第25話 仏の心
こちらはカクヨムに掲載された修正版です。
原文ともによろしくおねがいします(*^^*)
こわぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁん……。
食卓に、ありがたい鐘の音が鳴り響く。
草で編んだ座布団の上に鎮座されているその鐘は、お仏壇にある例のアレ。
豆腐を冷奴にして出され、それを一口食べた弥生。
この感動をどう表現したら良いか悩んだあげく、こうなったのだ。
「……その心は?」
「禅の精神」
豆腐様に向かって手を合わせ、ありがたそうにお辞儀をする。
彭侯はしばらく思案したあと、
「すみません。まったくわからないです」
豆腐の隣にはどぶろくと清酒の入った徳利が。
煩悩の塊を前にして禅の精神とはこれいかに?
「……だからあなたはダメなのよ。細かいことはいいの。大事なのは感謝の心。どこまでも優しくて、どこまでも奥深い。それでいて自己を主張せず、身体の毒素を全て浄化してくれる……。そんな仏様のような存在。それがお豆腐……」
こわぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁん……。
なんだかよくわからないが感動してくれたのだけは伝わった。
満足した彭侯は次の料理を持ってきた。
「お豆腐の豆味噌田楽です」
豆味噌に水飴と酒を加えて練ったものを豆腐にのせ、弱火で炙ったもの。
焦げた味噌の香ばしい香りがなんともたまらない。
竹を二股に裂いて作られた田楽串をつかんで、そのまま丸かじり。
「むぉうむぉうむぉう……はふぁはふぁはふぁ……。う……まぁ~~~~……ほくほくの熱々で、味噌の甘辛さを豆腐がまろやかぁに受け止めて……こってりほっくり優しい味ぃ~~~~」
――――きゅっ。
もちろん日本酒との相性も抜群。
甘いものは酒の肴にならないという人も多いが、真性呑兵衛である弥生は饅頭を肴に甘酒を飲める女。
「キノコの白和えです」
椎茸、しめじ、舞茸、えのき茸。
それらを醤油、酒、水飴で味付けし、潰した焼き豆腐を絡めた一品。
「あ~~~~……やべぇやべぇ……山の精気が凝縮されてるぅ~~~~尊し、尊し~~~~……」
素朴だが、いくらでも食べられる。
お酒も角がとれた丸い風味に変わり、またまた進んでしまう。
「あおさの湯豆腐でございます」
沸かしたお湯に、塩とあおさ、豆腐だけで煮込んだ鍋料理。
あおさから滲み出た磯の香りと控えめの旨味成分がたまらない。
湯気に包まれプルンと揺れる豆腐は、冷奴と同じくシンプルな料理だが、暖かくなるだけでその味わいはガラリと変わる。
お腹をしっとりと温めて、心を豊かにしてくれるようだ。
「は……はふあ……はふぁ……はふぁ……」
これまでしばらく豚肉料理が続いて、体中がこってりとしてしまっていたが、今回の豆腐攻めでそれもすっかり洗い流され、なんだか軽くなった気分。
これでまた肉が美味しく食べられる。
そんな弥生の気持ちを見計らったように、
「最後はこちら。お食事のご飯と呉汁、そして肉豆腐でございます」
「うぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
やっぱりコレコレ、肉料理!!
飽きたと泣きついておいてなんだけども、やっぱり肉はまたすぐ食べたくなる。
ついさっき禅の精神などとのたまっていたが、そんな主人のチョロさなどお見通しですよ、と薄く笑う彭侯。
その綺麗な顔面に『ありがとうチョップ』を食らわしたくなるのをグッと抑えて弥生は、肉豆腐に箸をのばした。
ぷるぷる豆腐に、適度に脂のビラビラがついた豚バラ肉。
香ばしい醤油の香りに包まれたそれを豆腐とともにブリュリと頬張る。
と。
「ぬぅぉわぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!??」
豚肉のパンチ力。
豆腐の包容力。
二つがせめぎ合うことなく、醤油、酒、砂糖(水飴)たち、和食の黄金舞台の上で手を取り合い踊り合う。
――――こってりとあっさりの愛の共演。
これぞ日本のスタンダード。家庭料理の根源。
歴代のわんぱく小僧どもを黙らせてきた問答無用の満足感に、弥生の箸も休むことを忘れてしまった。
がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつ。
ご飯との相性はもう説明不要。
バウンドさせ、おつゆを染み込ませても良し。崩した豆腐を絡めてかっこんでも良し。
最後はやっぱり肉豆腐丼にしてがつがつがつがつがつがつがつがつ!!!!
そして思い出したように呉汁をひとすすり――――、
「や……や~~~~~~~~~~~さ~~~~~~~~~~~~~し~~~~~~~~~~~~~い~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」
両穴から鼻水じゅるり。
とろけるようなまろやかさに、弥生の顔筋はすでに表情を整えるのを諦めてしまった。
無限に姿を変え味を変え、世の食材すべてを優しく包み込んでくれる、母のような存在。
それが、お豆腐様。
こわぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁん……。
あらためて感じたその大きなありがたみに、弥生は再び意味不明な鐘を鳴らすのであった。
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