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72 金策②

 お金だ。お金が欲しい。


 僕は清貧を尊ぶ人間である。衣食住、そのどれもが最低限あればいい。

 日頃お金はほとんど使わないし、使うとしても喫茶店に甘味を求めに行くくらいで、贅沢は言わない。お金を貸してください。


 開口一番、僕の言葉を聞いてアークは満面の笑顔で言った。


「事情は知らないけど、貸すわけないだろ」


 ハンターのパーティに於いて、というか、人間関係に於いて金銭の貸し借りは争いの原因の最たるものである。

 同じパーティのメンバーでも、金銭面のトラブルが発生してパーティが解散することになったという話は枚挙に暇がない。ハンターは金は稼ぐが、それだけ使うのである。


 アークも《嘆きの亡霊》ほどではないが、お金は稼いでいるはずだ。家も名門だし、うちのクランではトップクラスの財力を持っているかもしれない。

 どう説得したものか。急いでお金を集めて交渉に入らなくては、他のハンターに取られてしまうかもしれない。後で絶対返すから!


 アークが肩を竦める。僕と同じ動作でも、眉目秀麗な男がやると非常に様になっていた。


「どうせ新しい宝具でも見つけたんだろ? そういえば、そろそろ競売が始まる時期だな」


 全てバレていた。ちなみに、アークに金の無心をするのはこれが初めてではなかったりする。

 アークと僕の仲は決して悪くないが、彼はそういうところがちゃんとしている人間なのであった。


「いやいやいやいや、今回のは違うよ。やばい宝具だ。絶対に手に入れたい」


「何も違ってないじゃないか。……ちなみに、いくら貸して欲しいんだい?」


 他のハンターとの交渉になる。宝具は相場が難しい。いくら必要になるかはわからない。

 僕は真面目な表情で答えた。


「あればあるだけ」


「……その宝具とやらを求める理由と効果は?」


 顔を変えることで、自由が手に入るのだ。甘味処に一人でいけるのだ。

 僕は全身全霊、誠意を込めて答えた。


「それは言えない」


 もちろん違法だし、言えないが。……詰んでる?


「はぁ……秘密主義なのは知っているけど、それではお話にならないね」


 まぁ、至極まっとうな答えである。僕はアークを諦め、壁際に身を寄せていた彼の他のパーティメンバーに視線を向けた。


 アークのパーティ、《聖霊の御子(アーク・ブレイブ)》は、探索者協会にレベル7認定を受けたパーティだ。

 パーティのレベル認定とハンターのレベル認定では基準が違う。大体所属ハンターの平均値を取られる事が多いのだが、アークを除いた所属メンバーが皆レベル6以下なのに彼のパーティがレベル7認定を受けているのはそのメンバー達の優秀さを示していると言えよう。


