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37 対策

 地面を揺らし、『足跡』の紋章のついた大型の馬車が何台も到着する。

 金属製の馬鎧で身体を守った大柄の馬は、トレジャーハンターが使うために訓練が施されており、宝物殿特有の空気にも動揺しない。


 降りてきたのは『足跡』所属のハンター達の姿だった。武装も出で立ちも様々で、身体のどこかに小さな『足跡』のタグをつけている点を除けば共通点はない。

 しかし、自由気ままなハンターとは思えない、まるで死地に赴くかのような真剣な表情と、無駄を省いた熟達した動きには、どこか規律の取れた軍隊めいた雰囲気がある。


 先にこの地の調査を行っていた『黒金』以外のハンターたちはその増援を呆気にとられたような表情で迎え入れた。

 雰囲気の異質さもあるが、何よりもその数が予想外だったのだろう。


「おいおい……増員って、一体何人呼んだんだよ……」


 先程までスヴェンにその判断の是非を問いただしていた茶髪のハンターが呆れと畏怖の混じった声を上げる。

 『白狼の巣』の規模の宝物殿に動員される数としては異例の数だ。


「……宝物殿を消滅させるつもりか?」


 宝物殿というのは『場』である。建物を破壊したところでなくなったりしない。

 破壊するにはマナ・マテリアルを伝達している地脈をどうにかする必要があるが、現実的な話ではない。


 だが、そこに漂う気迫からは、そんな馬鹿げた言葉が出て来る程の絶対の意志が感じられた。


 先頭の馬車から降りてきた青年のハンターがスヴェンを見つけ、駆け寄ってくる。


 彫りの深い精悍な顔立ちの青年――ライルだ。年はスヴェンよりも一つ下。ハンターのレベルもスヴェンより下だが、『足跡』所属のパーティは立場は対等だ。

 続々と降りてきた面々は腰を下ろすこともなく、すかさず辺りの警戒を始める。


 ライルは言葉短にスヴェンに確認してきた。


「お疲れ、スヴェン、状況は?」


「ああ、今の所何も起こっちゃいねえな。誰か指揮を取るやつはいるか? 自由にやってもらっても構わねえが、事が事だからな」


 スヴェンが素早く増員の面々を確認する。


 パーティというのは本来それ自体で完成している。

 それぞれ得意とする戦術があるし、見られてはならない奥の手もある。クランと言えど指揮権を統一することはあり得ないが、ここまでの数となるとまた話が異なる。


 方向性くらいは決めなければ、無意味に被害が拡大しかねない。


 警戒の眼差しでメンバーを確認するスヴェンに、ライルが少し唇を持ち上げかすかな笑みを作る。


「『黒金』が一番上だ。他の高レベルの連中は不在だからな」


「クライが来ねえのはいつも通りだとして、リィズはどうした? 絶対来たがるだろ」


 戦場を求め自ら死地に飛び込んでいくとんでもない『盗賊』の名を出す。

 強さだけは確かだが、指揮を取るつもりがないくせに指揮にも従わないというとんでもない自分勝手なハンターだ。敵にしても厄介で味方にしても厄介などうしようもない存在である。


 言うことを聞かせられるのは唯一同じ『嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)』の面々だけだ。


「クライが引き取っていった。ティノもまとめて、他に頼むことがあるらしい。大体、奴は馬車になんか乗らないだろ」


 苦々しげな表情で出されたライルの言葉に、何かあったのだと察しつつも声には出さない。

 頼み事というのは気になるが、今は頭の外に出しておく。


 『千変万化』の行動など考えるだけ無駄だ。


 スヴェンは一度頷き、全員に聞こえるように声をあげた。


「よし、集まれ。作戦会議するぞ」



§



 スライム、という魔物がいる。

 粘体の身体を持ち、湿地帯などによく生息しているとされている魔物だ。


 見た目はただの水たまり。筋肉もなく骨もなければ血もない。とても生き物には見えない見た目だが一応の意志は有るらしく、ゆっくりと動き小さな昆虫などを全身で取り込み消化して活動する。

 一種の魔法生物であり、自然発生の他にも錬金術師から生み出される事でも知られているが、スヴェンの認識では警戒するまでもない、魔物と呼ぶことすらおこがましい、そんな存在だった。


 スライムは弱い。魔法にも物理攻撃にも弱い。


 コアと呼ばれる小さな心臓を中心に活動する液状の身体はとても脆弱で、素手で掻いただけで抵抗なく簡単に身体が分割される。別れた身体にコアからの指令は届かず、その分だけスライムという存在が小さくなったことになる。

