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激闘の果てに隔絶の大海

違う、そうじゃない。そうじゃないんだよリュカオーン、俺はそう難しい事は言っていないだろう? 俺はただ「呪いを解け」と言っているんだ、断じて「呪いを更新しろ」なんて言ってないんだ。ましてや内容を充実させて欲しいわけでもないし、何故よりにもよって時間制限付きの装備破壊効果なんて追加したんだ? あれか? 自分の住まいに自爆機能つけないと気が済まない系の思考回路でもしてんのか? ははは、腹にダイナマイトでも巻きつけておけクソッタレめ。


「しかもなんか悪化してるゥーーー!?」


「ううむ、まるで生まれた時より身体に刻まれていたかの如く強く刻みこまれているで御座るな」


俺の目には従来の効果に加えて「強敵呼び寄せ機能」と「聖女ちゃんキャンセラー機能」が追加されているように見えるのだが実は誤表記とか……何、不正はない? やかましいわ求めてるのは不正じゃなくて訂正だ馬鹿野郎。

ああっ、リュカオーンてめぇなに一仕事終えた職人みたいな雰囲気漂わせてイベント終わらせようとしてんだ待てコラ……いや待って!


「ぬわぁぁぁぁぁーーーっ! あの野郎絶対許さねぇーーっ!!」


成る程、俺という敵の戦意を燃え上がらせるという点では奴は飛んだ策士だ。

怒りと、嘆きと、それら二つを合わせたのと同等の楽しさが篭った叫びに満足したのか、心底楽しげなリュカオーンの気配は今度こそ完全に霧散した。

それすなわち、ここからはハードモード縛りを課した上で進まなければならないという事だ。


「二段構えのトラップは卑怯だろ……なんで跳び箱越えた先に別の跳び箱があるんだよ……人間二段ジャンプはできないんだぞ……ゲームの世界ならできるわ…………」


「大丈夫ですか? 200m走れば大体吹っ切れますよ!」


「走るは走るでもどっちかと言えばRTAがいいかなぁ」


ゲーム次第では100%は人間性が削れるのでany%でご勘弁を。シャングリラ・フロンティアTAとかならあるのだろうか。とはいえ、先ずはこれから先のことよりも、今終わった出来事に喜ぶべきだ。


「とりあえずレイ氏には感謝を、普通にエリア攻略に付き合ってもらうだけだったのに、リュカオーン戦にまで付き合わせてしまって……」


「そ、そんな、お気になさらず……この程度のこといくらでも付き合いま……付き、合い…………? 付き合う……つ、つつ、つ…………ぅぁ」


振るわれる錆びついた大剣、草原に轟と風が吹き、草むらが無言で暴風発生器と化したレイ氏によってマグマの海よりも危険な領域へと変貌する。


「うぉ、危なっ!」


「い、いえいえいえいえ! まだエリアボスを倒してませんから! ええ、ええ! つき、つ、つつ、付き合いますとも、ええ!」


轟音を立てて空を切る大剣、これは未だ我が刃は血に飢えていると言外に示しているのだろうか、武闘派すぎませんかこの人。SF-Zooも色々とアレな点を考慮しなければパーティ戦に特化したハイレベルなプレイヤー達であったし、やはり如何なゲームであっても極めたプレイヤーというものはいるものだね。

つまりクラン「黒狼」はレイ氏クラスがぞろぞろいるってことか……そんな連中相手に悪巧みしてるバカ三人組がいるらしいぜ? きっとユニークの自発もできない悪鬼と人心掌握する真性ラスボス悪魔に振り回される純真無垢なゲーマーによって構成されたクランなんだろうなぁ。


「えぇ、えぇ! 今ならジークヴルムも倒せそうです!」


「ジークヴルムは凄く強いですよ! 私なんて、頭をむしゃむしゃされちゃいましたから!」


なんだろう、まるで噛み合ってない歯車同士が凄まじい勢いで空転しているのを見ているようだ。ジークヴルムという新たなユニークモンスターの情報も気になるが、今はなんというか、疲れた。しばらくユニークモンスターについては考えないように……考え、ない、ように…………