 だが、何より彼のパーティが他と比べ異彩を放っているのは、彼のパーティメンバーが全員女性であるところだろう。

 おまけに綺麗どころが揃っている。アークのパーティがその優秀さを知られると同時に、ハーレムパーティと揶揄される事があるのはそのためだ。


 一番奥に立っていた一人、アークパーティの神官(セイント)、ユウが身を縮め、怯えるような仕草をして言う。


「か……貸さないですよ」


 他のメンバー、魔導師(マギ)のイザベラと剣士(ソードマン)のアルメルについても貸してくれるつもりはないらしく、険しい目で僕を睨みつけた。


「あんたもレベル8のハンターなら、アークさんに頼らず金策くらい自分でちゃんとしなさいッ!」


「やれやれ……ライバルにたかるとは、相変わらず軟弱な男だ。どうしてお前のような男にあのパーティが指揮できるのか、理解に困る」


 職も異なれば、気弱、ツンツン、武者と性格もバラエティに富んでいる。むしゃー。

 僕は彼女らにライバル意識など持っていないが、彼女らは僕達《嘆きの亡霊》にライバル意識を持っているらしく、風当たりが強い事が多い。

 アークが一番とっつきやすいのはやはりハーレムを率いるのには器が必要だからだろうか。


 一番口達者なイザベラが、距離を詰めてくる。

 アークと同様に整った容貌の娘だ。薄紫の髪と目、雪のように白い肌は北方の土地出身である証だが、恫喝するように睨みつけてくるので台無しである。

 よくルシアに突っかかって相手にされていない可哀想な娘でもあった。


「だ、大体、いくら子供だからって、あのエクレール嬢にあんな強烈な皮肉を言うなんて――グラディス家に目の敵にされたらどうするのよッ!?」


「え……皮肉……? 僕はただ事実を言っただけなんだけど……」


 何言っているのか全然わからない。何で僕が礼儀作法を知らないという話が皮肉につながるのか。


「あ……あんた達は別に今更だからいいのかもしれないけど、今は私達も同じクランなのよ!? ロダンの名に傷がついたらどうしてくれるのよ!?」


 相変わらずあたりの強い娘だ。僕よりも年下のはずだが、リィズ達とはベクトルの異なる厄介さがある。

 だが残念ながらいくら罵られても僕にダメージはない。何故ならば僕が無能である事実は誰よりも僕が理解しているからだ。罵られ慣れてもいる。


 そして、どうしてくれるのと言われても困る。困るからどうもしない。ロダンの名にはそう簡単に傷は付かないと思うよ……。


「この無礼者ッ! マスターに何たる言いがかり――みゅッ! むーッ! むーッ!」


 さっと僕とイザベラの間に入り、噛みつきかけるティノの口を塞ぐ。


「はいはい、ごめんね。悪いけど、他の人にお金借りに行かなくちゃならないから、もういいかな?」


 土下座。受け流し。口塞ぎには一家言あるよ。僕は敵には滅法弱いが、味方には強いのである。これすなわち内弁慶と言う。

 アークのパーティメンバーはキャラが濃いが、僕の仲間のように無差別ではない。

 いきなり口を塞いだ僕に、イザベラはドン引きしていた。


 ティノが涙目で僕にむーむー抗議してくる。うんうん、そうだね。


「じゃーアーク。また後で!」


 時間がない。短い挨拶に、アークがいつも通り何を考えているのかわからない笑顔で手を振る。

 とりあえずシトリーに泣きつく前にラウンジにいるメンバーにお金借りられないか確認するとするか。


§ § §



 あの《千変万化》がなりふり構わず金策に走っている。

 その情報はすぐにクラン中に知れ渡った。


 やり取りがあったのはクランハウスのエントランス。クランメンバーも大勢いるが、外の人間もいる。名実共にクランのツートップの話し合う姿が目立たないわけがない。


 《千変万化》が多数の宝具をコレクションしているのは公然の秘密だ。本来ハンターは手口を隠すものだが、千変万化の宝具収集は秘密にしておける域を越えていた。

 コレクションを実際に目で見たことのある者はほとんどいないが、そのコレクションの中には希少なもの、高価なもの、中には並のハンターで扱うには危険過ぎる呪いのアイテムも存在しているらしい。《嘆きの亡霊》のメンバーが持つ宝具はそこから分けられた劣化品であるという噂すらある。


