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第3話 勧誘 in シロクロ喫茶




 肩を怒らせて登場した片桐だったが、俺と一緒にいたウィリアム・スペードと今井修を見て直ぐに事情を悟ったらしい。

 何も言わずに1つ頷き、倒れている男へと視線を移した。


「すまないが、会長にも連絡を入れておいてくれ。ピッチは取れる状態にしておく。何かあれば連絡をくれ」


 会長に不審者を無力化したことを連絡するだけなら、俺がすればいい。わざわざそれを頼んだということを、片桐は正しく認識してくれただろうか。


「分かりました」


 片桐はそう言い、無詠唱で浮遊魔法を発現した。倒れていた男が浮き上がる。魔法に疎い周囲が湧いた。人を蹴り飛ばして昏倒させたという非現実的な出来事は、同じく非現実的な魔法という存在によってうまく誤魔化されてくれたらしい。ウィリアム・スペードの寸劇も役立ったのだろう。「ひったくり犯ならしょうがない」という声もちらほら聞こえてきた。


「保健室でお休み頂き、目を覚ましたら事情を伺うことに致しましょう」


 場の流れをうまく汲み取ってくれた片桐が言う。


「そうしてくれ」


 実際には今朝方襲撃してきた2人と同じ扱いになるだろうけどな。


「では。引き続き巡回を頼みます。会長には、しっかりと報告しておきます」


 片桐は俺にそう言い、隣にいたウィリアム・スペードと今井修に頭を下げてから踵を返した。見物人が片桐に道を譲る為に割れていく。

 2人のことは、片桐も気付いてくれていたようだ。大丈夫そうか。できれば早めに援軍が欲しい事態ではある。


「それで」


 片桐が人の波へと消えていくのを目で確認してから、改めて振り返る。


「ご用件は何でしょう。お約束は明日のはずですが」


「うーんと、まずは場所を移すわけにはいかないかな。余程のことをしない限りバレないとは思うけど、聞かれたい話でもない」


 今井修は、少しだけ困惑していそうな顔でそう言った。

 そうだろうな。だからこそ、ちゃんとした場を設けずここで話してもらった方が早く片付くと思ったのだが。


 仕方が無い。場所を移すか。どこにすべきかな……。

 と、そこでさらに空気が読めない男がこう言った。


「メイドキッサってやつに連れて行ってくれ」







 混んでるから直ぐには入れない。

 並ぶのは人通りの激しい廊下。

 絶対に想像しているメイドとは違う。

 提供される食事は学園祭レベルの物。


 様々な説明を試みてみたものの、世界最高峰の魔法使いであるウィリアム・スペードには通用しなかった。


 待つ待つ。

 並ぶ並ぶ。

 平気平気。

 大丈夫大丈夫。


 こんな感じだ。

 ふざけてんのか。自らの立場をもう一度見直してみた方がいい。今井修に非難の目を向けても苦笑いされるだけだったので、もう諦めた。何が悲しくて赤の他人であるこの男の心配をしなきゃならんのだ。もう知ったことか。見つかって人波に押し潰されてしまえ。


 片桐を送り出したものの、一向に援軍が来る気配はない。

 相手が相手だから会長か蔵屋敷先輩あたりが出張ってくれるかと期待していたが、それも無駄だったようだ。どうやら敵襲以外の面倒事は全て俺に押し付けるつもりらしい。

 ふざけんじゃねぇ。


 ともあれ、列に並んで30分は経ったか。無用な混乱や気遣いを無くすために生徒会の腕章は外していたので列は普通に並んだのだが、思いの外早く次で呼ばれるという順番までやってきた。人混みのなかだと逆に気付かれないのか。それとも「まさかこんなところに有名人がいるわけないだろう」という心理を逆手にとっているのか。


「お待たせ致しました。お次の3名様どうぞ~」


 俺の予想していた悲劇は訪れないまま、俺たちは2年C組のクラスの敷居を跨いだ。


「お帰りなさいませ!! ご主人様!!」


「お帰りなさいませーっ!!」


 元気の良い声があちこちから寄せられる。店内で忙しなく動き回っている女の子たちの衣装は、2年C組の企画である『シロクロ喫茶』の名に恥じぬ白と黒だった。つまりはメイド服である。