「い、今何時!?」


「へ? 大体四時くらいですね! わぁ、すっごい夜更かししちゃいました……!」


もはや夜更かしではなく徹夜だろう、というツッコミはしないほうがいいだろうか。いや夏休みシーズンであるし、今寝て昼に起きても咎められないのかもしれない。

いやそれよりもだ、約束の時間は朝九時。まだ余裕があるとはいえ、アイテム整理に武器強化、ログアウトしての休憩食事用足し風呂……そう、リアルを疎かにすればゲームにも支障が出てしまう。過去にはフルダイブにのめり込みすぎて病院に搬送された、なんてニュースが流れたこともあったし、リアルのケアはとても重要なのだ。


「今から街まで行ってランドマーク確保してラビッツに戻り、ビィラックに消耗した武器の修理を頼みつつ武器を強化して金子を確保、刻傷の検証もしなければならないし風呂入って飯食って………」


うん、時間がない。特にこのゲームの武器強化システム的に七時前にはビィラックに武器を預けなければ追っつかなくなる。

残り三時間、余裕そうに見えるが今からボスエリアまで行ってボスを倒し、フィフティシアに到着したらなんだかんだレイ氏と別れてラビッツに戻る、と過程の多さを考えるとそう余裕があるようには思えない。即ち迅速な行動が必要なわけで……


「さっさとエリアを攻略してしまおう、なんだっけ、傍聴者の竜オブザーバー・ドラゴン?」


「違いますよ! 私調べましたから! 確か、えーと……そう! 波乗りの竜(サーファー・ドラゴン)!」


簒奪者の竜(ユザーパー・ドラゴン)、ですね……」


まぁなんでもいいや、この場にいるメンツであればそう苦戦する相手でもないだろう。



だが俺達は忘れていた。それはこれが突き詰めれば命の危険がない娯楽だからこそ、失念していたのだ。

今の今まで、手持ちを全解放する勢いでリュカオーンと戦っていた俺達は手札の殆どを使い切っているということを。











「だぁぁぁ降りてこいバカヤロー!!」


「サンラクサンアタシを投げようとするのはやめるですわぁぁぁ!!」


「成る程、兎砲弾ですね!」


「良いで御座るか秋津茜殿……兎は空を飛べない、分かるで御座るな?」


「一羽二羽で数えますし行けますよ!」


「無理! 無理で御座るよ!」


「退避ーっ!!」


俺たちの攻撃が届かない高所より放たれた火球攻撃をわぁ、と散開して回避する。

無果落耀(むからくよう)古城骸(こじょうがい)エリアボス「ユザーパー・ドラゴン」。放たれた魔法の主導権を奪ってくるという特性は成る程厄介である、だがそれ以上にドラゴンとして備える翼を用いた飛翔がウザすぎる。

よりにもよってこの臨時パーティ、物理的な遠距離職がいないのだ。だからユザーパー・ドラゴンが降りてくるのを待つしかないのだが、気持ちが焦っているためか実際の滞空時間以上に時間を稼がれているように感じる。エムルの攻撃はほぼ奪い取られる、シークルゥや俺は攻撃の射程が届かず、秋津茜の攻撃はそもそも火力が足りない。であれば頼みの綱はレイ氏、なのだが……


「すいません、私が動ければもっと早く倒せるのに……」


「名誉の置物化だし、負い目を感じることはないですよ」


「そうですよ! それに弱体化しても私より強いじゃないですか!!」


金蠍の籠手(ギルタ・ブリル)が長いリキャストとプレイヤーと装備そのものに対して甚大な負荷を強いることが火力の代償であるというのならば、レイ氏の装備はよりダイレクトな弱体化であったのだ。

聖なる白も、邪なる黒も損なわれ、金属どころか土塊にすら見えてしまうほど貧相な姿となってしまったレイ氏の鎧と大剣。現在レイ氏は約一日、全ステータスの半減に加えてスキルの使用が不可能になっているのだ。

これでもデメリットとしてはマシな方らしく、酷い場合はこれが永続化して装備を外せなくなるらしい。


「せめてスキルが使えれば……」


「立ち回りを心得てるだけでも最低限の貢献は出来てますよ……っと、降りてきたなクソトカゲめ、総攻撃だ!!」


俺自身は双剣を構え、地に降り立った迷彩色の鱗を持つ竜へと全員で躍り掛かる。どうせ全員手札がスッカラカンなのだ、マルチ要素のあるゲームにおけるシンプルイズベスト、あらゆるボス攻略においてベストアンサーとなる必殺タクティクス「袋叩き」でこいつを圧し潰す!!




