一等星に手を伸ばして
シルヴィア・ゴールドバーグ、女性、二十歳。アメリカの格ゲーを主とするプロゲーマーの中で最強は誰かと問われればまず間違いなく最初に名前の挙がる人物。その名が初めて公の場に出たのは今から五年前のとある格ゲー大会におけるアマチュア部門でのことだった。
トーナメント形式であったその大会において第一、第二、準々決勝、準決勝、決勝……その全てをノーダメージパーフェクトで勝利し、エキシビションマッチに至ってはプロゲーマー相手に2ラウンドを一方的に奪取して勝利したという冗談のような
衝撃的なデビューを果たしたシルヴィア・ゴールドバーグはその場で大手マルチプロゲーミングチーム「
「すげぇ、何そのラスボス」
「ラスボスというよりあれだよね、作中で一度も負けないタイプの強キャラ」
「あー、分かる」
死亡フラグを軽々と踏み倒してラスボスを間接的に追い詰めちゃう、主人公を食ってしまうタイプの強キャラ感が半端ない。しかもこの整った顔立ちに写真データからもわかる愛想の良さそうな表情……これは人気が凄いタイプの強キャラだ。主人公にトリプルスコアくらい差をつけて人気投票一位になっちゃうタイプの強キャラだ。
「他の三人も普通に強いんだけど、シルヴィア・ゴールドバーグが一等星なら彼らは皆二等星……いや、二.五等星と言わざるをえない……それくらいの人物なんだよね」
「そんな奴相手に勝算があるって言ったのかお前……」
「プロゲーマーのお墨付きだから割と大船に乗ったつもりだったけど、実は泥舟だったどころか砂利で出来た船だった気分だよ」
「まぁ確かに既に発売されたゲームだったら勝ち目は無かったよね、うん。実際俺も今まで何度か戦って一度だけ引き分けに持ち込んだだけでそれ以外は全敗してるし……ただ、今回に限っては突破口が無いわけでもないんだよ」
そう言ってカッツォは相手チームの顔写真から、別のページへと端末を操作する。しばらくしてタッチパネルに表示されたのは、派手なデザインの文字で飾り付けられたゲームのオフィシャルサイト。
「ギャラクシア・ヒーローズ:カオス……今秋全世界同時発売……まだ発売してないじゃねーか」
「このゲームの実機プレイ……という名目のエキシビション・チームマッチを明後日のGGCでやるんだよ」
「マジか」
ギャラクシア……? どっかで見たような……あ。
「お前が読めって送りつけてきたアメコミの出版社か」
「そう、ギャラクシアコミックに登場するヒーローやヴィランを作品問わず操作できるクロスオーバータイトルの最新作。そしてシャングリラ・フロンティアの開発元であるUES……「ユートピアエンターテイメントソフトウェア」が技術提供した恐らく世界で二番目の「シャンフロ世代」タイトルってやつさ」
シャングリラ・フロンティア、ここでその名前を聞くことになるとは。今現在最も熱を入れてプレイしているゲームの名前が出たことで、ガスマスクの下の俺の表情が硬くなったのを感じる。どちらかといえば俺には無関係だと思っていた格ゲーのタイトルが、急に存在感を増したようにすら感じる。
「あのシャンフロと同じ技術が限定的とはいえ使われている、オーパーツレベルで技術が数世代先をいってるシャンフロに並ぶタイトル。アメリカの企業がアホみたいな大金を積んでUESと共同開発した米国ゲーム業界起死回生の一手と言ったところだけど……メーカーの復権の野望はこの際どうでもいいんだ、重要なのはこのゲームがギャラヒロの前作「ギャラクシア・ヒーローズ:バースト」とはほぼ別物と化した作品だということなんだよ」
「な・る・ほ・ど・ねぇ……なーんかカッツォ君の言いたいことが分かってきたかなー? つまりぃ、この銀金ちゃん達アメリカ人にとっては全くの未体験ゲームだけれど、私たち日本人にとっては
「そういうこと、俺たちもあっちのチームも「ギャラクシア・ヒーローズ:カオス」に触れるのは今日から……あっちは二日間でゲームシステムに慣れるしかないけど、こっちはシャンフロをプレイしていた時間というアドバンテージを最初から持っている。それこそがあの全米一の格ゲーマーに勝てる唯一の突破口ってわけ」
ペンシルゴンの推測、カッツォの回答から俺もおおよその内容を理解する。要するにシャングリラ・フロンティアの技術が流用されたこのゲームにおいて、シャングリラ・フロンティアをプレイしているという事実はそれだけでアドバンテージになりうる。そして現状シャングリラ・フロンティアが「日本国内のみ」でサービスが行なわれているゲームである以上このアドバンテージは向こうには存在しえない。
