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79 理想と現実

 エクレール・グラディスがその最強のハンターと初めて出会ったのは、一年前の事だ。


 グラディス伯爵家は長く帝都を守ってきた武家の一門である。

 擁する騎士団は精強と有名で、ゼブルディア帝国を長きに渡り、諸国や魔物、幻影から守ってきた。

 帝国はトレジャーハンターを多数取り込むことにより列強の一つとなった。だが、だからこそいざという時のための備えを怠ってはならない。それがグラディス伯爵家の家訓だった。


 帝国に於いて、最強の戦力は騎士ではなく、ハンターである。

 マナ・マテリアルの吸収は何よりも人の基礎能力を強化する。いくら過酷な訓練をこなし技術を磨いても、領地を守らなくてはならない騎士団と、常に宝物殿に挑み続けるハンターではどうしても性能に差が現れてしまう。

 帝国の剣を自負するグラディスにとって、騎士団を動員しても制圧仕切れないであろう高レベルハンターは獅子身中の虫――警戒の対象だった。

 ハンター嫌いという評判も、グラディスがハンターたちに向ける目が他の貴族と比べて険しい事に由来している。帝国貴族の中にはハンター達を盗掘者と呼び蔑みの目を向けている者も少なくないが、グラディスの向ける視線はそれより少しだけ険が強い。


 日頃から並々ならぬ対抗心を抱いてきた。

 エクレール自身も物心ついた頃には剣を握り、ハンター達に負けぬよう名だたる剣豪達に指南を受けてきた。護衛つきとはいえ、定期的に宝物殿に潜っているエクレールの能力はまだ子供ながらかなり高い。


 そんなグラディスが唯一ハンターの中で認めている存在こそが――ロダン家だった。


 ロダン家の話は何度も何度も聞かされていた。

 かつてゼブルディアで大きな功績をあげ、勇者を名乗る事を許されたトレジャーハンターの一族。

 帝都が完成し数百年、ゼブルディアがトレジャーハンターの聖地と呼ばれるようになった現在もその多数のハンター達のトップに立っている、ゼブルディアの誇り高き戦士。


 トレジャーハンターでありながら、グラディスと同様、古くからゼブルディアを守りその発展に尽くし、一時は爵位を得るまで至った。結局、ロダンは爵位を辞退したが、かの者たちが同胞である事に違いはない。


 グラディスではハンターの話が出る際、必ずその名が上がる。


 ロダンは代々、その万能性で知られているが、次代当主候補は特に優秀で、年若いながらも既に二つ名を与えられ、高レベル認定を受けた宝物殿を次々と制覇している。その強さは他のハンターを圧倒し、いずれその名は英雄として歴史に残るだろう。

 エクレールはその話を聞く度に一体いかなる人物なのか、期待に胸を躍らせたものだ。


 実際に出会ったアーク・ロダンはエクレールの抱いていた期待を遥かに超える存在だった。


 粗野なイメージのあるハンターとは真逆な、どこか気品のある物腰。肉体は細身ながら鍛え上げられており、凪の湖面を思わせる碧の目は深く、どこか超然とした色を持っていた。

 そして何よりも――その強さ。せがみとりおこなった実戦訓練にて、アーク・ロダンはたった一人で名高いグラディスの騎士団を無傷で制圧してみせた。


 剣の指南を受けた。パーティにくっついていく形で宝物殿の探索に協力した。共に行動をする度に、エクレールの中の憧憬は強くなっていった。


 《銀星万雷》。本来両立し得ない剣と魔法の二分野を極め高レベルで融合した英雄の名に相応しいハンター。


 いつかその隣に立ちたい。

 強い陶酔感に身を震わせ、別れた後もその冒険譚に熱中するエクレールの耳に入ってきたのは、そんな英雄のライバルとされるハンターの情報だった。



§ § §



 帝都におけるグラディス伯爵家の拠点は、帝都の中心部――貴族達の邸宅が立ち並ぶ一画にあった。

 にぎやかな大通り沿いとはまた異なる、洗練された区画だ。完全に整備された石畳には装飾過多の豪華な馬車が幾つも走り、景色を反射する程に磨き上げられた鎧兜を装備した治安維持の騎士達が一定間隔で立ち並ぶ。


