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赤鯨、魚怪と相対す

そう、冷静に考えればこのユニークシナリオ「深淵の使徒を穿て」はそうやすやすと発生できるものではない。なにせ俺は何も知らないし、これの情報を持つルストとモルドですらどのように発生させたのか定かではないのだ。

あの二人はある意味で俺に弱みを握られている状態であるので、口封じは容易だ……いや、キル的な意味で始末するとかではなくロボをちらつかせる的な意味で。

なので仮にこのシナリオをクリアすることでユニークシナリオEXが発生したとしても、レイ氏や秋津茜以外のプレイヤーが便乗することはできない。そもそもこの二人が来てしまったこと自体が予想外だが、やってしまったことを悔いるよりもやるべきことを修正するべきだ。


「……と、いうわけで追加でこのシナリオに参加することになった助っ人のサイガ-0氏と秋津茜氏です」


「何がというわけなのかサッパリなんだけど……」


まぁそりゃそうも言いたくなるだろうが、流石に「手違いだったので帰ってくれ、あと君達はユニークシナリオなんて知らない、いいね?」と告げるだけの勇気は俺にはなかった。

「手違いで呼んですいません、用事があるようでしたら帰っていただいて結構です」的なことを遠回しに言ってみたのだが、まぁユニークシナリオに参加するチャンスを逃すようなプレイヤーはそうそういないだろう。レイ氏はなにやら迷っている様子だったが、なんだかんだでこのシナリオに参加すると俺に告げた……無理しなくてもいいのよ?


様々な感情のこもった視線が主にルストから向けられてはいたが、サイガ-0というプレイヤーがシャンフロにおいて最強格のプレイヤーであることを告げることで納得して貰った。


「……で、そっちは?」


「はい! 秋津茜と申します!」


「便利要員A的なものと思えばいいと思うよ、オプションパーツが本体的な」


「辛辣ですね!?」


実際この場において最もレベルの低いプレイヤーだしなぁ、リュカオーン(分身)を倒した事で通常ではあり得ないレベルのレベルアップをしているかもしれないが、流石に平均レベル80のメンツの中では頭一つは力が劣っているのは事実だろう。

とはいえオプションパーツことシークルゥはエムルと違い、ガチガチの戦闘ビルドだからオプションパーツが本体と言えるし、あのニンジャニンジャしている魔法の数々は火力以外の面ではそれなりに役に立つ。というかメインアタッカーのシークルゥとアシストの秋津茜で役割が逆転しているんだよな。

せめてあのレーザービームがもう少し火力を出せればアシストではなく後方火力としての役割があるんだろうが。聞いた話じゃかろうじて残骸遺道のゴーレムをよろめかせる程度なんだとか、あのビームの火力はクリティカルに弱点を狙うとはいえ俺の攻撃五発分くらいだぜ。見た目詐欺も甚だしいところだ。


「……まぁ、ロボを使えるならなんでもいい」


「人数が多い方が役割分担もできるしね、僕も異論はないよ」


弱みにつけ込む必要もなく、あっさりと二人の了承を得たことで改めてパーティを結成し直す。

このシナリオのメインはルストとモルドの二人だからな、であればリュカオーン戦からそのまんまな俺のパーティに入れるよりも向こうをリーダーにしてこっちが傘下に入るべきだろう。パーティをリーダー権限で解散する瞬間、なにやらレイ氏から圧が発せられたような気がしたがなんだったのだろう。パーティくらいいつでも組めるんだから解散することに問題はないはずだが……まさかパーティを解くことで発生する何かがあったとか!?


「パーティの申請を送った。というか、ヴォーパルバニーもパーティメンバー扱いなんだ……」


確か犬っぽいモンスターと猫っぽいモンスターはある種のオプションパーツがとして連れて行くことができるんだっけか、まぁエムルやシークルゥ達はNPC扱いだからそこら辺の兼ね合いなんだろう。


「いつまでモタモタしてるんだー! さっさと船に乗れーっ!!」


「クソガキが呼んでる、行こう」


船の上から、子供にしてはやけに大きな声でスチューデが俺達を急かす。突然の追加人員というアクシデントこそあったが、リュカオーン戦のメンバーと弓使い、そして純魔を加えた五人二羽で俺達は赤鯨海賊団の帆船「スカーレットホエール号」に乗り込むのだった。




「わぁ、凄いですね! 進んでますよ!」


フィフティシアの表港とは比べ物にならない貧相な破落戸通りに存在する裏港。巨大な船の残骸の陰から一隻の帆船が水を掻き分け大海へと進む。

表港に堂々と浮かぶ、豪華客船かはたまた弩級戦艦か……現実に存在する鯨すら人と虫程の差がある巨大な船に比べればあまりに小さい帆船はされど風を受け、我こそが海を征く者であると帆に赤い鯨と髑髏を模したエンブレムを掲げている。