「Wonderful……」


 俺の直ぐ後ろで、そんな声が聞こえてきた。

 Wonder(ふしぎ)Full(いっぱい)なのはお前の頭の中だ。無駄にネイティヴな発音で呟くんじゃねぇ。

 ……とは口が裂けても言えない。相手は粗相を働ければ国際問題に発展しかねないレベルのお方だ。喧嘩になればこの国が滅ぼされかねない。


「それではお席にご案内させてい――」


「あーっ!? 聖夜君だーっ!!!!」


 目の前にいたメイドな女の子が俺たちを案内しようとしたところで、教室内にそんな叫び声が木霊した。


「……よう。順調なようだな」


「もっちろん!! 来てくれたんだー!! 嬉しいー!!」


 その声の主は、俺の前までパタパタと寄ってくる。運良く休憩時間であることを願ってみたが、残念な結果に終わってしまったようだ。


 鑑華美月(かがみはなみつき)

 他のクラスメイトと同じくメイド服に身を包んだこいつは、その綺麗な金髪をツインテールにしていた。……金髪にメイド服って意外と合うんだな。胸は無いけど。


「えっと、じゃ、じゃあここは美月お願いね」


「あ、ごめんね!? ありがとうっ!!」


 最初に俺たちを案内しようとしていた女の子が、俺たちに頭を下げてその場を後にする。


「それじゃあご案内しますねっ!! ご主人様っ!!」


 元気ハツラツといった感じで鑑華が先導して歩き始めた。それに続こうとしたところで袖を引っ張られる。


「あの子との関係を詳しく」


「……ただの友人です」


 とりあえずお前は魔法世界に戻って『スペード』の称号を返上してこい。その後でぶん殴ってやるから。

 席へと通される。

 教室奥、窓側の隅。つまりは教室の角だ。偶然ではあるものの良い席を取ることができた。聞かれて困るような話をするわけではないだろうが、注目を浴びにくい席が良いのは間違いない。


「ご注文は何になさいますか?」


 席に着くなり鑑華がメニューを俺に渡してくれる。あと2人にも順番に配り――、


「ん? 俺がどうかした?」


「あ、いえ。何でもないです。すみません」


 ウィリアム・スペードに手渡す際、若干だが動きが鈍った。

 ……まさか、気付かれたか?


「それでは、改めましてご注文をどうぞ!!」


 当の鑑華はさして気にした様子も無く、平常運転に戻っている。気のせいだったのか。それともこの場で口にすることではないと判断し自重してくれたのか。判断に困るところだ。くそ、何で俺がこんな面倒臭いことで悩まないといけないんだ。関係無いはずなのに。


「えーと。コーラで」


 気分を切り替えてさっさと注文することにする。


「あれ。食事はいいのかい?」


「ええ。すみませんが、先ほど済ませましたので」


 今井修にそう返した。あれが食事と言えるものだったのかは甚だ疑問だが、腹が膨れたことは間違いない。


「んじゃあ俺らも合わせるか。アイスコーヒーで」


「あ、別に合わせて頂かなくとも」


 しまった。これは失礼だったか。


「いいからいいから。ハヤトはどうする?」


「ん。僕も同じものを1つ」


「はいっ。コーラ1つにアイスコーヒー2つですね? 少々お待ちくださいっ!!」


 鑑華は元気いっぱいにそう言い切ってから厨房スペースへと小走りで向かった。


「すみません」


「いや、気にすることじゃねーよ。そんな腹が減ってるってわけでもなかったしな」


「そうだね。外には屋台も充実しているようだし、そちらの食べ歩きというのも面白そうだから」


 俺が頭を下げると、2人は爽やかにそう言ってくれる。……顔がイケメンのうえに性格までイケメン、だと。いや、性格がイケメンと言われても分からないが。

 人間としての格差を改めて突き付けられた瞬間だった。


「えーと、ウィリ……、何とお呼びすれば?」


「ああ。ハヤトと、こっちはチャールズで頼む」


 今井修と自分を交互に指差してから、ウィリアム・スペードは言う。注文する際に今井修のことを『ハヤト』と呼んでいたから、偽名を使っていると考えたのは正解だったようだ。その程度の対策は取っているらしい。


