38 作戦開始
宝物殿の前には、ぴりぴりとした空気が漂っていた。
ぽっかりと開いた宝物殿『白狼の巣』の入り口。
かつて見張りの『
策は決まった。いや、もともと、取れる手は限られていた。
『白狼の巣』の前にあるスペース。その中心に、『黒金十字』は陣取っていた。
パーティの名の由来。黒金と呼ばれる特殊合金で作られた鎧は、現代の技術の粋を尽くされて製造されている。硬いと同時に柔軟で魔法を防ぎ衝撃すら緩和する、最も宝具に近いと言われる素材で作られた鎧だ。
それに包まれた鍛え抜かれた肉体が震える。恐怖ではない。武者震いだ。
スヴェン・アンガーはレベル6のハンターである。二つ名を授かる程の実力者で、トレジャーハンターの中でも一流と呼べるが――神算鬼謀でもなければ未来予知の能力も持っていない。
だが、それでもハンターなのだ。
過去、パーティ一丸となって乗り越えた幾多の修羅場。それらを超えるリスクを秘めた依頼は今、スヴェンに恐れと同時に高揚をもたらしていた。
今回参戦するパーティの数は合計で十二にもなる。
一パーティの平均数は六名。人数は百人には届かない。軍としてはさしたる数ではないが、その誰もが宝物殿で鍛えたハンターだ。
マナ・マテリアルで強化されたハンターが一つの宝物殿にここまで集まることは滅多にない。その数以上の実力を秘めている。武具型の宝具を持っている者だって少なくない。
だが、それでも誰も気を抜いている様子はない。『足跡』所属のハンターは『千の試練』の危険性を理解しているが故に。そして、外様のハンター達は『足跡』のハンターの気迫に巻き込まれる形で。
『白狼の巣』は洞窟型の宝物殿だ。宝物殿は往々にしてそういう側面があるが(というか、そういう側面があるからトレジャーハンターが存在するのだが)、大人数が入って数の利を活かせるように出来ていない。
スヴェンは部隊をわけて中を制圧していくことにした。あまり大人数でせめて撤退行動に支障が出る事は避けねばならない。
それぞれ調査区画を決め、パーティ単位で調査していく。
連絡は笛で行う。連続で鳴らす数によって意味を変える。
非常事態や何か発見があったら一度撤退する。件の魔物を見つけたら外までおびき寄せ、全員で叩く。
無事でも一定時間で戻る。戻ってこなければ笛を鳴らす間すらなく殺されたとみなす。
宝物殿に入らないパーティは外で待機する。各個撃破される危険はあるが、一度に全滅するのは避けられるだろう。
敵の情報が一切不明なのが痛かった。いや、いるとわかっているだけ幸運だろうか。
ハンターは事前の調査を怠らない物だ。こういったシチュエーションに遭遇することはまずない。
まだ未知の区画に挑む方がましかもしれない。
スヴェンはもう一度舌打ちし、ぎらついた目で宝物殿を睨みつけた。
「試練、試練、か……クライめ、押し付けやがって。後で絶対ぶん殴ってやる」
「そんなこと言って、『絶影』が怖いくせに」
「うるせえ。あれにただの矢が当たるわけねえだろ! 相性が悪すぎる」
ちゃかすように話しかけてくるパーティメンバーに、スヴェンは鼻息荒く怒鳴りつける。
シトリー特製の殺スライム剤を持つタリアは、その仲間と共に宝物殿入り口から離れた所で待機していた。緊張しているのか、必死に呼吸を落ち着けている姿が見える。
タリアが――いや、彼女の持っている暗色のポーションこそが今回の切り札だ。
もちろん、頼りきるつもりはない。他のハンターの攻撃で――遠距離からの魔法や矢で殺しきれればそれに越したことはない。
だが、その全てが効かなかった時の備えが出来たのは僥倖だった。
タリアの腕前はまだ未熟らしいが、持っているポーションを作ったのはかつて『最優』と呼ばれた
と、そこで、後ろから声をかけられた。
ちょっと高めの震えた声。
「……あの……シトリーってどなたですか? 皆納得していたみたいですが……」
「あぁ、ヘンリクお前、会ったことなかったか……」
