大志の灯火を抱いて 其の三
「……このエリアのボスは「ユザーパー・ドラゴン」と、言います」
「……あの」
「厄介なのが、「スティール」の魔法を、使ってくることで……魔法攻撃を、奪って撃ち返して……きます」
「成る程、いやそうではなく……」
「それ以外、にも、ドラゴンなので、空を飛んだり、火を吹いたりをするので、ターン制バトルのように、攻撃と防御を、切り替えるのが重要、です……」
「ふむふむ、自分のターンと相手のターンで対応を切り替えるということか、いやそれよりも……」
「……体力が減ってくると、行動パターンが変わり、ます。特に、瀕死の状態になると、プレイヤーから武器を奪いに、くるので……対応、出来ないとその、武器を盗まれます。怯ませると武器を、落とすので……取り返すこと自体は簡単、です」
「うん、ぶっちゃけますけど道に迷ってますよねこれ?」
「……ソンナコトナイデスヨ?」
既に太陽は沈みきり、月光が柔らかに夜闇を照らす中、俺のぶっちゃけに対してレイ氏は随分と固い声でそう返した。
いや流石に初挑戦の俺でも迷っていると分かるぞ? いや確かにレベル99のモンスターとばかり戦って真っ直ぐ進んでいたとは言いがたいが、それでも流石に数時間以上迷うようなエリアではないだろう。
「…………その、すいません」
「あーいや、別に気にしてないですよ。割と懐も温まったので……」
申し訳なさが溢れ出したようなか細い謝罪の言葉に、俺は気にしていないと首を振る。
実際結構な量のドロップアイテムが手に入ったので、装備やアイテム補充で毎度毎度のことながら侘しくなる懐をチャージすることができた。
それに明日の朝までにフィフティシアに到着できればいいのだ、廃人だってミスくらいはする。
何か俺が思っている以上に思いつめているようなので、何か話題をそらすべきだろう。とはいえここまで結構話してきたので、話題が尽きているのも事実。何か話題の種になりそうなものは……そうだ。
「にしてもやっぱりシャンフロの再現度はすごいですよね、月があんなにも綺麗だ」
古今東西景色に力を入れたゲームは多々あるが、それらと比べてもシャンフロはやはり頭三つは飛び抜けている。
VR、ヴァーチャルリアリティ、仮想現実……満天の星空、クレーターによって作られる月の模様に至るまで限りなく現実に近く、そして現実のそれとは決定的に違った景色を作っている。
吸い込む夜の空気が冷たさを帯びている、というのがゲームとしてどれほど異常なことか。ハイクオリティで片付けるには迫真に過ぎる。
「そ、しょのっ、私は死んでもいいです……!」
「何故!?」
そこまで思いつめるような事ではないだろうに。あれか? 詫び切腹する的な? 見た目は騎士なのに中身は武士なのか?
「いやいや、流石にリスポーンできるとはいえ死に詫びする程の事じゃないですよ。これもまたゲームの楽しみ方ですよ、うん」
「へ……? あ、そ、そうですね! すごくリアリティのあるグラフィックですねははは……」
何か勘違いさせるようなことを言っただろうか? まぁいいや。夜とはいえ、多少見づらいくらいで視覚的に問題はないが……
「レイ氏、やっぱり昼と夜とで出現モンスターは変わったりします?」
「変わります、ね。特にマジョリティハウンドの上位種のマジョリティヘルハウンドというモンスターが厄介で……」
「あーいや、そいつに関しては知ってる、うん」
マジョリティハウンドかぁ……あいつらかぁ……というか上位種とかいるのかよ。
「とはいえ、呪いもありますし、注意すべきモンスターは……」
「あら、誰かと思えば
突然名指しで呼ばれ、俺とレイ氏は声の主の方へと振り向く。
「……
「あら、トッププレイヤーに名前を覚えてもらえるなんて光栄ね」
だけではない。アニマリア氏の後ろにはゾロゾロと十数人はプレイヤーが控えており、そして其の全員がもれなくフル装備を纏っている。どうやらピクニックという様子ではなさそうだ。
「一応聞くけれど、貴方達……どうしてここにいるのかしら?」
「……普通に攻略ですが?」
「そう……だったらダブルブッキングというわけではないようね」
「アーサー・ペンシルゴンといい、あのネカマといい……貴方達は何をしでかすのか本当に分からないからもしかしたら、と思ったけど杞憂だったみたいね。だったら私達の邪魔をしないでもらえるかしら? 貴方は止めたいかも知れないけれど、私達全員を相手にする事がどれだけ無謀かは流石の貴方でも分かるでしょう?」
「あー待って、待て、待たれよ。なんの話なんだそれは、ラビッツ入国条件ならまだ決まってないはずだけど?」
何故向こうはいきなりこちらに対して敵対的なんだ。確かに「できる事ならラビッツに関してはなぁなぁで誤魔化せないかなぁ」とは思っているが実行はまだしていない、敵意を向けられる理由はないはずだ。
だが現にアニマリアを筆頭としたSF-Zooの面々は武器を構え、戦闘態勢に入っている。まさかいつまでも返事が来ないからPKクランに鞍替えしたのか? と一瞬最悪の展開を思い浮かべるが、どうにも毛色がおかしい。
「ええ、もういいの。あの時私達は貴方にラビッツに恒常的に訪れる方法を乞うたけれど……もういいの。悪いけどアレ、破棄という事でいいかしら?」
「……話が見えない、説明を求めることは?」
「貴方と……そっちのサイガ-0さんがこの場でしゃしゃり出ないと約束してくれるなら」
ちらとレイ氏を横の目に見やり、一つ頷く。どうやらそれで伝わってくれたようで、レイ氏は大剣にかけた手を下ろす。