「了解しました。それで……」


 何の用件でしょうか、という問いは、2人の視線が俺以外に向けられたことによって遮られた。視線の先、俺の後ろへと目を向けてみる。


「何の用だ。鑑華」


 そこには先ほど注文を取った鑑華が立っていた。手にトレーは握られているものの、何も乗ってはいない。配膳のために来たわけではないだろう。


「ん? んふふ~。私は聖夜君専属メイドさんなんだよ~? 後ろに控えてるのは当然の責務なんだ~」


 眩しい笑顔でそう言ってくる。

 ふざけた内容ではあるが、やられた内容は笑い飛ばせるものではない。俺に気付かれることなくここまで接近を許してしまうとは。多少警戒を緩めていたというのはあるが、これはそれだけが原因じゃない。

 嘘だろ。片桐以上の隠密性だぞ。


「そう言ってくれるのは嬉しいが、今は止してくれるか。海外留学に行っていた時に知り合った友人を案内している最中なんだ」


「あ、そうなの? それはゴメン。じゃあ下がってるね」


「お飲み物お持ちしましたー」


 鑑華が頭を下げたのと同時、別のメイドさんが飲み物を持ってきてくれる。鑑華は一瞬だけ俺から視線を外し、相席している2人の顔を一瞥した後、飲み物を持ってきたクラスメイトと一緒に別の場所への対応に向かった。


「……気付かれたか。あの子、なかなかやるな」


 ウィリアム・スペードがそう呟く。なかなかやるな、じゃねぇよ。騒ぎ出さなかっただけありがたいと思え。今井修も大きなため息を吐いている。どうやら相当の苦労人らしい。


 それにしても。

 鑑華の性格なら後先考えずに騒ぎ出しそうなものだが。2人の正体に気付いたわりには、そういった反応が一切無かった。視線にも驚きは含まれていたが、歓喜や興奮といった感情は含まれていなかったように思う。ロックバンド『アイ・マイ・ミー・マイン』のメンバーとしてではなく、王族直属の『トランプ』としての一面で気付いたのか? それにしては、視線の中には冷徹といった言葉が似合いそうな色が含まれていたような気もするが。


「はは、学園祭のコーヒーといったらこんな物か」


「何を期待していたんだい、チャールズ。ここで高級なものが出てきたら僕はカルチャーショックを受けてしまうよ」


 当事者である2人はそんな感じでのほほんとした会話をしていた。

 ……もうどうでもいいか。


「で」


 その一言で、2人の視線を戻す。


「ご用件は何でしょう。先ほども尋ねましたが、ステージは明日のはずですが」


「ああ。どうにもチャールズが君に会いたいと言って聞かなくてね。簡単な変装をしているとはいえ、本当なら人通りが多いお祭りになんて出歩くべきじゃないんだが」


 今井修が肩を竦めながら答えた。やはり問題児なのはもう1人のウィリアム・スペードらしい。視線を向けてみる。

 ニヤリと笑われた。


「どうしてもセイヤナカジョー、お前と話がしてみたかった」


「俺のことは中条、もしくは聖夜で構いませんよ。その言葉の意図は汲みかねますが」


 そう言いながらコーラへと手を伸ばす。


「何でさぁお前学生なんてやってんの? フクメンポリスってやつ?」


「ぶっふっ」


 思わずコーラを吹き出しそうになった。


「……何ですって?」


 コーラが鼻へと回ったのか、少しだけ涙声になる。


「あれ、これで通じねぇのか」


「覆面捜査官って言いたいんだと思うよ、チャールズは」


 ウィリアム・スペードの視線を感じ取って、今井修が助け船を出してきた。だが、俺がして欲しかったのはそんなことではない。


「何でそんな話に? 俺が何かしました?」


 突然の問いに内心ではドキドキしながらも、表面上はそれを押し殺して聞き返してみる。


「何もしてねぇのに俺がそう感じたことが問題なんだよなぁ。お前、隙無さ過ぎ。どういうこと?」


 ……どういうこともなにも。先ほど隙を突かれて鑑華の接近を許したわけだが。

 今井修に視線を戻してみると苦笑いされた。「また何か言い出したな」くらいの感じだ。こちらはそうは思っていないらしい。つまり、何か証拠を掴んで持ちかけてきているわけではない、と。