 一般人の姿もハンターの姿もほとんどない。道端にはゴミひとつ落ちておらず、空気の匂いすら、普段僕達の生活する区画とは違うかのようだ。


 グラディス伯爵。

 伯爵というと爵位的には大したことがないように思えるが、このゼブルディア帝国において、貴族の権利はかなり強い。レベル8などといってもハンターはあくまで一般人だ。ただの一つの組合が決めた地位などその権力の前では塵のようなものである。


 それも、今から向かう先にいるのはハンター嫌いで有名な貴族だ。おまけに有名な武家である。出会い頭に切り捨てられても不思議ではない。

 今更、胃がきしきしと痛んでいた。一応僕はアークの所属するクランのマスターなのだが、果たしてあのお嬢様にその事実がどこまで効くか……。


「クソっ。いつだって、庶民は貴族に虐げられる運命なのか……」


 道を歩けば、警備騎士達の視線が追ってくる。場違いに徒歩で移動する僕とシトリーは注目の的だった。

 せめて歩いてではなく、馬車で来るべきであった。だが、この区画では貴族や許可を受けた商人以外の馬車の使用は制限されている。


 シトリーがぎゅっと手を握ってくる。絡んでくる白い靭やかな指先は少しだけひんやりしていた。


「大丈夫です。少し、お話しするだけなので……心配いりません」


「うんうん、そうだね」


 無抵抗の人間を害すればいくら帝国貴族でも罪になるはずだ。一番問題なのは、その害したという事実をもみ消されそうな点である。


 シトリーがにこにこしながら続ける。僕がゲロ吐きそうな気分なのに、何故かこの幼馴染は機嫌がいいようだった。


「いざという時は虐げてあげましょう。ちょうど、貴き血に一般個体と比べて大きな優位性が存在するのか確かめてみたかったところです。これは、もし仮にアカシャに進言しても狂人かと切って捨てられるような偉業ですよ?」


「……うんうん、そうだね」


 何言ってるのかよくわからないけど、無敵かな? シトリーには怖いものはないのかな? まぁ、付き合ってくれるだけでとてもありがたいのだが……。


 グラディス伯爵家の邸宅は塀にぐるっと囲まれた大きなお屋敷だった。

 大きく掲げられたグラディス伯爵家の家紋に、門の前に立った十数人の騎士達。


 恐らく、グラディス家の私兵なのだろう、騎士たちは僕を見ると眉を顰め、舌打ちをした。今にも剣を抜かれてもおかしくない雰囲気である。事前にエヴァ経由で話を通していなかったらすぐさま捕縛されていただろう。


 僕はグラディスと直接関わったことがほとんどないのだが、どうやらハンター嫌いというのは本当らしい。


 リーダーらしき浅黒く焼けた肌の強面の男が、僕に向けて目を細める。


「武器を預かる。出せ」


「……え…………持ってないけど……」


「…………」


 見りゃわかるだろ、そんなの。


 リーダーはしかめっ面で僕の身体検査を行い、本当に何も持っていない事を確認すると、最後に僕の手に腕輪を嵌めた。

 魔力の操作を乱し、魔術の発動を制限する魔封じの腕輪だ。もちろん、僕は魔法なんて使えないので関係ない。

 平然としている僕に、リーダーは鼻息荒く唸った。よく見ると瞼が痙攣している。


「この状態でその余裕――舐めるなよ。ハンター風情が、妙な真似したら、即座に切り捨ててくれる」


 ……山賊か何かかな? ちょっと善意で話をしておこうと思っただけなのに……。

 少し辟易する。脅されるのに慣れてはいるが、別にいつも好きで脅されているわけではない。


 僕はため息をつき、隣で穏やかな笑みを浮かべるシトリーを指して言った。


「あ、シトリーは女の子だから、身体検査も女の人にやってもらいたいな」



§


 まるで犯罪者のような扱いで屋敷の中を連行される。

 貴族の屋敷だけあって、調度品も一級品だ。きらびやかなシャンデリアに、真紅の絨毯。物々しく騎士に囲まれ連行される僕とシトリーに、家事をしていたメイドが慌てて道を開ける。


