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その執念は、渇望

俺は金蠍の取扱説明書を持っているわけでも、設定が書かれたwikiを見たわけでもない。だがそれでも見れば分かる情報というものはある。

そう例えば、金蠍自身は通常の水晶群蠍と敵対関係、もしくはそれに類する関係であるということだったりな。

水晶群蠍側がどう思っているかは知らないが、少なくとも金蠍は同胞を殺す行いを可能としている。


「ははははは! 騒々しい目覚まし時計が日の出をお知らせしまぁぁぁぁす!!」


背後より迫る金蠍に轢かれないように注意を払いつつ、俺は大声で叫び散らしながら水晶巣崖を爆走する。

抜き足差し足ですら反応する連中だ、下の渓谷にいるプレイヤーにすら届けと言わんばかりに大声で叫びながら走り回れば当然水晶群蠍達はアクティブ状態へと移行する。

そして水晶群蠍が三体起動したのを確認した瞬間、俺は走る方向を百八十度反転。迫る金蠍にこちらからも距離を詰める。


「車をジャンプで避けるのと一緒だ……タイミングは体感早め…………ここだっ!!」


金蠍と激突する寸前に跳躍、スカイウォークによって空中機動を可能とした俺は大質量の金蠍を跳び越える。

だが針を失えど攻撃手段としての役割を完全に喪失したわけではない金蠍の尻尾が俺の右腕をすれ違いぎわに打ち据え、右腕の感覚がシャットアウトされた俺は上弦を手放してしまう。


「ぐ、う………だが俺にばかりかまかけてていいのか?」


俺が直前まで何をしていたのか、俺が今いる位置、金蠍がいる位置…全てを組み合わせればおのずと答えは導き出される。

下弦をインベントリにしまいつつ、痺れによって力の入らない右腕を慣性のままにぶらつかせながら、弾き飛ばされた上弦を左手で回収。そして地平線の先、その姿を現し始めた煌めく水晶の波濤に俺は作戦の成功を確信する。

消えゆく月光を背に俺は人差し指を金蠍に突きつけ、宣告する。


「お前を砕く厄災が俺というビーコンに釣られてやってきたぜ……さぁ、どうする?」


水晶群蠍のターゲットは俺一人、だが奴らの自身すら顧みない圧殺突撃は果たして金蠍を考慮してくれるかな?

状況を理解するだけの知能(AI)はあるようで、わずかに逡巡した様子を見せた金蠍は結論を出したらしい。煌々たる黄金水晶纏う剣鋏を構え、俺に背を向けた先……即ち奴の選んだ答えは逃走ではなく迎撃であった。

俺と相対していては背後から水晶群蠍の津波に飲まれることになる。仮に逃走を選んだとしても俺はどこまでも粘着する。どの選択肢を選んでも水晶群蠍への対象を強いる、土壇場で仕掛けた虫かごに奴はまんまと嵌り込んだわけだ。


「ヒュウ、カッコいいねぇ。じゃあ俺は遠慮なくお前に守ってもらうとしようか」


迫る波濤、対するは黄金と半裸。巻き上げられた水晶片は暁光と月光の均衡が崩れ駆逐されつつある夜闇の空、消えゆく綺羅星の代用を果たしたその様はまさに朝の星空……俺はこそっと金蠍へと近づき、その尻尾をポンと叩く。


精々頑張れ(Good Luck)


誰がお前と心中なんてするかバーカ!












「よくよく考えたら仮に金蠍が倒れたとしても、戦う相手が水晶群蠍に変わるだけじゃ……いや、その場合は崖から落とせばいいか」


格納空間内で休憩がてら寝転がっていた俺だが、一度様子を見に行こうと起き上がる。


「【転送:現実空間(イグジットトラベル)】」


一瞬のホワイトアウト、硬質な平面はゴツゴツとした水晶畳に、不可思議な空間は平常の暁天に。

水晶巣崖に戻った俺は金蠍の姿を探すために視線を動かし、そして絶句する。


「…………まじかよ」


満身創痍、まさしくその通りたる姿の金蠍はそれはもう無残な姿だ。

度重なる衝突、哀れな犠牲者のせめてもの抵抗も積み重なれば重傷となる。

全身の水晶には致命的な亀裂が入り、剣鋏に至っては右の剣鋏が根元から毟り取られている。

尻尾も針を根元から断たれた上で、さらにその半分が千切れかけの状態で力なく垂れ下がっており、金蠍が如何に絶体絶命の状況であったのかをまざまざと晒している。他の脚も何本か損失しており、水晶群蠍達の殺人おしくらまんじゅうに手心が加えられていたわけでもないだろう。


