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89 悪

 ――クライは、一体何を回収しようとしていたんだ!?


 これまで沢山の奇怪な魔物や幻影と戦ってきた。

 自走し人を食らう植物や、身の丈十メートル以上存在する巨大な蜘蛛。数百の群れを作り空から襲来する小さな竜に、中身が空であるにも拘わらず熟達した動きで襲いかかってきた全身鎧。


 だが、そんな経験豊富なアークでも、人を乗っ取る仮面とは戦ったことはない。

 エクレールの姿形はそのままだった。シルエットだけならば以前とさほど変わらないだろう。だが、だからこそ、その整っていた容貌を覆い尽くす肉の仮面は酷く悍ましかった。


「うぅ……あたま……あたまのなかが――」


 エクレールが大きくふらつき、小さな手を壁につく。

 そして、その手に白むほどに力が込められた。


 軋む音と共に、壁に小さく罅がはいる。人外じみた膂力だった。アークならば同様の事が出来るが、目の前にいる少女はハンターですらない。

 家の事情で鍛錬は怠っていなかったが、マナ・マテリアルを吸っていないのでそこまで力はなかったはずだ。


 いや――そもそも。


 床に転がる警備兵の凹んだ鎧。もしも拳や蹴りでそれをなしたとするのならば、少なく見積もって今のエクレールには中堅ハンター程度の力がある。

 宝具の中には使用者の能力を一時的に上昇させる物もあるが、ただの一人の女の子をそこまで爆発的に強化するような宝具は聞いたことがない。


 エクレールの四肢や身体には目立った傷などはなかった。変わっているのは顔だけで、肉の仮面が身体を侵食している気配はない。


 左手に宿していた雷を握りつぶし霧散させる。手加減は苦手ではないが、さすがに知り合いの貴族の娘に、ハンターや魔物・幻影をすら完全に制圧できる雷をぶつけるわけにはいかなかった。

 いつも探索でやっているように、万の雷で焼き払うことなど到底出来るわけがない。


「名前を呼んだ……意識が……ある?」


 なるべく手荒な事はしたくない。観察した限りでは、完全に乗っ取られているわけでもなさそうだ。

 慎重に状況を判断する必要があった。


 仮面を引き離す事は可能なのか? 可能ならばその手段は?


 エクレールは腰に剣を帯びていたが、それを抜いてはいなかった。だからこそ、警備兵は生きている。

 まだ取り返しのつかない状態にはなっていない。


 既にエクレールは自分の下した警備兵を見ていなかった。


「あーく……どの……あぁ、よく、来てくれた…………私は――――」


「エクレール様……聞こえますか?」


 虚ろな声がアークの名を呼ぶ。その小さな身体がふらつきながらアークの方に数歩近づく。

 仲間達は自然な動きで散開していた。刺激しないように息を潜め、異形の仮面にとりつかれた少女を具に観察する。


「アーク」


「わかってる」


 ベネッタの声に、アークは小さく頷く。


 今最も避けねばならないのは、あの仮面が――宿主を変える事だ。

 あの仮面が未熟なエクレールを中堅ハンター並に強化したとするのならば、それがアークやその仲間に寄生した時どれほど力を高めるだろうか。

 取り憑かれたのがイザベラやベネッタなど、アークの仲間ならばまだマシだが、アーク自身が取り憑かれればもう終わりだ。止められる者は帝都に何人もいないだろう。


 宝具が自ら人に取り憑くなど常識から外れているが、既に今の状況が常識から外れている。


 エクレールはアークの呼びかけに答えなかった。ただうわ言のようにつぶやき続ける。


「わたしは……つよい……つよく、なった。負けない、もうだれにも。ハンターだろうが、きしだろうが、おとうさまだろうが――もう、二度と――」


 その言葉には妄執にも似た暗い情念が感じられた。


 もともとエクレール・グラディスは向上心が強かったが、そこまで強く力を求めている様子はなかった。少なくとも、仮面を被ってまで強くなろうとはしていなかった。

 良くも悪くもエクレールは真っ直ぐだったのだ。


「お嬢様――ッ!? そ、その――姿は――」


 角の向こうから、騒ぎを聞きつけた警備の兵が駆け寄り、その姿を見て絶句する。

 エクレールは震える声で叫んだ。


「うる、さい――うるさいうるさいうるさいッ! そんな、目で――わたしを、見るなッ!」


 それは怒りと悲しみの入り混じった暗い咆哮だった。


 エクレールの姿勢が大きく傾き身体を反転、一歩でその身体が加速する。


 力。速度。瞬発力から感覚。そのどれもがつい最近確認したエクレールの力を大きく越えていた。極端な前傾姿勢で懐に飛び込むその所作は攻めを重視した剣士の得意とするもので、しかしその手には剣を握っていない。


