その衝動は、飢餓
まず最初に思ったのは「このモンスターをデザインした人はセンスがある」
次に思ったのは「このモンスターをデザインした奴はいい趣味してる」
さらに次に思ったのは「このモンスターを作った野郎は性根が腐ってる」
そして今思った事は……
「ああああああ! くそがぁぁ! ぶっ殺す! ぜってぇにぶっ殺ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
この殺意は一体誰に向けられたものか、目の前の金蠍か? これを作ったプログラマーにか? ゲームの運営スタッフに?
ただ一つ言えるのは、金蠍と戦闘を始めてかれこれ数時間。エナジードリンクを飲まなかった事を激しく後悔しながらも俺は戦いを続けていた。
金蠍を一言で言い表すのであるなら、「戦闘特化」という言葉がピッタリだろう。
水晶を断ち掴むための鋏はより攻撃的な、明らかに生物を殺すための方向に進化している。見てくれこそ通常の水晶群蠍の鋏よりも薄く、脆くなったように見えるがそれは大きな間違い。
通常種の鋏角が鉄塊ならばあれは鉄鋼だ……受けて硬く、叩きつければ重い。重装甲の大剣使いが両方の鋏にくっついているようなものだ。
全身から生える黄金色の水晶は、何度か斬りつけてみて分かったが、通常種のものと比べて幾分か柔らかいように思える。とは言ってもチタンが鉄に変わったところで生半可な攻撃では傷一つつけられない事は承知の上だ。
しかも硬度を削った代わりに機動力が上がっているらしく、瞬発的な動きの速さが通常種のそれとは一線を画している。インベントリアによる
そして厄介なのが尻尾、正確には通常種のそれと比べて太く、がっしりとした毒針だ。
蠍というものは基本的に「刺して注入」という座薬みたいな方法で毒を放つのが基本だが、この金蠍は当たり前のように針の先端から毒液を
だが最も最も最も……そうとも、数時間もこいつと戦わされる最大の原因こそ……
「このレベル帯で再生能力は……卑怯だろ……っ!」
ある程度ダメージを与えると金蠍は露骨に俺から距離を離す。そして空に輝く月に向かって両腕を広げるようなポーズをするとみるみるうちに全身の傷を修復してしまうのだ。体感一時間経過した時点でそれをやられた時は心にヒビが入り掛けたが、気を強く保って今尚戦闘を継続している。
とはいえ、何もかもが不利な戦いを延々と続けているわけではない。水晶群蠍から察した情報、戦闘中に得た情報、それらをまとめる事である程度の攻略チャートを俺は形成しつつあった。
まず最初に、やはり通常種と比べて耐久性が低い事。見た目の派手さに目を奪われがちではあるが、通常種と比べても全体的に水晶の外殻に隙間が散見される。上手い具合に刃を差し込むことさえ出来れば、ダメージを与えること自体は可能だ。
次に厄介な遠距離毒液弾、こいつに関してはぶっちゃけ警戒するべきは散弾型の毒液だけだ。単発型は割と目で追うことが出来る上に、着弾時に凡そ直径一メートルほど飛び散ることにさえ気を付ければ回避自体は容易い。
レーザー型はボーナスタイムだ、ホーミングの精度が甘いので走っていれば当たらないし、連続して毒液を放ち続ける事は金蠍をして容易いことではないらしく、五秒ほど動かなくなる。
注意すべきは散弾型、着弾範囲が広い上に一度に攻撃する範囲が広い毒液は立ち回りをミスれば被弾は免れない。
毒液に触れたらどうなるのか、なんて考えたくもないし実証したくもない。
そして厄介な自己再生であるが、どうやらあれのカラクリは「月」にあるらしい。
そういえば遠き日のセツナがウェザエモンが反転の花園を作る際にも月の魔力がどうたらと言っていた気がするし、恐らくソーラーパネル宜しく月の光を浴びることで金蠍は体力を回復させるのだ。