 案内されたのは一際広い部屋だった。高級そうな大きなソファに重厚なテーブル。

 壁には肖像画と銀の鎧が飾られている。武家と聞いていたが、予想以上に金持ちのようだ。成人もしていないであろうお嬢様が見たこともない宝具に一億なんて金を出せた理由がわかる。


 お嬢様が連行されてきた僕達を見て、脚を組み、笑みを浮かべる。

 エクレール嬢は今日は水色のドレス姿だった。変わっていないのは腰に下げた剣だけだ。

 態度は大きいが身体が年相応に小さいので、さすがの僕も怖くない。


「正々堂々とこの家を訪れるとは、見上げた根性だな。《千変万化》」


 いや、別に敵対しているわけじゃないし。貴族なんて敵に回したくないし。


 お嬢様は怖くないが、その後ろにずらっと並んだ護衛の騎士が怖い。僕達の後ろに並んでいる騎士たちも怖い。

 僕は仕方なくシトリーに倣い、笑みを浮かべた。エクレール嬢の表情がぴしりと固まる。


「ッ……ここまで取り囲み、余裕の表情とは……なるほど、肝の据わりっぷりはアーク殿に匹敵するようだ」


 んん? よくわからないけど、これはもしや……褒められている?

 事前に件の宝具についてお話したいという事は伝えてある。さっさと話すことだけ話して帰りたいのだが、貴族の考える事ってわからない。


「いやいや、僕がアークに勝っているのなんて、レベルくらいですよ」


「ッ!?」


 そういえば、アーク・ロダンは人気者である。老若男女を問わず人気者だが、特にゼブルディアの貴族からは絶大な人気を誇る。

 強さ、人柄も揃い顔もいい上に、古くからゼブルディアに貢献している由緒正しい家柄の出身となれば人気も納得だろう。

 ハンター嫌いで有名なグラディスですらロダンを認めているというのだから、僕としてはさすがの一言しかない。


 たまにレベルだけ高い僕がアークのライバルだなどという話が出る事があるが、とんでもない話だ。

 もしかしたらエクレール嬢もそんな根も葉もない噂を信じてしまった口だろうか? そのせいで初対面のはずの僕へのあたりが強くなってる? そんなまさか。完全にとばっちりじゃないか。


 エクレール嬢が剣呑な目付きで僕を睨んでいる。一応はっきりと言っておくか。


「もしかして、エクレール様は僕がアークのライバルだ、なんて話を聞いているのでは? そんな、とんでもない」


「……ほう?」


「僕とアークでは何もかも、格が違いすぎる。根も葉もない噂です、少なくとも僕はアークの事をライバルだなんて思っていません。彼はただの友達ですよ、友達」


「ッ……なん……だと……ッ?」


 ギュッと握りしめたエクレール嬢の拳が震えている。唇が震え頬が紅潮し、まるで怒りでも我慢しているかのようだ。

 なんかおかしな事を言っただろうか? 帝都は広い。この国には古くから活動する超凄腕のハンターが何人もいる。だが、それでもアークは間違いなく帝都最強クラスで、いずれ最強と呼ばれる事になるだろう。


「アークは……貴様の、ライバルじゃ、ない?」


 そうだよ。ライバルじゃないよ。安心しておくれよ。目の敵にされる筋合いはないよ。

 何でどんどん目付きがきつくなっていくのか、僕には全くわからなかった。後ろを固める護衛達も歯を食いしばってこちらを見下ろしている。


 嘘だと思っているのだろうか? ……ああ、なるほど。僕は手を打って言った。


「あー、正確に言えば僕のライバルではありませんが、うちのパーティメンバーのライバルです。自画自賛するようですが、非常に優秀で――アークもきっとそれなら納得するでしょう。ね、シトリー?」