「これでいいだろう、説明を求める」
「ふふふ……私達はね、貴方が必死に隠しているユニークシナリオの条件を知ったのよ」
「何?」
まさか「
目下最大の未処理の爆弾たる「アキツアカネ」経由からバレたのだとしても、漏れた情報はEXではなくその前段階である「兎の国からの招待」だろう。
「ちなみにソースは?」
「貴方のところのリーダーさんの借金を肩代わりしたのよ」
「ちょっとタイム」
両手で「
「あ、続きどうぞ」
「……今、何を?」
「ああ気にしないで、あの
とりあえずあのお喋りな下顎をアッパーでぶっ飛ばしてから蠍のお家にお邪魔させる。そう固く決心する俺に若干引いた様子だったアニマリア氏だったが、話自体は続けてくれるようだ。
「そ、そう……コホン、つまりラビッツに行くためには「夜襲のリュカオーンに合計百回以上のクリティカルを当てる」それがラビッツへ恒常的に訪れる事ができるユニークシナリオの発生条件だということはすでに掴んでいる。だから貴方に頼る必要はもうないの」
アニマリア氏はなおも続ける。
この場にいるクランメンバーは皆、モンスターの動きを止めるデバッファーの精鋭である、と。
夜襲のリュカオーンの動きを止め、クリティカル攻撃を当て続けることでユニークシナリオの条件を満たす、と。
そしてことレイド戦に於いてSF-Zooは黒狼すらも凌駕する、我々が本気を出せばリュカオーンをもふる事すら造作もない、と。
それをどこか客観的な感慨を抱きながら聞きつつ、俺はペンシルゴン締め上げ計画を撤回する。
そして得意げに演説をするアニマリア氏を見てSF-Zooが突然ドタキャンしてきたこと、何故か自信満々に不完全なフラグ条件を語っていること、それら全てがペンシルゴンから俺へと蹴り飛ばされてきたSF-Zooというボールによるキラーパスであることを理解した。
(あいつ本当にやり口がエグいな……)
流石に俺と鉢合わせたのは偶然だろうが、SF-Zooが俺との契約を破棄するところまでは奴の手のひらの上だろうな。なんてやつだ、より多くリソースを搾り取るためにSF-Zooそのものを躍らせやがったよあの外道モデル。
(リュカオーンにクリティカルを当てる事だけがフラグの条件じゃない。嘘はついてないが穴だらけの情報でぼったくったのかよ……)
少なくとも確定ではないがフラグ条件は「クリティカル回数」以外に「特定武器」「特定レベル」「特定人数」は絶対に絡んでいる。いかに相手がユニークモンスターであろうと、大人数で袋叩きにする行動をヴォーパル魂と認められることはないだろう。
そして向こう側から契約を切った以上、再度契約を結ぶ為にこちらが要求できるメリットは一体どれほどか……しかもここで活きてくるのは「俺自身、ペンシルゴンに対して不確定な事しか話していない」ということだ。
なるほど確かにペンシルゴンは虫食いだらけの地図をさも完全な状態であるかのようにSF-Zooへと売り渡した。
だがそれは故意に虫が食ったものではなく、そもそもの
(仮にそれを詰られても、「私はそれしか情報を持っていない」としらばっくれれば俺とオイカッツォが黙っている限り証明する方法はない)
本当はヴォーパル武器が必要なことや、恐らくレベルや人数が関係することもペンシルゴンは承知しているだろうに、それを証明することができるのは奴の味方である俺達しかいないという悪意満載の予防線。どうあがいてもSF-Zooはカモられる、今この瞬間事情を把握した俺ですらそう確信できる情報でできた蜘蛛の巣……やっぱりあいつは全てのプレイヤーのためにももっと派手なペナルティを負うべきではなかろうか。
なんというか、歩く爆弾に起爆スイッチを手渡された気分だ……もしくは操り人形に糸を切るハサミを手渡された気分か。
眼前の得意げな様子のアニマリア氏を見ていると、ネタバラシしてやりたい気持ちが無いわけでもないが……ある理由からこいつらをもう少し泳がせておく必要がある。
「最後に一つ……
「ふふ……やっぱり気づいたようね」
夜闇に風が吹く。冷たさを帯びた電脳の風、一瞬の揺らぎが肌を震わせ一瞬この場にいるプレイヤー達以外の全ての音が途切れたかのように錯覚する。
「これは
夜闇に風が吹く。だがそれは気候による大気の流れではない、大質量の顕現によって大気が押し退けられたことによる流れだ。
「だってここ、エリアの終点から外れたエリアの端っこよ? そんな場所に貴方達がいたんだもの、まさか私達以外にリュカオーンのパターンを見抜いたのかと勘ぐっても仕方がないでしょう」
夜闇に風が……待て、終点から離れたエリアの端っこ? もしかしてレイ氏、方向音痴?
俺が半目でレイ氏を見ると、偉丈夫のアバターが非常に申し訳なさそうに顔を横に逸らした。
「まさかエリアだけじゃなく座標まで割り出すとはな、SF-Zooってクランの評価を上げておくよ……」
「それはどうも、貴方達はそこで私達がユニークモンスターを討伐するのを見ていなさい」
夜闇に風が吹く。それは圧であり、吐息であり、それは狼の形に圧縮された影の揺らめきそのものでもあった。
静かに唸り、己がマーキングした場所に
ユニークモンスター「夜襲のリュカオーン」は堂々たる咆哮を放った。
夜襲のリュカオーンを逃す事は、ヴォーパルバニーをもふることに懸けてもできなかった。
万全の強襲をかけるSF-Zoo。
サンラク達が闇の中に恐怖を見た時、ペンシルゴンの企みがアニマリアを包む。
次回「アニマリア、散る」