その証拠に月に雲がかかると唐突に自己再生は中断される、それ以外にもある程度の痛手を与えれば自己再生は中断される。
問題は急速に距離を離す金蠍に対してどうやって距離を詰めるかだが……これに関しては原始的な解決方法しかあるまい、即ち走って追いつけ。
「あとはあのバカ体力をどう削り切るか、だが……ここはやはり狩りゲーの基本からだな」
厄介な攻撃の基点となる部位を破壊し、選択肢を奪っていく。恐ろしい速度で尻尾が薙ぎ払われる回転攻撃を長縄跳び宜しく跳ぶのは中々に難易度が高いが、少なくとも毒液ショットガンを連射されるよりは回避は容易く、そしてインベントリアの使用回数も節約できる。
「MP回復ポーションは残り六個……」
緊急回避は残り六回。インベントリアはいざという時のためのエスケープであると同時に、なるべく使わないように心掛けている。
なにせ最初に立てた推測、格納空間に入った時点で「逃走」扱いになるのでは、という疑惑は晴れていないのだ。出待ちこそされすれ、それが戦闘が続行しているのか一旦戦闘が終了した上で出待ちの状態で蠍達が再配置されたのかを格納空間から知る術はない。
故に仮にインベントリアによるエスケープを使うことになっても、なるべく格納空間に滞在する時間は短くしている。数時間も戦ってオチが逃げられました、じゃ暫く立ち直れない。
とはいえ数時間に及ぶ長期戦で切れかけた集中力を再装填する、という重要なアクションを要するのでジリジリと
「来いよ金蠍、小生意気な人間一匹を見逃す程甘ったれちゃいねーだろ?」
視線の先、左眼に湖沼の短剣の一振りが突き立てられた金蠍は怒りを行動に直結させたかのように、その鋏というより盾か大剣に見える前肢を地面へと叩きつける。
半分捨てるつもりで放った湖沼の短剣Aではあるが、片眼を潰したのは大金星だ。もし無事に回収できたらBと一緒に強化してやろう。
その巨体からは想像もつかない俊敏の動きでこちらへと迫る金蠍、大きさの不揃いな石を敷いた石畳のような砕けた水晶の床から、足場たり得るサイズの水晶を見分けてその上を駆け抜ける。次の瞬間、ドリフトする車のような動きで無理やり身体を半回転させた金蠍の尻尾が俺のいた場所を斬り薙ぐ。
金蠍の尻尾攻撃が放たれた時点で俺は反転し、丁度こちらに真っ直ぐ向ける形となった鋏剣の平面に足場を見出す。
「まずは飛び道具から削らせてもらう……!」
ゲージ溜めと耐久削りを両立できるという点で対刃剣というカテゴリは非常に優秀だ、それに単体でも普通に機能するという点も素晴らしい。
兎月【上弦】を振るう度、クリティカルの感触と共に【上弦】の効果によって体力が削られていく。
兎月【下弦】を振るう度、クリティカルの感触と共に【下弦】の効果によって体力が回復していく。
さながら天秤の均衡を曲芸しながらやっているような気分だ、何をぶち込んでも必ず
「うはははは! なんかどんどん楽しくなってきた!」
下弦の効果でかき集めた体力を遠慮なく使い潰してニトロゲイン起動。既に数十度使用している
帝蜂双剣の耐久さえ残っていれば尻尾を攻撃していたのだが、生憎最初の数十分で耐久度をほとんど使い切ってしまった上に、よりにもよっての自己再生で壊毒付与もパァである。
「だったら力尽くでぶっ壊すしかないよなぁ!」
戦闘の要と化したスカイウォークによる二段ジャンプ、無理矢理金蠍の背中にまで躍り出た俺は金蠍の背中に生えた水晶を足場に七艘跳び起動。
跳躍の加速を含めた勢いを込めたまま金蠍の尻尾、針の付け根にグローイング・ピアスを叩き込む……四ヒット、悪くない。
突撃の硬直から解き放たれた金蠍の毒針が俺をタゲるが、すかさず致命刃術【水鏡の月】を起動。
ぐりんと真後ろを向いた毒針に対し無尽連斬から進化したスキル、
「くっそ、使いづれえ……!」
