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78 鑑定結果

 いつもと異なり、『マギズテイル』までの道は酷く混み合っていた。

 帝都における治安維持を担当する騎士団が出張り、野次馬根性丸出しで集まった者たちを統制している。


 『マギズテイル』に強盗が入ったらしい。

 エヴァからその情報が齎されたのは、一夜明け、クランマスター室で今後の展望について考えていたその時だった。


 時間は昨晩。犯人は依頼を受けて特定の品を盗み出す犯罪者(レッド)パーティ――《シャドウ・リンクス》。時に宝物殿を仕事場にする事もある、ハンター崩れの窃盗団だ。


 ハンターの中では時折、宝物殿の攻略を諦め、マナ・マテリアルを吸収し培った力を使って犯罪行為に勤しむ者が現れる。命懸けで幻影や魔物と戦うよりも人を襲ったほうが効率がいいと割り切った者たちだ。

 そういった、違法行為を行っている事が発覚した危険な『元』ハンターのパーティを、探索者協会では犯罪者(レッド)パーティと呼び、懸賞金を賭けていた。

 ペナルティでレベルをマイナスまで落とされたシトリーと違うのは、シトリーが一応善良なハンターに括られるのに対して、彼らが完全に犯罪者である点だ。

 魔物や幻影との戦いに明け暮れるハンター達には倫理観が希薄になる者も多い。『殺し』や『盗み』に一切の躊躇いを持たず、ハンターとしての技能を持つレッドパーティは善良な市民やハンター達の大きな敵だ。


 エヴァ曰く、護衛を常時雇えないような小さな商会では彼らへの対策は頭痛の種らしい。レッドパーティを撃退するには大金を使ってそれなり以上のハンターを雇う必要があるので、然もありなんと言った所だろう。


「いずれくるとは思いましたが……さっそく馬鹿が引っかかったみたいですね」


 シトリーが呆れたような声を出すが、僕はそれどころではない。恐らく鏡を見れば青ざめた自分を見ることができただろう。


 僕がやったことはただ、ちょっと欲しい宝具を見つけ、それを競売前に手に入れるべくハンター仲間に借金を申し込んだだけなはずだ。

 それが、日が経つにつれて事が大きくなり、とうとうずっとお世話になっている宝具店にまで被害を出すことになってしまった。


 誓って言うが、僕はこのような状況を一切想定していなかった。そりゃ迂闊なところもあったかもしれないが、レベル8などと言っても僕はただのハンターである。

 物もいわくがあったり、歴史のある宝具ではない。どうしてこの状況を想像できるだろうか。


 きりきり痛む胃を押さえる僕に対し、シトリーは平然としていた。


「まさか、夜間とは言え、宝具店に侵入しようとするような勢力がこの街でまだ生き残っていたなんて……迂闊でした。ちゃんと調べておけば、違う道を示せたかもしれないのに……」


「……まぁ、しょうがないさ」


 不幸中の幸いなのは、強盗が未遂で済んだ事だろうか。


 現場に騎士団が詰め、一般人は隔離されていたが、高レベルハンターの権限を使い通してもらう。


 『マギズテイル』の前は戦場さながらの有様だった。


 道路には大きな亀裂が入り、店を囲んでいた金属の柵が完全に吹き飛んでいる。看板は地面に落ち、向かいの家の塀には無数の弾痕が残り、べったりと血痕がこびりついていた。

 古ぼけた趣のあった扉は真っ二つに折れ、周囲には物の焼けた臭いが漂っていた。


 扉のなくなった店の奥から怒鳴り声がする。


「こっちは仕事があるんだッ! 強盗の一人や二人にかまってたら競売に間に合わんッ! クソっ、どいつもこいつも小僧の言葉に踊らされてッ――護衛? いらんッ! うちにも用心棒くらいいるッ! 優秀な用心棒がなッ! 護衛より店を片付けてくれる手伝いの方が欲しいわッ!」


 完全に機嫌が悪い時の声だ。謝ったら許してくれるだろうか。

 せめてティノを連れてくるべきだった。


 あー、嫌だ。入りたくない。だが、入らないわけにも行かない。

 僕はきょろきょろ周りを見回し、大きく深呼吸をすると、半壊している店の中に踏み入った。



§



「! おう、小僧ッ! よくもやってくれたなッ!」


「なんというか……申し訳ない……」


 僕の顔を見るなり般若の形相で怒鳴りつけてくるマーチスさんに、身を縮める。


 店の中も外と変わらず酷い有様だった。室内で戦闘が起こったのか、棚は崩れカウンターは真っ二つに切り裂かれている。それでも宝具を収めるガラスケースに罅一つはいっていないのはさすがと言えるだろうか。

 どうやら設備的な被害はともかく、負傷などはないようだ。店内には何時も通り、全身を宝具で武装した警備員の男が立っている。いつも無愛想な男だが、今日はどことなく機嫌の良さそうな表情だった。


