轟音と破壊をビーコンに
違うんだよ、別に倒すつもりとかなかったんだよ。そりゃあ戦闘の立ち回りに手を抜くつもりなんてなかったが、どう見てもタフネスの塊だろうし、適当に何発か攻撃を入れたら撤退しようかなと考えていたんだよ。
でもさ、こいつら……というか宙を泳いでる奴らってクターニッドの屁理屈パワーで「水の中だけど地上と同じような環境の中で水の中に入るように振る舞う」っていう面倒くさいこじつけによって泳いでるわけじゃん?
それってつまり奴らのモーションは水中での計算が適用されるってわけで。
更に言えばこちら側のモーションは地上での計算が適用されるってわけで。
水中であの平べったい身体を振り回せば相当量の抵抗が発生する。仮に時速80キロメートルの速度で突っ込んでくるにしても、水中でその巨体が加速するには相当量の距離が必要になる。そして、俺自身はそれに対して地上と全く同じコンディションで対応できる。そして俺はこう思ってしまったのだ。
あれ、これちょろくね? と。
比較対象がウェザエモン、リュカオーン、金晶独蠍なのがいけなかった。即死攻撃を間断なく放ち続けるウェザエモンのような凶悪さもなく、透明な分身を不意打ちで放つリュカオーンのような悪辣さもなく、刃が一切通らない癖に再生能力まで備えた
位置座標でアドバンテージを持つ巨大なモンスターの対処法など、古今東西「近づいてくるのを待つ」である。挙動がダイナミックであるが故に突発的な不意打ちが少なく、ブレス自体そこまで乱射できるものでもないのか攻撃の殆どが近づいてからの巨体を活かした物理攻撃であり、なおかつしなやかではあるのだがそこまで硬くない外皮であり……何もかもが
「突進後の隙とかメチャクチャ優しかったからなぁ……」
向こうは液体による抵抗があるわけだが、こっちは気体による抵抗しかなくなにより重力がちゃんと働いているから走ることができる、急制動ができる、跳躍することができる。巨体を動かすには莫大なエネルギーを消費する、そんな当たり前を忠実にシステム化しているからこそ隙が大きいギガリュウグウノツカイに接近しその腹に攻撃を仕掛けることはあんまりにも容易く、クリティカル攻撃であれば耐久が減らない、すなわちプレイヤースキルを途切れさせなければ武器の消耗を度外視して戦い続けられる俺にとって時間さえあれば巨体と強さと反比例するかのような討伐難易度だったのだ。
「ただ、作業じみた難易度だからこそ達成感が……」
いや、それを差し引いても長時間の大激戦であったし、攻撃自体は一撃で俺のような半裸は消し飛ぶようなダイナミックなものであったし、危ない場面がなかったわけではない。ただなんというか……結局のところ「超大型のモンスターは慣れたら作業」というハンティング系のゲームにおける
「しかし……ソロで倒せてしまうとは……俺が強すぎた……わけじゃないよな……もしかしなくてもギガリュウグウノツカイ、タフネス少なめだった?」
いや、その可能性は低いと言わざるをえない。ただ気になることが一つある、それは戦闘中何度か攻撃を仕掛けていないタイミングでギガリュウグウノツカイが怯みモーションを行ったのだ。少なくとも俺の持ちうる武器やアイテムの中で時間差ダメージを与えられるものは多分ないし、
「あぶねぇ……あの腐れつみれ共、食あたりするような毒持ちがいるのかよ……益々油断できねぇ」
毒自体に弱いのか、あの巨体を毒状態にするほど凄まじい毒持ち半魚人……例えばフグとかカサゴとかの半魚人がいるのかは要検証ではあるが、やはり半魚人には関わらないのが正解なんだろう。ありがとうギガリュウグウノツカイ、お前のおかげで俺はまた一つ賢くなった。
目の前にドロップしている大量のアイテム……金晶独蠍の何十倍あるかもわからない大きさのエネミーだったからこそ、そのアイテム量は尋常ではない。文字どおり山である。
「うへ、うへへへへへへへへへ…………」
臨時ボーナスどころか埋蔵金を掘り当てた気分だ。武器防具にしてよし、売ってよし、食ってよしのより取り見取り、気持ち悪い笑い声を漏らしてしまっても仕方あるま
「……なにその、気持ち悪い笑い方」
「うおっしぇあ!?」
言葉の端々から「何だこの気持ち悪いの……」という気配が発せられた言葉に不意を打たれた俺は飛び退くようにして後ろを振り向く。そこには呆れたような、しかしどこか尊敬するような目で俺を見るルストの姿が。その後ろには何故かモルドではなくシークルゥが立っていた。
