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運送品はナマモノ注意

動きやすさを重視した膝出しの短パン、ダボダボの海賊衣装に着られているかのようなちまっこい身体、ファッションとしての考慮が一切されていない、ただ切っただけというべき短髪。頬には何か粘っこいもので貼り付けた包帯の切れっ端が貼り付けられているその顔には理由のない自信に満ち溢れている。なんというか自分にできないことはないと妄信的に信じきっている、思わずデコピンしたくなるクソガキの塊が偉そうにふんぞり返って俺達を見下ろしていた。

すごい、クソガキという形容以外の表現が思いつかない! マジかよ……こいつに比べたら害悪君とかただの悪役じゃん……クソガキというかただのクソじゃん……


「はんっ、怖気付いて逃げたかと思ったけどちゃんと来たみたいだなチビ女!」


「……クソガキが、相変わらず生意気なことしか特徴がない」


「なんだとぉ!?」


俺がエムルと会話するように、ルストとクソガキ……確かスチューデだったか、クソガキの挑発に対してルストは毒を吐き返す。すごいなぁ、煽り耐性の絶無さもクソガキレベル高いなぁ。


「ヒョロノッポは相変わらずなよなよしてんな!」


「ははは……僕文系だから……」


「ブンケイだかベンケイだか知らないけどもっと肉食えよな!」


(プレイヤー)の問題だし、ゲーム内でいくら肉喰ってもうっすいジャーキーみたいな味しかしないと思うがね。そんな感じでルストとモルドに対して実に生意気な態度で騒いでいたスチューデであったが、俺の方を見て何か言おうとして……何故か目をそらす。


「なぜ目をそらす」


「ゔっ……」


まるで捕食者から逃げるイワシのように縦横無尽に泳いでいたスチューデの視線が俺の視線とぶつかるが、数秒としないうちにまた視線がそらされる。よくよく周りを見てみればスチューデだけではなく、他の海賊NPC達ですら俺とあまり目を合わせないようにしている。


「んん……?」


心当たりはありすぎるほどにあるが、仮にも海賊というアウトローがこんなあからさまに目を合わせようとしない程の効果を持っているのか。腫れ物に触るような……というよりも眠るライオンの檻にそっと餌を伸ばすような慎重さでスチューデは俺へと話しかけてくる。


「お、お前の……その、名前を聞いておこうか!」


「サンラクだ、此度はそこの二人に助太刀する形で参加することになった。特技はリュカオーンの顎をかち割る事」


「そ………………そうか! うん、そ、それは剛毅なやつだな! ぼ、僕様のために働いてくれたらしかるべき、ほ……ほ……」


「報酬?」


「そう! ほーしゅーを支払ってやる!」


ちょっといたずら心がくすぐられたので物騒な特技を口にしながらガン見してやったのだが、視線をクリティカルヒットしたスチューデだけではなく、他のNPC達すらもが冷や汗を流しながらざわめき始める。


「こう、ならず者の蛮勇とか無謀を恐れない度胸とかさぁ……」


「度胸試しと自殺はベツモノですわ……ふぎゅんっ!?」


思わずポツリと呟いた言葉に対して、マフラーの妖精がなにやらほざいたので、咳で誤魔化しながらちょうど妖精さんの頭がありそうな辺りにデコピンを当てておく。プルプルとマフラーの毛並みが震えているが、きっと静電気だろう。


「早速だが仕事の話をしたい、その二人から大凡の話は聞いているが……やっぱり依頼者本人の口から説明を聞きたい」


「そ、そうだな……お前達には僕様の……ううん、僕様達の船に乗って「幽霊船」をぶっ壊しにいってもらう!」


「幽霊船?」


「うん、幽霊船……「クライング・インスマン号」、僕様のパパ……じゃなくて、親父を殺した仇だ……!」


『ユニークシナリオ「深淵の使徒を穿て」を開始しますか? はい、いいえ』


パパとはまた随分と可愛らしい呼び方をするやつだ……と思いつつも怒りと悲しみが篭った言葉で説明するスチューデの話を纏めると、大凡ルスト達の説明と一致している。

幽霊船クライング・インスマン号……嵐と共に現れ、生ける船乗りを深い海の底へと引きずりこむ呪われた魔船。かつては極めて残虐であると同時に極めて勇敢な海賊の船であったそれは、今では見るもおぞましい「深淵の盟主」の眷属と化した化け物達と化したかつての船乗り達によって海の中を帆を張って進むのだとか。

スチューデの父親はかつてクライング・インスマン号と遭遇した際、たった一人で幽霊船に乗り込み、化け物達を相手に部下と船を逃した。もはや生存の可能性はなく、遺された一人息子のスチューデは父親の仇である幽霊船を沈めて初めて新たな船長として立つことが出来る……というのが大凡のシナリオストーリーだ。


「成る程……そのクライング・インスマン号に乗ってる化け物ってのは具体的にどんなのなんだ?」


「そ、そりゃあ……口に出すのもおぞましい、腐った魚と人間の死体をぐっちゃぐちゃに混ぜたような怪物でさぁ」


「それはただの腐ったつみれでは……とにかく、半魚人みたいなのを想定すればいいのかな」


出発は一時間後、スチューデの号令により出航の用意を慌ただしく始めた海賊達が武器や食料をあの巨大船舶ほどではないにせよ、十分巨大な帆船へと積み込んで行くのを眺めながら俺はモブA的な海賊の一人にその怪物の特徴を聞いていた。

