第17話 理由:美礼の場合
私は、廊下の真ん中で衆目を浴びながらも、立ち上がれずにいた。
「研野先輩、とりあえず、離れちゃいましょ」
吹池さんに引っ張られる。
非力過ぎて、私の体は全く持ち上がらなかったが、凄い引っ張られるので、よろよろと立ち上がった。
「ほら、屋上、行くんですよね?」
「あー……そうだよねー……」
蓮二にあんな顔をさせてしまって、1つやらかしてしまったわけだが、私はまだまだやらかしてる。
吹池さんの存在は、そんな私のやらかしの大きな結果だった。
問題が生じては消えず、生じては消えず。
いっそ逃げてしまいたいと思ってもこの体は蓮二の体だし。
「どうすればいいのっ!?」
「うぇっ!?突然なんですか!?」
「ごめん……叫びたくなって……」
「お、男の人ってそうなんですかね?」
「さぁ……?」
そんな事やってる内に、屋上までやって来た。
「結構人居ますね」
「昼休みの人気スポットだからね」
昼休みに入って数分経った後なので、屋上でご飯を食べている人がそこそこ居た。
端っこの方の空いている所に2人で座る。
「いただきまーす」
「いただきます」
私達2人は、弁当を開いた。
吹池さんの弁当は、私の大きな2段弁当とは違って、可愛らしい色の小さな弁当。
だけど、今日ばかりは、吹池さんの弁当が羨ましかった。
「……食欲ないですか?」
「え?……うん。流石に、あんな事があった後じゃね……」
ご飯を食べようにも、蓮二の顔が思い浮かんで食べられない。
蓮二の元にまっすぐ向かっていった三品君が羨ましい。
「心配なのは分かりますけど、永遠君に任せちゃいましょうよ。私達は、とりあえず楽しくご飯食べちゃいましょう?」
「吹池さん……」
明るいんだな、吹池さんは。私と比べるのは間違っているかもしれないけれど、私とは違うな。
そんな事を思ったからか、心の声が少し漏れた。
「どうして……どうしてそんなにずっと、好きなの?」
蓮二の事を。とまで漏れてしまう前に、止める事ができた。
けれど、吹池さんには伝わってしまったみたいだった。
「最初は、些細な事だったんですよ。サッカー部の練習をしている姿を見て、いいなぁって。それで見かける度に目で追っていて、いつのまにか好きになってました」
まるで昔を懐かしむ様な表情は、恋する乙女の表情で、私は見惚れてしまった。
「……えへへ、改めて言うと、恥ずかしいですね」
吹池さんは照れて笑った。
ころころと表情が変わって、可愛らしい。素直にそう思ってしまった。
「吹池さんは凄いな。そうやって、いつでも真っ直ぐ思いを伝えられるんだもん」
私には出来ない。言外にそう含んだ言葉だった。
「先輩にそう言って貰えると嬉しいです……でも、先輩も、私の思いに早く答えて欲しいです……」
私は、蓮二に思いを伝える事が出来ていない。吹池さんに告白された事も伝えてない。私が蓮二でない事を、吹池さんに伝えられてない…………
隠せば隠すほど、私の思いとは違う方向に物事が進んでしまう。
思いを隠すから、思い通りにならない。
ならーーー
「吹池さんは、自分の思い通りに事が運ばなかった時、それでも諦めない?」
私は立ち上がって聞いた。
「……私は、諦めるのは苦手です。でも、本当にどうしようもなかったら、その時考えます」
吹池さんは、何の疑問も口にする事なく、ただ、私の質問に答えをくれた。
それがどれだけありがたいことか、考えなくても分かった。
「うん。そうだよね。恋する女の子の良さは、絶対諦めない強い心だもんね」
私が蓮二に恋する女子だって、自覚が足りてなかった。
「ごめん、吹池さん。私、行かなくちゃ」
私は私だから。今、蓮二と全く同じ見た目だとしても、蓮二じゃないから。
行かなくちゃ!
「……行くって、さっきの、綾藤先輩の所ですか?」
「うん」
私は今、とてもひどい事をしている。
それは、吹池さんが告白して来て、私が勝手に保留にした時から続いている。
けど、だからこそ、ここで吹池さんの了承を得て、蓮二の所に向かわなくちゃいけない。
「………かないで」
「え?」
吹池さんがぼそりと、何かを言った。
そしてーーー
「行かないで……」
ーーー吹池さんの唇が、私の唇に重ねられた。
長い、幾千年にも思える数秒の後、唇が離れる。
「行かないで下さい、私を選んで下さい、私だけを見てて下さい」
吹池さんは私の首に腕を回し、私は屈みながら彼女を見つめる。
彼女の瞳の球体は、私の心を惑わせる。このまま彼女を受け入れて、蓮二のことをいっそ忘れて、楽な道を選んでしまおうかと思ってしまう。
でも、楽な道を進む事はもう出来ない。
「大丈夫。吹池さんは、きっと選ばれるから。でもそれを選ぶのは、私じゃないから」
「え、え?」
「今は分からないと思うけど、でも、行かなきゃ!」
吹池さんは、大胆だった。ずっと、大胆に蓮二にアピールしてたんだ。
蓮二に全ての事情を伝えたら、吹池さんの可愛いところを全部伝えよう。そしたらきっと、蓮二も吹池さんを選ぶ。
その後でいい。吹池さんを選んだ後でいいから。
私の思いも伝えよう。
私は、蓮二の元へ走った。