「お、おうルストか……合流できてなによりだ」
「……あんな轟音を立てていれば、誰だって見に来る。まさか、あんな巨大なモンスターを倒すとは、思わなかったケド」
ああそうか、そりゃそうだよな。電車並みの大きさのリュウグウノツカイが空中を泳いでいればこの街のどこにいたって気づく、それが大暴れしていれば尚更にだ。そしてこの都市における「異常」が何によって引き起こされたのか、それに一番最初に気づくのはやはり元凶たるエムルの同族にして兄たるシークルゥだ。であればエムルの危機に反応しない侍兎ではあるまい、名前的にAtoZ兄弟の中でもヴァッシュの三番目の子供だろうしな。
「サンラク殿、エムルは無事で御座るか?」
「ああ、あのリュウグウノツカイに追いかけられてたところを回収した。今は臨時拠点に連れて行ってある」
「そうで御座るか……」
あんな巨大モンスターを呼ばざるをえない状況が好転的なものであるはずもなく、シークルゥは俺からエムルの無事を伝えられてようやく身体から力を抜いた。嗚呼素晴らしきかな兄妹愛、泣けるねえ……アイテム回収回収。
「あの巨大モンスター……ロボで倒したの?」
「いや、訳あって今は使えないんだ」
というのも、特殊強化装甲を動かすために稼働させなければならない戦術機獣を動かすために必要となる規格外エーテルリアクターが未だ充電中なのだ。アレは「インベントリ内」に置いておくことで周囲の魔力を吸収してエネルギーをチャージする、という設定なのだが一週間チャージしてようやく十分使えるかどうかなレベルなのだ。
オーバーテクノロジーも甚だしいアイテムであるしチャージに上限がないので理論上でなら一時間でも二時間でも稼働させることができるのだろうが、現実的に考えるなら週一十分稼働でデザインされた装備群なのだろう。
「ちなみにだがみせること自体は出来たり」
「是非、見たい……!」
というわけで電池を抜かれた朱雀召喚。別に他の機獣でも良かったが、ネフホロで緋翼連理なんて名前の機体を作っていた奴だ、きっと朱雀の方がウケがいいだろう。
「実に……実に素晴らしい……とても、とても良い……金属の冷たさが最高に心地いい……シャンフロ最高…………」
「まぁ、ネフィリム・ホロウ世代のゲームはそこらへん結構妥協してるのが多いからな……」
雑草を引き抜いたら根っこに土が付着していて、それがちゃんと冷たいことまで再現しているゲームが早々あってたまるか。特にシャンフロ発売の大体一年前くらいに発売されたゲームはまだ仮想現実が仮想のままだった。シャンフロみたいな気色悪いレベルで現実に迫っているゲームが異常なのだ、技術革新ってレベルじゃないんだよなぁ……今までドット絵が最新だった世代にいきなり超リアルなポリゴンのゲームやらせるようなもんだぞ、一世紀先の技術レベルかよ。
「あのギガリュウグウノツカイ、アルクトゥス・レガレクスって言うのか……名前カッコよすぎかよ」
動物や虫、魚とかの学名って調べるとかっこいい奴多いよなー、やっぱりこの手のモンスター名やアイテム名はラテン語が強い。ドイツ語? あいつはレジェンドだから比べてはいけない。ええと、鰭に鱗に骨に……
「肉、か……さっぱりした味わいだと聞いたことがあるけど、シャンフロだしなぁ……」
どうせ味がしないか薄いかなのだろう。俺は実物すら見たことはないが、案の定というかその手の交友が尋常ではない父さんがリュウグウノツカイを食ったことがあるとかないとか。サッパリしてるらしい……っていうか味の感想言ってる時点で食ったことあるじゃねーか父よ。
遂には朱雀に頰ずりまでし始めたルストを尻目に、俺はギガリュウグウノツカイ改めアルクトゥス・レガレクスとの激闘によって更地となったルルイアスの一区画を眺める。
「あれが水中モンスターで良かったというべきか……空を飛ぶタイプのガチドラゴンだったら定期的に地獄めいたレイドが起きてたかもな…………………………………は?」
瞬きによる瞼が下がり、上がるまでの一瞬。仮想現実故本来必要のない瞬きは人間としての本能が反射的かつ無意識的に行うものだ。とはいえ所詮は瞬き、俺の視界が遮断されるのは一秒にも満たない一瞬でしかない。
だというのに
「おいおい嘘だろ……」
瞬きの一瞬で先ほどまでの破壊など最初から存在していなかったかのように
システムリセットじみた事を容易くやってのける