俺だとあからさまに恐れられてしまうため、スチューデへのコンタクトはルストとモルドに任せてある。


「いやしかし、この刻傷は思った以上に効果を発揮するのな……」


「そりゃあそうですわ、サンラクサンの全身から放たれるヴォーパル魂は近づく者を切り刻むような威圧感を放ってるですわ」


「キレたナイフか何かかよ俺は……」


効果が強すぎて逆にNPCとの会話が困難になりそうじゃないか、スチューデというクソガキという概念を実体化させたようなNPCですら借りてきた猫よりおとなしくなってしまうとは、いっそ半裸であることを笑うくらいしてくれればいいのになぁ。

モンスターが当たり前に存在する世界であるためか、これからカチコミをかけるのが超常の幽霊船であるためか、明らかに対人を想定していない武装が帆船へと運ばれて行く。


「幽霊船が敵なんだよな……クラーケンとかじゃないよな?」


海賊船の武装といえば大砲とかがテンプレなのだが、船に積まれているのは大砲ではなく、バリスタと呼ばれるでっかい弩だ。火薬自体が存在しないからだろうか、そこらへんは魔法でなんとかすればいいだろうに。ああでも、魔法でどうにもならないから銃が存在しないのかもな、メタなことを言えば「遺機装(レガシーウェポン)」だけが銃というカテゴリを持つ、というアドバンテージを作るためだろうけど。


「船上戦か……」


「アタシ、お船に乗るのは初めてですわ!」


「……まぁ、いつも物理的に振り回してるし船酔いは大丈夫だろうしな」


「?」


船の上での戦闘、というのはこれがまた中々に一筋縄ではいかない。それも嵐の中での戦闘ともなれば、常に地震が起きている中で戦うと言っても過言ではないくらいだ。

視界は揺れる、足はもつれる、体幹が足場ごと揺らされるから点に狙いを定める武器は大きな制限を受けることになる。幸い(サンラク)は狙撃技能を必要とする攻撃手段を持っていないからそこまで酷い制限を受けるわけではないが、それを差し引いても対策は必要だろう。


「足場の確保……リキャスト管理……揺れのルーチン把握……敵味方双方のAIの行動パターン……」


「時々サンラクサンは魔法の呪文より難しいことを言うですわ……」


「どちらかといえば魔法(マジック)じゃなくて論理ロジックなんだけどな……ん?」


シャングリラ・フロンティアは超文明がロボを作ったりしているが、その根幹は魔法や架空といったファンタジーで構成されている。だから現実では見ないような奇妙な光景は探そうと思えばいくらでも見つけることができる。

そうそれは例えば、もうどこからどう見ても「私は力仕事要員です」とアピールの激しいマッチョ達が馬鹿でかい樽を神輿のように担いでここまでやってくる光景だとか。


「なんだありゃあ……蛸壺? まさかマジでクラーケンを相手にするんじゃ……」


いやでも人間を三人くらい詰めたら容量オーバーしそうな程度の大きさでは多くのゲームで船を軽々と沈める巨体のタコ、もしくはイカとしてデザインされるクラーケンを納めるには小さすぎるだろう。まさかシャンフロのクラーケンは現実のダイオウイカ程度、と言うことはないだろう。

いやそもそも樽で壺の代用たり得るのかと言う根本的な問題があるわけで……そんなことを考えていると、樽を担いでいたマッチョ達は船にそれを積み込むのではなく、俺の目の前で立ち止まるとその樽を地面に下ろして横に倒した。


「きゃあっ」


「わあっ!」


「ぐぇっ」


「おうおうおう! 赤鯨海賊団名物「バレル・デリバリー」はお仕事完了だぜぇ!」


「おうそこのおっかねぇにいちゃん! あんたのツレだろう? 確かに連れてきたぜ!」


「え? は? あー……んん?」


わっはっはと笑いながら去って行くマッチョ達……いやそこじゃない、今重要なのはそこではなく樽から転がり出てきた方の連中だ。


「い、一体何が………え、ひづ……ゴホン! サンラク、さん?」


「洗濯物の気分を味わえました……あれ、ここはどこですかね!?」


「ちょ……っ、秋津、あか、ね……殿……潰れ……っ!?」


未だデメリットが終わっていないために、朽ち果て錆びた土塊のような鎧に身を包んだ騎士のプレイヤー。

三つのエリアを真っ直ぐ突破してきたと言う俺以外に兎御殿の敷居をまたぐことを許された狐面をつけた忍者のプレイヤー。

そしてその忍者に潰されて現在進行形でくぐもった悲鳴を上げている白いマント。


「え、なんで?」


つい数時間前まで共にリュカオーンに挑んだ二人と一羽、そして俺とエムルを合わせた三人と二羽が全く状況を理解できぬまま、混乱と共に互いに目を見合わせているのだった。

胸に七つの傷がありそうな威圧感を放つやつが「特技はゴジラを半殺しにすることです!」とかほざいたらそらドン引きされますわな、という

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