 守るべきお嬢様の予想外の姿に硬直する警備兵。その懐に一瞬で入り込むと、小さく握られた拳が鳩尾に突き刺さる。

 痛烈な一撃。金属が拉げる音と共に、警備兵がくの字になって吹き飛ばされる。


 エクレールの持つ剣は、貴族らしからぬ実用的な品だ。護身用の意味もあり、刃引きもされていない。

 拳で鎧を凹ませる程の力ならば、剣を抜いていたら間違いなく鎧ごと両断していた。


「『眠りの枷(ヒュプノス・ケージ)』」


 背中を見せたエクレールに、すかさず幅広の青い光が照射される。

 イザベラの魔法。人の精神に作用し、強制的に眠らせる魔法だ。効果のある相手は限られているが、一撃で対象を無力化できる状態異常系の魔法の中でも強力な代物である。


 少なくとも、マナ・マテリアルをろくに吸収していない一般人に耐えうる物ではない。


 意識の範囲外から放たれた光を無防備に受け、エクレールの身体がぐらりと揺れ、しかしすぐにその足がしっかりと床を踏みしめる。


 ――耐えられた。


 魔法の成功を確信していたイザベラが瞠目する。エクレールは何事もなく、後ろを振り返った。

 充血した目はイザベラではなく、アークを見ている。


「ッ……確かに……不意をついたはずなのにッ!?」


 精神作用系の魔法は意識の死角を突くことで確率が急激に上がる。

 耐性のないはずのエクレールがそれを乗り切ったということは、あの仮面が精神に強く作用し、抗体となっている事の証左だった。


 続々とエクレールの後ろから、そしてアーク達の側から、警備兵達が集まってくる。

 無数の視線に晒され、エクレールが大きく踏み出し、叫ぶ。


 表情は肉の仮面で覆われ判断できないが、声に込められた感情がエクレールの精神状態を示していた。


「やだ……なんで、どうして……みるな――ッ……うッ……ころすッ……ころしてやるッ――ぜんいん、殺してやるッ!」


 甲高い、しかし普段の彼女らしからぬ言葉に、取り囲んだ警備兵達がざわめく。


 屋敷の警備をしていたのは、グラディスが取り入れ育成した生粋の兵だ。戦闘能力も高いが、何よりエクレールをよく知っている。中には日頃訓練につきあわされている者もいる。