「すげぇなぁ、ちゃんとMobが船を動かしてるんだよなぁ」


「それの、どこが凄いんですか?」


「そりゃあ、Mobが実際に動かしてるってことはこの船はシステム的に動いてるんじゃない、物理演算に則ってネジの一本まで再現してるってことだ」


レイ氏の疑問に対して、俺はこのゲームのトチ狂った作り込みを説明する。多分、この船に使われているデータをストレージに入れるだけで下手なPCならメモリが吹っ飛ぶだろう。普通こういうところは妥協するべきものだ、別に風関係なく船が高速で動いたって誰も気にしやしない。船の形をしたモデルにそれっぽい凹凸のあるテクスチャを貼り付けただけのものでも問題ないってのに、この船は……恐らくあの巨大調査船も、「船」というモデルではなく「木」と「金具」とその他諸々を物理エンジンに則って組み上げている。

もはや凄いを通り越してキモい、何がこのゲームを作ったやつをここまで駆り立てているんだ。


「まぁなんというか、凄いゲームだねってことかな」


「そう、ですね……とても、良いゲームだと思います」


レイ氏のその言葉には、ゲームのスペックが高いこと以外の点に重きが置かれているようにも感じたが、まぁグラフィックだけがゲームの全てではない。ドットでだって人は感動できる、どれか一つが優れているだけの……言い換えればどれか一つしか優れていないゲームの大抵はクソゲーに部類されるのだから。


「流石に動いてる船で釣りしても魚は釣れないかな、いやでも帆船だしエンジン搭載の船に比べればその動きは遅いんだから割と泳ぎの速い魚なら追いついて食いつく可能性もあるか……?」


そうと決まれば早速釣りをしてみよう。明らかに大型の魚を釣るような釣り竿ではないが、はてさて何が釣れるやら。



釣りを始めて大凡三十分ほど経過しただろうか。釣果は聞くな、居眠りし始めたエムルが何よりの証拠だ……マフラーが鼻ちょうちんを出すんじゃねーよ、妙なところでギャグなモーションしやがって。


「……雲行きが変わった?」


ふと呟いたのは誰だったか、その言葉を聞いたプレイヤー、NPC双方が空を見上げる。

先ほどまで蒼海に負けぬ青い蒼穹を広げていた天幕、光を鬱陶しいくらいに降り注がせていた太陽の光が弱い。太陽自体の光量が減ったわけではない、青空のテクスチャにフィルタをかけたように、光が遮られているのだ。


「……なぁレイ氏、もしかしたら俺が無知かもしれないから聞くけどシャンフロじゃこういう一分も経たずに天候が激変する、ってイベントは割とあり得るものなのか?」


「少なくとも、私が今までプレイしてきた、中でそのような事は……っ!」


最初は光が弱まっただけだった。だがそれは一秒経過する毎に翳り、隠され、そしてついには多量の水と雷を孕んだ黒雲がスカーレットホエール号を太陽から完全に覆い隠してしまう。

よくよく見てみれば、この黒雲はシャンフロという世界そのものを覆ってはいない。明らかに不自然な円形の雲は、まさしくこの船を中心に発生している。


「船長! 間違いねぇ、あの時と一緒だぁ!!」


「こ、怖くなんてない、僕様はパパの息子なんだ…………お前らっ! 武器を構えろっ!!」


何やら一瞬ヘタれていたスチューデが船員に、そして俺たちへと戦闘準備を告げる。慌ただしく武器を取りに走るNPC達に対して、インベントリからさっさと取り出せるプレイヤー達はその場で武器を構えげながらも、何が起きているのかと辺りを見回す。


「幽霊船ってのは大抵二つのうちのどっちかのパターンで出現するって相場が決まってるもんだ」


「そ、それはなんですわ……?」


毛並みを逆立て、恐る恐るといった様子でエムルが問いかけてくる。


「一つは霧の中からゆっくりと現れるホラーゲーパターン、そしてもう一つは…………来るぞ、下だ(・・)!!」


海底から飛び出してくるアクションゲーパターン!!


次の瞬間、黒雲より破壊力を伴った光が落ちる。海面に叩きつけられた光の鉄槌は、一瞬で海水を蒸発させ、破壊力を水面の爆発という形で表現する。

そしてそれと同時、海面が下からの衝撃によって巨大な水柱を立てる。


「幽霊船……なんだっけ、サムシング・インシュリン号?」


「クライング・インスマン号……! ぜ、ぜんいんせんとう、よ、よういーっ!!」


怯えながらも、船長としての役割を放棄しなかった事は褒めてやろうクソガキ。

傷持つ赤鯨の海賊船と、泣き叫ぶ魚怪の幽霊船が荒天の海原で相対する───


実際のところ、このメンバーの中でいちばん役立たずはステータスそのものが半減中のヒロインちゃんなんですけどね

装備を変えてもステータス半減は一日続くので。

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