新たな潮を招く者
「だぁぁぁ負けたぁーーーーーっ!!」
エントランスにリスポーンした俺は、周囲のプレイヤーの視線を一点に浴びるのを気にすることもなく衝動のままに叫ぶ。
ああ畜生、最後の最後でまーーーーた攻撃を優先し過ぎてしまった。向こうが超高速機動に対応してくる以上、右ウィングと左脚が破損した事で機動力がガタ落ちしたキングフィッシャーでは勝ち目は無かったとはいえ、思い返せば誘い込まれていた。
せめて脚部が無事ならまた引き分けに持ち込めたかもしれないが、やはりプレイ時間の差は如何ともしがたい。
「切り返し強襲は上手くいったんだが、まさか避けられるとはなぁ……」
室内で思い切りスーパーボールを投げたような動きを空中でやってくるとは思わなかった。お前が言うな案件ではあるが、あんな動きして平衡感覚大丈夫なんだろうか。
「やっぱ鍔迫り合い装備がないと詰められたら死ぬなぁ……」
時間が進めば研究も進む。かつて俺がプレイしていた頃の、頭悪いくらい鈍足な機体ばかりの頃とは違うのだろう。
元々キングフィッシャーはストーリーボスを強くメタった機体だから、気分転換だとしても暫く遊ぶつもりだし構築を変える必要が……
そんな事を考えていると、俺は服の袖をグイと引っ張られる。そうだった、このサンラクは普通に服を着ているんだった、半裸生活が長過ぎて色々麻痺してたな。
「そのヤカン頭に名前……間違いない、キングフィッシャー……!」
「え? あー……ルスト? ああルスト、対戦ありっしたー、
「
振り向くと、そこにはキャラクリエイトで選択できるバイザーを装着した少女のアバターが、バイザーの奥にある目を爛々と輝かせてこちらを凝視していた。
ちなみにヤカン頭とはネフィリム・ホロウにおける強化人間系キャラクター「ガジェットマン」の頭装備「ネフィリム融合補助ユニット旧式」というアクセサリのことだ、設定上はネフィリムと融合する実験における初期に用いられた道具……と色々と重い設定があるのだが、その見た目がヤカンにしか見えない事が由来だ。
装着すると通常のアバターの視界が著しく阻害されるためにあまり人気のない装備ではあるのだが、なんとなく装備してそのまま引退してしまったのでそのままだったのだ。
「何故戻ってきた……!?」
「え、何故って……」
ゲームをやるのに一々ちゃんとした理由を求められてもなぁ。そんな事を考えていると、ルストの後ろに付き人のように控えていた随分とタッパのある青年が見た目よりも若い声で俺に話しかけてくる。
「すいません。ルストはこんな感じですけど貴方がこのゲームに復帰したのを喜んでいるんです」
「え、あ、さいで……」
よくよく見れば、ルストは詰め寄るように俺の服の袖を引っ張ってはいるものの、敵意は感じられない。なんと言うか、骨を見つけた犬みたいな……さながらこっちのプレイヤー、モルドは飼い主だろうか。
「速く……再戦……!」
「いや本当すいません……ちょっとはしゃぎ過ぎてるみたいで」
「モルドうるさい……!」
「あいったぁ!?」
脛を蹴られて悲鳴を上げるモルドと、脛を蹴ってドスの効いた声を上げるルスト。夫婦漫才に目が向きがちだが、要するにランキング一位から直々の再戦の申し込み、と言う事だろう。
であれば俺の答えは言うまでもない。
「いや、今は無理」
その言葉を放った瞬間、ルストが燃え上がったかのように錯覚する。一瞬で雰囲気がさらにトゲトゲしくなったルストの目が細められ、静かに問うてくる。
「何故?」
「いや、どうせやるなら新しい
ゲームを始める時に結構な量のアップデートを読み込んだし、放任主義が極まり過ぎな便秘とは違ってちゃんと新要素が定期的に投入されているのだろう。
二日くらいしたらシャンフロに戻るとはいえ、どうせやるならキングフィッシャー一択というのも味気ない。
そう言うとルストの雰囲気が和らぎ、モルドがいや本当すいませんと謝罪する。
個人的にこういうゲームに人生捧げたようなガチ勢は嫌いではない。入れ込み過ぎて自分のルールを他者に押し付けるアレな手合いもいるにはいるが、少なくとも斜に構えて本気でゲームプレイしないよりは好ましい。