「ただの学生でその身のこなしは無いだろう」


 断言するようにウィリアム・スペードは言う。


「残念ながらただの学生です。何を基準に何を感じられたのかは知りませんが、ご期待に添えず申し訳ないですね」


「えー、嘘だろー?」


「本当です。呪文詠唱ができないので、魔法は身体強化系ばかりを鍛えています。身のこなし、という一点だけでそう判断されたのなら、それが原因かもしれません」


 咄嗟に思い付いた言い訳だったが、なかなか理に適っているだろう。流石は俺。


「へぇ……」


 しかし、それを聞いたウィリアム・スペードは逆に不敵な笑みを浮かべた。


「身体強化系ばかりでClass『B』のテストをパスしたのか。やるねぇ」


 口笛でも吹きそうな勢いでそう言う。

 ……何が流石は俺だ。墓穴だったじゃねぇか。


「話を聞いたときは疑ってしまったが、まさか本当だったとはね」


 今井修が呆然とするかのようにそう呟く。

 魔法使いの『Class試験』に合格した者は、例外なく魔法協議会によってその名を管理される。しかし、一般人では閲覧できないようになっているはずだ。その試験内容ともなればなおさら。

 視線を感じてそちらに目をやる。


 ウィリアム・スペード。

 こちらの反応を探ろうとしているのか、それともこちらから口を開くまでは静観するつもりか。笑みを浮かべたまま動かない。

 魔法世界の王族直属の護衛集団が一。その団員1人ひとりが持つ権力は、世界的な視点で見ても上から数えた方が早いだろう。魔法使い特定個人の情報開示程度ならお手の物というわけか。

 何と返すべきか。当然ながら、これ以上墓穴を掘るのは得策ではない。


「……あまり良い気分はしませんね。勝手に素性を調べられているというのは」


 それが可能な立場にいる人間とはいえ、やはりやっていい事とやってはいけない事がある。魔法世界に不法侵入した経歴がバレており、それを追及される立場にいるのなら黙って従うしかないが、現段階ではそういう意図があるようにも見えない。ならば、善良な一般市民という立場で話を進めた方が賢明だろう。


