だって水棲だもの 龍王魚編
ぶっちゃけると、俺を追う怪物パレードを対処することはそう難しくはない。何せ俺一人にヘイトが集中しているのだから、ヘイトを切り離してしまえば安全に逃走することができる。
だからこれは騒音源と化すことでこの場にいるプレイヤー達に俺はここにいると知らせるのが目的であり、プレイヤーもしくはNPCを見つけた時点で致命秘奥【ウツロウミカガミ】を使用して離脱するつもりだった。
だが、俺の声に応えた声、悲鳴と安堵が7:3でブレンドされた声を出したエムルの方に振り向き……とりあえず今の今まで組み上げていた予定や作戦がガラガラと根元から崩落する音が聞こえた気がした。
かつてエムルに聞いたことがあった。
「このランダムエンカウンターって魔法はなに?」
それに対してエムルが答えた魔法の効果を今になって思い出す。それはヴォーパルバニーやケット・シーなどのモンスターの中でも一部の存在のみが習得する「最後の切り札」である。
弱き者達であるヴォーパルバニーが自身の努力ではどうしようもない危機に陥った時、弱者は
ランダムエンカウンター
・発動者の周囲に存在する発動者自身よりもレベルの高い非アクティブ状態のモンスターを一体召喚する。召喚されるモンスターは発動者の発動時点でのレベルの1.(スキルレベル)倍の数値以下のレベルを持つモンスターの中からランダムで選択される。
アラバから聞いた情報を思い出す。何故人魚が空を飛んでいるのか、それはクターニッドの力によって理がねじ曲げられたこのルルイアスを「水中ではない」場所を「水中でもある」場所としてさらに捻じ曲げることで人魚達は空を泳いでいるのだそうだ。
難しく考えると混乱するが、要するに「水のない空中」としてねじ曲げられたルールをさらに「水がある空中」に変えることで俺達からすれば人魚が空を泳いでいるように、人魚達からすれば俺達が水中で走っているように見えるわけだ。裏の裏は表と言うが、無理矢理にも程があるぜクターニッド。
そしてこの廃都は深海に存在している、即ち海の底に直通している。ランダムエンカウンターの効果は周囲のどれくらいにまで適用されるのかを検証していないからなんとも言えないが、少なくともエムルよりもレベルが高いモンスターをシステムが探し出し、そしてこの場へと招いた。
まぁなにが言いたいかというと……エムルが発動した魔術によって招かれた
「だずげででずわぁぁぁぁぁ!!」
モチーフとなったのだろう魚類とは似ても似つかぬ
「おまっ、なんつーもんを呼び寄せてるんだお前はぁぁぁぁ!!」
「だっで! だっでぇぇぇ!!」
八両編成くらいの電車を長さそのままに縦に平べったくしてドラゴンの顔をくっつけた感じ、と言えばそのヤバさが分かるだろうか。もはやソロで倒せるとかそういうレベルの話ではない、恐らく半魚人や人魚に追い詰められたエムルが止むを得ず発動したランダムエンカウンターによって呼び寄せられたギガリュウグウノツカイは、まず最初に人魚や半魚人を容易く殲滅し、そして己を呼びつけた不遜なる兎とクソガキを次のターゲットとしたのだろう。
「ええい、渡せ! そして掴まれ!」
「はいなぁぁぁ!!」
スチューデを担いで走る速度は人間の姿の方が上だ。その為、人の姿へと変化していたエムルからスチューデを受け取り、兎の姿に戻ったエムルを頭に乗せる。
「丁度よく囮の大群を引き連れていて良かった、
背にクソガキ、頭に兎を装備した状態で俺はスキルを発動する。すっとろい半魚人共の先を走るだけなら素のステータスでなんとかなったが、あの暴走特急相手に荷物抱えて逃げるならSTRを強化しなければ逃げ切れない。
「ギリギリまで粘れ……空転させて加速を溜めるんだ……」
あと数秒もしないうちにギガリュウグウノツカイが来る、足から白煙のようなエフェクトを発生させながら俺はスキルの条件を満たしていく。
そのスキルの名はバーンアウト、タイヤを空転させて煙を出すように停止状態でチャージを行うことで、チャージした秒数に対応して加速力を得ることができる。
レベルが上がらず、スキルレベルも上がらない以上スキルレベル1での運用しかできないが、スキルレベル1で得られる加速力は四秒のチャージと二十秒間の加速。魚というより最早ドラゴンなギガリュウグウノツカイの顎門が俺を捉える刹那、あらゆる加速スキルを盛りに盛った俺の身体は弾丸の如く駆け出した。
「踏ん張れよエムル!」
「ぴぃぃぃぃ!!」
悲鳴は了承と受け取る。バーンアウトの最大のメリットは初速にある、通常の加速では最高速度になるまである程度の時間と距離を要するが、バーンアウトは最初から最高速度手前の速度で走り出すことができる。
「おいクソガキ! 返事はいらない、しがみつけ!!」
根がガキンチョなせいか、今の状況に反応する気力すらないのか茫然自失状態のスチューデであったが、こちらの声に反応するだけの気力は残っていたようで俺の身体にしがみつく手足の力が強まる。