 僕の言葉に、シトリーが照れくさそうに微笑んで言う。


「はい。アークさんはライバルです。今のところ、総合的に考えると、こちらが勝っていますが、アークさんの成長速度にはいつも驚かされています。いつか負けちゃうかもしれません」


 おいおい、煽るような事言うなよ。

 シトリーの上から目線の言葉(しかも口調に嫌味を感じさせない)に、お嬢様が耳まで真っ赤になっている。僕は慌ててフォローを入れた。


「いやー、僕はアークの方が勝っていると思うな。そりゃ攻略している宝物殿はこっちが上だけど――」


「そんなぁ……クライさんは、アークさんと私、どちらの味方なんですか!?」


「いやまぁ、それはシトリーの味方だけど……時と場合を弁えなよ」


 いつも冷静沈着で空気を読めるのが美点のシトリーにあるまじき発言だ。

 僕は上司と部下の間で板挟みになった中間管理職の気分だった。


 そもそも、ハンターの格付けは難しい。アークは最強である。彼の力は若手の中で突出しており、現段階で一対一で勝てる者はほとんどいないだろう。

 だが、《聖霊の御子(アーク・ブレイブ)》と《嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)》のパーティ同士の戦いで限っていうのならば、間違いなくうちが勝つ。


 それはアークの問題ではなく、パーティメンバーの問題だ。

 《嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)》はリーダー以外がめちゃくちゃ強いが、《聖霊の御子(アーク・ブレイブ)》はリーダーが最強で他のメンバーが今ひとつなのだ。別に弱くはないし一流の実力は持っているのだが、端的に言ってぱっとしない。

 リーダーへの劣等感で優秀なメンバーを入れても長続きしないのだ。特に男はすぐにいなくなる。滑らない話だと思う。重すぎて使うタイミングが難しいが……。


 お嬢様にその話をしたら笑いを取れるだろうか? いや、取れないだろうな……。

 にやにやしていると、お嬢様が突然剣を抜いてテーブルを殴りつけた。


 木くずが舞い上がりぱらぱらと落ちる。


 いきなりの行動に思わず硬直する。エクレール嬢はテーブルにはしたなく右足を上げ、震える声で言った。

 顔が真っ赤だった。その形のいい双眸に涙が溜まっている。


「き、貴様らの、言いたいことはわかったッ! あの、アークどのと、我が家を、馬鹿にしていることもなッ!」


「え? 馬鹿になんてしてな――」


「私に、その権限があるのならば、貴様らを二人とも、打首にしているところだッ!」


 打首!? 今この子、打首って言った? おいおい、僕が何をやったっていうんだ。


 エクレール嬢の護衛が皆、腰の剣に手をかけている。命令を受ければすぐにでも飛びかかってくるだろう。そして、背後の騎士たちも同じ姿勢をしているはずだ。まさか善意で話をしにきて殺されるような羽目になるとは。


 顔を強張らせる僕と違い、シトリーの口元は微笑んだままだ。

 いつも穏やかなのはいい事だけど、さすがにその表情は今の状況に即していないと思う。


 ああ、そうだね……宝物殿に比べたらこの程度なんでもないよね。


 エクレール嬢が人差し指をこちらに突きつける。どうでもいいけど、足をテーブルに上げているのでパンツが見えそうだ。


「だが、貴様の、傲慢もここまでだ。このグラディスを虚仮にしたことを後悔させてやるッ! 最強の宝具は、絶対絶対絶対絶対、私が手に入れるッ!」


「…………いや、あれは危険な宝具だよ。鑑定士もそう判断している。手を出すのはやめたほうがいい」


 混乱しつつも、当初の予定通り説得にかかる。だいたい、もう権力も金も持っているんだから余計なことする必要ないじゃん。もしも僕が伯爵令嬢だったら何もしないでだらだらするよ。