 まだ未熟だが日々鍛錬を欠かさず、兵士に対しても見下すことのないエクレールは敬愛されていた。


「わたしを、馬鹿にしたもの、侮辱したもの――」


 エクレールががりがり肉の仮面に覆われた頭を激しく掻きむしる。だが、脈動する仮面からは血は流れず、仮面が剥がれる気配もない。


 まずい傾向だ。先程と比べ、エクレールは明らかに興奮していた。

 そして、駆けつけた警備兵達も――顔全体を肉の仮面に覆われ怪物然とした少女に対して、及び腰になっている。

 混乱と恐怖は簡単に伝播する。


 アークは言葉に出さずに一歩前に出た。


「全員、下がれ! 私が交渉する」


「…………わかった。聞いたな? 全員下がれ!」


 隣でいつでも飛びかかれるように構えていたアルメルが、アークの意図を察して声を張り上げる。


 何度も屋敷を訪れていたのが功を奏した。周りを囲んでいた警備達が、アークの言葉に、わずかにホッとしたように距離を取る。


 掻きむしっていたエクレールの手が緩やかに止まる。それを確認し、更にアークはゆっくりと距離を詰めた。


 宝具の詳しい効果はわからないが、十中八九精神作用系だ。だが、完全にエクレールの意識がなくなったわけではない。


 今までの動き――状況の変化に対して見せた反応から推測するに、宝具は力の向上の代償に、特定の感情をブーストさせているのだろう。

 精神はかなり不安定になっているようだが、理性が残っているのならば交渉も出来るはずだ。興奮さえ収めれば新たな道も模索できる。


 このまま力の増したエクレールと警備兵達がぶつかれば死人が出る。それだけは避けねばならない。


 両手を大きく開き、害意のない事を示しながら、アークはエクレールに話しかける。


「エクレール様、どうか落ち着いて……」


「ふぅ、ふぅ……あーく――どの――」


 大きく深呼吸をし、安心させるように微笑みかける。


 魔法剣士であるアークの反射神経や身体能力は高い。先程確認したエクレールの速度はかなりのものだったがそれでも、至近から飛びかかられても十分回避できるだけの差がある。


 エクレールが一歩、また一歩と歩みを進めてくる。

 その動きに害意は見られない。アークにはその足取りが迷子の子供が彷徨っているかのように見えた。


「手に入れた、わたしは、てにいれた」


「ああ」


「これで、これさえあれば……あーくどのは、さいきょうになれる。そのためなのだ。わたしは、そのために――たたかった、はずなのに――どうして――」


「……ありがとうございます、エクレール様」


 その言葉はアークの名を呼んでいたが、まるで自分に言い聞かせるような響きを持っていた。


 どこか後悔しているような悲哀を秘めた言葉に慎重に相槌を打つ。


 アークから言わせてもらえば、エクレールの選択は誤っていた。

 力とは、勝利とは人から与えられるものではなく、自ら乗り越えるものだ。恐らくグラディス卿も同じ意見だし、エクレールも普段ならばそれを理解していたはずだ。


 評判に踊らされ、感情に流されるままに行動してしまった。しかし、エクレールの声は確かにそれを後悔していた。

 エクレールは仮面の力を欲していない。帯剣しているのに警備兵を撃退時にそれを抜かなかったのも、恐らくこの少女が無意識のうちにそれを忌避したからだろう。


 ならば、仮面を剥ぎ取る方法はあるはずだ。


 エクレールの顔を覆っているのはあくまで宝具だ。魔力を原動力にしているはずである。無理やり引き離す事ができなかったとしても、時間の経過で仮面を解除出来る可能性は高い。


 あるいは、ここにアークを送った《千変万化》に確認するのが最も確実かもしれない。


 お灸を据えるにしても、いくらなんでも度が過ぎている。同じハンターであるクランメンバーが相手ならばともかく、貴族令嬢に対して行っていい所業ではない。

 もしもアークの手でどうしても解除できなかったならば、無理やりにでも聞き出すべきだろう。


 アークはあげていた右手をゆっくりと下ろし、身長の低いエクレールに差し出す。


「…………頂けますか?」


「……………………」


 長い沈黙だった。肉の仮面に空いた眼窩の向こうから、エクレールの目がアークをじっと見上げる。


 そのアークと比べて二回りも小さな手が震え、静かに持ち上がる。


「あ……あ……」


 遠くから仲間達が息を呑み、観察している。


 その指先がエクレールの頬に近づく。遠くから見ると一体化しているように見えるが、至近から確認すると肉の仮面とエクレールの顔との境目ははっきりと存在していた。


 もしかしたら、時間が経過していたら――間に合わなかったら、仮面と顔が完全に一体化していたのだろうか?

 宝具の常識を考えればそんな事はありえない。ありえないはずだが、クランハウスで掛けられた言葉を思い出し、アークは小さく身を震わせた。


 いや、そもそも――もしも仮に、その言葉を信じず、アークがここを訪れていなければ何人も死人が出ていただろう。

 ヴァン・グラディスならば、娘であるエクレールを殺す判断をしていてもおかしくはない。


 果たしてあの男はどこまで予期していたのだろうか? クライはアークの知る限り、悪人ではない。悪人どころか、凡人にすら見えるのだが、今の状況を考えると認識が甘かったのかもしれない。


