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第6話 夜の学園探索

「……ん」


 目を覚まし、まず真っ先に見えたのは真っ白な天井だった。


 ……あれ? 俺、何してたんだっけ。

 ぼんやりとした頭で思い出そうと試みたところで。


「聖夜っ!!」


「へぶっ!?」


 右サイドから急に何かが突進してきた。


「って、舞?」


 ああ、抱き着いてきたのか。条件反射で応戦しそうになってしまった。


「良かった……。良かった」


 ……何が良かったんだ?

 ……ああ、そうか。そういや模擬戦まがいのことをしてたんだっけ。


 気絶してたのか、俺。確かに思惑通り雑魚には見えたんだろうが、流石に恥ずかしすぎる。想像を絶するやられっぷりだ。


「このくらいで俺がどうにかなるわけないだろ。 緩衝魔法もあったおかげで無傷だぜ? なに心配してんだよ」


 抱き着いたまま離れない舞の頭を、ぽんぽんと撫でてやる。


「だ、だって……。相当魔力込めちゃってたし……。それに、そもそもあれは威嚇のつもりで、当てるつもりなんてなくて……。ごめん。貴方なら避けられると思、っ――そうよ!! なに手を抜いて当たってんのよ!!」


「切り替えも切り返しも早いなお前は!?」


 コンマ数秒の差で態度激変させてんじゃねーよ!!


「本気で来なさいって言ったじゃない!!」


「出せるわけねぇーだろ!!」


「貴方、身体強化以外何も魔法使わなかったじゃないっ!! 何でもがもがが!?」


「しーっ!! しーっ!!」


 下手なことを口走られるより先にその口を塞いでおくことにする。


「ぷはっ!? 何すんのよ!!」


 若干顔を赤らめながら舞が抗議の声を上げてくる。


「少し落ち着け。あまり人に聞かれたくない」


「……平気よ。今何時だと思ってるわけ?」


「へ?」


 時計を見てみる。20時だった。


「うそ……。もうこんな時間かよ」


「貴方、ずっと寝てたのよ。この保健室でね」


 そう言われて見渡してみる。ここ、保健室だったのか。今更だけど。


「先生は?」


「帰ったわよ、先に」


 そう言って舞は指に掛けた鍵をチャリンと回して見せる。


「……おいおい。生徒に鍵渡しちゃっていいのか」


「私がとっとと寄越して帰りなさいって言ったからね」


 ひどい話だ。


「……ん? つまり、お前は俺が起きるまで待っててくれたのか?」


 そういうことになる。しかし、舞の反応は予想外なものだった。


「そ、そんなわけないでしょ!!」


 顔を真っ赤にして立ち上がる。


「いや、そんなわけだろ? ずっと傍にいてくれたのか?」


「なっ……な、なっ……な」


 口をパクパクさせているかと思えば、顔を下へと俯かせてしまった。


「お、おい…。舞?」


「しょうがないじゃない!! 心配だったんだから!!」


 顔を真っ赤にしながらそう叫ぶ舞はとてもかわいかったが、それを指摘すると余計にややこしくなりそうなので黙っておく。


「それで? 何で実力を隠すような真似をするのよ」


 恥ずかしさを誤魔化す為か、髪の毛を弄りながら舞が聞いてくる。


「何でって……。俺の今回の仕事は護衛なんだぞ。あんまり俺についての情報を相手に知られたくないんだよ」


「……ふぅん」


「お、おい。舞?」


 俺の答えに何か思うことがあったのか、口元に手を当てて思案顔になる舞。


 ……あれ、俺何か言っちゃいけないことでも言ったかな?


 結局、それが何なのかは分からないまま。

 しばらく考えことをしていた舞が急に顔を上げて、そろそろ帰りましょうかと言う言葉に従い、俺たちは帰路につくことにした。


「閉めていいのか?」


 保健室を出たところで舞が扉に鍵を掛ける。


「問題ないわ。教員室にはスペアがあるもの。これは明日返す」


 保健室の先生が舞に鍵を渡している以上、舞がここを閉めてしまったら明日困るんじゃないかと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。


「んじゃ、帰るか」


「うん」


 俺の声に、舞は素直に頷いた。







「腹減ったな……。寮の食堂って、もう閉まってるのかな」


 舞と並んで帰る寮への並木道にて。腕時計を見ながらそう呟く。既に21時を回っていた。


「開いてるわよ」


 舞が素っ気なく答える。


「本当か? 随分遅くまでやるんだな」


「部活やってる子とかは、食事も遅くなるからね。流石にもう皆寮に戻った頃だけど。だから、食堂は遅くまでやってるのよ。とはいっても、22時までだけどね」


「あと30分ちょい、か」


「ラストオーダーは30分前よ」


「あと5分じゃねーか!!」


 先に言えよそっちを!!


