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99 ベリスカス 6

「「…………」」

 あのふたりを追い返した後、みんなに経緯を説明して、『無事誤魔化せて、万事解決!』と言ったら、ロランドとフランセットにジト目で見られた。エミールとベルは、うんうんと頷いてくれているのに。

「……そんなわけがあるか……」

 ロランドが小さな声で呟き、フランセットがうんうんと頷いた。

 どうしてさ?

 あ。


「フランセット、『長命丹』って、何?」

 そう、あの、オーレデイムとかいう薬師の老人が言っていた薬。作れるのはこの街で自分くらい、とか言っていたから、多分、貴重な薬なのだろう。そして、あの老人は、かなりの腕前ということか。いくらこの街が地方都市に過ぎないとはいえ、街で1~2を争う薬師ならば、それなりではあるのだろう。あの偉そうな態度から見ても。


「カオルちゃん、そんなことも知らない……、って、仕方ないか。女神様には関係ないし、『女神の涙』が創れるなら必要ないし、そもそもカオルちゃん、この世界の女神様じゃないもんね……」

 うんうん、仕方ない。

 そしてフランセットは背筋を伸ばして、真面目な顔で説明してくれた。どうやら、さっきの言葉は『普段モード』で、説明は『お仕事モード』らしい。


「『長命丹』というのは、文字通り、寿命を延ばすと言われている薬です。ごく一部の薬師の間で師匠から弟子へと口伝くでんで製法が伝えられているもので、昔話にもよく出てきます。

 色々な稀少な素材を使い、万病に効き、寿命が延びるという……」

「と言われているだけの、普通の薬だ」

 フランセットの言葉に被せて、ロランドがそう言い放った。

「「え……」」

 フランセットも驚くんかい!


「確かに、効かないわけじゃない。一部の病気にはかなりの効果があるし、死ぬか助かるかの境目ぎりぎり、という者に与えた場合、助かる確率がほんの少し上がる。だから、人によっては、『長命丹』のおかげで命が助かった、寿命が延びた、というのは決して嘘ではないし、大金を掛けてでも求める気持ちは分かる。それは決して馬鹿な行為ではない。

 しかし、それは『万病に効く、魔法の薬』、『神薬』というわけではない。ただの、高価で効き目の高い薬というだけのことだ。カオルのポーションとは、話が違う。

 このあたりでは、ポーションの話は上層部の者にしか伝わっていないだろうから、今でも『最高の薬』といえば、長命丹を指すのだろう」


 なる程、江戸時代の『高麗人参』みたいなものか。後には裕福な平民にも買えるようになったけれど、始めのうちは、中国や韓国では皇帝、貴族、皇族等、日本では将軍、大名、豪族くらいしか買えなかったという、高麗人参。それなら、数百万円相当の価格であってもおかしくはない。

 でも、決して魔法の万能薬、飲んだ瞬間に効く特効薬というわけではなく、長期間の服用により少しずつ健康になり、病状が回復するという……。

 そう、『病状が回復して、健康になる』のではなく、『健康になるから、病状が回復する』ということだ。滋養強壮、ってやつ。


「で、それに欠かせない成分のうち、なかなか入手できず、価格が跳ね上がる大きな理由が、あの3つの植物だ。遠方の国でしか採れず、栽培ができないため採取に頼るしかなく、滅多に見つからず、そしてヘモルトの種はともかく、モルトグルの実とクルコルの葉は採れる季節が限られており、乾燥させたものは効果が著しく低下する。

 ……それをカオルは、採りたての状態のものを、3つ合わせて小銀貨6枚で売ったということだ。

 ちなみに、今はモルトグルの実が採れるような季節じゃない。多分、ヘモルトの種が足りなくて探し回り、こんな店にあるはずがないけれど、一応は植物素材も売っているようだし、駄目で元々と思って聞いてみれば、何と『ある』とのことで、もしやと思い、半分冗談のようなつもりでモルトグルの実とクルコルの葉があるかと聞いたのだろうな。おそらく、手持ちのものは乾燥させた質の悪いものだったのだろう。

 それを、お前という奴は……」


 ぐはぁ!

 そりゃ、駄目だ。『小銀貨6枚』を『聖銀貨6枚』と聞き間違えた、タオナのことは怒れない。最初から『凄い高値を吹っ掛けられる』と思い込んでいると、そういうふうに聞こえてしまうものだ。私にも、似たような経験がある。

 それに、あのオーレデイムとかいう薬師も、弟子のタオナを怒鳴りつけて叱る様子はなかった。タオナが聞き間違えず、知らん振りして小銀貨6枚を払っていれば、何事もなく済んでいたのだから。多分、タオナが間違えるのも無理はない、と思ったのだろう。

