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深淵に抗う鮫と鳥

記憶とは経験であり、経験とは力である。エクスペリエンスイズパワー。


「コスモ・バスター」というゲームがある、フェアクソの数ヶ月前に発売されたフルダイブVRの中でも割と古参に位置するFPSであり、その最大の売り文句は「圧倒的絶望を全身で感じ取れ!」というものだった。プレイした感想から言わせてもらうと、確かに圧倒的絶望を全身で余すことなく感じることはできた……うん、360度全方位から無限リスポーンするバスケットボールに手足だけくっつけたような敵キャラに群がられる、という理不尽であったが。

何がいけなかったかといえば、フルダイブVR黎明期にありがちな「手に持ったコントローラーを動かす」ことと「実際に自分が動く」ことの違いを理解していなかった、ということだ。コントローラーであればスティックを傾けるだけで行える行動をフルダイブでは自分の意思で身体を動かさなければならない、その為従来のコントローラータイプとフルダイブでは調整の仕方が全く異なるのだ。フルダイブ黎明期にはそう言った調整を失敗した凡ゲーとクソゲーの中間に位置する残念ゲーはともすればクソゲー以上に存在していた。


「クソ、マッピング機能が欲しいと切に願うのも久しぶりだ……!!」


今の状況は嗚呼懐かしきコスモ・バスター5面ミッション「連合軍殿撤退決戦」を彷彿とさせる。()(がまり)、ってあるだろ? 超脳筋型蜥蜴の尻尾切り。あれを「一人で」「何度も」やらされるという地獄絵図だったが、現状の打開でまさかあの経験が役立つことになろうとは。

「連合軍殿撤退決戦」における最終的な結論最適解は戦わない(・・・・)ことだった、なにせ敗北条件が「自プレイヤーの死亡」だけだった上に評価基準が「自プレイヤーの被弾率とキルスコア」だったからな、味方のNPCがいくら死のうと評価に一切影響しないから崖まで追い詰めて橋を爆破すればS評価余裕、という攻略法に気づくまでが地獄絵図なものだったが……何が言いたいかといえば、そのミッションで重要だったのは「如何に特定ポイントまで無傷で逃げられるか」ということだ。


「コスバスの時はバグを使った壁登りだったが、このゲームなら正規手段で登れる!」


ゼログラビティ、フリットフロート、遮那王憑きを起動。最高クラスの機動力を獲得した俺は瓦礫を足場に跳躍、壁を蹴り虚空を踏んで建物の屋根へと駆け上がる。コスバスでは敵が壁の上に登ることはできなかったからx、y軸でz軸で安全圏に逃げた俺を追うしかできなかったが………ああ、どうやらこっちじゃそう甘くはいかないようだ。


「個体に人権がない群体モンスターってのはどうしてこう厄介なもんかね……!!」


塵も積もれば山となるなら、モンスターを積めば足場になる。後続が先発を踏みしめ、さらに同じことを繰り返し続けることで死屍累々の山が屋根へと続く道となる。大軍勢の何%を使いつぶしたのか、道を塞ぐほどの山を踏み越えてその数倍の数の半魚人がこちらを追ってよじ登ってくる。なるほど、厄介な行動の自由性だ。


「だが好都合だ単細胞共め」


愚直にまっすぐにしつこいくらい素直に俺を追いかけてくる奴らは融通が利かない。回りこむ、という思考ルーチンが存在しない半魚人は俺が通った道を極めて素直に追跡する、だったらxとyとzの三方向を生かして撒くことは容易い。

屋根を伝う、屋根を飛び越える、柱を蹴って逆走、さらに高く登って飛び移ると見せかけて下に落ちる。俺が行うパルクールじみた動きを奴らは人的資源の消費という形で無理やり食らいつく。無尽蔵に思えた物量が屍の山が積み上げられるたびに減っていく。俺が道を変え、高さを変えるたびに置いていかれる半魚人は増えていく。落下対策をしていない半魚人たちは上から下へ落ちるたびに不要な屍を増やしていく。


「はいお疲れさん」


時に逃走から反転、追いついてきた半魚人を逆に仕留めてさらに数を減らしていく。仮に半魚人が無限リスポーンだとしても、AIがあえておばかに設定されているなら付け入る隙は幾らでもある。


「ハッ! バーカ!! 俺を追い詰めたいなら包囲殲滅仕掛けた上で味方もろとも毒ガス散布でもするんだな!!」


……いや、実行はしなくていいからな?











