だって元々水棲だもの
恐れで足を止めれば逆に危険だということが分かり、俺は目まぐるしく身体を動かしながらクライング・インスマン号の甲板を駆け抜ける。半魚人共は別に徒手空拳で襲いかかってくるわけではなく二、三度打ち付ければ砕けてしまいそうなボロボロの武器を振り上げ幽霊船に入り込んだ異物を取り除かんとする。
「はんっ、俺を圧倒するなら物量が足りてねーんだよ!」
「いやどう見ても完全包囲ですわ!?」
「後続が前にいる奴を踏み越えながら俺を押し潰すくらいの物量じゃないとお話にならねーから」
「わぁい、そう考えると包囲網がスカスカに見えますわーっ!!」
その点水晶群蠍はいい感じにクソゲーしてたな、恩恵をフルで受け取ってから運営に指摘メール送りつけてやったから多分修正されたと思うが。
振り下ろされたサーベルを身を捻って回避し、左剣で首を突きつつ右から襲いかかってきた槍の一突きを右剣で弾いて逸らす。
再び包囲される前に折れて傾いたマストを足場に跳躍、遮那王憑きの補正を受けた動きで宙返りを交えた動きで半魚人の群れを跳び越える。着地の直前、俺の足の下を抜けるようにバリスタが飛翔し、振り向いていた半魚人の何匹かが団子よろしく連なって吹き飛んでいく。
「伊達にあの変態機動で弾当ててないな、固定砲台なら曲芸レベルだぞこりゃあ」
「一歩間違えたら極刑ですわぁ!!」
「お、うまい。座布団一枚」
「バリスタが尽きた、弓矢で支援する」
「なんでこっち乗り込んできてるんだよ!?」
「……私は「中距離弓使い」、少なくとも魔法弓を使っている間は、ここが私の距離……!」
そう静かに言い放ち、ルストは弦の張られていない弓を構える。ルストの左手が弓を強く握った瞬間、明らかに物質的なものではない光の弦と矢が生成される。
「もしかしなくてもMP依存?」
「さらに言えば魔法判定……!」
幽霊船の船首に立ち、器用にバランスを取るルストが魔法の矢を放つ。それは攻撃モーションに入っていた半魚人の一体に命中し、硬直したところを俺が切り裂く。
半魚人共は突如として現れた追加の異物に対して排除を試みるが、ルストは半魚人を己の至近に近づかせることなく距離を維持しながら魔法矢を連射する。俺のように攻撃に対応しきるのではなく相手の攻撃と行動を予測して動く立ち回りだ、いい感じにヘイトを俺に押し付けてきているのもまた憎らしい。
「避けタンクらしく働きますよっと……!!」
キリキリ働けと視線でお叱りを受けたので程よく背丈が近しい半魚人三体を焔将軍の斬首剣で撫で斬りにすれば、大立ち回りをする俺へとヘイトが集中する。
「ご、ごめんルスト!」
「遅い、そっちは?」
「海から這い上がってきたモンスターが乗り込んできたけど、そっちはNPCと秋津茜さんがなんとかしてくれてる!」
そりゃあ半魚人だもんな、海を泳げて当然だろう。とはいえ二、三回クリティカルを首あたりの弱点に叩き込めばポリゴン爆散する雑魚敵だ、秋津茜やNPC達だけでも防衛自体はどうにかなるようだ。
成る程、このシナリオは恐らく四、五人での攻略が想定されているのだろう。NPCに混ざって防衛する要員と直接幽霊船に乗り込む要員で役割分担するのが最適解と見た。もしくは先ほどのルストのようにバリスタ要員を割り振るのもアリだな。
そしてこのシナリオの目的が幽霊船へのカチコミである以上、勝利条件は半魚人の全滅もしくは……
「お前が船長かな?」
今の今までワラワラと半魚人を吐き出していた船内への入り口から、それはヌッと現れた。シルエットだけなら「ろくろ首」が近いだろうか。明らかに人間のそれよりも長く、キリンのそれよりも柔軟なそいつの首は巨体に見合う大きさですぬるりゆらりと蠢きながら俺達を見下ろす。
蛇のようにも見えるが腐っているとはいえ地の黄と茶のブヨブヨしたマダラ模様の皮と、魚類の面影を強く持つ表情の無い面構えはそれがウツボのものであるとわかる。