 と、エクレールの指先が仮面にふれる寸前にピタリと止まる。


「……どうなさいました、エクレール様?」


「…………」


 空気が一瞬で張り詰めたものに変わる。エクレールの目はアークを見ていなかった。


 限界まで開ききった瞳孔が向いている先は――アークの腰元だ。


 エクレールの視線が向かう先にあったのは、白い鞘に納められた一振りの剣だった。

 ロダンを象徴する剣――破邪の聖剣、ヒストリア。


 エクレールが会う度に見せて欲しいとせがんでいた最強の一振り。一振りで山を両断し海を切り裂く、剣型宝具の中でも特に強力な威力を誇る宝具だ。

 エクレールを相手に抜くつもりはなく、今まで腰に帯びている事すら意識の外にあった剣である。


 不意にアークの脳裏に《千変万化》の言葉が蘇る。


 ――え……? ああ、いらないよ。むしろ持っていかない方がいいと思う。



「ッ……あ……あぁ……あ……ああッ、なぜ――」


 エクレールが絶望したように叫ぶ。白刃が閃いた。

 弾かれたように放たれた鋭い斬撃を、一歩後退し、ぎりぎりで避ける。エクレールが素早い動作で一歩後ろに下がる。


 その手には、警備兵を相手に抜かれることのなかった剣が握られていた。肉の眼窩から血の涙が流れ落ち、周囲から悲鳴があがる。


「どうしてだぁッ!! あーくどのッ! なぜ、わたしに、剣を――ッ!」


「…………………………」


 臨戦態勢のエクレールを前に、アークの笑みは仏頂面に変わっていた。




§ § §




「いやぁ、幸先がいいっすね、アーノルドさん」


「まさかあのいかにも危険なゴミが億品超えとは、ゼブルディアの連中は気前がいいったらありゃしねえ」


 エイの言葉に、パーティメンバーの盗賊の男が高笑いで相槌を打つ。


 帝都の高級宿。そこに併設された酒場で、アーノルド達は換金してきた二億ギールの入った革袋を前に、大騒ぎをしていた。


 二億ギールはレベル7のアーノルドからしても決して安くない金だ。宝物殿の探索で稼ごうと思えば、滅多に人が訪れない高レベルの宝物殿を探索するか、稼げる魔物に焦点を当てて狩らなければならないだろう。それだって経費はかかっている。純利益で二億というのはなかなかない。


