貴方はなんのためにゲームをしますか?
世界中の精霊達を捕らえていた邪神グラトーニエが斃れる。
その巨躯の内側から爆ぜるようにして色取り取りの光が世界中に散らばっていく。その様子を涙を流しながら見つめていた少女が喜びの涙と笑顔でこちらへと振り向く。
『ああ、精霊達が解放されていく……世界に色が………貴方のお陰よ、本当にありがとう………!!』
思えば長い旅だった。様々な思い出が胸に去来し、俺はとびっきりの笑顔を浮かべ、万感の思いを込めて跳躍する。
「ついでにお前もくたばれやアバズレがぁぁぁぁぁ!!!」
妙に凝った設定のせいでラスボスにそれまでの武器が通用しないという最高にクソな要素を克服するために習得した格闘スキル「断罪飛び蹴り」が少女の顔面に命中し、少女……このゲームにおけるヒロイン「フェアリア」が錐揉み回転しながら吹き飛ぶ。
しかしながらストーリーシーン故にダメージ判定もなく、ストーリーは進行するため衝撃でバウンドしながらこれまでの旅を懐かしむ姿はホラーとしか言いようがない。そもそも壮大なステージとBGMに反比例するかのような覆面と海パンだけの変質者こと俺に対して感動的な言葉を投げかけることのなんと不毛なことか。
「なんでラスボスへの唯一の対抗手段が素手よりダメージ少ないんだよ!素手と同じ量のダメージ与えるのに三倍以上時間かかるじゃねーか!それになんでギャグ装備が一番ラスボスに有効なんだよお陰で変態ファッションでラスボス倒す羽目になったんだけど!?というかフェアカスてめーどこに居たんだよなんの援護もしないくせに声だけ響かせやがって!悪霊か!!塩まくぞ塩!!!」
『みんなとの旅は大変だったけど、楽しかった……!!』
「シナリオもサブクエも全部元凶お前だったけどなぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
雰囲気ぶち壊しで吠える姿は本当にゲームを楽しんでいるのか、と問われそうだが安心してほしい、このためにこのゲームから逃げなかったのだ。
『フェアリア・クロニクル・オンライン〜妖精姫の祈り〜』はVRRPG黎明期に発売された自称大作RPGのオンラインリメイク版であり、一般的な評価はクソゲーの一言に尽きる。
「高度な包囲殲滅を仕掛ける敵に対して壁に回復魔法をありったけぶつける味方」というギャグではなく一切の誇張のない事実という、悪辣な敵MOBの思考ルーチンに対して味方NPCのアホすぎる思考ルーチン。
ストーリーの大凡九割が「ヒロインが何らかの問題を起こす→ヒロインが問題を悪化させる→誰か死ぬ→プレイヤーがそれを解決する→なんだかんだで全部邪神のせいになる」という流れのため「痴呆」「アバズレ」「邪神さんかわいそう」「ラスボスよりヘイトを集めた女」「真の邪悪」とまで評されたヒロイン及びストーリー。
そして何より、「歩く度に爆発する草原」「落ちるとラスボスエリアに飛ばされる落とし穴」「ヒロインがパーティにいると全挙動が三倍速になるボス(ソロプレイだとヒロインはストーリー上必ずパーティに加入する)」エトセトラエトセトラ……なバグの数々。これがオフライン時代から引き継ぎだと言うのだからいっそのこと笑えてくる。
ラスボスを倒し、エンドロールに入るまでの三分間は無制限でヒロインに攻撃可能という事実だけがこのゲームを購入する価値とまで言わしめるパワーがこのゲームにはあった。ちなみに苦行を乗り越えここまでたどり着いたプレイヤー達から「報酬の三分間」と呼ばれるこのタイミング以外でヒロインに攻撃を加えた場合、ヒロインの好感度を上げなければストーリーが進まない上に他のNPC全員から罵倒され続けるというマゾしか楽しめない仕様となっている。
強敵過ぎる敵、クソ過ぎるシナリオ、予測不能過ぎるバグの三位一体が建てたクソゲー界のトライアングルピラミッドとまで言われたフェアリア・クロニクル・オンライン、通称「フェアクソ」のプレイを始めて十日……人生の内約二十四時間をドブに捨てて漸くこのクソゲーをクリアした俺は今、奇妙な爽快感を感じていた。
例えるなら刑期を終えて出所し、数年ぶりに見る壁に囲まれていない青空を見たときのような。
はたまた砂漠に落ちたコンタクトレンズを見つけ出したときのような……
ただ一つだけ確信を持って言えることがある。
「こんなクソゲーもう二度とやらねぇ。」
やけに壮大な曲と共に流れる戦犯リストを流し見ながら、口ではそう言いつつも俺は確かな達成感に浸るのだった。