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大志の灯火を抱いて 其の四

ポテトの使徒として鶏肉を駆逐しないといけないし擬人化した刀と空飛ばないといけないし皇帝主催のお祭りで花びら集めないといけないし……

夜よりなお黒く、暗く、深く。

こいつのグラフィックを担当した運営スタッフは楽な仕事だっただろう、問答無用で全身真っ黒にすれば良いのだから。


「リュカオーン……!」


嗚呼見間違いようもない、金晶独蠍ですら比べ物にならないデータリソースの塊。0と1にポリゴンを被せただけの所詮はMobに過ぎない筈の存在であるというのに、さながら断頭台に首を掛けたような死の気配……いや、死をもたらす気配をこれ以上なく全身に満ち溢れさせている。

あの日、見苦しく足掻いた末に足と胴体を食い千切られたあの時よりもずっと強くなった今でさえ、どうしようもなく勝利が遠く感じる。奴から勝ちをもぎ取るビジョンがドット絵以上に曖昧にぼやける。


「カロロロロロロ……」


夜闇の影より顕現したリュカオーンは、月光を浴びてなお漆黒の体躯を動かすことなく、その黄金の目で眼下を睥睨する。

静かに、されど騒々しい程の存在感を放ちながらも巡る黄金の視線はSF-Zooの面々を流し見、レイ氏を見つめ、そして最後に俺を見据える。

やはりただの戦う事しか考慮されていないAIではない、NPCと同等の高度な判断力を兼ね備えている。


「全員行動開始! 作戦は対ドラゴン!」


思わず武器を構えそうになる俺とリュカオーンの睨めっこ、それを妨げたのはアニマリアの鋭い号令だった。

自信満々に、それもあらかじめ準備をしてここにやって来ただけあってSF-Zooのクランメンバー達の動きに混乱はない。

ちらとアニマリアがこちらを見たのは手出し無用という釘刺しだろう。


「サンラクさん」


「一旦距離を離そう、リュカオーンにヘイトを向けられないくらいには」


まだ戦闘が始まったわけではない。戦闘開始前のカウントダウン、スタートを合図するブルーシグナルが点灯する直前の数秒。

俺はレイ氏と共に戦端となるであろうリュカオーンとSF-Zooから距離を離す。


「……いいん、ですか?」


「レイ氏、リュカオーンと戦った経験は?」


「三度程……その、瞬殺、だったんですけど」


俺より経験豊富じゃないか、パイセン呼びしたほうがいいかな? まぁいいや。


「俺は一回しかないけどさ……十中八九、あの手のモンスターがハメ殺されるとは思いづらい。下手に首を突っ込んでSF-Zooに益々付きまとわれるのも面倒だから、ここは様子見で」


たとえそれが本番ではないとしても、リュカオーンがそう容易く倒れるとも思えない。それに確かめたい事がある、どうせ今や赤の他人なのだから遠慮なく毒味役になってもらおう。





SF-Zoo。モンスターを行動不能にして撮影、モフる、その他諸々を行う他のトップクランとは毛先の違う面々は、メンバーの内訳もまた、あまり見かけないものであった。


「タンク五人に……まさかデバッファー十人?」


それもただのタンクではない、全身重甲冑にタワーシールドを両手に一つずつ装備した、攻撃放棄の真の意味で純粋な壁役(タンク)と言うべきか。

それが五人、砦のように一列横隊でデバッファー達を守るように並んでいるのだ。


「あれが、SF-Zooの基本戦術、です。タンクがひたすらヘイトを、集めて……デバフで動きを、止める」


「あの鉄塊ダルマじゃ置物にしか……成る程、スキルのアシストで無理矢理動くのか」


五人いればヘイトのリレーができる。一人、もしくは二人掛かりで敵を引きつけていれば残る三人は立て直しを図ることができる。

そしてプレイヤーではないMob達はヘイトを集めるタンクを無視する事ができない。そしてもたついていれば、後ろからデバフの嵐が飛んでくるわけだ……清々しいまでに対モンスターに特化している、成る程確かに下手なボスじゃなす術なく被写体デビューだろう。


「とはいえ、だ」


「?」


多分それはある程度通じる(・・・)相手にしか効果を成さないだろう。いかにヘイト管理が完璧であろうと、ああも機動力が死にきっていては……


「凄いな、重装甲がサッカーボールみたいに」


夜襲のリュカオーン、奴はともすればプレイヤー以上に狡猾だ。ボウリングよろしく一括撃破を避けるためにタンクが分散しているのは愚策ではないが、リュカオーン相手には悪手だった。