これで両手が空いた、二刀流スキルである以上武器を持たなければスキルが使えない。俺を追ってきていた半魚人や人魚に満面の笑顔を向けて致命秘奥【ウツロウミカガミ】起動、ヘイトだけをその場に脱ぎ捨て
「うん、じゃあ宜しく頼むよ」
怪物パレードの先頭、半魚人の鼻先で90度進路変更。真横の壁を駆け上がり、屋根の上を最速で駆け抜ける。
そして次の瞬間には怪物パレードに真正面から突っ込んだギガリュウグウノツカイによって何もかもがごちゃ混ぜのミンチと化した。
「逃げろ逃げろ逃げろーっ!」
「おうち帰りたいですわぁぁぁぁ!!」
破壊力を伴った大恐慌を背になんとか臨時拠点にまで戻った俺は、ようやく緊張を吐き出して身体を弛緩させる。
「…………というわけで、こっちの兎はエムルで、そこで震えてるのがクソガキだ」
「そ、そうか……というか、先程から凄まじい音が聞こえて来るのだが……」
「目を閉じ耳を塞げ、そうすれば世界は平和なままだ」
「えぇ……」
アラバの疑問は無視して、今度はエムル達にアラバを紹介する。
「こいつはアラバ、一応あの腐れ魚共とは別種族だから怯える必要はない」
「お魚みたいな人ですわ……」
スチューデは怯えっぱなし、と。話にならんな……いや、
「とりあえずここを臨時拠点としてはぐれた他の連中と合流する。見つからず聞かれなければ魚共には気取られない、大人しくしてるんだな」
さて……
「ちょっともっかい行って来る」
「……最早蛮勇と言う言葉すら足りないぞ、君には恐怖心がないのか?」
「人並みにはあるよ、ただ別に今の状況に恐怖を感じないだけだ」
「……んで、だよ……」
「ん?」
とりあえずこのエリアでのセーブ関連を他プレイヤーに伝える為、そしてあのギガリュウグウノツカイに特攻かましてみようかな、と考えながら立ち上がると、今の今まで何もかもに怯えて震えているだけだったスチューデが俺へと言葉をぶつける。
「なんで怖くないんだよ……こんな、意味わかんない場所で……なんで笑えるんだよ……!」
おっと、これは好感度とか色々に影響しそうな気配がするぞ。さて、どうドラマティックに返したものか……うん。
「未知を楽しむ、開拓者魂ってやつだよ。俺達はそうやって前に進んできた……それだけさ」
ついでに既知を周回して一人前だ、乱数は回数で打ち勝てる。脳細胞を殺して作業しろ。
客観的に見て凄まじくキザな台詞で答え、俺は再び拠点の外に忍び出る。ここにオイカッツォやペンシルゴンがいなくて良かった、向こう数年は笑われていただろうからな。根拠は俺ならそうするから。
「あんだけいた半魚人を全部平らげやがるとは、
どうも「ユニークモンスター」は全てのモンスターよりも強いというわけではないようで、あの月光を纏う黄金の蠍のようにユニークモンスターに迫る強さのモンスターは存在する。俺の存在に気づいてゆっくりと空中を泳ぐギガリュウグウノツカイもまた金晶独蠍と同じ類のモンスターであることは明白、クターニッドというボスキャラが控えている以上戦う意味は半魚人共以上にない。
「でも違うんだよなぁ」
ゲームだからこそやばそうなスイッチは取り敢えず押すし、世界の危機を放り出して寄り道するし、明らかに勝てない相手に突撃するのだ。
「水晶群蠍の時と一緒だ、鱗の一枚くらいは削り取らせてもらうぜ」
宙を泳ぎ、その長い胴体をくねらせるだけで家屋を破壊する巨大なリュウグウノツカイに宣戦布告する。
「ただの餌だと思うなよ? 魚を食うのはいつだって鳥なんだぜ」
砕けて解け、散っていくポリゴンを眺めながら俺は思う。
「予想以上に熱が入ってしまった」
身体を動かしているうちにテンションが上がるのは俺の悪い癖だな。軽く攻撃して逃げるなり死ぬなりするつもりだったのだが、思わず本気で戦ってしまった。
このリアルな仮想現実の中で、これがサイバーに因るゼロとイチであることを示すサイコロ状のポリゴンは、世界観にそぐわぬからこそ幻想的だ。散っていくポリゴンは段々と透明になり、そして消えていく。ああ、やってしまった。
「勝っちゃったよ…………」
その巨体をこの世界から消失させ、大量のドロップアイテムを前に俺は思わず思考を口に出してしまうのだった。
アルクトゥス・レガレクス
深海に棲まうリュウグウノツカイの如き姿の魚類モンスター。ドラゴンに似た姿をしているがドラゴンとは別種族。シーサーペントは爬虫類系なのでこれとも別種族、口からブレスも吐けるが魚なんです。
水中を泳ぐ姿は遠目から見れば優美にも見えるが、ひとたびアルクトゥス・レガレクスの「攻撃圏」に入れば、それが間違いであることを否応にも理解することになる。
鱗は虹色に輝き、鬣の如き背鰭は海の中で焔が揺らめいているようにすら見える美しさ。
ちなみに生態系ピラミッドでは上の下程度、大量の魚類を喰らう捕食者であり、割と淡白な味わいとしてよく晩御飯にされる被捕食者