※あまりにグダったので音声のみ抜粋。



「ぴゃぁぁあ!? たーべーらーれーまーすーわぁぁぁーー!?」


「い、妹よーっ!!」


「待てコラァ! って待て、俺を乗せたまま空を飛ぶな! 落ちたら死ぬから!」


「今助けますサンラクさん! ちょ、あああ私の短剣が! 私お金なくてそれしか持ってないんです! 返してぇ!!」


「あ、秋津茜さん、次降りてきた時に取り返せますから、落ち着いて……」


「私素手のスキルとか持ってないんです! 攻撃するための武器のない私ができることなんてもう手裏剣くらいで……」


「サ゛ン゛ラ゛ク゛サ゛ン゛た゛す゛け゛て゛て゛す゛わ゛ぁ゛ぁ゛」


「ええい取り敢えず咥えたエムルを離せ……あっ」


「あっ………びゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


「エムルーーーーーっ!!」









か細く断末魔の呻きを漏らし、ユザーパー・ドラゴンがその身を地面に横たえる。リュカオーンよりは弱いからすぐ倒せるだろうと高を括っていたがとんでもない間違いだった。

フィフティシア直前のエリア、即ちユニークの絡まないボスキャラの中では終盤のボスである奴はリュカオーン戦で消耗した集中力をかき集め、漸く倒すことが出来た強敵だった。


「や、やりましたね……」


「この、モンスター……こんなに苦戦するようなボスだったんですね……」


「次挑む時は……投石機(カタパルト)とか、持ち込みたいな……」


「はは、は……」


エムルは落下死しかけるわ、秋津茜は武器を盗まれるわ……レイ氏がステータスガタ落ちしたとは言え、魔法で自らを強化して要所要所でアシストしてくれなければ戦闘時間は更に伸びていただろう。やはり空を飛ぶモンスターは厄介、そう強く再確認させられるボスであった。

フィフティシアへと通じる道に立ちふさがる最後の関門を突破し、明るみ始めた空を見ながら俺達はフィフティシアへと歩を進める。リュカオーン、ユザーパー・ドラゴンと立て続けに激戦を繰り広げた為か、いつしかほぼ初対面の俺達三人は他愛のない雑談をするくらいには打ち解けていた。


「今こちらに残っている、プレイヤーは次の、調査船に乗る準備を、進めてます。古城骸で他のプレイヤーを見なかったのは、時間もありますが多分、皆あの古城に潜っているからだと思います……」


「そうなんですね、あのお城にはどんなモンスターが出るんですか?」


「なんと言うべきか……線画の騎士、でしょうか」


「???」


頭の上に大量のクエスチョンマークを浮かべる秋津茜と、それに対してよりわかりやすい説明を試みるレイ氏を尻目に、前を見ていた俺とエムルがその存在に最初に気づいた。


「おお、あれが……」


「……はい、あれがアップデート前まではプレイヤーが到達できる最後の街であり……今は、新大陸へ向かうための、門出の町です」


夜明けの太陽が昇る。意外なことにこのゲームで初めて見る海が日の出の陽光を受け、キラキラと輝きに波打つ。

あの先にまだ見ぬ新世界があり、かつて冒険の果てとして在った十五番目の街は今、新たな世界へと旅立つ開拓者を見送る街として在る。

ファステイアより旅立った開拓者の終点であり、大海によって隔絶された新たな世界に向かうための出発点である、この大陸唯一の人間による王国「エインヴルス」が持つ終わりにして始まりの港街フィフティシア。俺たちはついに到達したのだった。

すまないユザーパー・ドラゴンくん……リュカオーン戦の後にどんな戦闘描写をしても蛇足にしかならないと判断したので君との戦いはギャグオチカットだ…………


あと二、三話で二章のエピローグに入り、その後一週間ほどお休みさせていただきます。メインは書溜めですが、かねてより感想欄などで提案されていた設定やら何やらを詰めた別作品を作ることも検討しています。キャラ紹介などもそっちに移行させるかもしれません。

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