リュカオーンの姿が早送りした氷のように一瞬で溶け、タンクの一人の背後からまるでそこに最初からいたように現れる。

実際に戦った経験と第三者の視点だからこそ分かるリュカオーンの影奇襲、如何に防御に特化していても対応できなければサンドバッグでしかない。

背後に回り込まれ、その場で反転することもできないままタンクの一人が雑に振り払われた前足パンチによって転がっていく。

とはいえ機動力を削ってまで防御に全てを注ぎ込んでいる以上、流石にワンパン爆散なんてことはないようだ。

それにリカバリが上手い、ほぼアイコンタクトだけで残った四人の内一人がぶっ飛ばされた一人の元へ、残る三人が一塊になってリュカオーンのヘイトを集めている。

攻撃面での攻撃力がほぼないことに目を瞑れば理想的タンクの立ち回りだ、そしてタンク達の足止め性能は後ろに控えるデバッファー達と恐ろしい程に噛み合っている。


「第一……撃て!」


「「「「アトラスバインド!」」」」


第一陣、後衛十人の内四人が同一の魔法を発動する。起動したシステムは彼らが指定したリュカオーンの四肢を捕らえる。

地面から吹き出したかのように見えるエフェクトがリュカオーンの四肢へと絡みつき、動きを封じるがリュカオーンの動きを見るにそう長々と縛り付けることは出来なさそうだ。


「畳み掛ける! 第二、補強!」


だがそれで終わるようなSF-Zooではないようで、続いて第二陣の四人が各々の魔術呪術を発動する。

それは鎖であり、萎びた腕であり、蔦であり、石化であり……アトラスバインドで縛られたリュカオーンの四肢への拘束をさらに補強する。

あの手の魔法って重複するのか、いや重複する魔法を選んでいると考えるべきか。そしてここで満を辞してのアニマリアだ。


「リーダー!」


「これで完全捕縛よ、【鷲掴む冥府の腕ハンズ・オブ・タルタロス・】!」


明らかに他のメンバーと比べて異彩を放つ武器、おそらくはユニークウェポンなのだろう杖を構えたアニマリアともう一人が術式を起動した瞬間、リュカオーンの左右の足元が物理的にあり得ないテクスチャバグのような形状に歪む。

そしてその歪みから巨大な「腕」が突如として飛び出し、リュカオーンの胴体をがっしりと掴んだのだ。


「え、なにあれ」


「……あの人が持つ、ユニークウェポン「冥府の鍵杖」の固有呪術、です。確か、あらゆる生物に対して、三十秒間の行動不能状態を付与する、と……」


「生物、ねぇ……」


「それよりも、このままだと、SF-Zooがリュカオーンを……」


実のところを言うと、それ(・・)に関してはあまり心配していない。

自分なら倒せると思い上がっているわけではないが、少なくともあの倒し方では無理だと言うことは分かる。

思った以上にあっさりと拘束されたリュカオーンではあるが、あのふてぶてしい面構えは拘束された奴の表情ではない。


「い、いいんですか……? その、今から、でも……」


「待った……来る(・・)


「え?」


そうだ、そうだよ思い出した。あの時もそうだった、ようやくアレの条件が分かった。

ほんの少しのきっかけで、連鎖するように俺の中で情報が組み上げられていく。


確定情報、夜襲のリュカオーンは影と一体化し、影から分身を作り出す。


推測、夜襲のリュカオーンは厳密には影ではなく夜闇と一体化することができる。


確定情報、夜闇とは地面の影ではなく、空間の「暗さ」そのものである。


確定情報、あの攻撃の際リュカオーンは分身を出していなかった。


────仮説。

あの攻撃は「不可視の噛み付き」ではなく。

「不可視状態の分身(・・)による噛み付き」だとすれば。

そしてその発動条件とは月光という光源すらも消え、星光という照らすには光量の足りない暗闇がトリガーだとすれば。

夜闇と完全に同化した分身による不意打ちだとすれば……!


「戦闘中に天気の確認をしろってか……!」


夜襲のリュカオーン。その名を俺は今までずっと勘違いしていた。

夜に襲ってくるから「夜襲」なのではない、夜が襲ってくる(・・・・・・・)から「夜襲」なのだ。




俺がその答えへとたどり着いたのと同時に、アニマリアに暗闇そのものが襲いかかった。



【朗報】アニマリア氏、生き残る【実質死刑宣告】


【悲報】アニマリア氏、次話にて散る【ひとくちおやつ】




・分身夜襲

月光が隠れている時のみ発動する。生成した分身を完全に夜闇に溶け込ませることで不可視の攻撃を放つ。

ゲームシステム的にプレイヤーには「薄暗い」ように見えるが、実際は真っ暗闇であるため、プレイヤーからすれば完全に透明化したように見える即死級攻撃というパーフェクト初見殺し、というか分かっていても避けるのは困難。

実は割と対処は簡単だったりする。

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