大志の灯火を抱いて 其の八
ステータス画面からアイテム欄、そこから特殊ウィンドウが展開され、俺は規格外戦術機鳥【朱雀】の情報を把握していく。
「当然飛べるものとして、攻撃手段は……いいや」
こいつに期待しているのは戦闘力ではない。
朱雀の視覚素子が命なき目で俺を見つめ、装備したヘルムにホログラフィックで文字が表示される。
パワードスーツを全て着る事はできない。だがエネルギーはリアクター、つまり戦術機獣から供給されるという特性上パーツ単位でも稼働自体はする。そして機獣に命令を送るだけならば頭装備があれば事足りる!
頭全体を覆うのは凝視の鳥面と同じく、されどその金属質な感触は紛れもなくそれがパワードスーツを構成する一パーツであることを俺へと示している。だが装着して分かる、明らかに金属の兜とは異なる特徴が一つ。
「全天周囲フルフェイスヘルメットってか、裸眼よりはっきりものが見えるんじゃないか?」
本来兜というものは装備しただけで視界に制限を課してしまう。そこまでのリアリティは追求していないのか、覗き穴以外は見えないというわけではなくある程度の視界は確保されているが、それでも顔にぴっちりと張り付く覆面や素顔の時と比べればどうしても兜を装備した場合の視界は狭い。だが【艶羽】の頭機殻は朱雀からのエネルギー供給によって稼働し、装備した時点でまるで兜など装備していないかのような一切の狭まりのない、クリアな視界を俺へと提供している。
それどころか、下手をすれば裸眼でものを見るよりもはっきりとものが見える、当たり前のように暗闇も取り除かれてまるでま昼間のように草原の緑もあまりに黒いリュカオーンの毛並みもはっきりと視認できる。
と、視界の端に文字列が表記される。それはどうやら朱雀がこちらへと命令を求めるメッセージであるようだ。
『待機、命令ヲ求メマス』
「オーケー、早速で悪いが……あそこに月を隠そうとしている雲があるだろ? あれを吹き散らしてきてくれ」
『………了解』
一瞬の沈黙は俺の言葉を理解するためのロード時間か、それとも理解した上で「そんな事のために私を呼んだのですか!?」というツッコミを堪えての事か。一つだけ言えるのは俺の見間違いかもしれないが朱雀の機械の眼はなんとも言えない哀愁を帯びていたということだ。
だが今の俺にとっては、いや俺達にとっては重要なことなのだ。四体の内空を飛ぶことができるのは朱雀と青龍、そして雲を低コストで払うことができるのは翼を持つ朱雀だけなのだ。
朱雀が機械仕掛けの翼を広げる。よく見れば翼を模したそれは小規模なブースターがいくつも連結して形成されたものであり、飛翔と同時に吹き出した噴炎が炎の羽を生み出す。炎の流星が大地より天空へと舞い上がる、尾羽に相当する位置に備え付けられたメインブースターから夜空を切り裂く火炎の尾が空に一筋のラインを描き、月を背に羽を広げた朱雀が月光を翳らせる雲へと突っ込んでいく。
「なんというか、くだらない使い方して悪い気がしてきたな……」
「サンラクさんそちらに!」
「おっとぉ!」
残念だったなリュカオーン、ここからしばらく透明化奇襲は使えないものと思え。あの畜生攻撃さえなければお前などただの隙が少なくてタフネスお化けで怯み値も蓄積しづらくて透明化しなくても普通に分身は出してきて全体攻撃ホーミング攻撃ディレイフェイント回避が高水準で纏まった、ただの……ただの…………結局ただの強敵じゃないか!!