首を含めなくとも俺と同じかそれ以上はある巨躯はなんと船の錨を握りしめており、明らかにこいつは他の雑魚半魚人もは異なる存在だ。
「さぁどう調理したものか……」
「私に任せて、ください」
「あぁレイ氏、今までどこ、に……」
甲板が揺れる。それは激突し繋がった二つの船の間を飛び越え、幽霊船に着地した鎧の戦士によるものだ。だがそれは土塊の騎士ではない、東洋の意匠が多く見られる鎧甲冑に加え、まるで憤怒の鬼をそのまま防具にしたかのような、般若の如き憤怒の形相を模した兜を装着した鎧武者。
その手には大剣ではなく赤黒い鉄槌……スレッジハンマーが握られており、ある意味分かりやすい刃物を持っているよりも凶悪さが際立っているようにも見える。
「ステータスのデバフは如何ともしがたいですが、この程度なら任せて、ください」
「お、おう……了解、援護するよ」
一瞬新手のモンスターかと思ったのは内緒にしておこう。
「コァッ、キァァァァァァァァアァアァア!!!」
ウツボ半魚人はなんとも形容しがたい音で吠えると、実に重量感のある錨を俺達へと振り下ろした。俺とレイ氏は磁石の反発のように別方向に回避すると、それぞれが役割を果たすべく動き出す。
「エムル、レイ氏とウツボ野郎のタイマンに水を差す半魚人を優先的に狙いつつ、隙を伺ってウツボ野郎に攻撃を仕掛けていくぞ」
「じ、地味に要求が多いですわ……!」
「要するに暴れるんだよ!」
どうやら向こうにとってもウツボ半魚人の出撃は追い詰められている証拠であるらしい。なんというか、先程まではゾンビパニックのそれに近い緩慢な動きであった半魚人達の動きが気持ち早くなったように見える。だがその速さは動きが洗練されたことによるものではなく、焦りに起因する直情的で分かりやすい動きだ。
「であれば数の不利は巻き返せる……!」
半魚人の一体に飛び蹴りを放ち、俺のヘイトがそいつに向かった……と思わせて別の半魚人に斬りかかる。ははは、この手のフェイントは苦手かな? では今回の戦いを反省に次回に活かすといい……おっと、ここで死ぬなら意味ないな、残念!
レイ氏のもとへ向かおうとする半魚人のうなじに、投擲した
無手となった俺へと好機とばかりに半魚人が群がるが、あいにくプレイヤーは武器をいくつも持っているんだよ魚頭共め。
「確定四発乱数三発!」
四発当てれば確定、運が良ければ三発で確定するという意味が込められた魔法の呪文と共に、帝蜂双剣【改四】の右剣が閃く。
強化を重ねられたことで「壊毒」の付与率も上昇した刺突剣の貫きは四度の閃きを経て不用意に近づいたシャケ頭の半魚人の肩をボロボロに破壊する。
悲鳴……多分悲鳴を上げてアップルパイの生地のようにボロボロ崩れていく肩の付け根を抑えるシャケ頭を左剣でど突いて走り、インベントリに帝蜂双剣【改四】をしまいながら傑剣への憧刃を投げつけた半魚人の背中側の脇腹、厳密にはそこに突き刺さった傑剣への憧刃の柄尻を蹴り飛ばす。
貫通した刃にその腐った身体の動きが硬直した瞬間を狙ってうなじに刺さった剣を引き抜いて連続で斬りつける。
体力が尽きたことでその腐った身体はポリゴン爆散し、刺さる対象を失い池に落ちる刃を空中でキャッチ、そのままこちらへとドタドタ迫ってくる半魚人を無視して片膝をついたウツボ半魚人の方へと走る。
「エムル、奴の首に攻撃」
「はいなっ!」
凄いな、さっき使った遮那王憑きがもうリキャスト終わってら……愚者、なかなか使えるじゃないか。
魔力の刃がウツボ半魚人の首に傷をつける。それに対してウツボ半魚人が意識を向ける前に遮那王憑きを再起動した俺が巨体そのものを足場に駆け上がる。
「遠慮せず……受け取れっ!!」
一閃につき三の斬撃が爆ぜ、連続した斬撃はその三倍の斬撃エフェクトの花を咲かせる。
戦況は圧倒的にこちらが有利……
だがここからがこのシナリオの本番だった。
固有NPCがいるんだもの、当然シナリオには積極的に参加しますよねぇ……(悪い顔)