第32話 殺しにきてる?
こちらはカクヨムに掲載された修正版です。
原文ともによろしくおねがいします(*^^*)
――――バサ、バサ、バサ、バサ――――ずうぅぅぅぅぅん……。
「うぉぉおぉぉおおぉぉ寒い寒い寒い寒いっ!!!!」
野坂岳の山頂に龍の姿をした弥生と、その背に乗った彭侯が降り立った。
弥生は大きな荷物をぶら下げていた。
中に入っているのは最近狩りまくった様々な魔獣の肉。そして魚。
今日、野坂岳のてっぺんに初雪が降った。
まるで帽子を被ったように山頂だけが真っ白に染まっている。
それを見た彭侯が山を冷凍庫代わりに食料を保存しようと提案したのだ。
寒いからヤダとごねた弥生だが『できあがった炭で山頂・雪見酒バーベキューでもしませんか?』との悪魔の誘いには抗えなかった。
「ちょ……ちょっとマジで寒い……早く……早く火を起こして……」
人間の姿になった弥生。
山頂は吹雪いていて、腰辺りまで雪に埋もれてしまっている。
顔半分が雪にパックされガクガクブルブル。
黄龍はあまり寒さに強くない。土は温かいものだから。
「はい。ではお手数ですが、あの辺りに洞穴をお願いします」
山頂より少し下がった斜面を指差し、お願いする彭侯。
弥生は小刻みにうなずくと能力をつかった。
「えいえい!! ほらほら土たち、働いて働いて!!」
――――グモモモモモモモモモ。
指示された場所の土が蠢いて、自動で穴を開けてくれる。
砂鉄も集まって、鉄製の柵もこしらえた。
あっという間に自然の冷凍庫が完成した。
「では、さっそくバーベキューの準備をしましょう」
「う……うぉぉぉぉぉ……た、頼む頼む、早く早く……」
食料を運び込んだ弥生たち。
洞穴は浅く、吹雪が吹き込んでいるが、冷凍目的なのでそれは問題ない。
弥生は厚手の毛布にくるまりながら隅っこで歯をカチカチ鳴らしていた。
彭侯は七輪の中に炭を入れ、火を起こした。
枯れ草につけた炎はやがて炭に移って、赤く穏やかな熾火に落ち着く。
「弥生様、こちらへどうぞ」
「ごろごろごろごろ」
手招きに誘われるまま、転がり込んでくる弥生。
がっちり丸まって抱きかかえるように七輪に手をかざす――――と。
じわぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……。
「あ~~~~あ~~~~あ~~~~……あったっかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い……」
昇天し、アヘ顔で天国へ逝ってしまった。
「炭の火は遠赤外線効果で体を芯から温めてくれますからね。普通の焚き火やストーブよりも暖房効果が高いです。前期の文明では同じ遠赤外線効果を持たせた電化製品が出回っていましたが、やはり本物の炭にはかないませんね」
「は、は、は、は、は、は」
息遣いだけで返事する弥生。
感動で目がうるんでしまっている。
そんな主人の前で彭侯は七輪の上に鉄網をのせる。
さらに手鍋をのせて水を張り、その中に酒が入った徳利を――――。
「は♡、は♡、は♡、は♡、は♡、は♡」
瞳孔が全開になる弥生。
待ちきれない永遠の時間が流れて――――。
「頃合いですね。はい弥生様、熱燗でございます」
ずいぶん前から両手で持っていたお猪口。
期待に胸膨らませてプルプル震えるそこにお酌をする。
――――……ほぉわん。
柔らかな、そして少しだけツンと刺激する香り。白い湯気。
弥生は真っ黒な目をそのままに、そっと唇をつけ……ずずずずず……。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」
音のない叫び声を上げた。
これは命!!
命の暖かさ!!!!
炭でじんわり温もりはじめた身体に、さらなる熱が落とされた。
外気に触れている皮膚は相変わらず凍りついている。
しかし熾火の遠赤外線と命の酒。
この二つが体の輪郭を戦線に、凍てつく波動とせめぎ合い、その拮抗の快楽に弥生はオシッコをちびりそうになってしまう。
そんな壊滅的状況の主人の横で、彭侯はもう二台七輪を準備して炭を焚きはじめた。
鉄網に軽く油を塗って、ステーキ大にカットした虎縞鹿肉をのせる。
じゅぅううぅぅぅうううぅううぅううぅ……。
さらにコヤモリ肉とネギを串に刺した『コヤモリねぎま』
針ヒグマと象豚の合い挽き肉に、玉ねぎと生姜のみじん切りを混ぜ込んだ『熊豚ハンバーグ』を追加する。
もう一つの網では、塩漬け大王ホタテダコの足、大鯰鰻の醤油漬け、ピラニアバードのつくね焼きが香ばしい煙を上げている。
「おお…おおおおい、なんだ貴様……わ、私を殺す気か……!??」
「まだまだ……。そういうお言葉は一口食べてからお願いいたします」
にっこり笑って彭侯は、いい具合に火が通った鹿肉ステーキをカットして、
「はい。ではご賞味くださいませ」
あ~~んを促すように、弥生の鼻先へ、その一切れを持ち上げてくれた。
真ん中の一番柔らかそうな部分ではなく、あえて端っこのカリカリした場所を。
(……くっ、こ、この野郎……わ、私の好みを熟知してやがる)
すべてを見透かしたかのように目を細める彭侯。
それが大当たりなだけに悔しくて、素直に口を開けられない弥生だが、唇の端からダラダラ流れ落ちる涎は止まることを知らない。
ジリジリと近づけられる肉の塊。
予熱でチリチリと鳴る脂の香り。
その悪魔的誘いに、弥生のちっぽけな自尊心などなんの抵抗になろうか?
――――ぼにゅ。
知らないうちに開いていた唇。
その中に熱い肉がゆっくりと挿し込まれ――――かしゅ――じゅばっ!!
肉汁が弾けた。
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!??」
炭火で炙られた肉は、表面はカリカリ香ばしく、中はふよふよ柔らかい。
ススや煙が出る焚き火とは違い、余計な匂いがつくこともなく、水蒸気のない乾いた熱でパリッと焼かれた表面は肉汁を余すことなく閉じ込めていた。
あえて塩胡椒だけで味付けされた炭焼き肉は、控えめに言っても世界一。
じゅぶじゅぶと音を立て、目をうるませながら小刻みに震える弥生。
(あ、もう死んでもいい)
やさしく微笑む彭侯の目を見つめつつ、わりと本気でそう思った。
お読み頂きありがとう御座いました。(*^^*)
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盛り塩