「だからこそ俺たちってことか」
「ウェザエモン戦を共にくぐり抜けた友人諸君ならプロゲーマーの代役として不足ないだろうからね」
そう言ってカッツォは……いや、プロゲーマー魚臣 慧は不敵な笑みを浮かべると改めて俺たちへと告げる。
「じゃ、早速打倒スターレイン、打倒シルヴィア・ゴールドバーグの作戦会議を始めようか」
「………とは言っても、シルヴィアの戦闘スタイルってものすごくシンプルに説明できるんだよね」
「と言うと?」
「君だよサンラク」
は? 俺? あと人を指さすな。
いきなりの指名に何事かと首を傾げていると、カッツォは極めて単純明快なシルヴィアのバトルスタイルを説明する。
「テンションとプレイヤースキルが直結した高機動アタッカー……サンラク、お前とほぼ同じプレイスタイルなんだよ」
「………へぇ」
「あいつの代名詞とも言えるメインキャラ……ミーティアス。まず間違いなく明後日のチームマッチでもあいつはこのキャラを使ってくる」
そう言ってカッツォがゲームのオフィシャルサイト、そのキャラクター紹介画面から選択したのはなんともまぁ派手派手しいヒーローであった。全体的に白系のスーツに要所を守る金色のアーマー、フルフェイスの覆面には特徴的な五芒星の形をしたゴーグルが装着されており、顔に星がくっついているようにも見える。
名前はミーティアス……確か宇宙創生に関わる超越的存在「ギャラクセウス」によって流星の力を与えられたしがないサラリーマンが世界に潜む陰謀、そして宇宙から来る脅威に立ち向かう……! 的な設定のキャラクターだったはずだ。力を授かった瞬間腹筋は割れ顔の影は濃くなりちょっと別人レベルでイケメンになったのはコミックを読んでる最中に笑ってしまったが、パワー=マッチョの方程式が基本のアメコミならありふれた設定だろう。
「問題はシルヴィアの奴が何番目に来るか、なんだよね……」
「ああ、本気で勝ちを狙いに来るなら先鋒に来るかもしれないけど、実機プレイである以上ある程度見せ場も要るから最後に来る可能性もあるってことね」
「まぁ無難に大トリなんじゃねーの? それより他のマッチョ共はどういうプレイスタイルなんだ?」
カッツォの口ぶりからして、何らかの因縁が件のシルヴィアなにがしとカッツォの間にあるのは確定だろう。であれば向こうもカッツォとの戦いを望んでいるのは明白、俺たちの役割はこのプロゲーマー様を温存した状態で全米一の最強プレイヤーの元までデリバリーすることだ。となれば俺やペンシルゴン、夏目氏が対策するべきはシルヴィアなにがしのミーティアスではなく、他三人のプレイヤー達だろう。
「それに関しては後で資料を送っておく、個室に置かれてるフルダイブシステムのハード内にはギャラヒロ:カオスがインストールされてるはずだから、今日はさわり程度でいいからプレイしてみて欲しい。明日から本格的に対策会議をするつもりだよ」
「ふぅん……ちなみにそのギャラヒロなんたらはもうサーバーは開かれてるのか?」
「このホテルと会場限定のサーバーはもう設置されてる、ただこのホテルに宿泊してるスターレインのチームとこっち……爆薬分隊のデータは意図的にマッチングしないようにされてるけどね」
てか相手チームもこのホテルに宿泊してるのかよ、いや下手すりゃスポーツ選手並みに稼いでいるような連中だ。それも米国の頂点に立つようなチームであれば多分スイートルームとかに宿泊してるんだろうな。
「なるほど……じゃあこの四人でなら対戦もできるわけだ」
俺はそう、わざと彼女に聞こえるようにそう呟き、ガスマスク越しに彼女……夏目氏へと視線を送る。
分かる、分かっているとも。こんなあからさまに不審な年下くさい奴と、有名ではあるが本当に実力者なのかどうかも怪しいカリスマモデルが本当に戦力になるのか疑っているな? その疑問はごもっとも、別に侮られることを不快に思っているわけじゃない。だがたった一日だとしても同じチームとして組む以上、ちゃんと
「夏目ちゃんも含めて皆、大体何時くらいからログインするかな?」
「諸々込みで十時からがキリがいいんじゃない?」
「私もそれくらいにログインするつもりよ」
「……そんな遠まわしな駆け引きしなくても、十時から対戦しようぜって言えばいいのに」
違うんだよ、これは初歩的なことだよカツォソン君。こうあえて敵対的な方が燃えるだろう?
夏目 恵
同じチームのライバルがお家事情で参加脱落したことで今こそ好機と予定を無理押して空け、今回のエキシビションのチームメンバーとしてカッツォに急接近することに成功した。アメリカからの