「急ぎなさいよ。間に合うかもしれないわよ」


「ああ、……って。お前はもう飯食ったのか?」


「食べてるわけないでしょ。ずっと貴方の横にいたんだから」


「なんだよ。じゃ、一緒に行こうぜ?」


「え?」


 舞が心外そうな表情で俺の顔を見る。


「お、おい……。なぜそんな驚きの表情で俺を見る?」


「え、あ……。いやえっと……」


 その問いに、舞は視線をうろうろさせながら口をもごもごさせる。その反応で納得した。


 こいつ、飯に誘ってもらえるような友達がいなかったんだな。

 昼休みの行動を思い返してみれば合点がいく。


「し、仕方が無いわね。付き合ってあげるわよ」


 真相に辿り着かれているとは露知らず、舞は髪を掻き揚げながらそう言う。

 ……素直じゃない奴。


「なによ、その目は」


「イエ、ナンデモアリマセン」


 ジト目で睨まれ、慌てて首を横に振る。

 これ以上ややこしくするのはごめんだ。


「変な奴。じゃ、行くわよ」


 お前に言われたかねーよ。

 という言葉が出かけるものの、ぎりぎりのところで堪える。


 あれ、何か忘れているような。


「……あ」


 重大な問題に気付いてしまった。


「……なに?」


 突如固まった俺に、怪訝そうな表情で舞が問いかけてくる。


「すまん、やっぱ俺無理だわ」


 俺がそのセリフを言い切る前には、舞の両手は俺の胸倉を掴んでいた。


「っ!? ちょっと、それどういうことよ!!」


「うおおおおおっ!?」


 頭の中が強引にシェイクされる。


「ちょっ、ちょっと落ち着け!!」


「なによ嘘つき!!」


「ちげーよ!! 俺の話を聞け!!」


 舞の腕を振り払いながら、叫ぶ。


「何が違うって言うのよ!!」


 舞の反論に対して、後から考えてみるまでもなく明らかに人として残念すぎる一言を俺は口にした。


「金が無いんだ!!」







「あ、なんかその……。すんません」


「……なにその低姿勢。貴方にそんな態度取られると鳥肌立つからやめてちょうだい」


「お、おう。じゃあ、いただきます」


「いただきます」


 俺が箸を手にしたのを見届け、舞も自身の目の前に置かれた料理に手を付け始める。


 結局。

 男としては甲斐性の欠片も無いと言われても甘んじて受け入れざるを得ない結果になった。


 何が言いたいかというと、つまり舞の奢り。金が無いと宣言した俺に対して、なにコイツ的な視線をした舞は、一言「じゃ、奢ってあげるわよ」と。流石に申し訳無いと思い辞退の旨を申し上げようとしたが目で黙殺された。


 ではせめて低コストな物をと、券売機にて素うどんを押そうとしたら、「あら、貴方うどん好きだっけ? じゃあはい」とか言いながらにゅっと横から手を伸ばし、うどんの中でも最上位である「青藍うどん」なるものをチョイスされる。食堂の女の子(青藍魔法学園では、食堂で学内アルバイトを雇っているらしい)に出し、それと引き換えに渡されたうどんを見て驚愕した。上に乗っている具材のせいで、麺が見えない。肉やら天ぷらやらがところ狭しと敷き詰められており、エビの天ぷらなんか大きすぎて器から垂れ下がっている。お値段はなんと……。少なくとも、ワンコインでは買えない。


 申し訳ないことしたな。素うどんを選択するつもりが、まさか余計な出費を生ませてしまうとは。


「どうかした?」


 箸を置き首を傾げてくる。流石はお嬢様。マナーがきちんとなっている。その様はとにかく可愛いもので、こいつの捻くれた性格さえ知らなければ間違いなく――いや、こんなこと言うのは暫く控えよう。少なくとも、今の俺にそんな権利も立場も無い。


 ……完全に餌付けされている構図である。


「いや、ありがとな。助かったわ」


 ひとまず礼を言っておく。


「別に? このくらい大した出費じゃないし」


 本心でそう言っているのだろう。舞はそんなことかと興味を失ったようで、再び自分の箸に手を伸ばした。


 けれど、違うぞ。舞。

 確かにお前はお嬢様だから、このくらいの金額はどうってことないんだろう。それでも、恩着せがましく言うことなく。ただ自然に人の為に動けるのは貴重な優しさだ。捻くれてるって言っても、根はいい奴だからな。


