大志の灯火を抱いて 其の六
夜襲のリュカオーン、見ていて分かったがやはりあれを倒すのは無理だ。
まず単純に地力が隔絶しきっている。基礎ステータスで劣る上であの畜生分身だ、持ちこたえることはできるが倒すとなるとつらいものがある。
次に奴がユニークモンスターであるということ、仮に倒したとしたならその場合……
「……どうか、しました、か?」
別にこの人単体ならいい、だがまず間違いなくクラン「黒狼」が出張ってくる。態々クラン名にまでリュカオーンの名を使うあたり筋金入りのオオカミスキー共だ、所詮は木っ端クランである「
SF-Zooのタンク達を見て確信したが、やはりレベルキャップに到達したプレイヤーは強い。
俺のようにプレイヤースキルに秀でているだけではなく、スキルや装備でプレイヤースキルを補強する術を心得ている。
それはSF-Zooのような尖ったパーティ構成ではなく、もしも純粋な「攻略編成」であったらならばもしかしたら、と思わせるだけの説得力がある。
(黒狼によるリュカオーンの独占、それがもっとも回避すべき最悪のルートだ)
確かに旅狼は、俺個人としても切り札を何枚か握っている。だがそれ一枚あってもババ抜きのドベにしかなれない、エースからキングまで揃えたロイヤルストレートフラッシュを抱える黒狼が本気を出せばジョーカー一枚程度いくらでも封殺できる。
ならばどうすればいい、ここからどう動けばベターな展開に持っていける?
(一番楽な展開は…………
まず確実にギスる。露骨に手を抜くわけだからな、俺なら笑顔で「
これはプレイヤーキルとはまた違った嫌われるプレイヤーの特徴だが、例えば「ドラゴンを討伐する」という目的があったとして、二人のプレイヤーがペアで挑んだとする。
一方は何度もドラゴンを討伐しており、ぶっちゃけ必死になってまで戦う必要がなく。
もう一方は既に何度もドラゴン討伐に失敗しており、一度もクリアできていないプレイヤーであるとして。
同じ目的を持っていてもこの二人のモチベーションは天と地ほどの差がある、そしてその差が時折酷いプレイヤー間トラブルになるのだ。そしてそれを故意にやることがいかに失礼であるかは言うまでもない。
本音を言えばリュカオーンに挑みたい、勝てる勝てないではなく、とりあえずあの鼻持ちならない顔に一発は攻撃を叩き込みたい。
だが万が一にでもユニークシナリオEXのシナリオフラグが立ってしまえば、最終的にリュカオーンを倒す事は極めて困難になる。
いっそ闇討ちをしてしまおうか、レイ氏をリュカオーンに
やはりままならない、MMOが俺一人の思い通りにならないことくらい分かってはいるが、だからこそ我を通す為に四苦八苦するのだ。
(リュカオーン……ユニークシナリオEX……倒す……倒せない……)
目下の状況だけではない、ラビッツのこともある、明日の朝までに行かねばならない予定もあって、どれをどれしてどうすることでどうなって…………ぬぁぁぁぁあああああああ!!!
「サンラク、さん」
と、隣にいるレイ氏が俺へと話しかけてくる。
「──────。」
その言葉を聞いた瞬間……ぷつっ、と。
俺の頭の中で、小さな
夜襲のリュカオーン、戦うのは今回で四度目になるか。サイガ-0はSF-Zooを文字通り蹴散らし勝者としてそこに在る黒い狼を見る。
一度目は駆け出しの頃に、為すすべもなく一撃で。
二度目はそれなりに装備が整った頃に、野良で組んだプレイヤー達ごとボウリングのピンにされた。
そして三度目は「黒狼」のメンバーと一緒に、その頃はまだ全員レベル80台だったとはいえ一分で壊滅状態にまで陥り、そのまま地面のシミにされた。姉など先程のアニマリアと同じく咀嚼された。
そして四度目が今目の前にいる、それも彼と共にいる今このタイミングで。
(どうしましょうか……)
率直に言ってしまえば、サイガ-0は姉や他のメンバー程リュカオーンというモンスターに執着していない。
確かに己の手で倒したい、と思わないわけでもない。だがよりにもよって今である。
正直に白状しよう、今この瞬間サイガ-0はリュカオーンに負けてもいいとすら思っている。
