8 闇鍋
「一応言い訳しておきますと、ますたぁ。私は別に逃げることもできましたよ」
「うんうん、そうだね」
「ますたぁの鎖は確かにちょっと執念深くて疲れ知らずで厄介ですが、私なら壊すことは簡単です」
屈強な男でも完全に拘束する鎖でぐるぐる巻きにされながらも、ティノが真面目な顔で言う。
「それでも私が壊さずにいたのは、ますたぁの大事な鎖を壊してしまえば、ますたぁに嫌われてしまうからです。そのあたり情状酌量の余地ありだと思うのですが、いかがでしょうか?」
あざとい上目遣いで尋ねてくるティノの仕草はその師匠と被る。完全に悪影響を受けていた。
『狗の鎖』は銀色だが決して銀で出来ているわけではない。マナ・マテリアルからなる物質は物を問わずかなり頑丈だ。
それを壊せるといい切れるとは……僕の周りにはそういう怪物が多いがなるほど、ティノもだいぶ無理をしているらしい。
よほど宝物殿に潜っていなければ不可能な芸当だ。
「ティノ、あまり無理するのは良くないよ。命が一番大事だ」
「…………ますたぁ、貴方です。貴方」
「無茶させてるのはティノの師匠の方だろ。僕が振るのは簡単なやつだけだ」
答えたと同時に、ティノを拘束していた『狗の鎖』が力を失い、床に落ちた。
宝具は便利だが無制限に使えるわけじゃあない。ティノが予想以上に逃げ回ったので動力源である
ティノが鎖で締め付けられた身体を擦りながら言う。
「知っています。ますたぁが私達の成長を考えて死ぬ限界ぎりぎりを見定めて依頼を振っているのは重々承知ですが、スパルタは大概にして下さい」
「……うん?」
そんなつもりないけど?
レベル3だ。レベル3の宝物殿だぞ。ティノにとってはさほど高い難易度ではない。さすがに後輩に死ぬような依頼は出せない。
依頼内容も『骨拾い』だ。
ハンターは基本的に自己責任だが、たまに宝物殿に向かって遭難したハンターを助けに行く依頼がある。向こうもプロなわけで、それが戻ってこないってことはたいていの場合既に死んでいる。
死んでいる場合は死亡確認すれば依頼完了になる。それ系統の依頼が『骨拾い』と呼ばれる所以だ。
極稀に生きていることもあるので行かないわけにはいかないのだ。
だが、ティノも一応レベル4のハンターである。僕は仕方なくもう一度しっかりと依頼書を見た。
宝物殿の認定レベルは3――『白狼の巣』。帝都付近の宝物殿の中では中堅で、そこまで美味しい宝物殿ではない。人気のない場所だ。
行方知らずになったのは五人で三日前。けっこう近い。一週間前だったら生存は絶望的だが、三日なら生きているかどうかは半々だろう。
期限は最長一週間で報酬は金額にして三十万ギール。一般家庭なら一月生き延びられるが、ハンターからするとゴミみたいなものだ。
報酬がゴミな時点で一般ハンターが受けない完全ボランティアではあるが、そもそも罰ゲームなのだから仕方がない。
僕には何が悪いんだか全然わからない。だが、僕は依頼書から顔をあげ、もったいぶって頷いた。
「うんうん。確かにティノの言いたいこともわかる」
「!!」
「一人では行きたくないと、そういうことだね?」
わかる。わかるよその気持ち。
いくら十分攻略出来る難易度とはいえ、宝物殿とは危険地帯だ。何が起こるかわからない。
いつもソロだし、今回も大丈夫だろうと思ってしまった僕の考えが足りないんだろう。
っていうか死亡前提で考えていたけど、冷静に考えると一人で五人助け出すとか無理だよね。
腕は二本しかないし、怪我人最大五人とかどうやって運ぶんだ、と。
「え……? まぁ……はい」
ティノが誰もいないラウンジ内をチラチラ見て、期待を込めた目を僕に向ける。
確かに今日は皆忙しいみたいで誰もいないが、僕にいい考えがあった。
『白狼の巣』。どっかで聞いたことがある名前だと思ったのだ。
ティノはレベル4だし、レベル3以上が後数人もいれば戦力は十分だろう。今日の僕は冴えてる。
ティノがおずおずと切り出してくる。
「ますたぁが一緒に来てくれるなら――」
「あれだ。この間メンバー募集に来たハンターで、『白狼の巣』に行きたがってた人いたから、その人誘って連れていきなよ。ルーダって言ってたかなぁ?」
「……え?」
残りのメンバー? グレッグ様とギルベルト少年でいいんじゃね。
ティノはパーティに慣れていないし、勉強にもなるだろう。好都合である。
自分の采配に満足する僕を、ティノが引きつった目で見ていた。
§ § §
ティノ・シェイドは帝都ゼブルディアの生まれだ。
帝都で生まれ、そして育てられた。少し物静かで、少しだけ運動が得意な女の子だった。
トレジャーハンターは今も昔も花形の職業だが、そのリスクの高さから分別のついた大人には敬遠される傾向がある。
帝都ゼブルディアにはハンターが溢れているし、探索者協会の支部もいくつもあったが、だからこそティノはハンターになろうなどと思っていなかった。
人には相応の生き方がある。富も名誉も、そして力も、ティノはあまり惹かれなかったし、ハンターという存在が怖くもあった。
そんなティノが一転してハンターになるきっかけとなったのは、当時、彗星の如く帝都に現れた一つのパーティだった。
きらびやかな名をつけられたパーティの中に異物の如く存在した、他のどのパーティよりも苛烈なパーティ。
その不吉な名前故に敬遠され、時には帝国それ自体に敵対されつつも全ての障害を破壊し、たった数年で知らない者がいない程になったパーティ。
輝いていた。そのメンバーは一般人から見て、ハンターに興味のない女の子からみても憧れてしまうくらいの強烈な輝きを持っていた。
まるで閃光のような。
まるで流星のような。
レベル10――世界にたった三人しかいない最上位のトレジャーハンターであり、最強の名を誇るエクシード・ジークエンスの再来とまでされた若き英雄、『
有数のクランとなった『
黄金時代。
煌々と煌めく星の輝きにも似た才能に引き寄せられるように、次々と才あるハンターが現れた今この時代を、探索者協会はそう呼ぶ。
そしてティノ・シェイドは、いずれこの瞬間が伝説に残るであろうことを確信し、信頼する師匠とマスターと共にそこに名前を刻むためにハンターになったのである。
そしてしかし今、期待の新鋭であるティノはその信頼している『ますたぁ』にパシリにされていた。
探索者協会の帝都支部。
いきなり現れたティノに、テーブルの一つで浮かない表情をしていた女ハンターが目を見開く。
メンバー募集会場でマスターと一緒にいたハンターだ。情報は聞いていた。
名前はルーダ・ルンベック。『白狼の巣』攻略のためのメンバーを求めて足跡の募集会場にやってきたレベル3のハンター。
役割は恐らく、
だがいい。これは師匠であり敬愛するお姉さま……の、そのまた敬愛するマスターのお願いなのだ。しょうがない。
「な、何? 何なの? あ……昨日、クライと一緒にいた――」
ルーダが目を見開く。ティノはそこから視線を背け、他に言われたメンバーを探すことにした。