「……だったら、明日。明日の朝再戦しよう」
「んー、オッケー」
俺は仮面で見えぬ顔に不敵な笑みを浮かべ、ルストの対戦予約を受け入れるのだった。
とはいえ、このあと他のプレイヤーに色々話しかけられて新たな機体を組むのはもう少し先のことになったのだが。
ネフィリム・ホロウにおいて
まず最初に、野生のネフィリムの捕獲である…………
繰り返す、野生のネフィリムの捕獲である。
このゲームの世界観ではネフィリムとは天より堕ちてくる球体関節の巨大人形を指す。
天より堕ちてくるネフィリムの殆どは
プレイヤーは所属組織「ネフィリム・カンパニー」からミッションを発注し、ネフィリムを討伐する。その際、たまに目を閉じた瞑目個体が発見される。
この瞑目個体がプレイヤーが操る
「んー、おっこれは俺がプレイしてた時にはなかったタイプだな」
次は、捕獲したネフィリムに着せる
ネフィリムの素体はまんま球体関節のマネキンである、それ故、装甲や武装は人形を飾るように「着せ」なければならない。
それらはカンパニーや闇市、プレイヤーが出品したものから入手する。どこ経由で入手するにしても一長一短ではあるが、どうせ作るなら面白いパーツを見つけたい。
「オート操作で地上を走って爆発する車輪。これもしかしなくてもパンジャンドラ……」
最後に、手に入れたパーツをネフィリムに着せ、名前をつけることで初めてプレイヤーと融合し、意のままに動く
「名前、名前かぁ……まぁ、今回は流石に偶然カワセミっぽい色になったりはしなかったし、見た目からそのまんま名付けるか」
ええと、確かアレを英訳すると……いや、ドイツ語とかも捨てがたい……よし
「お前の名前は…………」
ランキング二位プレイヤー、スーパー玉男は困惑していた。
今朝、かつてネフィリム・ホロウの環境を破壊したプレイヤーとしてその名を残す「キングフィッシャー」が復帰したという事は聞いていた。
スーパー玉男は「キングフィッシャー」と戦った事がある。何せキングフィッシャーが唯一活動していた、最強プレイヤー「ルスト」が二度目の防衛戦を行なったランキング戦で一番最初に「キングフィッシャー」と戦った……言い換えれば一番最初にキングフィッシャーの餌食になったのが何を隠そうスーパー玉男なのだ。
当時ルストの「
当時はネフィリム・ホロウを始めたばかりで重装甲クアトロキャノンのテンプレ装備そのままでランキング戦に挑んだスーパー玉男は成すすべなく蹂躙されて敗北したが、今は違う。
重装甲クアトロキャノンが駆逐され、激変する環境の中で研究を続けたスーパー玉男は、プレイヤー操作で一度だけ軌道を曲げる事ができる
「なんだ、今の……」
そんな彼がたまたま潜った野良マッチで
プレイヤーネーム「サンラク」、間違いなくその名はキングフィッシャーを操る者の名であり、キングフィッシャーではないその
そしてあの時と同じく、完封されエントランスにリスポーンした彼は呆然とその名を呟くのだ。
「フィドラークラブ……?」
スーパー玉男、強敵だった……鏡で光を反射するようにレーザーを曲げる事で真正面から
キングフィッシャーと同じく初見殺しが勝利の一因であったことは否めないが、このフィドラークラブは対人を主眼とした構築をしている。
「一分け一敗、負け越しで終わるのは趣味じゃあない」
シャンフロの憂さ晴らしも込めていざ不死鳥倒し、やってやろうじゃないか。
ネフィリム
天から堕ちてきた巨人、見た目は球体関節式のマネキン。
目を開いた個体と目を閉じた個体が存在し、前者は敵として、後者は機衣人の素体として存在する。
ストーリー終盤で「外宇宙文明が迫る脅威に対抗するためあらゆる宇宙に武器としてばら撒いていたが、その脅威に汚染されたネフィリムが暴れていた」事が判明し、ラスボスである一番最初に世界に堕ちてきた原初のネフィリム「グリゴリ」を倒す事でキャンペーンシナリオは終わる。
あらゆる文明の武器に「馴染む」特性を持ち、ネフィリムが纏いさえすればそれが如何なるものでもネフィリムは使いこなす事ができる。