精神的ゾンビはカフェインで蘇生する
今日二時間しか寝てないからつらい? そんな言い訳はMMOでは通用しない。言い訳に口を動かす暇があるのならばそのリソースは魔法の詠唱に使うべきであり、要するに現実とシャンフロを行ったり来たりしてさまざまな用事を終わらせてきた。
普段ならば特に苦労を感じることもなく済ませる事も、夜襲のリュカオーンという規格外の強敵と戦った直後からほぼ休みなし、というのは中々に堪える。尤も、精神的疲労の大部分はユザーパー・ドラゴンのせいであるのだが。うーむ、やはり遠距離攻撃手段が欲しい。
それ以外にもボロボロになった
三分、それが呪われた胴体と脚部に装備された防具が木っ端微塵に爆散するまでのタイムリミットだ。防御力に関係なく一律三分、伝説級の防具であろうがそこらで売ってる紙装甲であろうがカップ麺に湯を注いで完成と同時に爆散する。セミより儚いとは恐れ入ったよ全く。
防具の貴賎強弱を問わないということはつまり、規格外特殊強化装甲ですら三分で爆散するということであり、作ったばかりの鎧を跡形もなく砕いてしまったことに対しては製作者様ビィラックに謝罪の意を表明すると同時、検証のための尊い犠牲として深く感謝の意を表明致します。鳩尾に頭突きで許してもらった。というかむしろ三分ごとに半裸にメタモルフォーゼする奴が街中を歩いていたらまず間違いなく通報されるのではないだろうか、衛兵的な意味でも運営的な意味でも。
三分、防具をパッシブな装備としてではなく、時間制限付きのアクティブバフとして完全に
その点インベントリアを持っているのはデカいアドバンテージだ、金さえあれば三分間のバフをほぼ無尽蔵に使用することができる。一式装備を揃えるのは懐にクリティカルがぶっ刺さる上に特定モンスターを狩り続けなければならないため、時間を急いている今は不可能だが、諸々終わったら駆け足攻略は一旦ストップしてゆっくり装備の充実に努めるのも良いかもしれない。
どちらにせよ無果落耀の古城骸には戻る必要があるしな。
スキルに変化はなし、防具も現状維持であるため最も変化したのは武器だ。まず俺の手持ち武器の中でもそのままの形を維持しているという点では最古参たる湖沼の短剣を始めとした殆どの武器を強化刷新、少し無理したので懐は吹っ飛んだ。手持ちの素材も吹っ飛んだ。
今の俺は素寒貧を超えた素寒貧……そう、超素寒貧とでも言うべき状態だ、まさか古城骸を攻略して手に入れた諸々から得た利益全てを使ってなお赤字になるとは思わなんだ。なんでもいいから金策が必要だ、それも一攫千金レベルの。
ああそうだ、海賊がどうのとか言ってたし釣りとかできないだろうか。神代の鐵遺跡で釣りまくったシャケはいいお値段がしたし、新大陸に通じる大海原であればそう……マグロとか釣れるんじゃないか? マグロはいいぞマグロは、ただし用量用法は守らないとダメだ。一度父さんが馬鹿でかいクロマグロを持ち帰ってきた時は三日三晩三食マグロという地獄絵図だった。
二十歳にもなってない若さでトロの脂がキツくなるとは思わなかった、最後の晩餐で食卓の中央にマグロのお頭が鎮座していた時は、なんというかもうある種のカルトじみた雰囲気の中でマグロハンバーグを黙々と食べる一家という……
「ぅあー」
あーダメだ、諸々の疲れでダンマリを決め込んだせいで思考がどんどんおかしくなっていく。なんでマグロについて熱く思考してるんだ俺は。とはいえ風呂にも入ったしエナドリもキメた、もう少しすれば全身にカフェインが行き渡りハイな状態に……カフェインは合法、そう合法だ。
普段が生き生きした鳥面であるなら今は死んだ鳥面だ、さながら首を切り落とされて時間の経過した鶏の頭が如くドロリとした目と、ゲームがゲームならまず間違いなくショットガンを突きつけられるような
一段と禍々しさを増した胴と足の刻傷も相まって、死戦に果てた死体がズタボロの身体を無理やり動かして彷徨っているようにも見えるのだろう……だからって武器を構えるのはやめろよ全く。
あからさまに素行の悪そうなNPCが増えてきたというのに、どいつもこいつも「あれに関わってはいけない」みたいな態度で話しかけてきすらしない。なんだなんだ、「お゛えあうお゛ぉぉ゛あぁ゛ああ゛あ」とでも叫びながら噛み付けばAIが勝手に勘違いしてゾンビパニックでも起こせそうじゃないか。
「…………ん?」
ふと、前を歩いている二人組のプレイヤーに気づく。NPCもプレイヤーも、港の方にある馬鹿でかい船に向かっているというのに、俺と同じくこの街の暗部たる破落戸通りへと進んで行く弓使いと魔術師。小柄な弓使いの方は褐色肌に銀髪のショートボブ、耳を伸ばせばダークエルフですと言われても信じられそうなくらい