 だが、エクレール嬢は全く聞き入れる様子はなかった。


「私の調査では、貴様は宝具をかき集めているようだなッ! どうせそれを使ってレベル8まで上がったんだろうッ! 貴様の強さなど、借り物の紛い物だッ!」


「ん? えぇ……? …………うんうん、そうだね?」


 当たっているけど外れている。確かに僕の強さは宝具十割だが、数百点の宝具を使っても僕の実力はレベル8には全く満たない。

 意味がわからない。何でこのお嬢様はヒートアップしているのだろうか。


 そして、エクレール嬢が怒鳴るようにして叫んだ。


「最強の宝具は、アーク殿に与えるッ! それで終わりだッ! 貴様の天下は、ここまでだッ!」


 それは……貰っても困ると思う。


 アークは既にロダン家の跡取りとして強力な宝具を持っているし、選択肢を増やすことが強さにつながるとは限らない。

 彼は強い。宝具なんてなくても強いのだ。ルークが徒手空拳で余裕で僕を殺せるように、強い者は宝具なんてなくても強い。そして僕はどうこねくり回しても弱い。これが真理だ。


「無意味だ。宝具がなくても強い者は強いし、宝具を持っていても弱いものは弱い。そう、僕が弱いようにね」


「なに!?」


「これは真理だ。あの宝具を手に入れた所でアークの強さには絶対につながらない。だいたい、友人の立場から言わせてもらうけど、そんな紛い物の力で強くなってもアークは喜ばないよ」


 だから諦めてあの宝具は僕にください。

 アークはいいじゃん。イケメンなんだから顔変える必要なんてないじゃん。襲われても撃退出来るんだから姿隠す必要なんてないじゃん。


 エクレール嬢の表情が一瞬呆け、顔色が変わる。

 しばらく震えていたが、涙をぽろぽろ零しながら叫んだ。


「ぐぅッ……う、うるさい、うるさいっ! ばーかッ、ばーかッ! ぜったいぜったい、お前になんか渡さないッ!! 帰れッ! もう帰れえッ!」


「何が――お、お嬢様、落ち着いてくださいッ!」


 主の醜態を聞きつけたのか、部屋の外から執事が飛び込んでくる。落ち着かせようとするが、エクレール嬢はぶんぶん頭を振りながら泣きわめいている。


 あれ? これってまるで僕が泣かせたみたいじゃない? やばい? 侮辱罪とか大丈夫?

 今度エヴァに頼んでケーキでも送ろう。


 そこで、それまで状況の推移を見守っていたシトリーが立ち上がった。


「エクレール様、私達が今日ここにやってきたのは、貴女にあの宝具を諦めていただくためです」


「ぐすッ…………なん……だとッ!?」


 エクレール嬢が目をこすり、シトリーを見る。

 いや、確かにそうだけど、それ今言う必要ある? っていうか、僕も同じ事言ったよね、さっき?


「あの宝具はエクレール様にも、アークさんにも、手に負えない代物です。諦めたほうが賢明です」


 何で煽るような事言うかな……。

 エクレール嬢の頭に再び血が上る。噛み過ぎた唇から血が流れる。


 そして、皆の視線の中、シトリーが頬に手を当て、笑顔で言い切った。


「エクレール様は、以前酒場で一億といいましたがこちらは――二億ギール揃えました」


「二……億……?」


 エクレール嬢が呟く。シトリーは大きく頷き、宣言した。


「これが私達の本当の限界ぎりぎりです。いくらグラディス卿の息女でも、使える額には限界があるはず――あれはエクレール様にとっては何の意味もない宝具です。それでも、本当にあの宝具を欲するのならば――二億ギール以上、揃えてみなさいッ! もしも、エクレール様がそこまでやるのならば――非常に心苦しい話ですが、私達も負けを認めましょう」


 シトリーちゃん……。

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