暴君を恐るる事なかれ
「まったく、あの忌々しい魚共がいないから我が愛刀を探しに行けると外に出ただけだというのに、何故アトランティクス・レプノルカとたった二人で相対する事になっているんだ……!」
「俺としては会って一日も経ってない奴を助けるためにそのアトナントカ・レプナントカの真正面を横断する精神の方が分からんがな……!」
「君には助けられた恩がある!」
「それを断言して迷いなく実行できるところ尊敬しますわぁ」
尻の少し上あたりから生えた尻尾を動かし、俺をつかんだアラバが空中を進む。平常時であれば空中遊泳を楽しんだところだが、現在進行形で真後ろに二属性シャチ……アトナントカ・レプナントカと言うらしいモンスターがブチギレモードでこちらを追ってきているのだ。
まぁ食卓に蝿が寄ってきて、あと少しで倒せると言う瞬間に追加の蝿が現れたらそりゃあ怒るだろう。とはいえなんの因果か命を拾った訳だが……困ったな。
「あれから逃げるのは難しくねーか?」
「……難しい、だろうな。アトランティクス・レプノルカは闘争心の塊のようなモンスターだ、相手がなんにせよ戦うと決めたのならば敵を仕留めるまで暴れ続けるだろう」
水晶群蠍もそうだったが、こいつらは「程々で引き上げる」って事を知らねーのか。獅子は兎を狩るにもなんとやらとは言うが、それで身体を壊してちゃあ世話もない。
「……サンラク、俺があいつをルルイアス外縁まで引きつけてなんとか外に出て行くようにするぞ」
「なんであんな変な抉れ方を? ここを、こう、こう来て、こう曲がって……あぁ、なるほどね……よし、作戦変更だ。あのシャチ野郎をぶっ倒すか」
「何、俺とて海の中であれば素早く動ける、そうそうヘマは…………今なんて言った?」
「あぁ? あの二属性シャチをここでぶっ倒すっつったんだよ、
アラバが
「アラバ避けろ!」
「うおお!?」
「レーザー撃った後はエネルギー不足で第二射や放電はしないっぽいな……」
「それよりもだ! サンラク、君は今アトランティクス・レプノルカを倒すと、
「悪いが大真面目だ、あそこを見ろ」
右手はアラバに掴まれている為、左手に持った傑剣への憧刃で眼下の都市部、そのうちの俺が実験台とした塔へと続く大通りを指し示す。そこには恐らく二属性シャチのレーザーによって焼き「斬られ」たのだろう一直線の斬裂痕が青い石材で舗装された道を抉っていた。
「いいか、あのアトラン……面倒だ、仮称シャチ野郎が俺に攻撃を仕掛けた場所はあの完全崩壊した瓦礫の山あたり、俺がそれを迎え撃ったのはあの妙な形に削れている家屋。何をどうやったらあんな所が抉られるんだ?」
「一体何を……」
「簡単な理科の問題ってやつだ、鏡に光をぶつけたら光はどんな風に振る舞う? クターニッドの能力は「反転」、概念すらひっくり返すなら物理法則に従って攻撃を「反射」することくらい容易いだろうさ」
仮にあの「抉れ」がシャチ野郎のレーザーの余波によるものだとすればここら一帯が更地になっているはずだ、少なくとも五、六メートル下の道路を抉るような余波があのビームにあったのだとすれば俺の身体はとっくに蒸発している。
そしてこの説を否定する最大の理由として、もし余波でできたものならば抉れは二属性シャチのいた地点から塔まで続くはず、あんな中途半端な抉れ方はおかしいと言わざるを得ない。
それに直線に抉られた傷跡は塔に近づくほど浅く、塔から離れた位置に行くほどに深く抉れている。であれば考えられる可能性は一つしかない。
即ち、あの塔は確かにダメージを通さなかったが無力化したわけではなく。物理的反転とでも言うべき「反射」が行われたものであると仮定。
そして塔に直撃したレーザーは鏡に光を当てるように反射し、入射角に基づき向きを反転し下方向へと弾かれたレーザーは反射した光が進むほどに道を深く深く抉っていった……と考えれば現状の光景、あの妙な抉れ方をした大通りに説明がつく。
「それがなんだと言うのだ! まさかあれにアトランティクス・レプノルカの攻撃を当てて反射させようとでも!?」
「おっ、大正解。エムルならもう少しパニックになってたな」
おっ、その口をパクパクさせる姿はちょっと魚っぽいぞ。
「いいか、あいつがあの極悪レーザーを撃つまで大体二十秒程度、いい感じに奴を誘導してもう一度塔の真正面でアレを撃たせる。今度は真っ直ぐに、な」
まさかこの塔自体がギミック……はさすがに考えすぎだろう。だが少なくとも攻撃を「反射」するオブジェクトだなんて、悪用されること前提で設計しているだろう。ぱっと思いついただけでも三つくらいは悪用方法がある、態々「破壊不可能」ではなく「攻撃全反射」にしたということは何らかの意図があるということ。
その意図が戦闘フィールドとしての特性であるのかシナリオ上での特性であるのかを論じている時ではない。敵はレーザーを撃つ、こちらは反射の手段がある、この二つさえあればプレイヤーは巨大なモンスターにだって立ち向える。そしてとりあえずかっこいい感じに自分を鼓舞すれば尚良し!