 ハンターにとって借金とは忌避すべきものだ。それも他のパーティから借りるとなればハンターにとって最も大切な『信頼』も損なわれる可能性がある。


 宝具コレクターであるレベル8ハンターが、そんな借金をしてまで得ようとする宝具。


 果たしてどのような力があるのか。効果は不明だが――やばい宝具らしい。

 滅多に現れない希少な宝具である事は間違いないだろう。もしかしたら、レベル8のハンターの『切り札』にすらなりうる代物である可能性もある。


 噂は噂を呼ぶ。もともと、近く開催される予定だったゼブルディア・オークションの噂は多くの帝都の商人やハンター、そして貴族にとって注目の的だった。


 強力な宝具は誰もが諸手を挙げて欲する代物である。トレジャーハンターは自らのハントのために、貴族はその権威付けのために、そして商人は商売の切り札とするために。


 一体どのような力を持つ宝具なのか。

 金のないものはその力を夢想し予想しあい、金のある者はなんとしてもその宝具を手に入れようと欲する。


 商人は考える。相手はレベル8だが所詮はハンター、集められる資金には限界があるはずだ。

 ハンターは考える。もしかしたらその宝具があれば、認定レベルを大きく上げることができるかもしれない。

 貴族は考える。その宝具さえあれば、箔付けになるのではないか。手持ちの戦力を大きく向上させられるのではないか。


 所詮は噂だ。だが、それはただの噂と断じるには少しばかり魅力的な噂だった。



§



「アーノルドさん、競売にやばい宝具が出るらしいですよ」


 酒場の一画。興奮したように、片腕のエイが目を輝かせ、アーノルドに言う。

 酒気と熱気に溢れた酒場には多数のハンター達が溢れていた。外部から来た『霧の雷竜(フォーリン・ミスト)』もすっかりその中に溶け込んでいる。


 探索は順調だった。田舎で認定されたものであったとしても、アーノルドはレベル7だ。帝都に溢れるハンター達の中でも上位に位置する。

 最初の酒場でこそけちがついてしまったが、それ以降、アーノルド達に匹敵するハンターは見ていない。


 飲み干したエールのジョッキをテーブルに叩きつけ、アーノルドが尋ねる。


「ほう……? どんな代物だ?」


「それが詳しくは……しかし、レベル8のハンターがそこら中で金の無心をするような宝具だとか」


「レベル8、か……ッ」


「ッ! す、すいません」


 側頭部を掻くアーノルドに、エイが慌てて謝罪した。

 既にあの酒場で受けた傷は癒えている。痛みもない。だが、あの日以降アーノルドには頭を掻く癖が出来た。

 肉体は快癒している。だが、その魂は受けた屈辱を忘れていない。


 アーノルドは謝罪に対して何も言わず、大きく舌打ちする。


 《霧の雷竜》の資金に余裕はない。

 霧の国と帝国では貨幣が違う。ネブラヌベスからの長旅に際し、アーノルド達は資金の大部分は品物に変えていた。高レベルハンターが借金してまで手に入れようとする宝具など、とてもじゃないが手がでないだろう。


 まぁ、たとえ金があったところで、そんな他の高レベルハンターが求めているなどという理由で得体の知れない宝具に多額の資金を払うなどもってのほかだが。

 パーティの資金繰りを担当するエイも同じ考えだろう。


「チッ。景気のいい話だな。……そういえば、エイ、鑑定を頼んでいたあの宝具はどうなっている?」


「へい。どうやら競売で品が詰まっていて鑑定には少しかかるようです」


「……そうか」


 ネブラヌベス付近の宝物殿で見つけた気持ちの悪い宝具を思い出し、アーノルドは眉を顰めた。


 まるで生肉をこねくり回して作ったような気色の悪い仮面だ。

 生肉そのもののような感触は、血と肉の感触に慣れているハンターであるアーノルド達をして怖気が奔った。街に戻った後にどうして持ち帰ってしまったのか後悔したほどの悍ましい宝具だ。

 ネブラヌベスの鑑定士には鑑定を拒否されてしまった曰くつきの代物である。


 どうせさしたる価値はないだろう。見た目からして使用者にデメリットを与える宝具の可能性もある。

 一応鑑定してもらい、もしも価値がなければ処分を頼む予定だった。


「せめて酒代くらいになればいいんですけどねぇ。持ち帰るのもただじゃないんですから」


 エイの実感の篭った言葉に、アーノルドは同意の代わりに唸り声をあげた。

書籍版について、沢山の購入報告、感想ありがとうございます。

購入者アンケートについても、楽しく読ませていただいております。

まだ答えていない方おられましたら、《嘆きの亡霊》の名前の由来など含めた前日譚のような内容になっておりますので是非ご確認ください!


書籍版、Web版ともに引き続きよろしくお願い致します!


/槻影

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