もう片方の大柄な魔術師は……なんというか、職業間違えてない? どう見ても歴戦の剣士、とか戦場にて無傷で百人斬りを成した凄腕の将軍、みたいな顔をしているというのに魔法職。それも見た限り物理的攻撃力を完全に捨てた、所謂「純魔」というやつではなかろうか? ごつい見た目の割に歩き方もなんというかヒョロいというか……いや、身のこなしまで完全にロールプレイできるプレイヤーというのはそうそう見かけないものではあるが、あれじゃ狼の皮を被った羊ですらない。いいとこ狼の落書きがされた羊だろう。
「なんか既視感」
無愛想なチビと、ナヨい巨漢……激しく既視感がある。具体的に言うと結構最近ガンメタ決めてフルボッコにしたし、ガンメタ決められてフルボッコにされたような。頭の上に表示されているプレイヤーネームを見れば……チビが「ルスト」で巨漢が「モルド」、はいビンゴ。
この手のフルダイブではフィジカルがメンタリティに及ぼす影響がアバターの動きに結果的に直結する。
経験はないが所謂二日酔い、もしくは残業明けに近い状態である今の俺のメンタリティはエナドリパワーで復活する寸前のゾンビである。思考は明後日の方向を向いてかろうじて周囲の認識に割かれたリソースが「二人に近づけ」と身体を動かさせる。
おや、モルドの方がこっちに気づいた。
「オハヨウゴザイマス……」
「ひぇっ」
オイ。
「珍妙な格好……そう言う趣味なの?」
「大体リュカオーンってやつのせいでな、丁度数時間前に奴の顎をカチ割ってきたんだけど、さらに嫌がらせされてなぁ……」
「リュカオーンってユニークモンスターだったような……?」
ユニークかどうかは関係ないんだモルド君、要は殴れるかどうかだ。結局のところそれが一番大事なんだよ。脳筋思考は悪い事ではないがとりあえず殴るのは二流の脳筋だ、一流はいつだって最高効率と最大火力を考えて殴る。
カフェインが胃から脳に回ってきたのか、思考がまとまってくる。精神的ゾンビから脱却した今の俺は周囲の景色を楽しむ余裕すらできてきた。
「しかしなんというか……街を雑に圧縮したような光景だな」
「確かフィフティシアを作るにあたって、労働者達が住む場所を早急に作らなきゃいけなかったから
「街が完成してお役御免になった仮住まいがそのままならず者達の温床になった……ってことか」
見上げた先、縦に真っ二つになったのだろう港で出航を控えている巨大船に見劣りしないサイズの、船の残骸が朝日を隠すように地面に放置されており、それを壁にするかのように大量の掘建小屋が密集しているのだ。
四角い部屋を丸く掃く、と言われることもあるがこれは逆だな。散らばるお家を真ん中に掃いたような、火事になったら燃え広がって全焼しそうな危うさを孕んだ、潮の匂いと湿気が混ざったなんとも陰気臭い光景だ。
それは破落戸通りを除くフィフティシア全体が爽やかな印象を与える街並みだからこそ余計に際立っている。
「……今のところ新記録更新中、半裸パワーすごい」
「はい?」
いったい何がと聞いてみれば「破落戸通りに入ってからNPCに絡まれるまでタイム」だそうだ、ちなみに最高記録は限界まで強面を維持したモルドが周囲にガンを飛ばし続けて二分半らしい。ちなみに俺たちがこのエリアに入って既に五分経過している。
ナイフぺろぺろして笑ってそうな奴も、世の中腕っぷしで全て解決できると思ってそうな奴も、晩御飯のメニューを考えながら人を殺せそうな顔した奴も。最初にルストを見て興味を示し、次にモルドを見て「いける」と確信し、最後に俺を見て「やっべ」みたいな顔をして離れていくのだ。俺を見る目が完全に「上玉とそれにくっついたナヨそうなの……の隣をのっしのっしと歩く魔獣」を見るソレである、俺は奴らに一発蹴りを入れてもいいんじゃないだろうか?
とはいえプレイヤーならともかくNPC達の態度も分かる、なにせ俺の身体には忌々しいクソ狼によって魂レベルの傷が刻み込まれている。誰だって自然災害のお墨付きを二箇所につけた奴に喧嘩を売ろうとは思わないだろう。プレイヤーであれば俺の頭上に浮かぶネームから俺という人間があくまでもロールプレイをしているだけの一般人であると理解できるだろうが、この世界こそが彼らの現実であるNPCからすれば俺がただの高校生であるとは理解しようもない。
「あー、エムル隠すのも面倒だしマフラーのフリはもういいぞ」
「ご、五十年に一度の出来栄えの擬態だったのにー! なんでばらしちゃうんですわー!?」
「来年は「今年は天候が良かった為、昨年並みの仕上がり。モフモフで毛並みが良い」ってか?」
「マフラーが……」
「しゃべった!?」
どちらにせよ明かすつもりだったし、街の中に入ってしまえばどうとでもなる。驚愕の目で
ここから、俺の死ぬほど忙しい一週間が始まる。
もはや「胸に七つの傷」レベルの威圧感を放つ奴がいるらしい