『黒金十字』にヘンリクが加入したのは半年程前だ。そしてその時には既に『嘆きの亡霊』のメンバーはトップパーティとして君臨していた。
『嘆きの亡霊』のメンバーはそれぞれハンター以外の顔を持っている。
その中でも錬金術師として活動するシトリーは多忙を極める。姿を見せなくなるに伴い、その名も自然と聞こえなくなっていった。
「最近めっきり表に出てこなくなったからねぇ、シトリー」
メンバーの一人、魔導師のマリエッタもどこか懐かしそうに目を細める。
が、その瞳の奥にあったのは強い恐れだった。
優れた能力を持つ者は、時に憧憬だけでなく恐れを抱かれる。
スヴェンだって向けられる視線に畏怖が交じる事など日常茶飯事だし、マリエッタや他のメンバーだって嫉妬の感情を受けた事があるだろう。
シトリー・スマートもそうだった。
頭の回転が早くあらゆる知識を吸収し、最高学府を擁し優れた術師が何人もいるこの帝都においてですら突出した、錬金術師として誰からも羨まれる天稟を持っていた。一度は錬金術師の悲願の一つである『賢者の石』に最も近い術師とさえ言われていた。
だが、彼女が恐れられたのはその能力故ではない。
どこか遠慮したような視線を向けてくるヘンリクを見下ろす。その控えめな目つきがどこかその『
スヴェンは一旦呼吸を止めると、額に皺を寄せ絞り出すような声で言った。
「まぁ一言で言うと……シトリーは……『強い』弱者だ」
「強い……弱者?」
強かった。才能があった。
だが何よりも、誰にも理解できないくらいに『異質』だった。
故に、栄光が過去になった今、その名は誰にも囁かれない。
忌避しているわけではない。が、自然と誰も口にしなくなった。まるで記憶から抹消しようとでもするかのように。
そして現実に、今の『足跡』にはヘンリクのようにその名を知らないメンバーが出てきている。
スヴェンは顔を上げ、ヘンリクから黒いポーションの入った瓶を握りしめるタリアの方に視線を変える。
「そして、俺達『黒金十字』含め、幾つかのパーティはシトリーの説得で『始まりの足跡』の立ち上げに参加する事になった。かつて『嘆きの亡霊』で――クライに次いで高いレベルを誇っていた凄腕の『
「スヴェン。こっち、準備できたぞ」
「ああ、分かった。悪いが、話の続きはまた後だ」
ライルに呼ばれ、スヴェンが一歩前に踏み出す。
戦意は十分だ。怯えている者はいない。
『足跡』は優秀だ。平均レベルが高いのには理由がある。
弱者は既に淘汰された。臆病者は皆、とっくの昔にクランを抜けた。
ここにいるのは多少なりとも試練を乗り越えてきた、まさに精鋭だ。そして、戦友でもある。
その事実が高い自信となっている。
『始まりの足跡』は強い。
トップクラスのパーティが率いている。
設備も整っているし、管理体制がなっている。
だが、そんなものはスヴェンから言わせて貰えればただのおまけに過ぎない。
屍山血河の戦場を共にしたが故の結束こそがこのクランの真髄だ。故にこのクランはたった数年でここまで大きくなった。
足跡のシンボルはこれまで刻んできた軌跡を意味する。それはいつしか誇りになっていた。
ハンターが命を賭けるに十分な理由だ。
外のパーティもこの中にはいるが、構うものか。
スヴェンは大きく息を吸い、草木が揺れるような声で叫んだ。
戦意が高まっていく。高揚が伝播したかのようにハンター達の表情が引き締まる。
「おい、てめえら。気合入れていくぞ! 蹂躙しろッ! 足跡を刻めッ! 全員生きて帰って、あのクソマスターに言ってやれッ! この程度、大した事なかったってなぁッ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおッ!」
爆発的な咆哮が宝物殿の周囲を囲む森林を揺らす。
足跡の所属パーティも、外から参加したパーティも、皆総じて声が枯れる程に叫ぶ。
そして、一糸乱れぬとはとても表現できない濁流のような勢いで、ハンター達が侵略を開始した。
§