地上からでは宙を舞う極小の粒にしか見えない小さな火種が、巨人がごとき雲を切り裂き吹き散らす。月光は叢雲に翳ることなく、その光で俺とレイ氏、そしてリュカオーンを柔らかに照らす。
アポカリプスは五回使った、カタストロフィは現在三回目を命中させた。おおよそリュカオーンの挙動は把握完了、気が抜けて脚がもつれない限り
「あの野郎……やっぱり
戦闘開始から既に一時間が経過しようとしているが、今になって露骨にレイ氏が狙われるようになったのだ。派手な行動や回復でヘイトをこちらに向けようにも、明らかにヘイトはレイ氏を優先している。
やはりリュカオーンのAIは普通のそれとは一線を画している、戦闘の中でどれが脅威でどれが無視できるものかを学習して的確に痛いところを突いてくる。レイ氏のプレイヤースキルも相当なものではあるが、それは立ち回りをスキルに依存したものだ。所々で俺が邪魔に入ってなんとか持ちこたえさせているが、スキルのリキャスト、集中の欠如、偶発的なうっかり……何がトリガーで瓦解するか分かったものではない。
唯一の救いはこのエリアが障害物の少ない広大な草原であったことだ、少なくとも後退に限度はないし立ち回りの幅は極めて大きい。だが俺にとってはメリットの塊であっても、現在進行形で猛攻を受けているレイ氏にとってはそれが仇となっている。
「くそ……こんなことなら壁タンクでもやってヘイト奪取スキルを取っておけばよかった!」
右拳を天に翳し、ウィンドウを確認しつつ毒付く俺は、先ほどまでヘイトを引き受けて回復のために距離を離したことが仇となって集中攻撃を受けているレイ氏の元へと駆け出す。水晶柱で加速したいのは山々だが、あれは着弾時の角度が水晶柱の生成に影響するため、今のように走りながら打ち込んでも角度的に逆方向に水晶が伸びてしまう。そして攻撃手段として使おうにもやはり本家水晶群蠍のものと比べても突貫工事で成長した水晶ではリュカオーンは容易く砕いてしまう。
水晶を攻撃転用することは望めない、であれば移動、足場としての運用が主になるわけだが、であれば攻撃はDPSではなく一発の火力を如何に有効に活かせるか……今にも崩れそうなレイ氏から注意を逸らすだけの攻撃が必要だ。
(
兎月【双弦月】時のみ使用可能な「
どうする、どうすればいい、アガートラムは使用可能だ。バフスキルはもう何度使ったかも覚えていないが直近に使ったものはまだ効果時間持続中、最高効率で最大火力を出すためには……そうだ、弱点だ。
リュカオーンとしての弱点じゃない、もっと根本的な「狼型モンスターとしての」弱点……生物としての……よし。
「レイ氏! もう少し踏ん張ってくれ! ……「【
今日この日ほど音声認証を手間に感じることもないだろう。左拳が駆動を開始し、
逆転する天地、慣性がかかとを前へと進める感覚に抗うことなく再度の天地逆転を行いながらもう一つの起動音声を叫ぶ。
「【
水晶柱の生成と同時に、右足だけ先行して着地、その勢いを推進に回しながら前へと一歩左足を着地。最低限に抑えてもどうしても発生してしまう減速を逆手にとって、さらに加速した俺の身体が水晶柱へと疾駆する。
即興目測、自分の座標から水晶柱、リュカオーンの位置を見ておおよそのルートを脳内に描く。駆け抜け五歩で踏み込んで、跳躍からフリットフロート起動。宙を踏んで斜め前へと跳ね進み、水晶を足場にゼログラビティ起動。地面以外での場所に於ける重力負担を大幅に軽減することで名前通りの無重力空間のように加速を幾分か削りながらも
俺はこのゲームを信じている。年齢制限という大きな壁があるが故に表現そのものはマイルドにポリゴンが砕けたガラスのように散る、というものに落ち着いてこそいるが首筋に触れればすぐに分かる。いくらプレイヤーのものとはいえ首に触れれば脈がある、胸に触れれば鼓動がある。それは信じがたいことに「人体そのもの」をポリゴンで再現しているということに他ならない。
それは本来ゲームには必要のない要素だ、しかしシャングリラ・フロンティアではただの人の形をしたアバターではなく一生命として肉体がポリゴンで形作られている。だからこそ、だからこそプレイヤーは感じることのできない弱点の痛みをMob達はダイレクトに受けることになる。例えば骨の上に皮一枚しか張っていないが故に、皮膚のすぐ下に神経が通っている故に「如何な豪傑といえどそこを叩かれれば痛みに涙を流す」とまで言われる……脛とかな。
「弁慶だって泣くんだからお前も……泣け!」
拳を振りかぶり、水晶柱を蹴ってリュカオーンの後右脚へと一気に肉薄する。武頼闘気とインファイトを連結したことで念願の純粋な近接攻撃強化スキルとなった「戦極武頼」を起動し、火力に補正を重ねた銀光の腕をリュカオーンの向こう脛へと叩きつける。
「グルォア!?」
「はっはぁー! 随分と間抜けた悲鳴を上げるじゃないかリュカオーン!」
会心の感触、右腕に乗った慣性が大質量を支える柱の一本と激突し、反動によって真逆の方向へと迸るエネルギーへと変換される。それに抗うことなく、空中という不安定な位置で目まぐるしく揺らぐ体幹を制御して着地、すぐさまリュカオーンの射程圏から離れる。まるで踊るように、兎が跳ねるように、あの巨狼の世界からすれば木っ端に等しい小人が精一杯目立つような動きでリュカオーンの視線を、レイ氏に向けられていたヘイトを俺が奪い取る。
金蠍の籠手は威力は高いが取り回しが重い、故にこそ守勢に回るのならば兎月が適任だ。装備を外して二振りの兎月を握りつつ俺は着々と追い詰められている現状からおおよその
少なくとも、このままレイ氏一人狙いをされ続ければ……多く見積もって十五分。それがこの戦況が大きくリュカオーン側に傾く分岐点。
さぁ、どうする…………?
夜の草原。空に炎鳥、大地に黒狼。鎧騎士と半裸が駆け跳ね武器を振るう中、二羽をひっつけ走る影一つ。
意気揚々と起動して最初の命令が「雲を散らしてこい」というメカがいるらしい。
ちなみに朱雀ですが本来は高速で飛翔しながら翼のブースターから噴射されるジェットの余波で生成される炎の翼や、武装として搭載されたレーザーやら物理ブレードなどを用いて戦います。