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65 照り焼き

 地獄の宴から一夜明け、僕はクランマスター室でエヴァからの報告を聞いていた。


 一般的にトレジャーハンターが組むクランは、かなり適当な組織である。

 もともとはトレジャーハンター達のパーティが互助を目的として作っていた組織だ。結成するにあたって必要な手続きも条件も少ないため、名目はクランだが、特に機能を持っていない所ですら存在する。


 そして、そういった組織に意味がないわけでもない。

 自営業に近いトレジャーハンターにとって、『組織』に入っているというのはそれだけで一定の強みがあるのだ。そもそも、我の強いハンター達が集まってまともな組織を作れる訳がない。


 一方で、《始まりの足跡(ファースト・ステップ)》は違う。


 僕はクランの結成時、エヴァ達、各分野のプロフェッショナルの事務員を雇い、全てをぶん投げた。

 今の僕もハンターを引退したい気分で一杯だが、あの頃の僕は自暴自棄に近いくらいにハンターをやめたかったのだ。嘆きの亡霊の攻略宝物殿がレベル5を越え始め、探索の度に皆ぼろぼろになる事も多くなり命の危機と自分が強烈な足手まといである事を強く感じ始めたあたりでの話である。


 正直、一度でこんなに大きなクランを作れるとは思っていなかった。

 声はかけたものの、《黒金十字》や《聖霊の御子(アーク・ブレイブ)》が味方してくれるとも思っていなかったし、ぶっちゃけ失敗してもまぁいいかなーくらいに思っていた。


 何が良かったかと言われると、実は今でもよくわかっていない。もしかしたら、創始パーティの中ではぶっちぎりで無能だった僕が働かなかったのが良かったのかもしれない。


 僕が適当に頷いている間に、有能な事務員諸君の力によって、《始まりの足跡》は(規模はともかく)帝都でもトップクラスに整ったクランになっていた。

 清潔で目立つクランハウス、ラウンジでの飲食を始めとした福利厚生。アイテムの補充や宝具の売却も代行しているし、専用の訓練場だって持っている。


 探索者協会にも負けていない機能を手に入れているが、その中の一つに――信頼度の高い情報網があった。


 指示を出した覚えはないのだが、多分エヴァがうまいことやってくれたのだろう。

 一体どういう理屈で成り立っているのか僕には皆目見当もつかないのだが、今や《足跡》には鮮度の高い情報が集まるようになっていた。


「本物のようですね……レベル7のアーノルド・ヘイル。雷竜を討伐した事で昇格したハンターらしいです。レベル認定したのは霧の国――『ネブラヌベス』の探索者協会です。支部としては弱小なので多少の贔屓はあるかとは思いますが……」


 そして、なにか知りたい事があったらエヴァさんに聞くとだいたい教えてくれるのだ。僕の周り、いい人いすぎであった。

 持つべき者は優秀な秘書である。どっちかと言うと秘書というよりはエヴァが頭みたいなものだが、彼女がいなくなったら僕は即死する自信がある。足を向けて寝られない。おまけに美人だ。これ以上望む事はない。

 会費で私腹を肥やしてもいいから、僕が引退するまではいなくならないで下さい。


「本物、かぁ…………参ったなぁ」


 淡々と挙げられたエヴァの言葉に、僕は深い溜息をついた。


 高レベルを騙っている可能性もあるかと思っていたが、どうやら見掛け倒しではなかったようだ。

 となると、リィズは外部からやってきた歴戦のハンターを問答無用で叩きのめした事になる。心配事が増えてしまった。


 リィズの認定レベルは6だが、《嘆きの亡霊》のメンバーは不相応に高いレベルの宝物殿を攻略しているので、そのレベル以上に強い。

 だからレベル7のアーノルドが一方的に負けたのはおかしな事ではないのだが、問題はあれが完全な不意打ちだったという点だ。


 どちらが悪いかについては無駄な議論なのでこの際置いておく。

 レベル7になったようなハンターがそう簡単に大人しくなるわけがない。アーノルドは今頃、腸が煮えくり返っていることだろう。正面から負けたのならばまだ納得もできるだろうが、あれでは恨みが深くなるだけだ。


