果たして誰が因果応報か
引っかかった。上手い具合にヘイトをこっちに引っ張ることができるかは半々だったが、奴が記憶力の良い方で助かった。
「イベント戦闘だったらウツロウミカガミで俺は安全圏に避難でもよかったんだが……恐ろしい事にただの通常戦闘なんだよなぁ」
負けイベというわけでも、イベント補正がかかるわけでもない。死んだらそこで終わり、ただ難易度が高いだけのなんでもない日常……なんでも大ありの非日常ではあるがイベント的補正は望めない。
つまりこの塔による反射作戦はオートではなくマニュアルでシャチ野郎が放つレーザーの入射角を調整しなければならない。
「奴の足元の塔が多分これくらいだから、もう少し上に……いや、角度的にもう少し左か?」
全ては勘と確証のない視覚情報からおおよそシャチ野郎のいる高さと場所を、そしてそれに合わせて俺は塔にへばりつく場所の微調整を行う。
デザイン上の妥協ではなくおそらくは「建築方式の流用」という設定なのだろうか、この街では同じような形状の建物が結構多い。シャチ野郎の足元にある建物と同じ形状のものを探し、そこから高さを割り出しついでにズレを直す。
大体は弓などの原始的な遠距離武器を使う時の狙い合わせと同じ要領だ、あとは天に祈れ。こればっかりはロシアンルーレット式の当たり外れの二つしかない単純な乱数ではどうにもならない。
「少なくとも光速よりは遅いんだ……やって出来ないことはない……はず」
今ではVRの中で仮想に再現されたものしかほぼ存在しないと言っていい「筐体ゲーム」では光速すら遅いと言い切る修羅が跋扈していた時代もあったらしい、実際に光速よりも速く動くというわけではないんだろうがそれでも光速すらも不足と言える人間がいたのであるなら、きっと俺だって出来る。
「来い……来い……来い……っ!」
目を限界まで見開き、VRで瞬きなど不要と本能的な行動すら捩じ伏せる。おそらく過去最高レベルで眼力が強まっているだろう凝視でアトランティクス・レプノルカという砲台の、身じろぎすらも逃すものかとただ、見る。
西部劇の早撃ち勝負……というよりも真剣白刃取りが喩えとしては近いだろうか。いつ放たれるともわからないシャチ野郎の
あの時は確か、大体十秒程度で飛来してきたはず。ただそれが九秒寄りのものか十一秒寄りのものであるか……見誤れば全てが瓦解する。
遠目に見えるシャチ野郎の炎が激しく燃え上がる、水晶の羽に宿していた雷光が本体の身体へと収束し、シャチと酷似したその体型の額の部分に光が集う。
最早ここまで来たならば、勘と天運に身を委ねた上で挑むしかない。見てから避けるにしても体勢が体勢だ、八割死ぬ。であれば最後に頼るのは……頼むぜ我が滑舌よ!!
「【
光が迫る。大気を燃やし、俺には認識できない海水を蒸発させながら最高速の光条が俺を射抜かんと迫る。
俺の身体がこの世界から消える、一体どこから消えているのか、光が迫る、肌が震える、当た……
「……っ!!」
永遠に感じる一瞬も、やはり一瞬である事に変わりはない。目を光で焼き潰さんとするレーザーは跡形もなく消え、壁に張り付いていた俺はその体勢のまま床の上に立つ事になり、緊張が解けた衝撃と転倒の衝撃によるダブルインパクトで俺は肺の中に溜めていた息を全て吐き出す。
「ま、まだだ……【
あのレーザーは単発型ではなく長時間照射するタイプだ、ある程度の時間を置いて元の場所へと戻る。
あの時点で出来得ることは全てやった、これで失敗していたなら……どうにかしてアラバだけ逃してシャチ野郎に特攻だな。
「くくく……成果は上々! 上々だぞアラバ!!」
「嗚呼クソ、君が消えたり現れたりすることも深海の王が悶え苦しんでいることも、何もかも理解が追いつかないぞ!」
「ふはははは! 見ろ! 聞け! そして感じたものが事実だ!」
床が消え、代わりに壁が現れる。通常、人は壁に立つことはできない、ので当たり前のように落下する俺であったが、遠目に見える、そしてここからでも聞こえる絶叫に着地すら忘れて狂喜する。
塔の陰に隠れていたらしいアラバが俺をキャッチしなければ落下死という情けない結果になっていたかもしれない。だがそれ以上にあれを見ろ、聞け、理解しろ!
「若干軸はズレたようだが誤差だ、これは立派な直撃だ!」
王に触れる不遜なる者を焼く炎が、王が不遜なる者を裂く水晶羽が、莫大量のリソースが破裂した風船の如く、反射した攻撃が直撃したのだろうシャチ野郎の右半身から血飛沫の如きポリゴンという形で噴き出していた。
あれ程驚異的であった巨魁が、まるであの時のギガリュウグウノツカイの如く絶叫を上げてのたうっている。己の放った矢で己を貫かれるとは思ってもいなかったのか、俺達の存在など忘れてしまったかのように、その高度を徐々に下げていく。
「勝機! 仕留めるぞ!!」
「本気か!?」
「レーザーの反動、ダメージ、今の奴に放電攻撃をするだけの余裕なんざない、陸に打ち上げられたマグロと大差ねぇんだからここで削りきる!!」
「わ、分かった!!」
奴は浮力と左半身の力でかろうじて浮遊しているに過ぎず、その身の炎も今にも消えそうなほどに弱まっている。
今の今までニンジャ紛いの事ばっかりさせられていた鬱憤晴らしだ、三枚おろしにしてくれる!!
