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92 仮面

閑話です。不定期で何話か投稿します。

「一番頑丈なので良かったですか?」


「ああ、ありがとう。助かるよ」


 エヴァがキャスターに乗せた大きなガラスの箱を運んでくる。

 僕の私室は隠し部屋だ。ハンターならば誰にでもわかるくらい単純な仕掛けではあるが、外部の人間を入れる訳にはいかない。


 広々と作ったはずの私室は、宝具が増えすぎたせいで少々手狭だった。

 宝具は僕にとってコレクションであると同時に実際に使用する武器でもある。すぐに使えない場所に置いてしまったら本末転倒なのだ。

 まぁ使ったところで、大して強くなるわけではないが、気分の話である。


 配置はルーク達が帰ってきた後に手伝ってもらう事にして、取り敢えず隅っこの方に箱を置く。

 特殊なガラスで作られた非常に頑丈な品だ。美術館などでの展示にも使われていて、ハンターの力にもある程度耐えられる物だ。


 重い蓋を苦労して開け、意気消沈した表情をしている偽『転換する人面(リバース・フェイス)』を中に入れる。

 僕が被って変わった表情はいつまでたっても戻る気配がなかった。気色の悪さもタレ目になってしまえば半減である。


 アークから聞いた話では、この仮面はお嬢様に取り憑いて大騒ぎを起こしたらしい。

 お嬢様の力を大幅に向上させ、中堅ハンター以上の力を発揮しただとか。


 それが本当ならば、僕が長年追い求めていた宝具だ。


 宝具などという大層な名前をしているが、所詮は宝具もただの一つの道具に過ぎない。

 僕の持つコレクションには、使用者にある程度の身体能力がないと活かされない宝具が山程ある。この仮面でお手軽に力をブーストできるのであれば、僕もこんなにびくびくしながら過ごさなくて良くなるかも知れない。


 僕はガラスの箱の中で力の抜ける表情をしている仮面に念の為、確認する。


「ねぇ、本当に無理なの?」


 宝具に話しかけるなんて普通ならば馬鹿の所業だ。

 だが、仮面の口の穴は僕の問いかけを受け、ゆっくり動き始めた。


「不可能だ。我が力では貴様の潜在能力は解放できん。もっと上位の仮面を探すがよい。もっとも、我以上に進めるとなるとそれはもはや素体が耐えきれない使用者が限定された軍事用で――」


 寂しかったのだろうか。やたら饒舌な仮面を眺めながら、僕は深々とため息をつく。


 どうやらこの仮面、人の可能性を発揮させる力を持っているらしい。

 そして、だがしかし、僕の潜在能力はクソ雑魚過ぎるせいで解放できないらしい。


 使用にある種の条件が存在する宝具はこの仮面に限らず少なくないのだが、つまりそれは、僕の潜在能力は貴族のお嬢様以下であることを示していた。この世界、僕に厳しすぎない?


 ため息をつき、声に出さず自分で自分を慰める。


 がっかり性能ではあるが、希少度だけはお墨付きだ。こうして触れてすらいないのに喋る仮面なんて、聞いたこともない。魔力が切れれば動かなくなるのだろうが、話し相手にいいかもしれない。


 宝具にはバックボーンがある。見た目は非常に醜悪だが、この宝具も求められて生み出されたものなのだろう。

 潜在能力を引き出すといっても、感情まで強化してしまうらしいし、二億ギールの価値があるかどうかは怪しいが、ただで貰ってしまったのだから文句を言う筋合いはない。


 『転換する人面(リバース・フェイス)』、欲しかったけど。


 後ろで僕と仮面の会話を聞いていたエヴァが恐る恐る口を挟んでくる。


「あの……クライさん、その仮面なんですが……」


「ん? エヴァ、もしかして被りたいの? やめたほうがいいと思うなぁ」


 もしもエヴァが被って僕より強くなってしまったら、僕のガラスのハートが粉々になってしまう。


「違います」


 僕の言葉に、エヴァは異常者を見るような眼差しを浮かべ、そして諦めたように言った。


「…………それって、もしかして、『知識の蔵(ライブラリ)』ですか? ……初めて、見ました」


「…………」


 ……え?


 その言葉を聞いた瞬間、僕の中に衝撃が奔った。眉を顰め、改めて仮面を確認してみる。

 仮面が不服そうに喋っている。


「我が名は『進化する鬼面(オーバー・グリード)』、人を進めし者也。そんなよくわからない物と一緒にされるのは不服だ」


 僕は馬鹿だ。誰よりも宝具を集めているのに、全く気づかなかった。

 まるで自我を持っているかのように喋る仮面。『知識の蔵(ライブラリ)』。基準は満たしている。


 恥ずかしくなり、僕はもっともらしく頷いた。


「……よくわかったね」


「そりゃ、私も宝具について勉強していますし、そこまで見ればわかります。…………天文学的な確率でしか現れないはずなのに……まさか、この目で見る日が来るなんて――」


 そういうエヴァの表情はなぜか引きつっていた。僕も本来ならばもっと感動するべきなのだが、機を逸している。いつだって僕は肝心な時にボロが出るのだ。


知識の蔵(ライブラリ)


 それは、宝具の名前ではなく、ある特徴を持つ宝具の総称である。


 エヴァが大きく深呼吸をして、身体を震わせる。珍しく少し興奮しているようだ。

 いつも落ち着いた声色が若干高ぶっていた。


「内容にもよりますが、クライさんの借金が消えるかもしれません。いつもの病気が出たのかと思っていましたが――」


 シトリーも言ってたけど、病気病気って……酷くない?