「あ、これで貴方は私に借りを作ったことになるわね。さ~て。どう返してもらいましょうか」


 ……ちょっと訂正していい? やっぱこいつは恩着せがましく言う奴だったわ。


「じゃあ命令ね。これから学園での食事は私に付き合いなさい」


 得意顔でそう宣言してくる。その光景に、思わず笑みが漏れそうになった。やっぱり寂しかったってわけだ。そりゃそうだ。学園生活、孤独は寂しすぎる。友達を作らないんじゃない。友達が作れないだけ。


 ……やせ我慢なんてしやがって。いつもは人一倍我が儘なくせにさ。


「おっけー。そのくらいドンとこいだ」


 気恥ずかしさを感じつつもそれを隠す為に軽い口調で快諾する。舞は嬉しそうな顔をしてまた食事に戻った。


 ……まあ問題なのは俺の資金の方だよな。







 遅めの夕食を終え舞とは食堂で別れる。


 男子寮と女子寮は建物ごと分かれている為だ。食堂やロビーのフリーエリアは共用だが、女子の生活拠点である寮は連絡通路を挟んだ別棟にある。別れるときにちらりと見たが、どうやらパスワード式の厳重な扉で仕切られているようだ。お年頃の男子と女子だし当たり前だが。


 と言うことは、つまり――――。


「……寮に戻ってしまえば護衛の必要はなさそうだな」


 あくまで自分の部屋を見た上での判断だが、この青藍魔法学園では学生寮の窓や壁にも厳重な対抗魔法を掛けている。鍵の閉め忘れでもしない限り建物の中は安全ということだ。


「そういった身の回りの施錠は本人に任せるとして……」


 腹も満ちて心地良い睡魔も漂ってきているが、生憎俺の本分はここからだ。


「見回りでも行ってみるか。学内の地理も目で確認しておきたいしな」


 学生寮のロビー、出入り口からの出入りは止めた方がいいだろう。門限が何時かも知らないし、入る時には学生証がいる。つまり記録に残るということだ。転校生が夜な夜な学園内を徘徊しているなんて目は付けられたくない。


 そう考えた俺は一度自室へと戻り、窓から下の庭先へと転移した。







 夏の大型連休、日本で言うところの夏休みなるものは既に過ぎており、青藍魔法学園が2学期に突入して少しした頃の転入扱いとなった俺。

 まだまだ残暑が残り、夜とはいえ歩き回れば汗ばむくらいの生温かい風を浴びながら先ほど舞と歩いた並木道を逆向きに歩く。


 聞こえるのは虫の鳴き声と互いを擦り合う草木の音のみ。活気を失った学校の寂しさを感じる。

 当たり前と言えばその通りだが。夜とて昼間と変わりなく、校舎を包む対抗魔法回路は作動し続けていた。


 これなら、建物の中までは見回る必要は無いな。


「おっと、ここは校舎や寮に掛けられている奴よりも数段上だな」


 守衛室に見つからないよう木陰に隠れて正門の様子を伺う。そこには想像以上の障壁が展開されていた。守衛とは名ばかりだな。この障壁があれば大概のものは防げるだろう。逆にこれが壊されるほどの大魔法を使われれば、中にいる人間が気付く。


 おそらく守衛の主な仕事は、学園の守護というよりも学園内に入ろうとする人物の見定めにあるのだろう。昨日、俺がここに入ろうとした時のように。


「ここも問題なしっと」


 ぼそりと独り言の様にそう呟いて俺は次の目的地へと向かった。







「ここは何から何まで全部でかいな……」


 校舎の左サイドより伸びる道を進み、運動系の施設が立ち並ぶエリアへと入る。まず目に入るのは部室棟。当然のようにここにも対抗魔法回路が作動していた。


「部活動にこんなでかい建物を用意するとは……。いったいいくつ部活があるんだか。って、なるほど」


 入り口に近寄ったところで、大きさの理由を1つ知った。入り口横には各部活動の部室の分布図が貼ってある。どうやら運動系の施設のみかと思っていたら、文化部の部室もこの建物の中に集約されているらしい。部活を一纏めにした建物というわけだ。


 ここの入り口も寮と同じく学生証を通すタイプらしい。それだけ確認してグラウンドの方へと足を向けた。


「……広い」


 体育でマラソンとか言われたら面倒臭そうだ、なんてくだらないことを考えながらグラウンドを横切る。グラウンドの先には、体育館が立っていた。

 ここも防犯対策は完璧。


 舞が言うとおり本当に俺は必要ないかもしれない。

 もはや完全に外から隔離された空間といっても過言ではないだろう。仮に侵入されたとしても、近くの建物に籠城すればそれなりの時間は稼げるはずだ。


「さて……。回ってないのはあと一か所か」


 歩いて行ってもいいが遠いし面倒臭いな。

 転移魔法を使いたいところだが、そうもいかないからな。







 俺の転移魔法にはいくつかの制限があり、その1つに『自分が今見えている場所でないと転移できない』というものがある。厳密に言えばできないこともないが非常に危ない。


 転移魔法は、呪文詠唱という本来の魔法構築とは異になるシステムから発動されており、つまるところ俺は呪文詠唱の代わりに『自分が跳びたいところをイメージする』ことで座標を固定する。