 そして、ハンターというのは『守護騎士(パラディン)』のような一部の例外を除き、防御力よりも攻撃力の方が高いものなのである。

 如何な《絶影》でも、高レベルのハンターに不意を打たれれば負ける可能性は十分ありうる。リィズは常在戦場を心がけているが、隙がゼロというわけではないだろう。


「雷竜ってめっちゃ強いからなぁ……それを倒して二つ名を得たんだったら、弱くはないよなぁ」


 どうしよう。


 竜は魔物の中でも最強の代名詞だ。


 (ドラゴン)と一言でいっても、様々な種類が存在する。亜竜に純竜、古代竜など、種類で分けられることもあれば、飛竜や陸竜、海竜など、生息域で分けられる事もある。

 まぁどれもハンターにとっては強敵なのだが、その中でも雷竜(サンダー・ドラゴン)は、雷を纏い自在に操る特別厄介な竜だった。


 というか、基本的に雷というのは、どの分野でもやたらめったら強い。

 その速度故回避は極めて難しく、音と衝撃は強化された肉体を持つハンターの意識を容易く刈り取る。伝導するので金属鎧で防ぐのはまず不可能だし、魔導師でも雷を操る術を持つのは相当上位の魔導師だけだ。

 

 雷操れたら兎だって強敵なのだ。竜が操ればそれはもうやばい事になる。僕は死ぬ。


 腕を組み眉を顰める僕に、エヴァがどこか心配そうに聞いてくる。


「戦ったことがあるんですか?」


「僕に言える事は……そう。照り焼きにして甘辛いタレで焼くと凄く美味しいってことだけかなぁ」


「そ、そうですか……」


「なんかお腹すいてきたな……」


 遭遇したことはあるが、戦ったのはリィズ達だけで僕は物陰に隠れる役目だった。

 僕と比べたら強いのは間違いないが、リィズ達にとってどうだったのかわからない。装備はぼろぼろになっていたが重傷などは負っていなかったはずだ。

 倒した後にシトリーが調理してくれたのがジューシーでめちゃくちゃ美味しかったのだけは鮮明に覚えているが、それももしかしたら特製のタレが美味しかっただけかもしれない。シトリーは色々そつのない子なのであった。


「久しぶりにもう一回食べたいな……」


「…………さ、さすがに雷竜の肉を出すような店は、帝都にもないですよ。そもそも希少で高価な素材ですし、食用にするなんて聞いたことが――」


「わかってるよ。うーん……」


 どうしたものか……。

 とりあえずガークさんにクレームを入れるのは確定なのだが、ハンター同士の喧嘩は相当な理由がない限り黙認されてしまう。

 ガークさんとは付き合いが長いので釘くらいは刺してくれるはずだが、それで収まるような性根にも見えなかった。

 こっそり土下座して済むんならいくらでも土下座するんだが、あの流れで僕が土下座するのも変な話だ。向こうも納得するまい。


 しばらく考えるが、お腹が空いているせいか、考えがまとまらない。


 僕はしばらく表情に出さずに悩んでいたが、結局考えるのを諦める事にした。


 不意打ちされてもリィズちゃんならきっと大丈夫だろう……慣れてるし、ハンターの恨みを買って狙われるのもこれが初めてではない。

 ガークさんに釘を刺してもらって、警戒するように声をかけて……僕にできることはその程度だろうか。


 ふと、エヴァがじっと黙ったまま僕の言葉を待っているのに気づく。

 怜悧な薄紫の瞳がこちらを窺っている。付き合いが長い僕には、エヴァが考えている事がよくわかった。


 彼女は僕と違って几帳面だ。ただの雇い主である僕の事を身を粉にして補佐してくれるのはありがたいが、手厚過ぎる。

 もうちょっと気を抜いてくれて構わない。


 僕は肩を竦め、長いため息を吐き出してみせた。


「はぁ…………エヴァが照り焼きの話振ってくるから、お腹空いて考えがまとまらないじゃん」


「!? してませんよ!?」


 エヴァが大げさに目を見開き、反論してくる。

 ただの冗談だよ。そんな声を上げなくても……。


「平和なのが一番だと思うんだけどなぁ……まぁこの件はガークさんに一応話しておけばどうにでもなるか。よし、照り焼きでも食べに行こうか」


「私の方から連絡しておきます。…………雷竜(サンダー・ドラゴン)ですか?」


 恐る恐るといった様子で聞いてくるエヴァに、僕は少しだけ笑ってしまった。


「まぁ、それはまた今度にしておこう。雷竜も美味しいけど、鶏肉も悪くないよ」


 さっき自分で、帝都でも出す店なんてないって言ったくせに、できる人間はジョークセンスも一流だ。

 僕も見習いたいものである。




§ § §




 ここまで手痛い目に合わされたのは久しぶりだった。


 拠点にしていた『霧の国』――ネブラヌベスでは、逆らう者がいなくなって久しかった。

 小国であるネブラヌベスを拠点として活動するハンター達の最高レベルは7である。

 その中でも、国を襲った災厄――雷竜を迎え撃ち、死闘の末討伐を果たしたアーノルド・ヘイル達、《霧の雷竜(フォーリン・ミスト)》は最も力のあるパーティとして知られていた。