宝物殿の選定を終え、資料を持って地下の訓練場に向かって階段を下っていると、風を切るような鋭い音が響いてきた。
クランハウスに作った訓練設備は、帝都の各地に存在する物とほとんど変わらない。訓練に巻き込まれたらつまらないので僕は滅多に顔を出さないが、地下に降りればいつも誰かしらが動きを確認しているのに出会う。
たかが訓練だが、伝わってくる気迫は本物だ。それを感じているとまるで自分までハンターになってしまったかのような錯覚を受ける。
まぁ、一応まだハンターなんだけど。
たんたんとリズミカルに階段を下りると、地下一階訓練場の重く頑丈な金属製の扉(訓練場を建ててから何回か吹っ飛ばされて取り替えている)を押し開ける。
地下一階でできるのは組手や型の確認くらいだ。魔法を使うなら、壁に対魔法用の処置が施されている地下二階が相応しいし、特殊技術を練習するなら色々器具の置いてある地下三階以降が望ましい。
開けた瞬間、冷たい空気と音が僕を迎え入れた。
リィズは金属張りの床の上、物のない広い訓練場の中心に立っていた。
相対するのはティノだ。いつも通りの黒を基調としたハンターの装束を身にまとい、体勢を低く構えたまま目の前の自分より小さな師匠を睨みつけている。
扉が開く音が訓練場内に響くが、漆黒の虹彩は細められていて、こちらに気づく様子もない。
その鋭い目つきからは、いつもその師に虐げられているとは信じられない。
一方、リィズは近づく僕に顔を向け、その相好を崩す。
「あ、クライちゃん。ようやく出番?」
「ッ」
気の抜けるような声で尋ねてくるリィズに向かって、黒髪が揺れた。短く圧縮された気合と共に革の手甲で包まれた拳が放たれる。
突きが音を置き去りにし、風を貫く音が短く響く。その様子に圧され、思わず一歩後ろに後退る。
神速の一撃をリィズは笑顔のまま、そちらに視線を向けることもなく半身になって回避した。
「今ねぇ、訓練してたの。でもぼろぼろにしちゃうと、クライちゃんのお願いに支障が出るかもしれないでしょ?」
「ッ! ッ! ッ!」
ティノの一撃は残像しか残らない。珠になった汗が飛び、その黒髪を後ろで括っていたリボンが視界の中、ちらちら瞬く。
速度重視の突き。踏み込みと同時に放たれた低めの蹴りがリィズを襲う。
遠くからでも伝わってくる裂帛の気迫に空気が揺らめく。その服装も相まって、その様はまるで黒い風のようだ。
足払い。突き。掌底。回し蹴り。肘鉄。その一挙一動の全てが攻撃に繋がっていた。
後コンマ一秒あれば確実に捉えられる。そんな紙一重の攻防は激しくも、まるで演舞でも舞っているかのように美しい。
薄く開かれた唇から白い呼気が漏れる。回転すると同時に放たれた蹴りがリィズの眼前を通り過ぎその前髪を数本削る。僕の方から見たら当たったようにも見えたが、ぎりぎりで回避したのだろう。
なんか凄いなぁ……リィズが才能が有ると言うだけの事はある。
止まることなく襲いかかる攻撃に手一杯になりながらも、リィズが双眸を細め、唇を歪め笑う。
「ねぇ? 凄いでしょお? 私とは切れが違うんだよねぇ。昔、センスがないって言われた時はイラッとしたけど、ティーを見ているとやっぱり適性ってあるんだなぁって……ッ!! 弟子なんていらないと思ったけどぉ、クライちゃんの言うとおり取ってよかったぁ!」
リィズは帝都に来て『絶影』の弟子になった際、開口一番に近接戦闘のセンスがないと指摘されたらしい。今ではレベル6に認定される程の力を身に付けたが、その時の苦い指摘は今もリィズに刻まれている。
いや、僕からしたら違いなんてわからないし、その有望な弟子の攻撃を躱せている時点でだいぶ凄いと思うんだけど、彼女は目標が高いのだった。
しかし、以前見た時の訓練ではティノの攻撃はリィズに髪の毛に掠りすらしていなかったはずだ。確かに実力の差は縮まっているように見える。
今は素手だから届かないが、もしかしたら、いつも腰につけている短剣でも使えば届くんじゃないだろうか?