 高額な商品を扱う宝具店は一般的な商店と比べて警備の質が高い。特に、騎士団も余り立ち入らない辺鄙な所に立地する『マギズテイル』の警備は、見た目と異なり、鉄壁を誇る。

 この帝都に店を構えて云十年、未だ『マギズテイル』は一度も強盗にやられたことがないらしい。


「ったく、強盗するなら昼間にこいッ! 昼間にッ! おかげでこっちは寝不足だッ!」


 マーチスさんがイライラしたように言う。目の下に大きな隈ができていた。

 競売間近でこの騒動、さすがに、普段僕より長生きしそうなほど元気なマーチスさんも参っているようだ。


 だが、何はともあれ無事でよかった。万が一マーチスさんが強盗の凶刃に倒れたりしたら、寝覚めが悪すぎる。

 内心ほっとしている僕をよそに、マーチスさんがきょろきょろと周囲を確認する。


「おい、クライッ! 嬢ちゃんはどうしたッ!? 見舞いに来んなら嬢ちゃんをつれてこいッ! むしろお前はいらんッ! 仕事の邪魔だッ!」


 …………なんかわざわざ来る必要なかったみたいだな。


 騎士の人が辟易したような表情で店内の痕跡を確認している。小さな声で「もう犯人も捕縛済みなんだし、いいか」などと言っている所を見ると、相当この爺さんに参っているようだ。


「代わりにシトリーちゃんを連れてきました。これでどうかひとつご勘弁を……」


「ふざけんなッ、代わりにならんッ! んんッ? シトリー、昨晩のはお前の手の者じゃないだろうなッ!?」


 元気だなあこの爺さん。僕よりもハンターに向いてそうだ。

 酷い言われように、シトリーが心外そうに眉を顰め、ずれた返しをした。


「そんな……ッ!? ……クライさんに止められてますし、万が一、億が一、派遣するにしても……もう少し人くらい選びます」


「ならいいッ! 暇なら片付けを手伝ってくれ、商売上がったりだッ! うちの従業員は突っ立っているしか能がない」


 十分声の聞こえる範囲に立っている警備員は、マーチスさんの暴言にも不服そうな顔をしなかった。直立し、まっすぐ宙を見ている。カカシかな?

 シトリーが嫌な顔一つせずに片付けを始める。僕は割れたカウンターに座り、改めて店内を確認して言った。


「珍しく随分やられたみたいだね。怪我はなかったの?」


「怪我はないッ! 相手はハンター崩れの『盗賊(シーフ)』が三人だったからな。店を破壊したのはうちの警備員だッ! 久しぶりに宝具を使ったから手加減できなかったとか言いやがるッ! クソっ! 宝具を貸してやってんのは、店を壊すためじゃねえんだぞッ!」


 ……強盗の仕業じゃないのか。


 指摘された当の警備員本人は視線一つ動かさない。変人の周りには変人が集まるということだろうか。そして、装備した宝具を使うだけでレッドパーティを壊滅させるとはどれほどの凄腕なのだろうか。少なくとも僕よりも強そうだ。


 一通り叫んで満足したのか、マーチスさんは水を口に含むと、深々とため息をついた。


「で、何の用だ? 賠償ならいらんぞ、レッドの懸賞金で黒字だ。孫も見舞いに来てくれたしな」


「いや、でも――」


「噂の件についても謝罪はいらん。他人の言葉に踊らされおってからに――最強の宝具なんてあるわけねえだろッ! そんな物があるんなら、俺が見てみたいわッ!」


 取り付く島もなしにマーチスさんが言いたいことだけ言い、拳をカウンターに叩きつける。

 最凶の宝具はあっても最強の宝具など存在しない、とはこの道に入って数十年の彼の口癖である。


 どうやら噂を欠片も信用していないらしい。

 僕の事を信用しているからなのかそれとも信用していないが故なのか、どちらにせよ、その頑なな言葉に僕の気が幾分か軽くなる。


 僕は笑みを浮かべ、いい話風に終わらせることにした。


「最凶の宝具――最も恐ろしいのはもしかしたら宝具などではなく、人の心なのかもしれませんね」


「黙れッ! 恐ろしいのは、ただ宝具を買おうとしただけで注目の的になるてめえだッ!」


 しかめっ面を作り、マーチスさんが怒鳴りつけてくる。まったくもってその通りです。

 深々とため息をつき、同意を示す。


「そう、人の愚かさは限りない」


「黙れッ! 中身のない事を言うんじゃないッ!」


 それに比べれば借金十桁などどれほどのものだろうか。

 ところで冷静に考えたら、結婚しても別に借金って消えなくない?


