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101 ベリスカス 8

「……というようなことが、ありました」

 夕食の後、みんなに昼間の話をした。

 いや、食事中にそんな話をすると、御飯が不味くなっちゃうからね、ちゃんと、食事が終わってからだ。


「フランセット、お前……」

 呆れたような顔でフランセットを見る、ロランド。

 そして、非難の目でフランセットを見る、エミールとベル。

「い、いえ、私は何も非難がましい眼で見たりは……。それは、カオルちゃんの主観です、言い掛かりです!」

 必死で言い訳をするフランセット。

 しかし……。


「でも、あの時、こんな顔をしていたじゃん!」

 そう言って、私がエミールとベルの顔を指差すと、フランセットはがっくりとして俯いた。

「……申し訳ありません。つい、エクトル様とユニス様を御病気のお祖母様のところへお連れした、あの時のことを思い出してしまいまして……」

 ああ、フランセットがロランドに仕える前にお仕えしていた、アダン伯爵家の時のアレか。

 私からポーションを受け取るまでは、あの兄妹とメイド、そしてフランセットの4人だけの馬車の中は、さぞかし沈んだ空気だったことだろう。

 元々、フランセットはお人好しだ。自分に救える力があるのに人を見捨てることができるような奴じゃない。……それが、自分や仲間達、そして私の敵でない限りは、だけど。


 今回の場合、私にとって、金持ちや権力者達の注目を集めるようなことを私に求める者達は『敵』なんだけど、フランセットにとっては、そうではないらしい。

 まぁ、フランセットは、私が女神様として人々に崇められることを望んでいるようだから、私が女神様らしいことをするのは大歓迎なんだろうな。

 ……しかし、私の婚活を妨害しようとしているロランドに、女神としての力を示させて人々の注目を集めさせたがっているフランセット。

 私の周りは、敵ばっかりじゃん!

 ふざけんなよ、ゴルァ!!


「エミール、ベル。『女神の眼』の一員であるあなた達への神命です」

「「はいっ!」」

 私が、改まった態度で真面目な顔をしてこう言った時は、冗談や馴れ合いではない。ふたりにとって、それは絶対の命令である。だから、指示内容には細心の注意が必要だ。でないと、ふたりとも、馬鹿みたいなことにも命を懸けてしまうから。


「先程の者の主人、ドリヴェル男爵とやらと、その子供、シャロトという者について調査せよ。

 但し、調査より、自分の安全を優先するよう厳命する。

 私にとって、見知らぬ貴族の子供より、自分のしもべの方が数万倍大切である。お前達が自分の命を粗末にするということは、私のしもべを軽んじ、その命を危険に晒すということである。お前達の命は、私のもの。勝手に死ぬことは許さん!」

 ふたりに『私の許可なく勝手に死ぬことは許さない』と告げるのは、あの井戸の時に続き、2度目になる。

「「はいっ!」」

 再び元気な声でそう返事して、エミールとベルは飛び出していった。


「わ、私も!!」

 ふたりに続こうとしたフランセットの腕を掴んで、引き留めた。

「フランセットは駄目」

「ど、どうして……。わ、私も、神命を……」

 あ~、『神命を授かりし騎士』かぁ。フランセットが飛び付きそうな肩書きだ。

「だ、駄目なのか?」

 その声に振り返ると、ロランドまで立ち上がっていた。

 あ~、神剣を凄く、もの凄く欲しがっていたからなぁ。ロランドも、そういうのへの憧れが強いのか……。


「駄目。あのふたりは、昔からああいう仕事をやって貰っていたから、慣れてるの。

 あなた達は、戦闘力ではエミール達とは比べ物にならないくらい優れているけれど、調査しているということを相手側に悟られないようにして情報を集める、というようなことは苦手でしょう?

 そもそも、ふたりとも目立ちすぎるのよ」

 フランセットとロランドは、私の言葉に反論できず、がっくりと肩を落としていた。

 ちょっと可哀想かな……。


「よし、神命である! フランセット、私の肩を揉みなさい!」

「は、はいっ!」

 冗談で言ってみたら、フランセットが本気で食い付いた。ばっ、と私の後ろに回り込み……。

「ぎゃあああ! 痛い! 痛いいいぃ!!」

 ……興奮して力をセーブすることを忘れたフランセットの馬鹿力で、肩を握り潰された。

「ぎゃあ!」

 そして、レイエットちゃんが私を護るために、フランセットの首筋に噛みついた。後ろから襲い掛かるのに、露出したところがそこしかなかったんだよねぇ。


「「「はぁはぁはぁはぁはぁ…………」」」

 その後、ぐったりとした私達3人を見るロランドの眼が、痛かった……。


     *     *


「現在までの調査結果です」

 夕方になって、エミールとベルが戻ってきた。

 ふたりの報告によると、ドリヴェル男爵家の子供は、1男2女。男、女、女の順で、年齢はそれぞれ10歳、7歳、5歳らしい。そして、使いの者が言っていたシャロトというのは、その長男の名前らしい。

 そりゃ、必死にもなるわ……。

 いや、予備の次男がいれば必死にはならない、というわけじゃないだろうけどね、勿論。

 それに、男爵夫妻は、まだこれからも子供が作れない年齢でもない……、って、そんなの、子を想う親の気持ちには関係ないか。

 とにかく、シャロトという子は、現時点において、ドリヴェル男爵家唯一の男の子、ということだ。そしてその子が病気で危ない、と……。


「ドリヴェル男爵は、ランクBです。シャロトという子供は、ランクBプラス。あくまでも、他者の噂のみでの判定ですが……」

 ほほぅ、結構高ランクだな。

 この『ランク』というのは、バルモア王国に居た時に『女神の眼』が使っていた、ターゲットを救済対象とするかどうかを判定するための評価基準だ。Cが、良くも悪くも、普通の貴族。Dは、少し悪い貴族。Eがクズ。そしてBは割といい貴族で、Aがすごくいい貴族。それらの5段階が、更にマイナス、記号なし、プラスの3段階に分かれており、合計15段階で評価される。

 そして大人のランクB、子供のランクBプラスというのは、勿論例外もあるし状況や程度にもよるけれど、普通ならば充分『女神の慈悲』を賜るに足る評価であった。

「よし、調査を第2段階に進めよう。明日も、引き続き調査をお願い」

「「はいっ!」」

 バルモア王国を出てから初めての、『御使い様』のお仕事だ。

 あ、『私は御使い様じゃない』と言うのは、もう、とっくに諦めている。いくら言っても無駄だし、下手をするとフランセットが『カオル様は、御使い様ではなく、女神様です』などと言い出しかねないから。


「カオル様、ありがとうございます……」

 フランセットは、普段は私のことを『カオルちゃん』と呼ぶけれど、周りに部外者がおらず、そして話題が御使い様か女神様関連である時だけは、『カオル様』と呼ぶ。まぁ、それは仕方ないだろうから、そのまま好きにさせている。

「別に、フランセットが望んだから、ってわけじゃないよ。バルモア王国を出る時から、旅の途中でも救済は行う、って決めてたから。それに、この街で人々に慈悲を与えるのは『御使い様』であって、『便利な店 ベル』の経営者であるカオルという名の女の子じゃないから、問題なし!」

「カオル様……」

 フランセットが畏敬の念に満ちたような顔で私を見ているけれど、元々フランセットは私を崇めていたから、別に何も変わらない。90度のお湯に90度のお湯を足しても、90度のまま。そういうヤツだ。

 さて、どういうふうにして『お仕事』をやるかな……。

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