静謐が終わる、廃都よ賑やかなれ
「……強制気絶とは新しい」
ログインする時に感じる、眠ったはずの身体が世界を知覚するような、眼を覚ますような感覚。
ボロボロの甲板に横たわっていた俺は、五感に押し寄せる情報の奔流に頭を振りながら起き上がって辺りを見回す……案の定というか、お約束というか俺しかいない。だが俺以外全滅ということはないだろう、流石に。
そしてあの半魚人達は、と落ちていた傑剣への憧刃を慌てて拾い上げて視線を向ければ……なぜかそこにはビチビチと跳ねる新鮮な魚が大量に。
「どういうことだ……?」
半魚人っていうか全部魚になってるが、何が起きたんだ。恐る恐るヌッタヌッタとうねるウツボを剣の腹で叩いて、意を決してインベントリに放り込む。
「ディープアビス・モーレイ……本当にただの
一体何がどうなってるんだ、半魚人の正体が魚だったのか? それとも半魚人がただの魚になったのか? うーむ……いやそれどころじゃねぇ。
「ロードが入る直前、拒否権無しでEXシナリオ始まってたよなぁ……」
クソ……流石にそれは想定していなかった。強制イベントはゲームじゃありふれたものだ、そして大凡初見殺しであることもありふれたことだ。
見上げた先、夜空とは違う暗闇にキラキラと星のような何かが遠目に見える。見た所、どこか洞窟内のようだが……そして俺はようやくこの場所の観察を始める。
「空気自体はある、やっぱり洞窟の中か何かなのか? そしてなによりこの光景よ」
一言で言えば「地下都市」、海底に引きずりこまれたのだから所謂アトランティス的なエリアなのだろう。
あの嵐と共に現れ、亡者の呻きの如くこちらを襲った幽霊船は、そんな事実など最初からなかったかの如く、航行不可能な損傷を背負いこの海底都市の端っこに静かに座礁している。
何故俺だけここに残されているのかは……うん、心当たりがないわけではないが、とりあえず深くは考えなくていい。
「このエリア……立地、というかマップ的にはサードレマと同じタイプか」
つまりは中央に城を置いて、円形に建造物や道路が配置された円形都市。船の上から見る限りではどうやら俺が今いる場所はこの円形の外縁部であることくらいしか分からない、あと街並みは崩壊が酷いが中世風、つまり神代の文明以降のものであるということ。
「クターニッドの本拠地なんだろうが………クソ、エムルを連れてきたのは完全に失策だったな」
NPCがリスポン出来ない以上、死亡確率が極めて高いEXシナリオにはなるべく参加させたくなかった。EXシナリオを発生させる前段階なら問題ないと思っていたが、まさかこんな不意打ちを食らうことになるとは。
思い通りにいかな過ぎて逆に楽しくなってきた、性質は真逆も真逆だがクソゲーを攻略するときと同じメンタリティになってきたぞぉ……
「んぉ」
どちらにせよEXシナリオに突入した以上、攻略するのがゲーマーとしての礼儀というもの、装備やステータスを確認していた俺は、ステータス欄に追加されていたある項目に気づく。
「特殊状態「深淵の刻限」……」
特殊状態と言われ真っ先に思い浮かぶのはリュカオーンの姿。今思えばウェザエモンの強制レベル制限もある種の特殊状態だったのかもしれないな、いやそれはそれとしてだ。
「この数字……成る程、この場所に滞在できるリミットは七日間ってわけだ。」
167:58:21……目減りしていく数字の羅列を変換すれば、このエリアに居られる時間が決まっていることが見てとれる。だがタイムリミットが分かったのは良いニュースだ。
なにせ七日間もログインし続けることは不可能、であればこのエリアのどこかにセーブポイントが存在するということ、そしてセーブ=ログアウトの性質上、その場所は安全が確保されているということ。安全地帯があるのならば、NPCをそこに叩き込んでおけば少なくともタイムリミットまでは安全が保障される。
「七日あるなら今すぐクリアを目指す必要はない、エムルやシークルゥ……ああそうか、一応あのクソガキも含めてNPCの確保、そしてセーブポイントの発見……」