 名実共に最強だったアーノルド達には霧の国の上層部ですら一目置いていた。


 アーノルド達が、そんな居心地のいい国を出ることにしたのはより高みを目指すためだ。


 霧の国では、周囲に宝物殿が五つしか存在しない事もあり、ハンターとして大成するには限界があった。

 高レベルの宝物殿を攻略するには徐々に攻略する宝物殿のレベルを上げ、マナ・マテリアルを吸収して強くなる必要がある。

 ネブラヌベスでは戦場が圧倒的に不足していた。


 自信があった。

 たとえ小国であっても、レベル7に認定されるハンターはごく一握りである。中でもアーノルドは戦闘能力に特化したハンターだ。

 パーティとしてはリーダーであるアーノルドが頭ひとつ抜けて強いが、他のメンバーも腕っぷしに自信を持つ者が揃っている。加えて一般的なパーティよりも多い人数を揃えているとなれば、ハンター同士の喧嘩でもまず負けない。


 ゼブルディア帝国が、ネブラヌベスなどとは比較するのも烏滸がましいハンター大国だと言うことは知っていた。恐らくそこに自分よりもレベルの高いハンターが何人もいるであろうことも理解していた。


 だが、断じて負けるつもりはなかった。


「くそ、あの女め……油断させて不意打ちとは……許しちゃおけねえ」


 備蓄していた高価なポーションを使い、何とか動ける程度に傷を癒やしたアーノルドの片腕の男――エイが鼻息荒く唸る。

 装備は来た直後に着用していた鎧から、布の服に変わっている。酒場での乱闘で破損してしまったためだ。


 酒場での乱闘から一夜明け、どうにか態勢を整えた《霧の雷竜(フォーリン・ミスト)》は強い怒りと僅かながらの恐怖を押し殺し、探索者協会帝都支部を訪れていた。


 《霧の雷竜(フォーリン・ミスト)》は高レベルに認定されたパーティだ。探索者協会では高レベルのハンターは優遇される。

 何かと便宜を図ってもらえる事が多いため、拠点を変える際は声をかけるのが常識である。


 帝都の探索者協会は母国のものよりずっと大きな建物だった。

 行き来するハンターの数も桁違いだ。カウンターの前、ロビーの椅子に座っているだけでいくつものパーティが通り過ぎていく。武装も人種も多様で、ネブラヌベスでは考えられない賑わいようだ。


 だが、数が多いだけで目を見張るような強者はほとんどいない。ロビーの一画に陣取った新顔に声をかけてくる者もいない。


 じくじくと頭を苛む痛みに眉を顰め、パーティメンバーに囲まれながら、アーノルドが歯を食いしばる。

 脳裏をよぎるのは昨日の光景だ。いきなり攻撃を仕掛けてきた女の裏表のない笑顔に、頭を揺らした衝撃。

 胸中にあるのは単純な怒りではなかった。


 奇襲への警戒はハンターにとって当然だ。ましてやここはやってきたばかりの帝都――名が知れ渡っているホームタウンではない。

 町中で奇襲を受けるなどとは思っていなかったが、心構えはあった。アーノルドの力ならば並のハンターが相手ならばたとえ不意を打たれたとしても反撃出来たはずだ。


 それが、一方的に殴られ、打ちのめされた。こちらは八人、相手はたった一人。アーノルド側に油断があったとはいえ、まだ酒も飲んでおらず酔っ払ってもいなかった。

 自分の腕前に自信があるからこそ、相手が只者ではない事が理解できる。


 幻影や魔物と戦うのとハンター同士の喧嘩は違う。


 だが、あの女は人を殴り慣れていた。一瞬の躊躇いもない完璧な不意打ち――酒を浴びせられ意識が空白になった僅かな瞬間に受けた重い一撃。

 いくら帝都のハンターの層が厚くても、マナ・マテリアルで強化されたアーノルドを一撃で昏倒させるようなハンターがそういるとは思えない。恐らくこの帝都でも名の知られたハンターだったのだろう。


 このまま済ませる訳にはいかない。酒場での一幕は多くのハンターに見られてしまった。

 奇襲で一方的に打ちのめされて引き下がれば《霧の雷竜(フォーリン・ミスト)》の名に傷がつく。今後、アーノルドはこのハンターの聖地で名をあげるつもりだ。舐められる訳にはいかない。