からくも……と言うほど苦戦はしていないが、ゾンビパニックじみた半魚人をうまい具合に処理することができた俺は、二階建ての家屋の屋根まで登り、改めて街の全貌を見回す。


「中央に城、円形の街の四方向になにやら塔。なんと言うか明らかに「あの四つを攻略するとボスに挑めるよ」と言わんばかりな……」


うーん、見た限り他のプレイヤーたちがいるようには見えないし、セーブできそうな場所も見当たらないな。

遅れてやってきた(キス)頭の半魚人を建物から蹴り落とし、別の建物へと二段ジャンプを絡めながら移動。後ろの方で無理やりついて来ようとした半魚人が何匹か先に逝った半魚人と同じ運命を辿っていたが、あいつら頭悪すぎないか。


「ステルスアクション……はまだいいか、とりあえず屋根伝いに移動して……うん?」


今誰か走ってたな。それも半魚人たちのゾンビじみたそれとは違う、傷をかばうような走り方だ。明らかに傷を庇えるだけの知性がある何者かが街の中を逃げている。だがどうする、気になることがある。


「遠目とはいえ……明らかに俺らの中で一致する見た目の奴がいない」


見た限りでは大男ではあると思う。まずこの時点でルスト、秋津茜、エムル、シークルゥ、スチューデが除外される。であればレイ氏かモルドか? いや……というか…………なんか尻尾生えてなかったか? こう、魚の尻尾的な感じの……であればやっぱり半魚人か? だがあいつらは首が半分取れかかっても構わず掴み攻撃を敢行するようなやつらだ、そんな半魚人が傷を抑えて何かから逃げる?


「……怪しい、実に怪しいぞ」


フラグとイベントの匂いが漂ってきてるな……生臭い。上から見た限り、多分あの通路はあっちにつながっているから、向こうに走れば先回りできる。


「よし、行こう」


屋根から飛び降り、若干体力を削りつつも俺は謎の人影を捉えるべく先回りを行う。家屋を飛び越え、通路をショートカットしてマップ上を無理やり直進する。リキャストタイムが半分になったことで機動力そのものが大幅に向上し、二段ジャンプや諸々のモーション強化も併せていとも容易く予想地点に到達する。この手のパルクールじみた挙動ができるゲームは延々と走っていたい気分にすらなるが、衝動は胸にしまって屋根の上から辺りを窺う。

どうも音が聞こえづらいこのエリアであって狂った叫びが聞こえてくるということはすぐ近くにまで半魚人が来ているということ、そして……


「はぁっ……はぁっ……!」


「ハロー比較的知能が高そうな半魚人、声帯使って会話はできるかい?」


「くっ、回り込まれたか………っ! って、何故こんなところに鳥人族(バーディアン)が?」


守護者(ガーディアン)?」


それ(・・)の目の前に降りるよう計算して着地し、赤い血(ダメージエフェクト)が流れる肩を押さえた半魚人へとファーストコンタクトを試みる。体格や声からして性別はオス……妙にスケスケなダイバースーツのような服をまとった、鮫と人を足して割ったような姿の、これまでに遭遇してきた半魚人とは一線を画する知性(NPC)の光を感じる男は俺を見て妙な単語を口走りつつも、いきなり襲い掛かるようなことはせずに呆然と俺の姿を見ていた。

だが、この鮫男が逃げていた以上追う存在がいたことは間違いなく、曲がり角から知性のかけらもない腐れ半魚人共が群れを成して殺到する。


「ああくそ、話は後だ。これ飲んだら走れ!!」


「え、ああ、誰とも知らぬが感謝するぞ!!」


兎かクソガキかプレイヤーを探していたのに、この都市に来て最初に接触した会話可能な存在はなんと鮫の半魚人であった。


というわけで半魚人(?)と接触です。分かる人には分かる元ネタ、お姉ちゃんにはしょっちゅうお世話になりました……

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