。
どう考えてもアレな技術なのだが実績と金でその手の批判を封殺していたり……ぶっちゃけ超すごい翻訳システムを自作した、とだけ覚えておけば大丈夫です。