スタミナが尽きるまで連撃を与えるという効果は変わらず、一発ごとの火力が上がったことでDPSが飛躍的に上昇した代償にモーションが大振りになってしまったこのスキルは、2フレームすら惜しい今の状況では非常に歯がゆい。
「くそっ……【
ダメージこそ与えすれ、スタミナを使い切った俺は格納空間に退避。MPとスタミナを回復させながら、緊張で硬くなった身体を迅速にほぐしていく。
実際の肉体ではないが、精神的な緊張はアバターの動きに直結する。ペンシルゴンなんかは戦いながら相手を煽ることで隙を作るタイプであり、俺もオイカッツォも奴と戦うことで煽りスキルに対する耐性を鍛えたものだ。
「戻っ……させるかぁぁぁぁ!!」
ダカダカと愉快な歩行で距離を離し、自己再生を試みんとした金蠍に俺は吠えながら全力疾走。露骨に隙だらけな金蠍の真正面に回り込み、思い切り
ライト版人力パイルバンカーによって押し込まれた湖沼の短剣が軋みをあげながらも金蠍を体内から攻撃し、のたうち回る金蠍から俺は距離を離す。
「いい加減……ちょん切れろ!」
対の刃が一つの剣へと変貌する。兎月【双弦月】の刃が三日月の光を宿し、さらにスキル「
冷凍庫で凍らせた肉に包丁を通すような、硬質な物体をそれでもなお切り裂く感触は達成の確信を俺へと齎す。
「よおぉぉっしゃあああああ!!」
振り抜いた【双弦月】、俺の身体のすぐ隣を針のない尻尾が通過し、数フレームの間を置いて、俺の少し後ろの方の地面に
「はぁーっはっはっはっはぁぁぁ!」
この瞬間、この瞬間だけは俺の頭の中から全てのチャートが消し飛ぶ。最優先は針の回収だ!針さえ回収できればこの際死んでもいい!
前回の乱数の女神裏切り事件もあってか、そんな狂乱状態に陥った俺は黒人スプリンターを思わせる全力ダッシュで針へと殺到する。
「獲ったぁ!!」
過去最大の手際の良さでインベントリアに金蠍の針を収納し、二秒ほど充実の余韻に浸ってから俺は金蠍の方へと振り向く。
「はっ、怒りモードか? ようやく時間が進んだ気分だ」
針を奪われたのがよっぽど腹に据えかねたのか、黄金の水晶を朱色に発光させながらひっきりなしに剣鋏で地面を叩き続ける。
剣鋏が水晶畳を叩き据える度、小規模な爆発が起きており、もはやスパークすら帯びかねないほどに黄金の水晶の中で莫大な魔力が暴れ狂っている。
勝算は……まぁ、二割あればいいところだろうか。戦闘開始十分時点であればもう少し戦えたかもしれないが、針を回収した時点で身体に満ちた保つべき緊張が解けてしまったのが分かる。こうなってしまっては駄目だ、緊張を再点火するまでに恐らく俺は金蠍に倒される。
「とはいえ、もし次があるならその時のために……いや、訂正する」
月が沈み始める。空が白み、太陽が地平線の果てから太陽がその光の片鱗を覗かせる。
いい加減帰りたい、だが死に戻りするつもりもない。ならばどうする?
「すぅぅ…………起きろボケ共ぉぉぉぉぉ!!!」
ウェイクアップ、クリスタル・スコーピオンズ!
水晶群蠍の設定を書き連ねていたら三千字を突破してまだ書ける自信があることをお知らせいたします……
金蠍こと
水晶群蠍の中には時折「偏食個体」が誕生する。大抵は偏食対象以外の摂取を拒むために早死にするのが常であるが、その中でも「生きた同胞から生えた水晶」のみを好んで摂取する個体が存在する。
そういった個体は肉体が「同胞を狩る」形状へと変化していく。これは水晶群蠍の驚異的な再生力を応用したものである。そういった個体は通常の個体よりも戦闘慣れした性質を持ち、コミュニティから離脱した
そして同胞を狩る以上、水晶群蠍が休眠状態に入る夜間に行動するためその水晶は月の魔力を強く帯びることになる。もしも永い期間を同胞を喰らい時に迎撃しながら月光の魔力を水晶に蓄積させ続けた個体がいるとするならば、その姿はきっと神々しい黄金色になっているだろう。