「一対一で……正面から戦えば、アーノルドさんが負けるわけがねえ!」


 パーティメンバーの一人。メンバーの中では一番若いジャスターが顔を赤くして力を込めて言う。

 だが、その声に僅かな恐怖が含まれているのがわかる。


 アーノルドを叩きのめしたハンターはアーノルドが意識を失ってからも手を止めず、高笑いをあげながら殴り続けたらしい。

 ジャスターが《霧の雷竜》に入ったのは、アーノルド達がすでにネブラヌベスでは知らぬ者のいないパーティになった後だった。

 ずっと最上のパーティの一員だったこの若きハンターにとって、パーティがたった一人のハンターに圧倒されるというのは今まで持っていた自信が打ち砕かれるに十分な経験だったのだろう。


 これまでアーノルドはその腕っぷしにより、慕われてきた。一度負けたくらいでメンバーからの信頼が落ちるような事はないが、入れられた小さな罅はいつか致命的な事態につながる可能性がある。


 天敵を作るわけにはいかない。為す術もない敗北者になるわけにはいかない。


「誰だかしらないが、落とし前はつけさせる」


 アーノルドの宣言に、メンバー達がごくりと息を呑む。

 傍らに置かれた鈍い金色に輝く巨大な刃を見る。酒場では構える暇すらなかったアーノルドの武器。

 霧の国を襲った雷竜の素材を元に生み出した、雷の力を宿した剣だ。アーノルドの二つ名――《豪雷破閃》の由来でもある。


 唇を舐める。癒えたはずの頭の傷がずきずきと鈍く痛んだ。

 治癒力の高いハイクラスのポーションは重傷を負ったメンバーに使ってしまったので、アーノルド自身の傷を癒やしたのはミドルクラスの物だ。その結果、額にはミミズ腫れのような傷痕が残ってしまった。


 今更、傷痕の一つや二つで文句を言うつもりはない。

 感じる痛みも錯覚だ。傷はポーションと強化された自然回復力により癒えている。


 アーノルドにはわかった。幻痛が求めているのはたった一つ。傷を作ったあのハンターとの再戦だ。

 そして勝利を得たその時にこそ――この痛みは消えるだろう。


「これはチャンスだ。あの女――恐らくこの帝都でも名の知られたハンターだろう。正面からぶちのめせば箔がつく。少なくとも舐められるような事はない。ネブラヌベスでは向かってくる者はいなかったからな――鈍った腕を取り戻すには都合がいい」


「……なるほど。そう考えると、ある意味ラッキーだったかもな」


 それまで憤懣やるかたない表情をしていたエイがゾクリと身震いして、深い笑みを浮かべて見せる。


 アーノルドが求めているのは単純な認定レベルの上昇ではない。表面上の栄光でもない。


 強さだ。そして、それを得るには強敵がいる。

 酒場での一幕は予想外だったが、最悪だったが、帝都には噂通り強者がいる事がわかった。

 ならば、後は全てを制圧し、超えるだけだ。


 落ち着いたら、あの敵の名を調べる必要があるだろう。

 あの激しい気性だ、その辺のハンターからちょっと聞き取りをすればすぐに分かるはずだ。


「悪い。待たせたな。お前たちがネブラヌベスからやってきたレベル7――《豪雷破閃》か」


 顔をあげる。声をかけてきたのは、アーノルドに引けを取らない巨漢だった。


 エイが目を見開き、ジャスターが気圧されたかのように一歩下がる。

 制服の上からでもはっきりわかる肥大化した筋肉に、腕足に無数に奔る深い傷痕。顔面には大きく入れ墨が刻まれ、鋭い目がアーノルドと仲間を見下ろしている。


 年齢はアーノルドよりも一回り上だろうか――だがしかし、その佇まいからは身に秘めた膨大なエネルギーがひしひしと伝わってきた。


 帝都の支部長は元超一流のハンターだったらしい。噂は聞いていたが、想像以上の傑物の登場に、アーノルドは唇を歪め笑った。


 ソファから立ち上がる。身の丈はほぼ同等――鋭い視線と視線がぶつかり合う。


 霧の国の支部長はまるまる太った豚のような男だった。長としてはそれなりに有能だったようだが、戦士としての価値はなかった。

 アーノルドと会う度にその目に僅かな畏怖の色が見え隠れしていたが、目の前の男はどうだろうか。


 差し出した手を、ガークが握りしめる。試しに手に力を入れてみるが、それ以上の力で握り返してくる。


 強い。前線を退いているはずにも拘らず――この力!