それでもその二人の実力差は明らかだが、弟子入りして数年、ティノもリィズの背中を追いかけているばかりじゃないのかもしれない。
感心しながらそんなこと考えていると、ふとティノが攻撃を止める事なく、引き絞るような声をあげた。
「はぁ、はあッ……ぜん、ぜんッ! あたらッ! ない――ッ! なんでッ!?」
ずっと激しい動きをしているにも拘らず、その一撃が更に鋭さを増す。拳がリィズの頭をすり抜ける。
リィズが体勢を少しだけ落としたのだ。
悲痛な声を上げるティノとは真逆に、リィズはずっと笑みを浮かべたままだ。
僕の動体視力では何がなんだかわからなくなっていた。多分、僕がリィズの立場だったら一撃目で昏倒させられていただろう。
リィズが手をぱちぱち叩きながら、羽のような軽い動きでステップを刻む。
「ほら、ティー。あとちょっと! あとちょっと指を伸ばしてッ? 命を燃やしてッ! 動きを、緩めないでッ! 神経を集中してッ! おら、退くなよッ! 攻めろッ! 怯えるなッ!」
「ッ」
リィズを捉えるティノの瞳はぎらぎらと輝いていた。リィズが戦いの前に見せる、まるでその命を燃やしているかのような瞳だ。
その有様に、僕は足を止め、頬を掻いた。
「……もしかしてまだ余裕?」
「あれえ? もしかしてピンチに見えた?」
いや、ピンチには見えてなかったけど……あれだけ切れが違うとか言っておいて……。
ティノが歯を食いしばる。リィズの目が丸くなる。
もしかしたらまた速度が上がったのか。響いてくる音が更に重く激しくなった気がした。
伸びる手足はもはや槍の一撃に等しい鋭さを持っていたが、それでも先程からリィズに一度も触れていない。
速度が上がっても当たらないということは、リィズは最低限の動きで回避しているという事なのだろう。
ティノの身長はリィズよりも高い。その手足も長いが、それでもまだ届かない。
「ティー、短剣」
「ッ!」
リィズが一言述べた瞬間、ティノの目がかっと見開かれた。
その手が躊躇いなく腰の短剣を抜く。訓練用に刃が潰された物ではない、いつも彼女が宝物殿に持っていく、よく研がれた代物だ。
そのまま速度を落とすことなく横薙ぎに放たれた一撃――大きくリーチの伸びたそれを、リィズは顔色一つ変えずに一歩下がり回避した。目の前数センチの所を白刃が通り過ぎても瞬き一つしない。
突きも薙ぎ払いも、刃に注意を向けさせての蹴りも、その全てが紙一重で当たらない。殺意すら見える攻撃を回避しつつリィズが笑う。凄く楽しそうだ。
「ティーの、訓練と同時に、私の訓練も、できちゃうの! 凄くない?」
「……うんうん、そうだね」
随分ノリが軽いなぁ……どうやらティノが師匠超えをするのはまだまだ先のようだ。
ティノの呼吸が激しくなる。いつも白い肌が赤く上気し、汗で前髪が額に張り付いている。
しかしそれでも、その手が緩むことはない。身体の軸は乱れずその動きも未だ軽やかなままだ。
僕がリィズだったら百点である。そして、僕がティノだったら自分の力量に満足しもう訓練を受けたりはしなかっただろう。
思い切り踏み込んで振り上げられた一撃を回避し、リィズがあっさり言う。
「じゃあ、終わるね……身体も温まってきたし」
おいおい、これ準備運動かよ……。
何撃回避されても、たとえそれが完全に見切られていたとしても緩むことのない嵐のような連撃。
一切立ち入る隙のないそれに、リィズは一歩踏み込んだ。
命中するはずだ。完全にリィズのいる場所はティノにとっての
だが、蹴りが、突きが、振り下ろされた短剣が、まるで魔法のようにリィズをすり抜ける。
