ありきたりな復讐の話

作者: ラモン

「貴方が望んでくれたから、この身の全てを焦がしても」



 カーテンが締め切られ、窓から日の光が差さずに暗黒で満たされたボロボロの小屋の中心で、揺り椅子をキィキィと揺らしながら、透き通るような肌をした少女が歌う。

 細い腕には不似合いな、血に染まった大剣を抱いて、歌う。



「貴方が望んでくれたから、世界を敵に回しても」



 血の様に赤い双眸は、虚ろに何もない場所を見つめるだけ。



「ずっとずっと何時までも、ただの女でいたかった」



 歌い終えると同時に、彼女の目から涙が零れる。

 その涙は頬を伝い、彼女が抱えている剣へと落ちた。

 すると、小屋の扉が開いて異形の男が小屋の中へと入ってくる。



「ミルカ様。お迎えにあがりました」



 牛の角を頭に生やし、人間を遥かに超える体躯を持った男が、少女に向かって恭しく膝をつき、頭を下げながらそう告げる。

 その男の足元には、靴底が浸ってしまう程の血が溜まっていた。

 開かれたドアから差し込む光に照らされた室内には、無数のグチャグチャにされた死体があった。


 少女は死臭と血臭に囲まれながら、それでも少女は平然と虚空を見つめている。

 よく見れば、少女の透き通った白い肌は血に塗れ、まるで赤い化粧でもしているかのよう。



「わかった、すぐに行くわ」


「はっ!」



 少女が目も向けずに答えると、男はもう一度頭を下げてから外へと出て、ドアを閉める。

 そうすると、部屋の中には再び暗闇が訪れた。



「ねぇ、ギュンター」



 暗闇の中で、少女は自分が抱えていた大剣を片手で軽々と持ち上げ、その剣に向かって囁く。



「貴方はきっと、こんな復讐は望まないでしょうね」



 だって優しい人だったもの、と。

 血に染まった大剣に頬を摺り寄せて、懐かしむように言葉を紡ぐ。



「終焉の魔王と呼ばれた私を、殺さずに妻として娶るくらいですものね」



 昔を思い出しているのか、少女の顔には笑みが浮かぶ。

 けれどその笑みは、すぐに深い深い憎悪へと形を変えてしまう。



「だのに、人間どもはそんな貴方を裏切った。

 魔に魅入られ汚れた人間と、勝手に貴方を断罪した」



 ギシリ、と。食い縛られた少女の歯が鳴る。

 


「私の討伐を貴方だけに任せたくせに、用事が済めばあっさりと掌を返して、貴方の優しさを利用して貴方を騙して……貴方の名前を貶めて、そして、あんなに惨たらしく殺した」



 同時に肌と同じ雪の様に白い髪がザワザワと逆立ち、緋色の目はより一層赤く爛々と輝く。

 逆立った髪の隙間から、尖った耳と、6本の角がちらりと覗く。

 それは紛れもなく、彼女が人ならざる者だという証。



「許せない。許せる訳がない」



 地の底から響くような声で、少女の可憐な唇から呪詛が漏れた。



「貴方は、魔王で無くなった私の全てだったのに。貴方さえ居れば、他には何もいらなかったのに。

 奴等はそんな私から、貴方と言う“全て”を奪ってくれた……」



 少女は大剣の柄を握り、誓うように静かに呟く。





「絶対に、許さない」





 吐き捨てるようにそう呟いて、大剣をその手に持ったまま少女は椅子から立ち上がる。

 足元に溜まった血の川が、少女に踏みしめられて粘ついた水音を立て、少女の歩みを追いかけた。

 しかし少女は全く気にかけることもなく、それどころか転がっている死体を踏みつけてドアへと向かっていく。その姿は、正しく“魔王”と呼ぶものに相応しい。


 そうして閉じられたドアの前に辿り着いた時、少女は歳相応の顔に戻り、泣きそうな顔をして自分の持った大剣へ頬を摺り寄せ、呟いた。



「ねぇ、ギュンター……」



 大剣は答えない。



「私、貴方の事を今でも愛しているわ」



 大剣は、答えない。



「だから、許せそうにもないから……また、魔王に戻るわね」



 大剣は……答えない。




「ごめんなさい。私の愛しい旦那様」




 そう言って、彼女はドアを開けて外に出る。

 ドアを出た先には、地平の果てまで埋め尽くす程の異形の軍隊。

 彼女がかつて魔王であった時、彼女に付き従っていた魔物の軍団だ。


 その前に立ち、彼女が大剣を空に掲げる。

 すると、広大に広がった軍団のあちこちから雄叫びが響いた。

 雄叫びを聞きながら、少女は目を閉じて息を吸う。



「我が軍団よ!!」 



 そして、目を開きながら大声で軍団に告げる。



「滅ぼせ! 奪え! 壊せ! 蹂躙しろ!」



 響く声に、憎悪を乗せて。



「敵は、我等以外の全ての生物だ! 思うままに進軍し、思うままに殺すがいい!!」



 見据える双眸に、哀しみを宿して。



「行くぞ! 我が配下、終末の軍団よ!!」



 彼女は歌う。滅びの歌を、高らかに。

 その双眸から涙を流し、遥か遠くの王国を睨みつけ。



「我が夫にして宿敵にして稀代の英雄! ギュンター=エル=ライオネルの名の下に!

 この私、ミルカ=レーゼ=ライオネルが命ずる!!」



 右手に勇者の剣を持ち。



「目標、フィロソマ帝国! レイジナ王国! イチナ連合国! オルガ王国!

 いいや、全ての国と言う国、町という町、村という村、集落という集落だ!!」



 止まらぬ憎悪にその身を任せ。

 かつての魔王は今、再び魔王として、かつての勇者の剣を振るう。



「さあ、進軍せよ!!」



 ただ、愛する人の復讐をする為に。






昨日投稿した短編と同じく、とある作者さんに応募しようと書いて、ボツになった作品です。


こっちも同じく悲恋&復讐がテーマで、コレはありきたりな『死んだ恋人の復讐』ですね。

短編て難しいですね。

変に纏めると意味わかんなくなるし、ちゃんと全部説明しようとすると、ムダに長くなってしまうし……。

文章を書くいい練習になります。


ではでは~。



※感想、アドバイスなど貰えると、焼き土下座して喜びます。