 シトリーがちょこまかせわしなく片付けをしている。どういう説得をしたのか、現場検証に来た騎士団の人まで巻き込み指示を出していた。とりあえずの瓦礫を片付けるくらいならすぐに終わるだろう。

 『マギズテイル』はマーチスさんの自宅も兼ねている。最低でも扉くらいつけないとセキュリティ以前の問題だ。後でクランハウスに戻ったらエヴァに相談するか。


「そういえば、例の物って鑑定はできたの?」


 経緯はどうあれ、あの宝具はもうこの帝都での注目の的だ。

 エクレール嬢が何故あれを最強の宝具だと勘違いしているのかはわからないが、能力が確定すればこの大騒ぎにも区切りがつくだろう。

 変身系の宝具は帝都では使用が制限されている物だ。貴族にも体面がある、落札額は大きく下がるはずだ。


 一縷の望みを掛けた問いに、マーチスさんが大きく首を横に振った。


「ん……ああ、そうだな。資料を漁りいくつか確かめたが――能力鑑定は不可でいくことにする」


 予想通りの答えに、僕は小さく肩を落とした。


 マーチスさんは自身の仕事にプライドを持っているが、だからこそリスクを隠したりはしないし、その鑑定に命を賭けたりはしない。


「使用リスクはSだ。仮面系は厄介なものが多いからな。表情ってのは人の本質を示すもんだ、それを覆い隠す仮面系の宝具は精神、肉体に変革を齎す物が多い。発動条件に制限がかかっている物も少なくない。ゴーレムを使って起動してみたが何も起こらなかった。仮面の形状から考えて恐らく生き物じゃないと発動しないんだろうな」


「…………なるほど」


「十中八九ろくなもんじゃない。それを理解した上で落札するんならそれは、自己責任だ」


 さすがである。ただでさえ難しい宝具の起動をゴーレムにインプットするなど、この帝都でもマーチスさんくらいしかできないだろう。

 以前、盗賊団から『転換する人面(リバース・フェイス)』を手に入れた時は、その一味からの証言があって効果がわかったが、マーチスさんがそこまでやって鑑定不可ならば、人柱を使わない限り効果を知るのは難しいという事。


 宝具の出品には能力鑑定で行った項目や鑑定者の所見も公表される。マーチスさんが今発言した通りの事を記せば、必死にあれを買い取ろうとしていたハンター達の多くも、目を覚ますはずだ。


 しかしそうなると、最後に残ったハードルはあのエクレール嬢だ。理由はわからないが、彼女は最強の宝具の幻影に憑かれている。貴族のお嬢様ではマーチスさんの言葉の重みも理解していないだろう、

 商会の方もエクレール嬢が競りを諦めない限り、下りたりしないだろう。


「クライの所のパーティシンボルも随分けったいな形をしているが、あの肉の仮面のリスクはそれ以上だ。あれに皆が必死になってるなんて俺には訳がわからないな」


「僕が一番困ってるよ、なんか全部僕のせいみたいになってるし。正直、早く競売が終わってほしいよ。そもそもいくら強い宝具を持っていても、その宝具に使い慣れていても、本体が弱いんじゃ意味ないじゃん?」


 宝具を持っていなくても強いやつは強いし、持っていても弱いやつは弱い。だから、《嘆きの亡霊》のメンバーは研鑽をやめないのだ。


 シトリーちゃん曰く、今の時代の一番の『特性』は人間の強さらしい。

 昔の文明は発達していたが人間という種の強さはさほどでもなかった。今の時代は文明の発達度こそそこまで高くないが、素の人間の強度は一番だ、とか。


「……全くだ。皆、宝具に理想を重ねすぎている」


 マーチスさんは僕の言葉に、もっともらしく頷いてくれた。


 状況を整理し、最悪と最善を想定する。


 最善は、お嬢様や商会、他のハンターたちが宝具の入手を諦め、格安で僕が手に入れる事。


 そして最悪は――お嬢様か商会が宝具を手に入れ――リスクを恐れず使用し効果が判明、予想と異なる効果に僕の所に殴り込んでくる事だ。


 余りに理不尽な話だが、相手は何をしでかすかわからない貴族のご令嬢である。権力という面でこちらが圧倒的に劣っている以上、どんな目に合うかわからない。

 僕はもうあの宝具はいらない。くれるならもらうが、シトリーの結婚資金を使ってまで入手しようとは思わない。


 だが、何はともあれ騒動の発端が僕である以上、予防線は張っておくべきだ。

 気分としては凄く面倒くさくてやりたくないが、こういう面倒な事を放置しておくと後で更に面倒なことになるものである。


「マーチスさんの言葉を加味して一度、エクレール嬢と話しておくか……ついてきてくれる?」


 片付けに忙しいシトリーに伺いを立てると、シトリーは頬に手を当て、蕩けるような笑みを浮かべた。


「もちろんです、クライさん。あのアークさん贔屓のお嬢様に私達の事を、良く知ってもらいましょう」


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