 その酸性も小さな虫ならばともかく人間大の生き物には効果はなく、たとえ飲み込んでも体内から食い殺されたりはしない。


 一般人から見てもほぼ無害な魔物とされていた。

 ましてや、人間という存在を越えたトレジャーハンターにとっては負けようとしても難しいような相手である。そもそも、魔物として認識していないものがほとんどだろう。


 円座を組み、武装したまま座り込む仲間達を一段高い所から見回し、スヴェンが確認する。


「この中でスライムとまともに戦ったことがある者はいるか?」


「ない」


「ない」


「ないな」


「そもそもあれって、戦うような相手じゃないような……」


「気付かず踏み潰したことなら……」


 それぞれ戸惑ったような表情で好き勝手にいうハンター達に、スヴェンが顔を顰める。

 スヴェン達、『黒金十字』のメンバーは今まで多種多様な宝物殿を攻略してきた。恐らく今回集まったハンター達の中でもトップクラスだろう。


 だが、それでもスライムとの戦闘経験は今答えた者たちとほとんど変わらない。


 スライムと一口に言っても種類は多い。遠く東の地にはスライムのみが現れる奇怪な宝物殿すら存在するという。

 中にはハンターを殺す程の力を持つスライムもいるらしいと風の噂で聞いたことがあるが、眉唾ものだと思っていた。当然、戦闘経験もない。


 スヴェンが髪をぼりぼり掻き、深い溜息をつく。


「よりにもよってスライムとはなぁ……まだドラゴンの方がましだぜ」


「おいおい、それは言い過ぎだろ」


 囲んでいたハンターの一人がその言葉にからかうような声を上げるが、あながち笑い事ではない。


 竜種ならまだ戦ったことがある。長い準備の末、決死の覚悟で挑み、死闘を繰り広げ勝利したことがある。

 だが、スライムはない。何が出てくるのかすら皆目見当がつかない。


 その変わったスライムというのがどういう性質を持ち、どのような攻撃手法を有し、何が弱点でどのように立ち回れば有利に戦闘を進められるのか。

 竜ならばわかる。何もかもを警戒しなくてはならない。爪の一撃、尻尾の一撃、ブレスに、上位竜は強力な古代魔法すら操ることがある。厄介な相手だ。


 だが、今回の相手はある意味それ以上に厄介だった。


「スライム対策を持ってきたものはいるか?」


 目を瞑り、数秒待って問いかけたスヴェンに、円座を組んでいたメンバー達がそれぞれ答える。


「斬撃に弱いからいつも通り剣を」


「ハンマー持ってきた。スライムは打撃に弱いらしい。コアごと潰せばいい」


「俺達のパーティの魔導師(マギ)の炎魔法なら一撃だ」


「私の風魔法なら一撃よ」


「スライム避けになるらしいスプレー買ってきました。700ギールの市販品で効果あるか微妙ですが……」


「盾で潰す」


 大丈夫か、これ?


 それぞれ皆真面目な表情である。スプレーはともかく、スライムの弱点は『なにもかも』なのだ。

 スヴェンの矢は点の攻撃なのであまり相性がよくないが、それだってコアを撃ち抜けば倒せる。そして、スヴェンの腕ならばいくら小さなコアでも外すことはない。


 問題ない。問題ないはずなのだ。今すぐ目の前に現れても容易く倒せるはずだ。

 だがそれでも不安は尽きない。材料がなさすぎる。せめて姿形だけでも知りたかった。


「クライはなんか他に言ってなかったのか?」


 スヴェンの問いに、三つ左に座っていたライルが眉をハの字にして情けない表情で言う。


「普通のスライムではない、としか……」


「クソッ、んなのわかってるよ! あいつの情報の出し渋る癖はどうにかならねえのか!? いつもいつも」


「確認しても知らないとしか言わないからな……」


 本当に知らなさそうな表情をするから質が悪い。『千変万化』の内面を悟らせない能力はクラン内部で有名である。


 沈黙が訪れる。

 それまで、円の外から一歩退いた所で黙って話を聞いていた茶髪のハンターが再び口を挟んだ。

 増員の及び腰が気に食わないのか。その声には馬鹿にしているような響きがあった。


「……チッ。くだらねえ。考えても埒があかないぜ。人も増えたんだ、未来が見えるだか何だか知らないが、さっさと探索を再開するべきだろ? そんなに怖いならそのスライムとやらは俺達がやってやるよ。現れたら、の話だがな」


 『足跡』のハンター達は何も言わなかった。ただ、可哀相なものでも見るような目を向ける。

 自身の実力に誇りを持っているのならば反論してきてもおかしくない場面だ。今まで接してきたハンター達とは異なる予想外の反応に、茶髪のハンターが頬を引きつらせた。


「な、なんだ、その目は!?」


「わかんねえのか? 皆、お前が最初の犠牲者だと思ってる。一応言っておくぞ。俺は止めた。俺は止めたぞ? 化けて出るなよ? ああ……ただでは死ぬなよ、情報を残せ。俺達が仇を取ってやる」