 イメージが鮮明であればあるほど魔法展開はスムーズに行われ、意図した場所に限りなく近い場所へと跳べることになる。だからこそ自分の見える範囲に跳ぶには座標がイメージしやすい為一瞬で跳べるし、本来俺の近接戦闘術の要はそこにある。


 逆に離れている場所やうろ覚えの場所等はイメージにも時間が掛かるし、跳んだ際の誤差も起こりやすい。また、転移する場所が離れているほど使用する魔力も大きい。


 そもそも俺が使う転移魔法とは、Aという地点にいる自分を無かった(、、、、)こととし、Bという地点に元からいた(、、、、、)という事実に書き換える魔法である。

 だからパッと見るとAからBへと一瞬で移動したように見えるわけだ。これが『瞬間移動』とも言われる所以なわけである。


 しかし、現実問題の話。

 ここからは2つめの制約に関わってくることだが、質量保存の法則やら慣性の法則やらで縛られている事象を改変するということは、そういった当たり前の法則を根本から捻じ曲げないといけないわけで。

 例えば数cm移動するだけなら、事象の改変にそこまで労力はいらないものの、その距離が延びれば延びるほど転移魔法への抑止力は強くなってくる。

 それに抗う為には相応の魔力が必要となり、だからこそ長距離を転移魔法で移動しようとするとその距離に比例して、場合によっては頭がイカれるくらい魔力を消費するかもしれないし、突然そんな魔力がごっそりと体内から放出されれば座標のイメージなんて安定して展開することもできない。座標が狂って見当違いのところへと放り出されてしまう可能性もある。


「最後は校舎の向こう側だな」


 そのような理由から、教会という見たことも行ったこともない場所には転移することができない。


 のんびり歩いて行くことにしよう。

 そう考え、校舎裏から延びる緩やかな階段をゆっくりと上り始めた。







 円状で真っ白な踊り場に辿り着く。


 ここにも、正門付近にあったものよりは二回りほど小さいが噴水が設置されていた。こちらの噴水は裸の女性が何やら壺のようなものを抱え、そこから水が流れているものだ。

 明らかに何かの宗教関連のものであろう。


「……ここまで来ると、学園の敷地内だということを忘れてしまいそうだな」


 神秘的な空間とでも言えばいいのか。別に信者ではないが、何となく心が清められているような感じがする。


 教会の前まで歩いてきて気付く。


「お? まだ先があるのか……」


 教会の横にはさらに上へと続く階段があった。しかし、ここまで登ってきた階段とは違い白いブロックによって綺麗に舗装されたものではない。どちらかと言えば山登りとかそういった類のハイキングコースとかにありそうな雰囲気だ。


「……確か手渡された校内マップには表記されていなかったと思うが」


 首を捻ってみても答えは出ない。生憎とマップは寮にある自室の中だ。


「……考えても仕方が無い、か。後で行ってみるとしよう」


 ひとまずこっち。

 目の前の教会の扉へと近づく。


「扉も凄い立派だな」


 これ1つ見てみても何というか威厳がある。そして、ここには学生証を通す場所がない。来る者は拒まずということだろうか。何となくだがそんな気がした。


 今まで回ってきた中では一度もしなかったが、この扉にだけは自然と手が伸びた。


「学生証がいらないなら、記録に残ることも無いよな」


 誰に言っているのか分からないような言い訳まがいを口にして、扉に手をかける。


「どうせ、鍵は閉まっているはず……」


 そう言いながら、押してみる。

 厳格な音を立てながら、その扉は俺の予想に反してすんなりと開いた。


「何だ、一晩中開放してるのか……?」


 開いたことに驚きながら中に入ることにした。開いているということは、入っても構わないということであろう。そう勝手に結論付けた俺は堂々と中へと足を踏み入れた。


「おぉ……」


 テレビや映画でこういった建物は何度も見たことがある。それとほぼ内装は変わらない。しかし、その映像からは感じ得ないであろう神聖な空気を、肌で感じた。


 出入り口から一直線に伸びる通路。左右には、おそらく信者の人たちが使うであろう木製の椅子が並んでいる。天蓋にはガラスで彩られた絵が覆っており、月明かりを教会内へともたらしていた。


 一直線に伸びる通路の先には祭壇があり、そこには――。


 直接の面識は一度もないが、おそらく間違いないだろう。

 ――――姫百合可憐の妹。

 姫百合咲夜がそこにいた。

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