 まぁ、たとえ今回はそれで済んでも、私も次回に備えて後で相場価格を調べていただろうから、そのうち本当の価格は露見していただろうけど。

 だから、ただ同然で買えるのは今回限り、そして次回は私のミスを知っていながら黙っていたことに腹を立てて、というより、とんでもないものを売ってしまったことに対して反省して、その類いのものを商品リストから外したのは間違いない。結局、結果は同じ、ということだ。

 ……しかし。


「どうして、ロランドはそんなに長命丹について詳しいの? 素材から何まで……。

 ごく一部の薬師しか知らないんじゃなかったの?」

 そう、なぜそんなに詳しいのか。それじゃ、ロランド、自分で長命丹を調合できそうじゃん。


「飲まされていたからだ。怪我で腕が動かなくなった時、かなりの期間、な。

 病気で身体が弱っているわけではないから、無駄だと言ったのに、父母や家臣達が聞いてくれなくてな。あれで、どれだけの国の予算を無駄にしたことか……。

 だから、薬師達を徹底的に問い詰めて、私の怪我には長命丹を飲んでも無駄だと皆を納得させるために、調べ尽くした」

 うわ。悪いことを聞いたなぁ。多分、国民のために使うべき予算を自分が無駄に食い潰すということが許容できなかったのだろう。嫌なことを思い出させちゃったなぁ。

「……ごめん」

 私の謝罪の言葉に、ロランドは、気にするな、というふうに軽く手を振ってくれた。


 でも、これで、疑問も解消できたし、長命丹が大した薬ではないことも分かった。

 これにて、一件落着ぅ!

 退屈を持て余していたけれど、また全てを捨てて逃げ出すよりは、ずっとマシだ。

 程々のお客さんに、程々の稼ぎ。あとは、出会いさえあれば! 出会いさえあれば!!

 まぁ、あんまり焦ってるわけじゃないけど。肉体が老化しないなら、適齢期とか、関係ない。フランセット達は、どうせ私は何万歳とかだと思っているだろうから、ここで何年かが追加されても、どうってことはない。5万と19歳だろうが5万と24歳だろうが、大した違いはないだろう。


 いっそのこと、ある程度旅をした後、いったんバルモア王国に戻って、フランセットとロランドを結婚させて、ついでにエミールとベルも結婚させて、レイエットちゃんを嫁に出して、それから改めてひとりで旅に出る、というのも……。

 いやいや、それよりも、レイエットちゃんとふたりで旅に出る、という方がいいかな。それなら、あまり待たずに、すぐに出発できる。それに、ひとりぼっちというのは、少し寂しい。

 バルモア王国に戻る時は、どこかの港町でアリゴ帝国の船を見つけた時に便乗させて貰って……。

 とか考えていた時代が、私にもありました。


     *     *


「長命丹の素材を売っているのは、ここか!」

 来たああぁ!

 なぜ来る! あの薬師には、もう入荷しないとはっきり言ったはずだ。それに、他の者にわざわざそのことを教えるメリットはないだろう。ええぃ、余計な面倒を……。

「いいえ、違います。他の店を当たって下さい」

「しかし、ここは『便利な店 ベル』だろう!」

 う~ん、見た感じ、貴族の家臣か金持ちの商人の子飼い、というような感じの中年男性だけど、どこでどんな話を聞いてきたのか……。

 それを確認しないと、説明の方針が立たない。どこまで知っていて、何は知らないか、というのを確認しないと、余計な情報を与えて、藪蛇になりかねない。そしてその前に。


 くいっ、くいっ


 カウンターの下の紐を、軽く数回引く。あるパターンで。

 そう、2階でまったりしている、フランセットの呼び出し紐である。

 これを引くと、みんなの部屋にあるベルが鳴り、ライトが点灯する。その点灯回数や間隔で、ある程度の情報が伝えられるようになっている。

 そして今の合図は、『切迫度4 脅威度4 人数1』である。これなら、階段3段飛ばしとかではなく、普通に下りて……、


 ずどどどどどど!


 いえ、何でもありません。

 今は、エミールとベルはハンター修行兼お金稼ぎに行っており、不在。稼いだお金は、全額を私に渡そうとするものだから、半額だけ受け取って、ふたりが結婚する時のためにアイテムボックスの中の貯金箱に入れている。

 そしてロランドは、何やら出掛けており、同じく不在。そりゃ、毎日、一日中部屋に籠もっているというわけじゃない。エミールとベルがいる時には、フランセットと一緒に出掛けることもある。

 で、結局、今いるのは……。


「貴様、覚悟はできているな!」

 うん、フランセットだけだ。

「フランセット、信号は、切迫度4、脅威度4だったでしょ……」

 まぁ、フランセットにとって、そんなことは関係ないのである。

 私に対して無害か、少しでも危険があるか。

 フランセットの判断はそのどちらかしかなく、そして後者に対しては、全力で立ち向かう。そこに、『手加減』とか『穏便に』とかいう概念は存在しない。

 ……うん、知ってた。

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