目を擦るが何が起こっているのかわからない。残像のリィズがいとも容易く伸び切ったティノの腕を抑え、その脚が軽くティノの足元を払う。
それだけで、永遠に動き続けるのではないだろうか。そんな錯覚すら抱いていたティノの動きが止まった。思わず小さくため息をつく。
ティノの体勢が崩れる。反射のようにその四肢が空を掻くが、手首を押さえられ大きく身体が開いた状態ではどうしようもない。
その目が大きく見開き、その時にはティノの身体は完全に地に伏せていた。小さな悲鳴が喉から漏れる。
リィズの手が地面に仰向けに転がるティノの首にかけられていた。
「はい、終わり」
地に伏せたティノの身体が大きく痙攣している。その心臓の鳴る音まで伝わってきそうだ。
手足ががくがく震えている。首を締められ苦しいのか、ティノが涙目で咳き込む。その視線が宙を彷徨い、ようやく僕を捉えた。
リィズが首にかけていた手を離し、ぱんぱんと払う。
「はぁ、はぁ……ます、たぁ?」
「こっから仕事だから。ティー、汗くさーい。いつまでも転がってないで準備してきて? クライちゃんにいつまでも情けない姿見せないで? ほら!」
あまりにも酷な事をいう師匠に、ティノの目が見開かれる。
いや、別に僕は少し休んでからでも全然――と言うか、頼み事なんてないし行かなくても構わないし……今のティノには休息が必要なんじゃないだろうか。
そんな思いを込めて見下ろす僕の前で、ティノのただでさえ激しい運動で赤くなっていた頬が更に赤くなり、目に涙がたまる。
「い、行って、きますッ!」
「……え? いや、別に――え!?」
ティノが飛び起きた。思わず後ろに下がる。死体が起き上がった気分だ。
今までがくがく痙攣していたはずの脚でしっかり立ち上がると、ふらつきながらも駆け出していった。
今にも倒れそうだが、僕の全力と同じくらいの速度が出ている。どうやら僕の脚力は怪我をしていたり疲労困憊のティノと同じくらいらしい。
そのまま扉を体当たりで押し開け、ティノが訓練場の外に消える。
途中で力尽きないだろうか心配だ。
「いつからやってたの?」
「え? ずっと?」
答えになっていない。
ずっとって……ライル達を『白狼の巣』に見送ってからもう二時間位経ってるぞ……。
明らかにやり過ぎだ。ハンターは休息も仕事の内だって言うのに。
一方でリィズの方は汗一つ流していない。本当に人間かな?
「ティノ連れていくのやめない?」
「えぇー、大丈夫だよ? ティーもまあまあ戦力になるし……クライちゃんそういうところ、厳しいよねえ。……その持ってるのなに?」
どこが厳しいんだよ。別に戦力外通告出しているわけじゃねーよ。
風評被害を受け、眉を顰める僕に、リィズが尋ねてくる。ため息をつき、資料室から漁ってきた宝物殿の情報ファイルを差し出した。
クランには帝都近辺の宝物殿についての情報はあらかた揃っている。久しぶりに資料室に篭って集めた資料だ。
集めたっていってもまとまっていたのを探しただけだけど。
それをぱらぱら捲り、リィズが可愛らしく首を傾げた。
「んんー? レベルの低い所ばっかり? それに、いくつもあるみたいだけど?」
宝物殿はマナ・マテリアルの蓄積により出来上がる物だ。その性質上、高レベルの物より低レベルの物の方が多くできる傾向にある。
地脈が何本も奔る帝都には低レベルの宝物殿などそれこそ何十個も存在する。
『白狼の巣』から離れているという条件をつけても、優柔不断の僕には一つに絞りきれなかった。
その事実を誤魔化すかのように笑顔を浮かべて答える。
「ああ、ティノに好きなの選んで貰おうと思ってさ」
いつもひどい目に合うが、これならきっと大丈夫だろう。