大志の灯火を抱いて 其の十三
ようやく復旧完了しました……これで安心してハイラル救いに行けます
右拳に仕込まれた針がアッパーカットの着弾と同時にリュカオーンの下顎を貫く。文章にしてしまえば超火力を防御貫通で叩き込むだけのシンプルなものではあるが、実際の光景はなかなかに刺激的だ。
針より注入されたエネルギーは物質化した夜すらも侵し、砕く。使い方の感触としてはパイルバンカーが近いが、あくまでも針は破壊力の前準備でしかない。刺突点を中心にリュカオーンの下顎が結晶化する、そして如何なる装甲をも
「おぉらぁ!!」
人間一人を噛み砕いて余りあるリュカオーンの顎を下から持ち上げてしまうほどのエネルギーの噴出が至近距離で爆ぜる。黄金色の大爆発はリュカオーンの下顎を粉砕し、そして右拳に亀裂が走る。
「うぉ、ぐぅぅぅ!?」
右拳が俺の意思に反して暴れんとする、下から上に放たれた黄金の破壊が右拳を押し戻さんとしているのだ。慌てて右拳を支えんとするが、そのタイミングで一際大きな爆発が俺とリュカオーン双方に衝撃波を撒き散らす。
「ぶっ!?」
例えるならいきなり出力最大の巨大扇風機を全身に食らったような、制限された痛みの表現は感覚が一時的に消える「圧」となって俺の全身を張り手で打つ。
あいにく俺は自身の身体を二つの足のみでしか固定していない、それ故に押し出されるような衝撃に抗う程のふんばりを維持することはできず、無双ゲーでプレイアブルキャラに吹っ飛ばされる雑兵よろしく俺は真後ろへと吹き飛ばされた。
「サンラクさん!」
「大丈夫! ぶちかませ!!」
全身が重く、身体に鍵を掛けられたような感覚。この感覚は覚えがある、体力が風前の灯である証拠だ。
「80%ですらこれかよ……」
200%とか身体が消し飛ぶんじゃないか?
着地に失敗すればミリで残った体力すらも失われ、ここまで来たのに俺だけベッドで目覚める、なんてことになるだろう。
「だがこの程度の操作性程度ならなぁ!!」
フルダイブ黎明期、とりあえず最先端に乗ったはいいが持て余したクソゲーの劣悪な操作性に比べりゃどうってことはない! 少なくともオフラインなのにラグが起きるよりはずっともっと快適操作性なんだよ!!
空中で無理矢理身を屈め、重心を前方向に変更する。簡素なサンダルが草をかき分け土を掘り起こしてなお、後ろへの慣性を軽減せんと二つの線を地面に刻みつける。前に傾いた重心も気を抜けば俺自身を後ろへと吹き飛ばさんとしている、であればアプローチを変えよう。
「要するに、すっ転んでも死なない程度に回復すれば……!」
置き回復、投げ回復、口含み保留回復、浴び回復、染み回復、吸い回復、爆発回復、飛び回復、落ち回復、回復更新、重ね回復、時間差回復、避け回復、裏切り回復、回復偽装体力調整自傷、体力調整自傷偽装回復……飲むタイプ、砕くタイプ、祈るタイプ、ありとあらゆる回復シチュエーションと回復方法を網羅して来た俺にとって、吹き飛びながら回復することなどお茶の子さいさい、臍で茶を沸かすどころか強火で炒飯だって作れるわ。
不恰好なバック走のような形で転倒を防いでいた足を曲げ、真後ろへの勢いを上へと捻じ曲げる。着地までの間に回復薬を取り出し、覆面の上から染み込ませるようにして無理矢理回復ポーションを流し込……あ、鳥面は鳥面でも今の俺は金属製の鳥面じゃん。鳥の覆面をつけすぎて脳みそまで鳥頭になったかな?