「くっ……イカれてやがるッ! ここまでやって何も起こらなかったら、どうするつもりだ!?」


 スヴェンはそれに答えず、再び仲間達に顔を向けた。


 ハンターにとって死は自己責任だ。外様のハンターが何を言おうが、今この場の力関係として、人数の多い『足跡』の優位は動かない。

 被害は少ない方がいいが、情報がない以上どうしようもない犠牲というものがある。


「よし、わかった。有効策はない、と。では次に……この中に魔法生物に詳しい『錬金術師(アルケミスト)』はいるか?」


 スヴェンの言葉に、ハンター達が互いに顔を見合わせ黙り込む。


 『錬金術師(アルケミスト)』は科学と魔導の融合により様々な物質精製を得意とする職だ。

 ハンターにとって必須な存在ではなく、どちらかと言うと国の学術機関や様々な薬品を扱う商会に所属している事が多い。

 莫大な知識と、膨大な資本があって初めて生きる職なのだ。


 『嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)』の一人が『錬金術師(アルケミスト)』だが、それは稀有な例である。


 その様子に、スヴェンが大きく舌打ちをする。


 いないとは思っていたが、やはりどうにもならない、か……クソッ、なんで戻ってきたのがシトリーじゃなくてリィズなんだよ……。


 やはり、犠牲覚悟で力づくで対応するしかない、か。


 深く深呼吸をしてもう一度ハンターたちの様子を見渡す。と、そこで円座の隅っこの方で小さく手が上がっているのに気がついた。


 どこか自信なさげな表情の女ハンターだった。大きな丸メガネに目元までかかった長い髪。宝物殿ではなく、図書館辺りにいたほうが自然な姿だ。


 いきなり集中した視線に少し萎縮したように身を縮めるが、はっきりした声で言う。その目には内気そうな容貌とは裏腹に強い光が灯っている。


「はい。まだなったばかりで、レベル3ですが……『錬金術師(アルケミスト)』のタリアです」


 隣ではパーティメンバーらしい同年代の少女が自信付けるかのように肩を叩いている。

 あまり頼りになりそうではないが、レベル3ということだからハンターとしての最低限の力は持っているだろう。


 しかし、シトリーといい、錬金術師ってのは皆こんな感じなのか?


 そんな言葉がスヴェンの思考を掠めるが、今は猫の手でも借りたい状況だ。


 錬金術師の知識は深く広く、そして独特だ。なったばかりでもスヴェン達の持つものよりはマシだろう。

 スヴェンが大げさに明るい声をあげ、それを歓迎する。


「おお、マジでいたか。クライの差し金か?」


「いえ。……ですが、『始まりの足跡(ファースト・ステップ)』に『錬金術師(アルケミスト)』は私とシトリーちゃんしかいないらしいので……」


 二人『しか』いないと言うべきなのか。あるいは、二人『も』いると言うべきなのか。


 スヴェンの目の前で、タリアは腰につけた普通のハンターが持つポーションポーチより二回り大きなポーチから、一本のガラスの筒を取り上げた。慎重な動作で、それを持ち上げる。


 何で出来ているのか、中に入った暗色の液体が小さく揺れる。

 タリアは緊張したように数度深く呼吸をし、そして言った。きらりとレンズの中で黒の目が光る。


「スライムを殺す薬……スライム専用の特効剤です。スライム以外には通じませんが、スライムならば……九割九分殺す事ができます」


 その言葉に、小さく歓声が上がる。今まさにこの場にいるハンターが欲していたものだ。

 スヴェンも一瞬呆気に取られたが、すぐに眉を顰めじっとその液体を見る。


「それは…………すごいが……」


 果たして……大丈夫なのか?


 スライムを殺すためだけの薬なんて見たことも聞いたこともない。本来スライムなんて雑魚なのだ。

 今回スライムが敵だと、現れるとクライが宣言したのがつい数時間前。そんな短期間で新たな薬が生み出せるだろうか?


 そして、もしもスライムを殺すためだけの薬が既に実在していたとしても、今回のスライムは普通のスライムではない……らしい。


 あまりにも都合の良すぎる話だ。


 何よりも、タリアはレベル3だ。レベル3は中堅クラスだと言われているが、スヴェンから見ればまだまだ新人に等しい。

 これが『嘆きの亡霊』のシトリーならば話は違っていただろう。

 彼女は完璧主義だ。不備のあるものを出したりしない。


 現在の認定レベルこそ『嘆きの亡霊』で最低――いや、タリアと比べてすら低いが、その実力は『足跡』の全員が知っている。


 誰もその名を口に出さないが、誰もがみんな同じ事を考えているに違いない。


 疑いの込められた視線に、タリアが苦笑する。そして、はっきりと言い切った。


「安心してください、スヴェンさん。これを作ったのは私ではなく……シトリーちゃんです。私は勉強のために分けてもらっただけで……スライムの研究をしていた時に作ったらしくて……もしもこれが通じないスライムがいて、捕まえて持ってきたら十億ギールで買い取るって言ってました」

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