「ああ。あんたが――ガーク支部長、か。レベル7のアーノルド・ヘイル、だ。しばらくの間、世話になる」


「遠い所からよく来てくれた。雷竜を討伐したんだって? 高レベルのハンターは歓迎だ」


 どうやら情報をすでに持っているようだ。

 ガークの言葉に、メンバー達が気を緩める。その時、ガークが思いついたように付け足した。


「もっとも――あまり問題を起こさねえ奴に限るが、な」


 含みのある言い方だ。

 眉を顰めるアーノルドに、ガーク支部長が分厚い唇を歪め凶悪な笑みを浮かべ続ける。


「ああ、誤解しないでくれ。お前の事じゃない。帝都には厄介な連中が多くて、な」


「厄介な連中?」


 隣に立っていたエイが不審そうな表情を浮かべる。

 トレジャーハンターに揉め事は日常茶飯事だ。犯罪者に片足を突っ込んでいる者だって珍しくない。

 それを知っている支部長があえて『厄介な連中』などと言うとは、どれほどの人物なのだろうか。


「ああ、そうだ。あんたも会っただろ? 連絡が来ている。酒場で《絶影》にぶちのめされたんだって?」


「!?」


「悪かったな、驚いただろう? リィズは――レベル6なんだが、支部長の俺にも噛み付いてくるイカれた野郎でなぁ――」


 目を見開くアーノルドの前で、ガークが苦笑いをして肩を竦めてみせる。


 悪かった、などと言っているが、その表情から謝罪の意思は見えない。いや、それどころか――アーノルドにはどこか見下しているようにすら感じられた。


 酒場でイキった挙げ句、自分よりもレベルの低い女に一方的に打ちのめされた田舎者。

 トレジャーハンターでは強さこそが尊ばれる。探協の職員である以上、ある程度公平性は保とうとはしているはずだが、その目はどこまでもシビアだ。

 小国の支部の贔屓が入っているのではないか。本当に帝都で通用する実力を持っているのか。


 気の所為かもしれないが、屈辱だった。

 歯を軋む程噛み締め、睨みつけるアーノルド達に、ガークは特に何も言うことなく続けた。


「ああ、奴の飼い主から謝罪が来てる。レベル7と聞いてちょっと興奮していただけで、もう二度と手出しさせないから手打ちにしてくれ、だそうだ。まぁ、初めての帝都で気が立ってたんだろうが、お前たちも騒いでいたらしいじゃねえか。今回は喧嘩両成敗って事で許してやってくれ」


「飼い……主?」


 謝罪が来ているというのも衝撃的ならば、飼い主という単語は更に衝撃だった。

 確かに躊躇いなく奇襲をかけてくるあの様子からは獣のような印象を受けたが、誰かに飼われるような女には見えなかった。だが、ガーク支部長が嘘をつく理由はない。


「まぁ信じていいだろう。『弱い者いじめ』を許すような奴じゃねえ。いい子にしてりゃあもう何もしてこないはずだ」


 まるで慰めるような声だった。

 その声色に、アーノルドは怒りではなく、得体のしれない寒気を感じた。


 レベル6と言っていたが、あの女は強者だった。

 自分より高いレベルを宣言したハンターに躊躇いなく攻撃を仕掛ける激しい気性に、それを支える高い実力。

 とても誰かの下につくような人間には見えない。あのような獣を従えるのに必要なものは何なのか。


 従えているのがハンターだというのならば答えはたった一つ――強さ、だ。


 それも、支部長に攻撃を仕掛けるほど見境のない獣を服従させるほどの圧倒的な強さ。


 それはどれほどのものなのか? リィズとやらはアーノルドに攻撃を仕掛けてきている。ならば、アーノルドよりも上だと考えるのが自明の理。


 エイが僅かに青ざめた表情で言葉を聞いていた。おそらく、アーノルドと同じ結論に達しているのだろう。

 その事を察しているのかいないのか、ガークが大きく手を叩く。


「ああ、そうだ。その飼い主――《千変万化》からお前らに頼みたい事があるらしい。奴は帝都でも五指に入るハンター――関係は作っておいて損はないだろう」


「頼み……だと?」


 千変万化。その名を深く頭に刻み込むアーノルドに、ガークが笑いながら言った。


「金は出すから、雷竜(サンダードラゴン)を取ってきて欲しい、と。お前らが雷竜を倒したという話を聞いて久しぶりに食いたくなったそうだ。まぁ期限はないから、頭の片隅にでも置いておいてくれ。健闘を祈るぞ、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)諸君」



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