「王だか何だか知らないけどな、俺たちはこれからそいつらを束ねてぶつけても勝てるかどうか怪しい「盟主」様に挑まなきゃならないんだ、こんなところで
「………分かった、君の言葉を信じよう。俺は何をすればいい?」
「釣り」
「………はい?」
ルアーフィッシング、ってあるだろう。
「原理は知らないがお前も空中を泳げるんだろう? 具体的には奴の上半分を覆う炎が火力を高めて……あの攻撃をもう一度放てるようになるまで全力で逃げ回ってくれ。俺はその間に塔に行って位置調整をする」
「それは難しいのではないか? アトランティクス・レプノルカは明らかに君を狙っている、恐らく二手に分かれれば君の方を追ってくるぞ」
「それに関しちゃちょっとばかり秘策がある」
俺は過去から学ぶ男、そして駄目と言われると意固地になる男! アラバには不適な笑みで秘策であると言ったはいいが、実のところは
「いいか、合図をしたら俺は
「何でもないように言うが消える、とは……いや、今はそれを追及するべきではないか。」
「じゃあ作戦を説明するぞ、まず…………」
所詮はAI、人間とは違いその思考も行動もロジックによる見せかけの生命に過ぎない。とはいえそこはシャングリラ・フロンティア、軍用AIレベルの人工知能をモンスターにも使っている疑惑のあるこのゲームにおいてシャチ野郎が今いったいどんな気持ちであるのかは手に取るようにわかる。
部屋の中に入り込んだ蝿退治に絶賛苦戦し、イライラが頂点に達しようとしている……分かる、その気持ちはとても良く分かる。クソつまらないミニゲームを延々と強制されている時の俺と同じ精神状態だ。別に義務というわけではない、やめたって何か深刻なペナルティが発生するわけでもないのに自分の矜恃がログアウトを選ばせてくれないんだ。
地上にもお前と似た奴がいたぜ、多分強さは天と地ほどの差があるだろうけど……この手の脳筋は戦闘における制御こそ難しいが戦局における制御は割と容易い。
「さぁ、脳筋物理ビルドのサンラクさんによる
「どうなっても知らないぞ!!」
迫るシャチ野郎から逃げるアラバが、俺の腕を掴んでいた手を離す。当然俺の身体は一、二秒は慣性によって宙を飛び続けるものの、三秒もすれば落下運動を開始する。これまでの逃走的ムーブではなく物理法則に縛られた素直な動きに、シャチ野郎の目がギラリと光ったように見えた。
もはや生かしておかぬとばかりに口を大きく開き、ただ一噛みで俺を粉砕せんと迫るシャチ野郎。アラバは少し離れた場所で俺とシャチ野郎の激突の瞬間を見ているのだろう。この後死ぬほど忙しくなるんだからクラウチングスタートの体勢でもしておけ。
「まぁ答えが返ってくるとは思わないが……一つ聞いておこうか」
水中とは思えぬ、背に風を受けながら
「なんでお前ら……俺を「待ち構え」られるんだろうな?」
四つの塔に搭載された
実際のところ、今主人公が行っていることはあながち寄り道というわけでもないのです。コップに注がれたジュースは飲まなければ減らないのですから……