「これは逝ったか……ん?」
なんかこっちに来てる奴がいるんだけど、ついでに言えばそのアバターとステータスで俺をキャッチするのは無理があるだろう秋津茜……
「うごぁ!?」
「あいたぁ!」
ゴリッ、と背中に狐面が激突した感触と共に、俺と秋津茜は纏めて吹き飛ばされた。幸い秋津茜自身が衝撃の大半を受け止めるクッションになったおかげでダメージ判定を乗り越え、結果的に着地ミスで死亡、なんて間抜けたオチは避けられたが……
「あ、ありがたい……」
「きょ、恐縮です……」
ギャルゲーなら押し倒すような格好になる可能性もあっただろうが、生憎絶賛戦闘中であるためそんな色気は皆無である。二人して転がった末にうつ伏せに倒れる俺の上に膝から着地した秋津茜の気概に感謝しつつ、早急に退くように手振りで訴えるのだった。
さぁ、全員がかりでお膳立てをしたんだ……シャンフロのプレイヤーすべての上に立つ最高の火力を見せてもらおうか。
「我は混沌を手繰る者。天上に在りて天の果てへ飛翔し、奈落に在りて深淵の底へ潜行す」
この
「双貌たる天魔、尚も手を伸ばし極点へと至る」
「我が覇道を塞ぐ大敵よ、我が覇たる道の先導は我が他に要らず。即ち我が一撃は塞がる万象を砕く」
白と黒の交差が狙うは漆黒の狼。炎の鳥が縫い止め、致命の魔術兎が揺らがした。狐面の忍びが照らし、致命の侍兎が食い止めた。そして狼の呪いを背負う鳥頭によって恐るべき顎門は粉砕された。傷口より溢れ出す闇が下あごの骨格を形成し、牙を作り、筋肉と皮を構築して急速に下顎を再構築しているが、もはや全てが後手に回ったリュカオーンは、ある種の覚悟を宿した目でサイガ-0を、秋津茜を二羽のヴォーパルバニーを、そしてサンラクを見つめる。
「我が身は天にありてサタナエル、魔にありてサタン。双貌一つに混沌を
サイガ-0にとってこの奥義は「覚えるのが面倒な上に使う場面がほとんど無い」という何方かと言えば無駄なものという認識であったが、今ではこの瞬間の実現の為にあったのではとすら思える。サンラクの期待を、これまでの積み重ねを、任された役目を果たすべく長き戦いに終幕を。サイガ-0は詠唱の終わりと共に大剣を振り下ろす。
「
放たれる白と黒の交差、放たれた破壊力を続く破壊力が噛み潰す連鎖、段階的に強さを増すエネルギーの奔流が螺旋を描いてリュカオーンに叩きつけられる。1.0倍の「初撃」から十段階の
最後の波動が霧散し、月も沈み始めた夜空に白と黒の輝きが消えた時、そこには左半身が消失したリュカオーンの姿が。その姿形は原形をとどめること自体が困難であるのか今にも崩れ落ちそうではあり、実際左半身が綺麗さっぱりなくなっている以上立つこと自体が不可能であるはずなのに、それでも漆黒の狼は
「まだ……足りない……?」
「流石にここからロスタイムは勘弁してほしいが……」
「アルマゲドン」発動の代償として剣と鎧から色と力が失われ、錆びつき朽ちかけた騎士の残骸と化したサイガ-0をかばうようにサンラクと秋津茜が、そしてエムルとシークルゥが前へと立つ。リュカオーンは己に立ち向かった矮小なる存在に口の端を心底愉快に歪め…………そして遂にその身を崩壊させた。後には地面に突き刺さった朱雀のみがその場に残される。
「やりました、か……?」
「それフラグ……いやマジでフラグはやめろよ………」
「や、やりましたよお二人とも! リュカオーンを倒したんですよ!」
不安げなサイガ-0、言葉の意味を懸念するサンラク、そして勝利を喜ぶ秋津茜。各々が現状を思う中、二羽のウサギに遅れて三人のプレイヤーはそれに気づく。
「サ、サンラクサン……み、見てますわ! り、リュカオーンが!!」
「秋津茜殿、まだリュカオーンはそこに
姿があるわけではない、だが確かにそこにいるという確信が三人と二羽が何もないはずの闇の一点に感覚を向けさせる。何も無いはずのそこにいる気配はただ静かに己の分身を打倒した開拓者達を見つめ、そして笑った。少なくともサイガ-0はそう感じた。
『称号【
『特殊状態「導きの灯火」を入手しました』
『ユニークシナリオEX「夜闇を祓うは勇気の灯火」を開始しますか?はい いいえ』
この「大志の灯火を抱いて 其の十三」という一話にシャングリラ・フロンティアというゲームの世界観における重要な設定の伏線をブチ込みまくってます、特にヒロインちゃんの装備とリュカオーンの特性。
・アルマゲドン
スキル「アポカリプス」と「カタストロフィ」を同一の対象に五回使用し、なおかつ対象のHPが尽きていない場合のみ発動可能。本文にある通り初撃を起点に1.1~2.0倍までの十段階乗算で合計十一回のダメージ判定を叩き込む究極の切り札。
1.0倍率攻撃→1.1倍率攻撃→(中略)→1.9倍率攻撃→2.0倍率攻撃と多段ヒットするので要するに相手は死ぬ。
使用後しばらくの間剣と鎧がガラクタレベルにまで弱体化してしまう、つまりこれ以上の戦闘を拒絶する文字どおり必勝の切り札。もしもこれを用いて敗北などしようものなら、使用者には死よりも恐ろしいペナルティが課されるとか……具体的に言うと剣と鎧が呪いの装備化して状態異常まみれになって酷いことになる。