よし、最終目標の前に達成すべきオーダーは決まった。ひとまずは動かないことには何も始まらない、他のメンツを探しつつセーブポイントを見つけなければ。
「よし、行くか!!」
甲板からフリットフロートを挟んで飛び降り、落下ダメージを軽減する。エリアチェンジするまでのロードの間に体力は全回復されていたので、落下ダメージで死亡だなんて情けない事にはならなかったがどちらにせよ体力を削ってなんぼのスキル構築であるので、このまま行くことにする。
「見た所モンスターの姿は無し」
海底都市にしては妙に青々とした草原に着地し、注意深く辺りを見回す。どうやら都市部の方には灯りがあるらしく、今俺のいる場所はその灯りのお零れでかすかな光を帯びているようだ。軽く地面を蹴ってほじくり返してみると、砂とは違う土と一緒に海藻とは違う雑草が掘り返される。
「……どうにも海底っぽさがないな」
エリアを構築している何もかもが、そのまま地上のエリアとして使えそうなものばかりだ。さすがにこのゲームで雑な使い回しが許容されるとも思えないから、何らかのタネがあるのだろうか。
振り返れば船の残骸、嵐の中でホラーですらあったクライング・インスマン号もこうなってしまえば哀愁が漂ってくる。とはいえ、プレイヤーのスタート地点に大したものがあるとも考えにくいし、仲間探しとセーブポイント探しのために向かうとはいえ、船の残骸を調べるよりもあの都市を調べたい。
「外周はほぼ無事、本当にただ風化したって感じだな」
てっきりクターニッドに襲われて滅亡とかそういうバックストーリーがあるのかと思ったが、崩れた外周壁は戦いによるものというより単純に風化して崩れ落ちたという感じだな。崩れて瓦礫が積もった部分から都市内部へと侵入すれば、改めてこの都市の姿をよりはっきりと見ることができた。
何よりも特徴的なのは建物の建材から道路に至るまで全てが淡い青一色であるということか。どうやら塗装による色調統一ではなく、そういう色を持つ石材を使っているようで灯り代わりに辺りを照らす奇妙なランプのようなものに照らされた街並みは何とも幻想的な光景だ。それが廃墟であり、崩壊と静寂を帯びていれば尚更に。
だが気になる点が一つ。
「家屋が封鎖されている?」
施錠とかそんな生易しいものでは無い。損傷がひどいものが大半ではあるがかろうじて玄関の扉や窓が残っている家屋の多くが外側から封鎖されているのだ、それもご丁寧にやっぱり他と同じ色の木材で。
なんだか一気にきな臭くなってきたな、少なくとも外側から民家を封鎖するような状況がお祭りや祝日であり得るとは思えない。中にいる住人を外に出さないようにする処置をしなければならない状況とは……
「白骨とか出てきたら割とビンゴだが……さて、住民の皆さんの熱烈歓迎か」
名状しがたい姿と、声と、クーラーボックスの中で忘れ去られて腐りきった魚のような腐臭と生臭さのミックススメル。流石にあのこの世の汚物を圧縮しきったような激臭を完全再現したわけではなく、幾分かマイルドになっているがそれらの存在感を際立たせるには十分すぎる。
「出たな腐りつみれ共め」
幽霊船の上にいた奴らがなぜか魚になっていたのでもう出現しないかと思ったがそんなことはなかった。通りの曲がり角から現れた半魚人達は、その腐りかけの身体からちょっと触りたくない類のヌメついた体液を滲ませながらこちらを認識する。最初から警戒状態であったのに少しだけ違和感を感じつつも、こちらも戦闘態勢に入る。
幽霊船で戦った連中とは違い、妙に整った装備を纏った半魚人共は奇声をあげながらこちらへと突進してくるが、所詮は魚頭故に本当にただ突っ込んでくるだけの愚直な突進など脅威では無い。
そうとも、先陣が突っ込み第二陣が続き第三陣が続き……第四、第五、第六…………第n陣、っていやいや。
「待て待て待て待て!?」
こっち一人なんですけど!!
作戦変更、あんなのとまともに戦ってなどいられない。迷うことなく180度反転、全速力で走り出すのだった。
実はクターニッドが一番反則くさい能力持ちだったり