「下克上の時間だ!」
傑剣への憧刃を振りかぶり、屋根から跳躍してシャチ野郎の左胸鰭を狙って斬りつける。さらに跳躍した先の空中でフリットフロート起動、ただ一歩の空中足場をフル活用して再度の攻撃を仕掛ける。
胸鰭の付け根を抉られるように切り裂かれたシャチ野郎はまぎれもない悲鳴を上げて仰け反り、その身をついに地面へと落とす。だが駄目だな、斬撃自体そこまで有効打にならない。どうも炎の下には皮や筋肉はなく、直接骨があるようで刃物は効きづらいし、そもそも皮が硬い!
だがそれならそれで別方向からアプローチするだけだ。位置を変えつつ武器を変更し、黄金と白銀を秘めた鉄拳を構えてシャチ野郎の真正面へと回り込む。
「サンラク! 俺はいったいどう攻撃すれば良いんだ!?」
「尾鰭でも齧ってろ!」
「……硬いぞ!?」
「知るかぁ!!」
その火は最早消え去ってしまいそうなほどに弱まり、皮や筋肉を取り除いたシャチ野郎の頭蓋らしきものが時折火の隙間から覗く。いったいどういう
「お前の世界を揺らしてやる……!」
俺からお前に脳震盪のプレゼントだ、なぁに礼の言葉はいらん、代わりにお前のドロップアイテムをよこせ。
人は熱を帯びた鍋を掴むために鍋つかみを発明し、焼けた炭を持つために火箸を発明できる知的生物、両腕を金属の籠手で覆った俺は恐れる事なくシャチ野郎の火に包まれた頭部を殴打する。
やはりここまで肉薄するとスリップダメージは免れられないのか、ジリジリと俺の体力が削られていくのが分かる。
だがもはやDPSを叩き出す装置と化した俺は止まらない。身を削る損害全てを
別にこいつに恨みがあるわけではないが、こういう時は恨みを原動力にするとパフォーマンス的にいい火力が出せる。恨み、恨みか…………
「なんでっ! たかが機嫌直しのためにっ! マップの端から端までっ! お使いに行かなきゃならんのだぁぁぁ!!」
おのれフェアカス!! 何が「最高級デラックスパフェを食べれば機嫌を直す」だ!! 卵の殻でもしゃぶってろイカレポンチがぁぁぁぁ!!
「なんという凶相……まさかあれが、話に聞く
「思い出したらますます腹が立ってきた!」
「八つ当たり」という最高クラスのフィジカル、メンタルに対するバフによって一発一発に怒りと殺意が込められたラッシュは着実にシャチ野郎の体力を削る。
なにせ頭蓋を残してそれ以外のナマモノ部分が炎になっているようなモンスターだ、これ以上ないほど頭への打撃は致命傷になりうるだろう。
シャチ野郎も抵抗を試みてはいたのだが、己の必殺を跳ね返された上に頭部を打楽器にされ、なけなしの抵抗も怯みモーションによって中断を余儀なくされる。
「危なっ……体力が一割切ってるし」
いつの間にか体力が尽きかけている時に起こる倦怠感に慌てて距離を離す。かつての
危うくスリップダメージで死ぬところだったが、奴の炎が俺の体力を削る以上のダメージは与えたはずだ。
もはやシャチ野郎は抵抗する力もないのかぐったりとその身体を地面に横たえ、身体を覆う炎もその下地が露出した部分の方が多い。
「ついさっきまで捕食者だったものが今はこうして死にかけている……弱肉強食とは残酷と言うべきか」
「なんでたった二人で挑んで勝っているのだろうな……」
「ここの大家に感謝だな」
俺の言葉通り律儀にシャチ野郎の尾鰭に噛り付いていたらしいアラバの言葉に適当な答えを返し、瀕死のシャチ野郎へと向き直る。
この姿を見て同情や憐憫を感じないわけではないが、いちいちMobに同情してたら狩猟ゲーはこの世に存在できないのだ。綺麗事だけで世界が救えるなら貧困は存在しない、俺はそれをユナイト・ラウンズで学んだ。
「Mobに言っても意味ないとは思うが、成仏しろよー」
アガートラム起動、呻くようにか細い声を出すだけとなったシャチ野郎……アトランティクス・レプノルカの脳天に幸運を力に転換したダブルスレッジハンマーを叩き込む。
そしてそれがトドメとなったのか、一度びくりと震えた巨体はあまりにあっけなくその身を崩壊させたのだった。
ほぼ徹夜でこんなことをしていたのだから翌日、ひどく寝坊してしまったのは言うまでもあるまい。
実はシャチ野郎やギガリュウグウノツカイとは普通に「水中」で戦うこともできたりします。その為には色々と手順が必要ですが、別にいちいちルルイアスに行かなくても良いのです。
ただし、「プレイヤー側が実質地上で」これらの水棲モンスターと戦えるのはルルイアスだけです。