ここでリュカオーンに敗北すればサンラクは再びこのエリアを最初から攻略し直さなければならない。そして自分はそれを手伝うという名目で一緒にいる時間を延ばすことができる。
それはサイガ-0からすれば歓迎すべきことである、だが同時にサンラクにとっては歓迎すべきことではない。
いっそのこと、わざと手を抜いてしまおうか。相手はSF-Zooすら一蹴して見せたユニークモンスター、たった二人で挑んであっけなくリスポーンすることはなんらおかしいことではない。
(……なんて、浅ましい)
そこまで考えて、サイガ-0は自分が何をしようとしていたのかを自覚し、自らを叱咤する。自ら手を抜き、その結果を良しとする。自分の都合のために他者に迷惑をかけるなどと。
リュカオーンには勝てない、どうせならば……そんな心が迷いを生み出したのだとサイガ-0は己を恥じる。
ちらと横を見れば、鳥の覆面をつけたサンラクの姿がある。彼もまた何かを悩んでいるように見えるが、その目だけはまっすぐに迷うことなくリュカオーンを見つめていた。
彼が何を考えているのかを推し量ることはできない、だが一つだけ分かることがある。
(きっと、陽務君は今この瞬間を楽しんでいない)
目の前に宝石があるのに、それを掴む決心がつかない。余計なしがらみが手を動かさせてくれない。
全てはサイガ-0の想像であり、勘であったのだがそれらは偶然にも恐ろしい程に正解であった。
だからこそ、サイガ-0がサンラクへと贈る言葉は一つだけだ。
ゲームソフトの入った袋を持って、いつだって楽しげに帰っていく姿に惹かれたからこそ。
「サンラク、さん……………やりましょう。リュカオーンに勝てる勝てないじゃくて、今この瞬間の偶然を、このゲームを全力で楽しみましょう」
ああ良かった、とサイガ-0は思う。
サンラクから
だからこそ、実質的に支援を受けられないサイガ-0単体であっても「本気」を出せる。
リュカオーンを相手に「
覆面故に顔は見えない、だが唯一見えるその目に炎が宿ったサンラクを見て、サイガ-0は同じく兜の下に隠された顔に笑みを浮かべるのだった。
「……………やりましょう。リュカオーンに勝てる勝てないじゃなくて、今この瞬間の偶然を、このゲームを全力で楽しみましょう」
その言葉は、俺のこれまでの悩みや思考を全てシャットアウトした上で叩き潰す程の衝撃を秘めていた。
まさか見抜いていたとでも言うのか、その言葉は俺の葛藤に対してクリティカル過ぎる力を持っており、俺は驚愕に目を見開いてレイ氏を見つめる。
ただ静かにこちらを見つめ返すレイ氏、その兜の下の表情を伺うことはできないがまるでゲームのアバターではなく、本来の俺が見透かされているような気分だ。
「……ふ、ふふふふ……くくく、はははははは………!」
自然と笑みが溢れる。というか溢れすぎてちょっと困るくらい笑い声が勝手に出てくる。
ああそうだ、そうだとも。何をごちゃごちゃ考えていたんだ俺は、ペンシルゴンに引っ張られて迷走していたか。
ユニークを隠すだとか、保持するだとか……実にくだらない、実にくだらないぞ。名前忘れたけどペンシルゴン弟の事を言えないじゃないか。
「ああそうだとも、いまこの瞬間! 今が楽しければ先のことなんざどうでもいい!」
先の事を考えるのはいい事だ、だがことゲームにおいてその為に今がつまらなくなる事を俺は許容しない。
アイテム集め作業は避けられぬ苦行故妥協するしかないが……今は違う。
レイ氏もリュカオーンのフラグを立てるかもしれない? 知るか!
黒狼がリュカオーンを独占して倒せないかもしれない? ペンシルゴンに相談だ!
いいぞ何だか色々と吹っ切れた、夜だけど今とても晴れやかな気分だ。レイ氏同伴だとか関係ない、アキツアカネとか未来の俺がきっとなんとかしてくれる、そんなことよりも今やるべきは目の前のリュカオーンだろう!
「レイ氏、やろう。勝とうが負けようが、折角のチャンスを棒に振るほうが馬鹿らしい」
「………はい!」
覚悟しろリュカオーン、あの時とは一味も二味も違うレベル99 Extendの力を見せてやる。
リュカオーン「あ、終わった?」
互いが互いに対して高すぎる評価を下しているのでまさか双方ともに「ナメプしてわざと負けようかな」と考えていたとは思いもよらないのです