 二億ギールもあればいい武器防具が買える。窮地を脱するのに使える有用な宝具を買える。美味い酒や豪華な食事は活力につながるし、拠点として家を買ってもいい。


 丁度長旅を終えたばかりで金欠気味だった《霧の雷竜(フォーリン・ミスト)》にとって、肉の仮面が高額で売却できたのは青天の霹靂だった。


「《千変万化》がやってきた時はどうなるかと思いましたが、とんだ幸運の使者だ」


「やはり、アーノルドさんは持ってますねえ」


「……調子に乗るなよ。まだ俺達はこの帝都の事をよく知らないんだからな」


 部下の称賛を小さく諌める。だが、調子に乗ってしまうのもやむをえないと言えた。


 ネブラヌベスで引き取り手のいなかった仮面を競売に出したのはただの戯れだ。そこから全てがトントン拍子でうまくいっている。

 《千変万化》が買い取りたいと申し出てきた時も驚いたが、そこから先の進展はまさしく夢を見ているようにしか思えなかった。


 なにせ、一千万ギールで売ろうと思っていた宝具がその二十倍の二億で売れたのだ。


 エイが少しだけ表情を曇らせ、ため息をつく。


「しかし、あれほど評判が広まったんだったら、もうちょっと高くなると思っていたんですがね……貴族が手を出したのが良くなかったようで」


「金を払ってでも引き取って欲しかった宝具で、二億も手に入れば十分だ」


「まぁ、そうなんですがね……」


 確かに、値段の釣り上げが二億で止まった時には少しだけがっかりしたが、あまり高望みをするものではない。

 アーノルドがにやりと笑い、冗談めいた口調で言う。


「くっくっく……あまり儲けると、《千変万化》に一杯奢ってやりたくなる気分になるだろ?」


「はっはっは、違えねえやッ!」


 高級宿に泊まっているのはごく一部の商人や高レベルハンター達ばかりだ。

 いかにもハンター然とした《霧の雷竜》に突っかかってくる者はいない。


 大いに飲み食いしたところで、換金してきたばかりの白貨はほとんど減らない。泊まっている宿も八人で一泊三十万ギール程――稼がなくてもしばらくの間は遊んで暮らせる。


 だが、アーノルドが帝都を訪れたのは観光のためではない。名を上げるためだ。


「てめえら、この二億ギールは追い風だ。次の宝物殿の攻略の準備をするぞ」


「えぇ!? まじっすか!?」


 リーダーの言葉に、仲間たちがブーイングをあげる。

 二億ギールは大金だが、高レベルのハンターが装備を整えようとすればすぐに消えてしまう額である。

 命には代えられないが、トレジャーハンターにとって大量の金貨はあまりにも儚い。


 アーノルドは仲間たちの非難轟々の表情を見て、頬を歪め野獣のような笑みを浮かべた。


「もちろん、しばらく英気を養ってから、な」


 仲間たちが爆発的な歓声をあげる。意気軒昂でなくては探索は捗らない。

 今後の帝都での活動を、前途を浮かべ、アーノルドは満足げに頷いた。


§



 夜も更けたため、機嫌よく部屋に戻る。

 アーノルドが借りているのはパーティ向けの大部屋だ。高級宿だけあって、その広さは一軒家にも劣らない。

 長い間借りるには少々勿体無いが、値段相応の価値はある。


 へべれけに酔っ払った仲間たちを引き連れ、ぞろぞろと部屋の前までくる。


「金は忘れてないだろうな?」


「そんな……ここにちゃんとありますよ!」


 エイが白貨がぱんぱんに詰まった大袋を持ち上げてみせる。


 まだアーノルド達はこのゼブルディアに慣れていない。もう少しこの都市の事を知ってから、全員で話し合い使い道を考えるべきだろう。

 そんなことを考えながら鍵をあけ、扉を開いたその時、ふと部屋の中から何か大きな物が飛来してきた。


「ッ!?」


 反射的に手をあげ、拳を握りそれを払う。硬い感触。弾いた陶器製の壺が壁にぶつかり砕ける。


 酔っ払った他のメンバーがぽかんとした表情をしている。アーノルドは一瞬で思考を切り替え、背負っていた武器を構え先頭に立って中に入った。


 大金を得たので警戒はしていた。あの仮面の持ち主がアーノルドだったことは少し調べればわかることだ。

 だが、杞憂だと思っていた。レベル7のハンターに勝てる強盗や犯罪者パーティなどほとんど存在しないからだ。


 部屋には灯りがついていた。広々とした玄関にリビング。ミーティングスペース。掛けられた絵画に観葉植物。


 探索前の話し合いに使っているテーブルに、それはいた。いつもアーノルドが座る椅子に深く腰を掛け、偉そうに足を組んでいる。

 投げられた壺はリビングに飾られていたものだ。


 見覚えのある結われたピンクブロンドの髪。表情を完全に隠した奇妙な骸骨の仮面がアーノルド達を向く。

 予想もしなかった姿に思考が固まる。


 侵入者は、身を隠す気配もなく傲岸不遜な声をあげた。


「っせーんだよ、このクズどもがッ! てめえら、いつからリィズちゃんを待たせるような身分になったんだ? んん? リィズちゃんは、てめえらと違って暇じゃねえんだよッ! 殺すぞッ!?」


「ッ……何の……つもりだ!?」


 その声に忌まわしい記憶が蘇る。激高を抑え、右手に握った大剣を向ける。


 鍵はしっかり掛けていたはずだ。高級宿のセキュリティは相応に高い。


 状況を理解した他のメンバーたちも各々武器を構える。

 泊まっている部屋に侵入したのだ。殺されても文句は言えない。


 アーノルド達を見て、リィズの隣で両手を揃えて座っていた骸骨の仮面が嗜める様に言った。


「落ち着いてください、アーノルドさん。害意はありません。誤解しないでください、私達は――正当な『私達の取り分』の話をしにきたんです」

いつもありがとうございます。

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宜しくおねがいします!


/槻影


更新告知:@ktsuki_novel(Twitter)





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