「それについてはすまない。この通りだ」


「ちょっ!?」


 この牽制でうまくはぐらかそうと考えていたのだが、ウィリアム・スペードは何を思ったか額をテーブルに擦り付けるようにして謝罪してきた。

 これは流石に焦る。


「何してるんですか!? 場所弁えてくださいよ!?」


 今は学園祭。そしてここはメイド喫茶だ。教室の隅とはいえ、ニット帽にサングラス姿の外国人が学生に頭下げているシーンが見逃されるはずもない。

 慌てて頭を上げさせると、ニヤリと笑われた。

 こ、この男。この環境なら俺が遠慮することを分かってて……。


「サンキュー、セイヤ」


 ……“神の書き換え作業術(リライト)”で頭と身体を分割してやろうか。こいつがいくら世界最高戦力と称えられようが、この距離なら確実に仕留められるだろう。


「ま、事情ってやつがあるんだろうし、深くは聞かねぇよ。こっちにも後ろめたいことはあるしな」


 ウィリアム・スペードはあっけらかんとそう言う。

 くそ。牽制は役に立ったのだろうが、掌で弄ばれている状況に変わりはない。


「……それでは、本題は?」


 だからこそ、そう聞き返すのが精いっぱいだった。ウィリアム・スペードは、その問いを待ってましたとばかりに答える。


「お前さぁ。今どこにも所属してないなら、エルトクリア聖騎士団(ジャッジメント)に入らない?」


 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。


「……は?」


 たっぷりと10秒くらいの間は空けただろうか。それでも俺の口から出たのはそれだけだった。


「おいおいウィル、じゃなかったチャールズ!! それは聞いてないよ!!」


 今井修も、慌てたようにして隣に座るウィリアム・スペードの肩に手をやる。


「エルトクリア魔法学習院に勧誘するならまだしも、エルトクリア聖騎士団(ジャッジメント)だって? 彼はまだ学生だよ!!」


「声がでかいぞハヤト。お忍びって言ったのはお前じゃないか」


 自分のペースを崩さないウィリアム・スペードに、今井修は顔をしかめた。


「彼はまだ学生だ」


「だからどうした」


 肩に置かれた手をさり気無い所作で払いながら、ウィリアム・スペードは俺へと向き直る。俺を捉えるその視線がどこまで本気なのか、俺には分からない。


「お前は逸材だ。このまま順当に行けば、『トランプ』の一席も狙えるだろう」


「……俺には、……分からないですね。貴方がいったい俺の何を見たのかが」


 エルトクリア聖騎士団(ジャッジメント)

 魔法世界を取り締まる治安部隊。日本で言う魔法警察のようなものだ。ただ、なりたいと言ってなれるものではなかったはずだ。それをこの男の一言で叶えてしまえるとでも言うのか。


「俺は、呪文詠唱ができません。いわゆる“出来損ないの魔法使い”なんですよ?」


「だからどうした」


 先ほど今井修に言い放ったのと同じ言葉で、ウィリアム・スペードは俺を一蹴した。


「呪文を詠唱できりゃ魔法使いはみんな偉いのか? 呪文が詠唱できない奴は揃いも揃ってクズなのか? 違ぇだろ。そんなことまで改めて説いてやらなきゃ理解できねーのか?」


 アイスコーヒーの残りを音を立てて吸い上げたウィリアム・スペードは、俺の返答を待たずして立ち上がった。


「時間、やるよ。俺らが魔法世界(エルトクリア)に戻るまでの間に結論が出るなら教えてくれ。出ないようなら――」


 俺の前、コーラの入ったコップの横に1枚のステッカーのような物が差し出される。


「手紙をくれ。封筒の宛名にそれを貼って送ってくれりゃあ、俺のところへ届く」


 そのステッカーは、『スペード』の形をしていた。







「そんな勝手な真似が許されるのかい?」


「あん?」


 聖夜を置いて2年C組の企画を後にした2人は、再び廊下の喧騒へと紛れ込んでいた。


「勝手も何も、優秀な人材を抱え込もうってのに何が問題なんだ?」


「何がって……、それはまあ、僕が立ち入れる話ではないけどさ」


 真顔でそう質問され、思わず今井修は口ごもってしまう。


「何だ、嫉妬か? 確かに、エルトクリア魔法学習院の院生が目指す先の1つではあるよな。エルトクリア聖騎士団(ジャッジメント)


「羨ましいという気持ちがあるのは否定しないよ」


 ウィリアム・スペードの挑発に近い問いに、今井修は怒ることなく素直に答えた。


「ただ、質問しているのは僕の気持ちとは別の話だ。『スペードの紋章』まで渡していたじゃないか」


 聖夜に渡したそれは、『トランプ』の団員であるウィリアム・スペードの持つ、絶対的権力の一部をそのまま分け与えたことを意味する。

 ウィリアムが言った通りの使い方をするならば、そのシールを貼れば封筒には宛先を書く必要はない。切手を貼る必要さえもない。ただ、投函するだけ。それだけでいい。それだけで投函された国へ、その封筒を魔法世界にいるウィリアム・スペードへと届ける義務が課せられる。

 これは魔法世界の中だけに留まらない、全世界共通の『トランプ』が持つ絶対的権力の1つ。


「それだけ惜しい人材ってことさ」


「分からないな。彼も言っていた。いったい君は彼に何を見たって言うんだい?」


 ウィリアム・スペードは笑う。


「本当に強い魔法使いってのはな、見ただけでそいつが化け物だって分かるんだよ。理由なんてねーし根拠なんてねぇ。ただ、分かるんだ。……お、今すれ違った赤毛のメイドも可愛かったな」


「……」


 最後の一言で全てが台無しになった。

【今後の投稿予定】

1月3日 第4話

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