だが、生きている。

全身の亀裂から炎にも雷にも見える魔力を噴出させ、血飛沫の如く撒き散らしながらもその気炎は万丈、僅かばかりの衰えもなく満身創痍に戦意を満ち漲らせていた。

信じられない事に数十体の水晶群蠍(・・・・・・・・)の屍を踏みしめて(・・・・・・・・)、金蠍はあの大質量による大物量を極めて脳筋な手段を以って乗り切ったのだ。

ちらと見えた離れて行く数体の水晶群蠍はまさか、逃げているのか? 「あの」水晶群蠍が? 俺という侵入者を仕留めておらず、新しく覚えた出待ちすら忘れて一目散に?


「どんだけ、どんだけ戦闘特化してるんだお前は……」


自身のリソースを全て攻撃に転換し、身体から噴き出す魔力という形で可視化された闘志は空気を歪ませる蜃気楼の如く。

原型こそ残っているものの、それでもヒビだらけの左の剣鋏をこちらへと突きつけて威嚇する金蠍。

それはモンスター……エネミーMobとしてシステム的にプレイヤーに攻撃を仕掛けるそれとは根本的に異なる、もっと感情的な衝動によるものだ。


「たかがレアエネミー一匹にどれだけのAI積み込んでるんだこのゲーム……」


背筋を伝う戦慄は決してマイナスな意味ではない。シャングリラ・フロンティアというゲームに込められた熱意が、満身創痍の金蠍を通じて俺へと伝わってくる。


「上等じゃねーか……そっちがその気なら決着をつけてやる。持ち得る全部を使ってな、卑怯の文句は受け付けないからな!」


今の今まで温存してきた……というよりもそのデメリットが致命的故にこの状況では使えなかったオーバーヒートを解禁する。さらに重ねてリキャストの終わったスキル全てを発動し、十全を超えた万全を以って左手にのみ湖沼の短剣【改二】を構える。

右腕の痺れはまだ取れない、であるならば無理に右手で剣を持つよりも左手一本に集中して右手の痺れがなくなるまで持ち堪える。


「来やがれ!」


屍を晒す水晶群蠍の頭を踏み砕き、千切れかけの尻尾を引きずりながら金蠍が突撃を敢行する。

三歩のステップで横に回避し斬りかからんとするも、水晶からランダムに噴出する魔力が俺を近づけさせない。

歯抜けの脚を猛烈に動かし、その場でスピンした金蠍の千切れかけた尻尾が不規則な軌道を描いて薙ぎ払われる。


膝を屈し、身体を限りなく地面と平行に仰け反らせた姿勢を取る俺の鼻先を尻尾が通過する。

咄嗟に屈めた脚を伸ばして倒れこむような跳躍を行なった直後、俺のいた場所にひび割れた剣鋏が叩きつけられる。

水晶の欠片が背中に食い込む感触を振り払い、後転とバク転でノーブレーキで後退していく俺を追うように、いっそ砕けてしまえと言わんばかりに連続で剣鋏が叩きつけられ、着弾の度に爆発が水晶の石畳をさらに砕いていく。


圧倒的劣勢。それでも時間を稼ぎ、時間に急かされながら活路を探す、バラバラになった細い藁を束ねて縄を作り、綱渡りの全力疾走を目論み起点を探る。

果たしてその時は来た。


「勝機!!!」


背の水晶がその耐久の限界を迎え、爆ぜるように砕け散る。血飛沫代わりの魔力が決壊し、ガクンと金蠍の身体が揺らぐ。

どいつもこいつも自傷しながら戦う奴ばかりだ、流行りなのか? いや、よくよく考えたら俺もだったわ、などと考えながら距離を詰める。

狙うはもう片方の眼だ、構えはユナイト・ラウンズではメインで使っていた刺突の構え。

七艘跳びを移動スキル代わりに距離を詰め、そこについてて前見えるの? と聞きたくなる位置にある眼へと滑らせるように短剣を突き出す。

ぞぶりと甲殻とは違う感触が突き進む短剣から伝わってくる、そして刃がその殆どを金蠍の眼球に突き埋めたところで、光を失った金蠍がやったらめったらに大暴れを始める。


「さぁ決着をつけようか!」


いい加減寝たいんだよ俺は!!

インベントリアで短時間とはいえ安全圏で休息を入れることが出来るのは大きな意味を持っており、正真正銘ぶっ通しで戦っていたら多分主人公はもっと早い段階でリスポーンしてると思います

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