 さて、これまで宝具の中で最も高額で取引された物が何なのか知っているだろうか?


 一振りで山を削り海を割る宝剣?

 装備すれば自在に空を飛び回れる腕輪?

 城一つ分のアイテムを格納しておける『時空鞄』?


 違う。

 有史以来最も高額で落札され、そして恐らく最も有名な宝具は……ある本型の宝具だ。


 『砂の書』。

 表紙の色からそう名付けられた宝具は――高度魔導具時代に存在した宝具の種類をまとめた図鑑だった。


 恐らく、文明の最盛期に生み出された物だったのだろう。その一冊の本は特殊な能力などは持っていなかったが、常識を一変させる程の情報を有していた。

 宝物殿で発見される宝具の大部分は、かつて存在していた巨大文明の一つ、量産された多様で強力な魔導具により人類が繁栄していた高度魔導具文明の産物だ。そしてその書は、それまでほとんど正体不明なアイテムとして発掘されていた宝具の内、五割強の能力を明らかにした。


 『砂の書』の発見がトレジャーハンターの時代の始まりを告げたと言う者もいる。

 今その書がどこにあるのかは知らない。だが、書を発見した者はそれを売り払いその金で国を起こした。

 千年以上たった今、世界最大の王国として知られるミール王国の起源だ。


 トレジャーハンターならば誰もが知っているおとぎ話である。


 『知識の蔵(ライブラリ)』。

 それは、持ち主に、その宝具の起源となる文明の情報を与えてくれるアイテムの総称だ。


 形は様々だ。本型を筆頭として、ポスター型やモニュメント型など、色々あるが、仮面型は初めてではないだろうか。

 この種の宝具は滅多に顕現しないが、学術的に見て非常に有用であり、恐ろしいほどの高額で取引される。

 どこまで知識を持っているのかはしらないが、ある程度の知性を持ち口頭でやり取り出来るとなると、どれほどの値段で取引されるか想像も出来ない。


 完全に予想外である。


「二億は安かったかな」


「十倍でも安いかもしれません……」


 おまけに僕、お金払ってないしね。


 『砂の書』に記された情報の大部分は、見つかってから千年あまりの間に広まっている。

 つまりこの仮面は高確率で、既に情報が知れ渡った高度魔導具文明の産物ではない。となると、宝具それ自体の性能は置いておくとしても、国に引き渡せば相当な額になる。借金が消えるというのはあながち間違いではないだろう。

 名誉も手に入るはずだ。ゼブルディアの皇帝は実利を重んじる事で有名だ。認定レベルが上がるかもしれないし、下手をすれば爵位を与えられる可能性もある。


 ……しかしこれを落札したのはエクレール嬢だ。返した方がいいだろうか?


 この【千変万化】御用達のケーキを食べてその天上の美味に目を丸くしていた少女の姿を思い出し、首を捻る。

 理由はどうあれくれると言った以上、返す義理はないのだが、『知識の蔵(ライブラリ)』をただで引き渡したと知れば、あのプライドの高いお嬢様がどう思うか……。


 エヴァが真剣な表情で呟いている。


「慎重に交渉しましょう。相手は商会がいいか、貴族にするべきか――あるいは、他国に話を持っていったほうがいいかもしれません。ミール王国は長年、『知識の蔵(ライブラリ)』の収集に力を入れているようですし」


「いや、売らないよ?」


「…………へ!? ……売るために、策を弄してまで手に入れたのでは……?」


「……今まで僕が転売目的で宝具を手に入れたこと、ある?」


 転売屋から高額で買い取ったことはあるが、売ったことなど一度もない。

 『知識の蔵(ライブラリ)』だと気づかなかった手前、明言し辛いが、僕は――宝具コレクターなのだ。

 自分には使えない。高額で売れる。その程度の理由で珍しい宝具を売り払うなどコレクター失格である。


 エヴァが目を丸くし、慌てたように反論してくる。


「……一個人の手には余るものです。確かに貴重ではありますが、知識を引き出すだけ引き出してさっさと手放した方がクライさんのためだと思いますが……」


「だから、これは僕とエヴァ、二人だけの秘密だ」


「アークさんやグラディス卿の周りにも伝わっていると思いますが……」


 確かに、仮面が喋り、しかも高度な知性を有している事はエクレール嬢が知っている。

 僕のように目が節穴でなければ、仮面が『知識の蔵(ライブラリ)』である事に気づいてもおかしくはない。


 アークは口止めできるだろう。彼は物欲も名誉欲も薄い、トレジャーハンターの鑑のような男だ。


 僕はしばらく考えていたが、結局いつもどおり運を天に任せることにした。悪いことをしているわけでもないし、なんとかなるだろう。


「…………まぁ、大丈夫だよきっと。一応、機嫌取りにエクレール嬢のところにケーキでも届けといて。アメとムチ作戦だ。蝋燭も忘れないでね」


「…………承知しました。…………せっかく借金がなくなるチャンスなのに……」


 エヴァが少し不満げに了承する。

 ご迷惑かけてしまい申し訳ございません。


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